episode23
陽は沈んで闇が立ち込める中、枝真は自宅近所の高層マンションの前で立ち尽くしていた。
「ここが旭日くんの家かぁ……っ」
おしゃれなマンションに気をとられ本来の目的を忘れていた枝真は、駐車場の方から聞こえたチュリップ音に我に返る。
ずり落ちてきそうな重たいかばんを担ぎ直して、エントランスから駐車場に移動する。
場内で辺りを見回し旭日の姿を探すと、思いの他すぐに見つけることができた。
車に荷を積み込む旭日がこちらに気づいたようで、驚いたように枝真の名を呼んだ。
「お前何しに来た?」
旭日はそう言って枝真に駆け寄り少女から軽々とかばんを取り上げると、あからさまに不機嫌そうな顔になる。
「私も一緒に行く」
間合いを詰めて、至近距離で旭日を見据える。
枝真としては睨みをきかせて、相手を牽制しようと言う気でいたのだが、旭日はケロっとしていて効果は今ひとつだった。
「駄目だ。送っていくから帰れ」
「一緒に行く!」
旭日は、首を横に振る。
「お前が来ても足手まといになるだけだ。家で大人しく壮介と待っていろ」
「私こう見えて体力には自信があるの。三日三晩寝ないで起きていた事だってあるし……! それに……っ」
旭日の剣幕に気圧されて枝真は少し怯んだが、しどろもどろになりながらも連れていってほしいと訴える。
枝真は、頑として引かない。
「お前を危険な目に合わせたくないんだ。わかってくれ」
語気を強めた旭日に、枝真は一瞬黙って俯いてしまう。
旭日は、やっとわかってくれたか……と、ホッとして枝真の肩にトンと手を置く。
「俺を心配して一緒に行くと言ってくれた枝真の言葉は嬉しいんだ。ただ今回は危険を伴う。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」
旭日の宥めるようなその言葉を、黙って聞いていたように思えた枝真だったが、自分のポケットを弄り申し訳なさそうにスマホを取り出して目の前に突きつけた。
「本当は、この手だけは使いたくなかったけど……。旭日くんが連れて行ってくれないなら、この写真をご近所にばら撒くよ!」
「は?!」
突きだされたスマホを、旭日は目を凝らして覗き込む。
その内容は、風呂場での例の光景を写真に収めたものだった。
旭日は大声で叫びだしたくなる衝動を必死で押さえ、なんとか冷静さを保つと落ち着いた声色で枝真に問いかける。
「こっ……この画像を何故お前が持っているんだ?」
平静を装って言葉を発したつもりだが、少し声がうわずってしまった。
「お風呂から出た後、壮介にもらったの。旭日くんにこれを見せればなんでも思い通りになるから最後の切り札として使いなさいって言われて」
「へぇ……」
(あの野郎……)
旭日は、壮介に殺意を覚えた。
枝真がここにいる理由や、画像の件にしても壮介に対して言いたいことは山ほどあった。
しかし、あの男を信用して枝真を頼んでしまった自分にも落ち度があるので文句は言えない。
旭日は、眉間の皺を揉んだ。
とりあえず今は、目の前のこの状況をどうにかしなくてはいけない。
そして自分の表情を窺って覗き込んでくる枝真の一瞬の隙をついて、旭日はスマホを取り上げる。
「隙あり」
「あ!」
奪われて旭日の手中にあるスマホと、自分の手を交互に見比べて、枝真は慌てたように旭日に飛びつく。
「旭日くん、返して! 返して!」
「この画像消したらな」
ぴょんぴょんとウサギのように自分に飛びついてこようとする枝真の頭を、手のひらで軽く押さえて、空いた手でスマホを操作する。
「画像フォルダだけは見ないで! お願い見ないで!」
「画像フォルダ?」
やたらと念を押して言ってくるので、むしろこれは「見てほしい!」のフリなのか?と旭日は考え画像フォルダに指を滑らせた。
「……おい。俺の画像が大量にでてきたんだが」
「……だから見ないでって言ったのに」
画像フォルダには、旭日の画像が次から次へと表示されてきた。昼寝している間に顔にマジックで落書きされている画像や、髪の毛を三つ編みヘアにされている画像等くだらないものばかりだが、どの画像にもVサインをして一緒に写っている壮介の姿があった。
たった一枚の画像のことでやたら狼狽えている枝真の様子がおかしいとは思っていたけれど、こういうことか……と旭日は納得した。
「ん? 他にもフォルダがあるぞ」
「あ! もう駄目! それ以上は駄目!」
「どうせまた似たようなくだらない画像なんだ……」
「ろ」と言いかけて開いた画像は悍ましいものだった。寝ている旭日に唇を寄せる壮介のドアップのものと、ソファで寝ている旭日に半裸で抱き着く壮介の画像。
旭日は耐え切れず絶叫して、スマホを地面に投げつけようとしたが、枝真に止められる。
「もう我慢ならん! やはりあいつは海で始末しておくべきだったんだ!」
「旭日くん何言ってるかわからないけど、落ち着いて!」
その瞬間、枝真は複数の視線を感じた。
二人でスマホを取り合って騒いでいる内に、マンションの住人が何事かと続々と駐車場に集まってしまっていたのだ。
この状況を一大事だと思った枝真は、苦笑いで住人に頭を下げると、発狂寸前の旭日を引きずって車の中へ逃げ込んだ。




