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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
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episode12




 すっかり日も暮れて夕空が頭上にひろがる頃。

 旭日は枝真の家で飼っている犬の散歩を命じられて、公園に来ていた。


 先ほどまでブランコをリズムよくこいでいた子供たちは、手を振りあいその場を後にする。その様子をベンチに座って眺めていた旭日は、手綱たづなの先で鼻を使ってボールを転がしている犬を見やる。


 犬種はコーギーで、まるまると太っている。名前は「ゲイリン」という。


「俺たちも帰るか」


 人っこひとりいなくなった公園で旭日は犬に話しかけるが、当然返事などかえってくるはずはない。

 公園はしんと静まり返っていた。


 今日は枝真の弟の春樹の誕生日で、パーティをしてあげたいと言い出したのが枝真だった。

 普段両親が家におらず、何かと寂しい思いをしているであろう春樹のことを考えての枝真の提案だった。


 旭日が春樹の家庭教師で、旭日にとても懐いていることから「旭日くんが参加してくれたらきっと春樹も喜ぶと思うんだよね」と枝真に頼みこまれ旭日も参加することにした。

 枝真の幼馴染の壮介は呼ばれていないのに、勝手にメンバーに加わってきた。枝真の親友の静は、旭日を気に入りそれ目当てで参加するらしい。


 ちなみにパーティは八時からの予定で、春樹が部活から帰ってくるまでに準備を終わらせないといけない。

 枝真はケーキ等料理全般担当していて、そのフォローに壮介。

 リビングの飾り付けに静。そして残った旭日は「暇なら犬の散歩にいってきてよ」と壮介に追い出されてしまったのだ。


「いくか」


 ボソッと呟くと、足元に転がるボールを手に取り立ち上がった。

 リードを軽く引っ張ると犬も空気を読み公園の入り口に向けて歩き出す。


 旭日が入り口の方へ目を向けると、黒いスーツに眼鏡を掛けた男がこちらを凝視していた。誰もいない夕方の公園に、黒いスーツをきた男。怪しさしかない。

 旭日は素知らぬ顔ですれ違ったが、スーツの男は旭日の後を追ってくる。歩度を速めると男もそれに歩調を合わせてくる。


 しばらく様子をみて公園周辺をでたらめに歩き回っていた旭日だったが、それでも執拗しつように追いかけてくる男に痺れを切らして振り返ると、真正面からその男を睨み付けた。


「なんだ」


 旭日は犬をかばうように抱き上げると、男に対して強い口調ですごんでみせた。男は少し驚いたように足をとめると、へらりと笑って両手をあげる。


「おっと、旭日。僕だよ僕」


「……お前、千颯ちはやか?」


 千颯と呼ばれた黒スーツに眼鏡の男は、旭日の様子にホッと胸を撫で下ろす。


「旭日。こちらに来ていると噂には聞いていたけど本当だったんだな。本部から命令が出ていないのに勝手な真似はするなよ。組織の上役たちはお前の事を反逆者扱いだ。もうちょっと自分の立場をわきまえて慎重な行動をだな……」


 千颯はメガネのブリッジに手をやると、クイッと押し上げて深くかけなおす。そのメガネから覗く真紅の瞳は、険しいものだった。


「大きなお世話だ。千颯は、何故ここにいる?」


 不満顔で自分を見る千颯をものともせずに、旭日は軽くあしらう。


「……まったく。僕は、お前のとは別件で数ヶ月前からこちらに来ている。ちょっと厄介な案件でな」


「組織から辞令が出たのか?」


「まあ、そんな所だ。株の時価変動と結果を不正入手した人間がこちらに逃亡しているらしくてな。まだ場所はわかっていなくてしらみつぶしに探しているところだ」


「そうか、俺に出来る範囲で力になれることがあったらいってくれ」


 旭日の言葉に、千颯が呆れたような顔をして大きくため息をついた。


「何をいってるんだ、旭日。お前は一度本部に戻って今回の件の始末書を提出しろ。免職どころでは済まされないぞ」


 苛立ったように、語気を強めて千颯は言う。しかし旭日は表情を変えずに、首を横に振った。


「本部には戻らない。彼女を保護し、あの男を始末する。その為に俺は今ここにいる」


 きっぱりとそう言い切ると、抱きかかえていた犬をその場にゆっくりとおろした。


「今ならまだ引き返せるんだぞ? これまでの功績も全て無駄にする気か?」


「構わない」


 迷いのない旭日の瞳を見て、千颯は肩をすくめ呆れたように笑った。


「……一応忠告はしたからな」


「それを言うためにわざわざ俺の前に?」


 旭日は、言いながらジーンズのポケットから小型チップを取り出すと手にしこむ。どうやら千颯は気がついていないようだ。


「まあ、あの過酷な現場で生き残った数少ない僕の同僚だからな」


 どこか懐かしそうに遠くを見つめる千颯に、ゆっくりと旭日は近づいていき肩を優しく叩く。

 先ほどのチップが千颯の肩にさりげなく張り付いた。


「ありがとう、心配をかけたな」


 礼を言うと、旭日は数歩後ろへ下がった。


 千颯は旭日から視線を外して軽く相槌あいづちを打つ、そして自分の胸ポケットで振動しているスマホを取り出すと、顔をしかめた。


「どうやらターゲットの居場所が見つかったようだ。旭日、さっき僕のいったことをよく考えるんだ。それじゃあな」


「……」


 スーツをはためかせて、踵を返した千颯を無言で見送ると、自分も背を向けて歩き出す。

 辺りの様子をうかがいながら、耳元に光るブルーサファイアの小さなピアスに軽く触れる。

 ピアスからノイズが聞こえてきたところで、また指でピアスを軽くいじると音がクリアに聞こえ、男の声が耳に入ってくる。


『僕だ、千颯だ。逃亡者が見つかったのか?』


 声の主は千颯だ。先程かかってきた電話に対応しているようだった。旭日が彼の肩に貼り付けたのは小型盗聴器で、旭日の耳についているピアスは、いわば受信機の役目を果たしている。


『……ああ、わかった。場所は、浅間山だな? すぐに向かおう』


「軽井沢か……」


 ピアスから聞こえる声に、独り言をもらす。ピアスを指の腹で軽く叩くと、ブツッという音とともに音声が切断された。

 足元の犬が不思議そうな顔で旭日を見上げ「くぅん」と一声鳴いた。


「悪い、そろそろ家に戻ろう」


 旭日は犬を一撫でして、その場を離れた。





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