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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode1






 日中汗ばむ程の日差しが照りつける陽気になったとはいえ、日が落ちるとまだ肌寒さを感じる6月半ば。

 買い物袋を両手いっぱいにぶら下げた一人の少女が、家路を急いでいた。


 少女の名前は、枝真えま

 都内有数の名門大学に通い始めて、二か月半の女子大生だ。小柄で華奢な体つきに、亜麻色の真っ直ぐと伸びた長い髪が印象的な十八歳だ。


 家族構成は、両親共に健在でただいまロサンゼルスに旅行中。そして中学二年生になる生意気盛りの弟が一人。現在はこの弟と一緒に、海外にいる両親からの仕送りで生計を立てている。アルバイトで生活費に貢献しようとも考えたが、学業を疎かにすることを断固として許さない厳格な両親のこともあり、今は家と大学を行き来する生活に勤しんでいた。


 自宅は閑静な住宅街にある一戸建てで、そこから歩いて一分もかからない場所に、同級生が住んでいる。

 俗にいう幼馴染という間柄で、名前は、壮介そうすけ同じ大学に通っており、弟と二人暮らしの枝真のことを何かと気にかけてくれる。十八歳という年齢より少し大人びた頼りになる隣人だ。


(……ちょっと買いすぎちゃったかな)


 ピーコックグリーン色をした大きな瞳を、一度瞬きさせて息をつくと、少女は手元の袋を前かがみになって覗き込む。


 その拍子に、亜麻色の長い髪の毛が肩からすべりおちた。

 顔にかかる長い髪を耳にかけようとするが、両手は買い物袋で塞がっている。


(この先に公園があったな。大荷物で手も痛いし、ベンチで少し休んで行こう)


 そう思って一歩踏み出そうとした瞬間、聞き覚えのある声に背後から呼び止められる。


「枝真! 待って待って!」


 息せき切って現れたのは、片目が隠れるほどの長い前髪に、襟足を少し伸ばした白金色の髪、山吹色をした優しげな瞳、長身だが体つきは男性にしては少し細身だろうか。


「壮介! どうしたの? サークル早めに終わったの?」

「いやぁ、今日色々あってね……明日から当分また枝真と一緒に帰れる事になったよ。荷物すごい量だね、もってあげる」

「あ、ありがとう。じゃあこっちの袋、お願いしようかな」

「いいよ、全部かしてごらん」


 少し押し問答があって、結局強引に両手から袋を取り上げられてしまう。


「ごめんね、壮介。重たいのに」

「どうして、お前が謝るの? 俺は男だし、当然枝真よりも腕力がある。こっちの方が効率がいいんだよ」

「二人で、手分けして持ったほうが効率よくない?」

「手のひら真っ赤にさせて何いってるんだよ。うっ血すると一生消えない跡が残るかも」


 枝真は、慌てて自分の両手を目の前にもってきて凝視する。薄らと赤くなってはいるがうっ血はしていないようだ。その様子を隣で眺めていた壮介が、こらえ切れず吹き出して笑う。


