episode13
一方その頃――
枝真と壮介は、ケーキ作りに手こずっていた。
自分に薬を盛ったような男とケーキ作りだなんて……と、枝真は自分でもこの光景を不思議に思っていたが、あれから壮介は驚くほどいつも通りに接してきた。
枝真も、翌日から「もう知らない! ふん!」というわけにもいかず、前と同じように壮介に接している。
薬の件はいろいろ突っ込みどころもあったが、枝真自身現在体調は至って良好で、とりあえず今は壮介の様子をみつつ、何故あんなことをしたのか自分から話してくれるのを待つことにした。
我ながら呑気だなぁ、と枝真は自分に呆れていた。
「枝真、そろそろケーキ焼けたころじゃないの?」
「あっ、そうだね」
壮介に声を掛けられ枝真はオーブンの前まで行くと、取っ手を手前に引いた。ケーキの焼けあがったいい匂いが立ち込める。
濡れ布巾を熱されたオーブントレーの端に押し当ててその上から掴んだが、引き抜く際に誤って指が触れてしまった。
「……っ!」
あまりの熱さに声にならない悲鳴をあげると、壮介がそれに気づいて傍によってくる。
壮介は怪我の具合を見るために枝真を覗き込み、無表情で目を細めた。
「おいで」
枝真は腕をグッと掴まれて、キッチンのシンクの前まで連れていかれる。
そして壮介は蛇口をひねると、枝真の手を優しく取って、やけどした部位を冷水につけてくれた。
「痛い? 赤くなっちゃったね」
「うん、少しいたいけど。大丈夫」
「氷とってくるから、このまま動かさないで」
「……うん」
壮介は手近にあったボールを手に取ると、シンクの真横にある冷凍庫から氷をガラガラと音をたてて取り出した。
ボールを氷でいっぱいにすると、枝真に向き直る。
「リビングいこうか」
リビングの方向を指差しながら言う壮介に無言で頷くと、枝真はシンクを離れてリビングへと向かう。
壮介も氷で満たされたボールに水を入れ、直ぐに後を追った。ちなみにリビングで飾りつけをしていた静は、買い忘れたものがあるといって、つい先刻家を飛び出して行ったので今はこの家に二人きりだ。
「ソファに座って、手をかして」
幼馴染に言われた通り、枝真はリビングまでくるとソファに腰を下ろした。壮介も隣に座る。いつの間にもってきたのか、手にはボールの他に救急箱も持っていた。
「まったく、おっちょこちょいだね。お前は」
軽く笑いながら、枝真の手を取りボールに張った氷水に患部をつける。
「……冷たい」
「我慢して。やけど治療は冷やさないことには始まらないからね。でもそこまで酷くなさそうでよかったよ」
「うん。壮介がすぐ水につけてくれたのがよかったみたい。ありがとう! やっぱり、持つべきものは、できる幼馴染だよね」
「いーや、俺がついていたのにも関わらず枝真にこんな怪我させちゃったからさ。できる幼馴染ではないかもね」
壮介は「ごめんね、痛かったでしょ?」と言って枝真の手をボールからあげると、救急箱から綿タオルを取り出してそっと水をふき取る。壮介の動作はひとつひとつが優しくて、とても丁寧だった。
「壮介……っ」
「ん?」
自分からは聞かないでおこうと思っていたのに、つい問いかけてしまいそうになる。
「壮介、どうしてあんなことしたの?」と。
いつもと変わらず優しく接してくれる壮介が、自分にドラッグを渡してきていたなんて、そんなの何かの間違いだよね?そうでしょ?と。
枝真は色々と思いを巡らせているうちに、目頭が熱くなるのを感じた。
「枝真? そんなに痛かった?」
「……ううん、なんでもないっ」
言葉とは裏腹に、瞳から溢れる涙を制御できず、ぽろぽろと零してしまう。
「なに、泣いてるの。小さい子みたいだよ?」
からかうように笑うと、壮介の腕が伸びてきて枝真を優しく包みこむ。
背中に両腕がまわったのがわかると、少女は小さく体を震わせた。
「枝真……、俺が怖い?」
抱きしめられて壮介の胸に顔を埋めた枝真は、小声で問いかけられると首を横に振る。幼馴染は、くすりと笑うと枝真を抱く腕に力を込めた。
そういえば前にも公園で壮介に抱きしめられた事があったと、枝真はふと思い返していた。あの時は、壮介の発した言葉の意味はわからなかったけれど、どこか冗談に聞こえなくて少し怖かった。
「枝真は、ほんとに泣き虫だね」
「……泣き虫で悪かったね」
楽しそうに笑う壮介を尻目に、誰のせいだと思ってるのさ……という言葉を枝真は飲み込むと、小さく息を吐く。顔を押し当てた壮介の服から何やら良い匂いがする。こんな香りのする柔軟剤もっていただろうか。
「俺の前でだけ泣き虫でいてくれたらいいんだよ」
「……どういう意味?」
「他の男にそういう顔見せないでねって話」
壮介が枝真の耳に唇を寄せて呟いた。
枝真は、その言葉に疑問符を浮かべるとそっと顔を上げる。




