episode14
「壮介。私たまに壮介がわからなくなるよ」
「俺が、わからなくなる?」
「……うん」
悲しそうに目を伏せる枝真を見て、壮介は抱いていた腕を緩めると、優しい口調で話しかけてくる。
「何がわからない? 言って?」
「……たまに、壮介が何を考えているのかわからなくなる時があるの。壮介が怖く感じる時もあるの……。でも私、壮介の事すごく大事な幼馴染だと思ってるし、これからもずっとこうやって一緒にいたいと思ってるの。それなのに、壮介のこと疑う自分がなんか嫌で……私……っ」
「不安にさせちゃった?」
壮介は目を細めると、枝真を宥めるように優しく背中をさすった。
「壮介は変わらないよね?」
「……」
「信じて良いんだよね? ずっと私の幼馴染の壮介でいてくれるんだよね?」
必死に詰め寄る枝真に壮介はさすっていた手を止め、少し考えるような素振りで視線を逸らすと、困ったような顔になった。
「ずっと枝真の幼馴染ではいられないかな」
「……え?」
愕然とした枝真の表情を見て、壮介はくすっと笑んで少女の青ざめた頬に一瞬触れると、今度はその手を枝真の手にそっと重ねた。
「幼馴染は、今夜の0時まで」
「0時?」
「0時を過ぎたら俺のものになってくれる? シンデレラ」
壮介は少女の白くて小さな手をとると、それに軽く唇を寄せた。枝真は恥ずかしさから頬を染めて急いで手を引っ込めようとする。だが、幼馴染はそれをさせなかった。
「今夜、お前を俺にくれない?」
何時になく真剣な表情で枝真を見つめる壮介。これは告白ととっていいのだろうか。枝真は場の雰囲気に耐え切れなくなり、なんとか話題を逸らそうと試みる。
「いっ……いやだな。壮介ったら! なに言ってるのもう。早くやけどの治療してよ」
「枝真がほしいんだ」
壮介は切なげな瞳に少女の姿を映す。この眼差しを嘘だと思いたくはない。枝真も少なからず壮介に好意は抱いているのだ。
それが友情なのか恋愛なのかは定かではないが、一緒にいたいと傍にいたいと思うこの気持ちに偽りはない。
「……そっ、壮介」
「実はずっと前から枝真のことが好きだった。でも、お前は幼馴染の俺にこんなことを言われたら困ってしまうよね? だから言えないでいたんだ。だけど、もう無理なんだ。我慢できない」
本気で言ってるの?それじゃあ、どうして私にドラックを渡していたの?何を考えているの?枝真の頭にいくつもの言葉が浮かぶ。
「怖くないから大丈夫、俺に身をまかせて」
壮介は枝真にグッと顔を近づけて迫ってくる。キスをしようとしているのか。
脳内で思考回路がショートする寸前の枝真は、首を思い切り横に振るとソファから立ち上がる。
「まっ、またそんなこと言って! からかってるんでしょ……っ」
急に立ち上がった少女に目を丸くした幼馴染は、途端に不機嫌そうな表情になると額を押さえてため息をついた。
「……冗談で女の子をベッドには誘わないんだけどな」
「――っ!」
ふてくされたようにソファに深く座りなおした壮介に、枝真は警戒するような瞳を向ける。毛を逆立てた猫の様な形相だ。
「……まあ、とりあえず声はかけたからね」
「へっ?!」
素っ頓狂な声を上げた枝真を幼馴染はしたり顔で見上げ、会話を続ける。
「今夜春樹の誕生パーティが終わった後……、0時に枝真の部屋で待ってる」
「えっ……、そんな勝手に」
「約束」
立ち上がったまま呆然と自分を見つめる枝真の小指に自分の小指を絡めると、壮介は満足げに微笑んだ。
「こっ困るよ! 私そんな!」
「ほーら、やけどの治療まだ終わってないんだから。とっとと此処に座って手を見せる!」
壮介は駄々をこねる小さな子供を言い聞かせるようにそう言って、空いている隣のソファを軽くポンと叩いて「座れ」の意を示す。
「だっ! だから私今日一緒には寝ない!」
「つべこべ言わずにさっさと座って」
先ほどから繋がれたままの小指を見て慌てた様子で少女はそれを解く。
その場から離れようと幼馴染に背を向けたのもつかの間、壮介は枝真の腰を引き寄せて自分の膝の上に座らせる。
「なっ! なんで壮介の膝の上に座らせるの!」
「枝真を大人しくさせるには、これが効果的だと思ったからだよ」
「離してよ!」
じたばたと自分の腕の中でもがく枝真を満ち足りた表情で眺める幼馴染は、ふと何か思い返したように声をあげた。
「あ、そういえば。やけどの薬切らしてるんだった」
「……なんで、壮介がうちの救急箱の中身知ってるの?」
「細かいことは気にしないの。仕方ないね、旭日くんがそろそろ犬の散歩から戻ってくるころだから薬局までひとっ走りいってもらおうか」
「壮介、旭日くんのことパシリすぎだよ……っ」
「パシリだなんて……。でも、旭日くんそういうの嫌いじゃないと思うよ。彼、意外にドMっぽそうだしね」
その後、玄関先で犬の散歩から帰ってきたばかりの旭日に壮介が「旭日くん、ご苦労様。まだ春樹帰ってこないし必要なものができたからお使い行ってきて?」と何故か上から目線で偉そうに物言った結果、当然ながら断固拒否の回答が返ってきた。しかし、旭日は枝真がやけどを負ったことを耳にした途端血相を変えて家を飛び出していった。(壮介が大げさに枝真のやけどを説明した)旭日が出て行った玄関扉の前で壮介は、ほくそ笑んだ。
「ほらね、旭日くん従順な犬のように言うこと聞いてくれたでしょ?」
「壮介が、酷いやけどとかいうから……もぉ」
「今はさほど腫れていないようだけど、やけども侮れないから様子をみていたほうがいいよ」
「はいはい……。旭日くんにあとで謝っておかなくちゃ」
旭日が可哀想だ……と枝真は、罪悪感で気持ちが沈んだ。壮介は上機嫌に枝真の肩を抱いて、リビングに戻っていく。
「まあ、旭日くんが帰ってくるまで枝真はソファで紅茶でも飲んで待ってなよ。俺は料理の仕上げやってきちゃうからさ」
「……」
そう言って顔を覗き込んでくる壮介に、枝真は深いため息をついたのだった。




