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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode15






 暗闇の中、枝真と壮介と静の明るい歌声が聞こえ、ケーキの上で火をちらつかせるロウソクに春樹はそっと息を吹きかけた。


 「ハッピーバースディ春樹!」


 右隣に座っていた枝真は、弟の春樹にギュッと抱きつく。

 一つ一つ歳を重ねて、大人へと成長していく弟の姿は姉として誇らしくもあり嬉しい。


「姉ちゃん、恥ずかしいよ」


 照れくさそうに頬を染めた春樹は、自分の胸に飛び込んできた姉をゆっくりと引き剥がすと手元においてあったリモコンでリビングの電気をつけた。

 姉以外のその場にいる皆が、それぞれ拍手をして祝福の言葉をかけた。


「おめでとう、春樹。あんなに小さかった君が今はこんなに立派になって嬉しいよ。これからも、お姉ちゃんを支えてあげてね。あと、何か悩み事とか心配事とかがあったらまず俺に相談してね? 力になるから」


 春樹の左隣に座っていた壮介は、にこやかな表情で話しかけると、テーブルを挟んで目の前に座っている旭日に視線を向ける。


「こんな大切な日に歌の一つも送ってやれない空気の読めない人もいるけど……。春樹は、ああいう人にだけはなってはいけないよ?」


 いかにも軽蔑してますという顔で旭日を見てはいるが、壮介は春樹に話しかけている。


 旭日は壮介の言葉に眉をしかめたが、今日は大事な友人であり、教え子の春樹の誕生会。無礼講だ。今日だけは。いや……この瞬間だけは、壮介の憎まれ口を耐えようと心に決めた。


「春樹、誕生日おめでとう。これからもよろしくな」


 一度深呼吸をして気持ちを切り替えると、旭日は春樹に向けて精一杯の笑顔を作った。これまで生きてきてこんなに明るい笑顔を他人に見せたことがあったであろうか……と自問自答するくらいに明るくにこやかに。


「うん! 壮介兄ちゃん、旭日先生もありがとう! 俺すっげー嬉しいよ!」


 人差し指で鼻をこする仕草をして、旭日に負けじと春樹も笑う。


「春樹くんはいくつになったんだっけ?」


 唐突に割って入ってくるのは、旭日の隣で両手で頬杖をついている静だ。彼女の瞳は旭日をちらちらと気に掛けている。


「俺? 十三歳だよ」


 春樹が答えると、静は両手をパチンと叩き「大きくなった! 立派!」と褒めてやる。

 春樹もそれにまんざらでもなさそうに喜んでいた。


「さて、お話はこれぐらいにしてケーキ切り分けようか。ロウソクとっちゃうね? 枝真そこの取り皿とってくれる?」


 壮介はその場を仕切ると、てきぱきとケーキを切り分ける準備を始める。枝真も壮介に言われた通り、取り皿の準備と、ケーキを切る包丁を手にする。


「壮介これ、取り皿ね。じゃあ私が切るから」


 包丁の刃先を天上に向けて、こぶしの形で握りしめ刃を振りかぶった枝真を、周りの皆が急いで制止する。

 背後に周った旭日に羽交い絞めにされ、テーブルに置かれていたケーキは、壮介がとりあげる。春樹と静も「ストップ!」と声を揃えて身を乗り出してきた。


「ちょっと、皆なにするの?」


「枝真、ちょっと待ってなんかあんたその持ち方怖いわよ!」


「姉ちゃん! 俺が切るから! 包丁をこっちに渡して!」


「まるで、ナマハゲだな……っ」


「……はあ、皆無事だね……。旭日くん危ないからその包丁取り上げて」


 枝真は旭日に包丁を取り上げられると、不服そうな顔をする。


「とりあえず没収。刃物は振り回すなよ」


「せっかく皆にいいとこ見せようと思って秘儀を編み出してきたのに……」


「大層な荒技だな……」


 枝真の手から刃物が離れたことに皆ホッと息をつく。旭日は取り上げた包丁を布にくるむが、途中枝真に恨めしそうな目で見つめられ、すぐさまキッチンに置いてリビングに戻ってきた。


「うーん。枝真に切り分けさせてあげられる何か危なくない方法は……」


壮介は目を伏せると、腕を組んで何か思案する仕草をとる。

 やがて大きく目を見開き腕を解くと、利き手の指をパチンと鳴らした。唇には微かな笑みを浮かべている。


「うん! いいこと思いついた。タコ糸を使おうか」


「糸?」


 にこやかに話す壮介の言葉に、枝真が首をかしげた。


「刃物は、危ないからね。たしか糸を使うとすごく綺麗に切り分けられるって……」


「誰が言っていたの?」


 怪訝そうな顔で、静が呟く。


「昼下がりのワイドショーで言っていたのを今思い出したよ」


 壮介は言いながら、リビングルームの傍らにあるTVボードの前まで移動すると、引き出しに手を伸ばした。


「何でお前が昼下がりにワイドショー見ている暇があるんだよ。大学はどうした?」


 皆に背を向けて引き出しの中をあさる壮介を見、旭日は呆れたように話しかける。


「細かいことは気にしない。旭日くん、君たぶん将来ハゲるくちだよ」


 振り返った壮介の手には、綺麗にタコ糸が捲かれているブルーのプラスチック棒が握られている。そして、空いている方の手で自分の長い前髪に触れながら「例えば前髪の分け目とか……」と旭日に目を向ける。


 旭日は壮介の視線に気づくと自分の前髪をバッと片手で押さえ、嫌そうな顔をする。


「おい……っ」


「ははは、冗談だよ。それとも実はもうほんとにきてるの?」


 眉間に皺をよせる旭日に、壮介は笑うと枝真の元へゆっくり歩いていく。


「それじゃ、枝真。俺が手順を説明するから一緒にやってみようか」


 タコ糸を適度な長さに引き延ばして手近にあったハサミで切ると、壮介はそれを枝真に手渡した。受け取った枝真は、不安げな顔で壮介を見つめる。


「大丈夫、包丁みたいに危なくないし。それにこっちのほうが楽にできるよ」


 壮介は枝真の肩をポンと叩いて微笑むと、先ほどのケーキの前に少女を誘導する。

 そして飲み水として置いておいたミネラルウォーターのペットボトルを、紙コップにかたむけてケーキの横にトンと置いた。


「始めようか。まず、糸を水に濡らして……軽くでいいよそうそう」


 枝真は壮介の指示道りに、先ほど用意してくれた紙コップの水に糸をつけた。

 適度に湿らせた糸をピンと張ると、ケーキに切り込む。


「おお! 姉ちゃん上手い上手い!」


「綺麗に切れたじゃない! お店のみたい!」


 春樹と静がちょっと大袈裟なくらいにほめてくれ、旭日も言葉は発しなかったものの、感心したようにその光景を眺めていた。


「壮介のおかげだよ。ありがとう」


「いーえ、俺はただアドバイスしただけ。上手に切ってくれたのは枝真だよ」


 壮介の言葉に嬉しそうに枝真は笑うと、取り皿に分けていく。あれ……そういえば、何か忘れているような。





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