「冗談だよ。うっ血っていうのは、圧力がかかった箇所の毛細血管が切れて、皮下に血液が染み出しているだけだけだから数日すれば元に戻るよ」

「……かっ、からかわれた!」

「人聞きが悪いなぁ。からかったつもりはないけれど?」


 枝真の反応に、壮介は上機嫌に目を細める。


「もうっ、ところでさっきの話だけど……何があったの?」

「ん? 何の話?」

「壮介が入ってる、医療技術サークルだっけ? 何かあったの?」

「ああ……」


 先程とはうってかわってトーンの落ちた幼馴染の声に、心配げな表情で様子を窺う。小首を傾げて見上げてくる少女の姿は小動物を思わせる様に愛らしい。


 壮介は、少し困ったように眉をひそめて笑う。


「うーん……立ち話もなんだし、公園のベンチでちょっと話そうか?」

「丁度私も休んでいこうと思ってたの。お茶でも買ってゆっくり話そう」





                     *                       *





 ベンチから少し離れた場所に寂しく佇む自動販売機の前。壮介は財布を取り出し、コインを数枚投入した。


「ねぇ、お茶でいいの?」

「うん!」


 振り返るとベンチにレジ袋の山と並んで、枝真がニコニコしながらこちらを見ている。


「枝真の好きな、ココアもあるんだけど」

「じゃ、ココアにする!」

「はいはいっと……」


 ガコンと音を立てて出てきた缶ジュースを自販機から取り出すと、枝真の待つベンチに緩やかな足取りで向かう。


「はい、どうぞお姫様」


 缶ジュースを手渡すと壮介も枝真の隣に腰を下ろす。


「わあ、ありがとう! 壮介は飲まないの?」

「そんなに今、喉乾いてないからね」

「あっ、お金! あとで払うね」

「いらないって、飲み物くらい。それより、話聞いてくれるんだよね?」

「あ、そうそう……っ」


 缶のプルタブを必死で起こそうとするが、爪が滑ってうまくいかず格闘する枝真に、小さくため息をついて手を差し出す。


「かしてごらん」


 壮介は、缶を受け取ると容易くプルタブを押し上げる。


「枝真、俺が今サークルで何の研究してるか話したっけ?」


 そう問いかけながら、ココアの缶を枝真の目の前にゆっくり持っていく。


「……えっと、詳しくはわからないけど。動物実験とかしてるんだっけ」


「そう、人間の病気によく似た症状を無理やり動物の体内に作り

出して、その動物を人間に見立てて実験するんだよ」


 壮介から缶をうけとりそれを一気にぐびっと飲み干すが、ココアに咽て息をひきつけるように咳入る。


「まったく、そんな慌てて飲むから……大丈夫?」

「……癖でつい……大丈夫だよ。モルモットとかねずみとか小動物を扱うの?」


「うちは、マウスしか扱いないんだけどね。マウスは、安価で手に入りやすいし、繁殖力も異常に高い。体積、質量当たりの投薬の影響度が、極めて人間に近いことから化学物質なんかの実験にはもってこいなんだ」


 片手でジーンズのポケットから、ブルーのハンカチを取り出しながら空いた手で、枝真から缶を取り上げ自分の足元に音もなくそれを置いた。


「私たちも、そのマウスたちの恩恵を受けてるんだよね。日常生活で使う、薬とか化粧品とか食品添加物とか農薬とか……なんか申し訳ない気持ちになるよ」


 枝真が、胸の辺りを軽く押さえるようにして言うと。壮介は小さく相槌を打ち、先程のハンカチで優しく枝真の口を拭ってやる。


「マウスも人間と同じように苦痛を受けると、目を細めたり、顔を歪ますんだ。その表情がたまらなくてね……今日もう我慢できなくなっちゃってさ」

 

「……え?」


「研究室にいるマウス逃がしちゃったんだよね」


使用したハンカチを綺麗に折りたたみながら微笑む壮介に、驚愕する枝真。


「……マウスを?」


「うん、全部」


「全部?!」


 驚きのあまり裏返った枝真の声を聞いて「どこから声だしてるの?」と笑う幼馴染は、少し寂しそうな表情に見えた。


「顧問に大目玉くらってね、無期限で研究室に出入り禁止になったよ。だからこれから当分はお前とまた帰れるよ」


「そっそうなんだ……、マウスいなくなっちゃって他の部員さんこれからどうするんだろう……。でも、マウスはきっと喜んでるよ!」


「まあ、俺が逃がしたところでまた飼いだすだろうから。現状は、何も変わらないんだけどね……。そう思う?」


 壮介が、枝真の顔を覗き込むと、亜麻色の髪を弾ませて少女はこくこく頷く。


「うん! 壮介にありがとうって感謝してると思うよ」

「そうだといいんだけど」

「私がマウスだったら感謝するもん」

「お前は、マウスというよりモルモットに近い感じがする」

「それどういう意味……?」


「モルモットみたいに目がくりくりっとしてて、ぬいぐるみみたいに可愛いってことだよ」


「……なんか褒められてる気がしない……。そういえば、壮介はどうしてこのサークルに入ろうと思ったの?」


 枝真の問いに白金色の頭を掻きながら、壮介はとても言いにくそうに重い口を開く。









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