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ラストエンカウント  作者: 豊つくも
12/68

episode11




「……あれ? 痛くない?」


 おそるおそる枝真が目を開けると、目の前で枕が止まっている。

 どうやら誰かが後ろから腕を伸ばして、あたる直前にキャッチしてくれたらしい。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、見知った漆黒の前髪をかきあげてため息をついている旭日の姿があった。


「教室で枕投げするなよ」


 旭日は手に取った枕をまじまじと見ると、嫌そうな顔をして壮介目がけて投げつける。


「なんで俺目がけて投げてくるかな? 投げたの俺じゃなくて静なんだけど?」


 壮介は投げつけられた枕を片手で軽く受けとめると、静に優しくそれを手渡す。


「ああ、悪いちょうどいい(まと)があったから、ついな」


「あのねぇ…… ところでここ部外者立ち入り禁止なんだけど? フリーターの君がなんのようかな?」


 壮介が、〝フリーター〟の部分を強調して皮肉っぽく言うと、旭日は思い出したように自分の鞄から弁当箱を取り出し、枝真に黙って手渡した。


「あれ? 私のお弁当箱?」


「春樹に姉ちゃんが弁当忘れていったから届けてやってくれ、と言われてな」


「そういえば昨日、春樹がお弁当作ってくれるっていってたんだっけ。わざわざ届けにきてくれたの?」


 枝真は旭日にお礼を言おうと口を開いたが、枝真が言葉を発するよりも早く横から静の大声にさえぎられた。


「もっ、もしかしてモデルのアサヒくんじゃない?!」


 静はバタバタと足音を立ててこちらにかけてくると、枝真を押しのけて旭日の目の前に立つ。

 そして頭の天辺から足の爪先までなめまわすように見つめ「やっぱりそうだわ」と独り言を言った。


「あなたどこかで見たと思ったら読者モデルのアサヒくんじゃない! あれ? もしかして昨日枝真とデートしてたのってあなた?! キャー! 枝真やったじゃない! モデルの彼氏なんて! 生意気よ!」


 百面相しながら、枝真と旭日に熱い視線を送る静。

 旭日は静のハイテンションにぐったりした様子で、枝真に「こいつは、誰なんだ?」と目で訴えかける。


「……えーと、この子は私の親友の静。元気で楽しくてすごくいい子だよ」


 枝真は頭を捻ってあれこれと考えたが、元気で楽しい……くらいしか静の長所を思いつかなかった。


 静はびる様な目つきで「よろしくね」と旭日に身を寄せる。面食いの静にとって、モデルでイケメンという旭日のステータスを、とても魅力的に思ったのだろう。


「で、旭日くん。用が終わったならさっさと帰っていいよ?」


 いつの間にか、壮介が枝真の真横で旭日に手を振っている。

 それを見た旭日は、ピクッと眉を動かし、自分の鞄を枝真と壮介のすき間に投げる。

 というよりも壮介にあてる勢いで投げていたのだが、すんでの所で壮介はそれをかわした。


「枝真が終わるのを待ってる」


「終わるの待ってるって、午後の講義もあるんだよ? というか君、アルバイトは?」


「今日は、休みなんだよ。じゃなきゃこんなところにいない」


「旭日くんバイトってモデルのことだったんだね?」


「モデルは、アルバイトの中の一つでしかない。他にも運送・コンビニ・工事現場・レストランのウエイター・アパレル……あと家庭教師か」


 指折り数えながら何の気なしに話す旭日に、その場にいた他三名は目を丸くして聞いていた。


「へぇ……すごいね。そんな掛け持ちしててよくうちの春樹の家庭教師やってくれてるね」


「作ろうと思えば、いくらでも作れるからな時間なんて」


 申し訳なさそうに言う枝真に、旭日は「気にするな」と腕を組んで答える。


「それでさぁ、ほんとのところ旭日くんと枝真はつきあってるの?」


 やり取りを旭日の横で黙って見つめていた静が、周囲の注目を集めようと腕を天高く伸ばして、口を開いた。枝真は、凍りついた表情で即座に静の口をおさえ黙らせる。


「静! いい加減にしてよ! 旭日くんは、うちの弟の家庭教師さんなの! そういうんじゃないの!」


 そう言って「ね?! 旭日くん?!」と旭日に同意を求めたが、旭日は生返事をして視線を足元に逸らしてしまう。

 どうしてはっきり否定しないのか?と枝真は不審に思って旭日を見ていた。


「枝真には、俺がいるもんね」


 壮介はやけに楽しそうな声で枝真の肩をポンポンと叩いてきた。

 枝真は突っ込む気力も失せていて白い目で壮介を睨みつけると、ひとつため息をついた。


「それじゃあ、枝真。今日八時から春樹の誕生パーティってことでいいかな? 俺はそろそろ自分の教室にもどるよ。午後の講義の準備もあるしね」


「あ、うん。宜しくね! 壮介きてくれると春樹も喜ぶ」


「ねえねえ、そのパーティーって旭日くんもいくの? それなら私も参加したい!」


「うん、旭日くんも来るよ。静も来てくれるの? ありがとう!」


「お前がくると、うるさくなりそうだな」


 旭日がボソリと呟くと、直ぐに静が反応する。


にぎやかのまちがえでしょー! いやっだー! もー!」


 静は手に持った枕を旭日の背中にバシバシとぶつけた。


「全員参加ってことで、またあとでね枝真。旭日くんは、話があるから俺ときてね」


 静に、されるがままのおもちゃ状態になっていた旭日の首根っこをつかむと、壮介はそのままズルズルと教室の外へ引きずっていく。


「キャー! 旭日くん、無様ぶざまなかっこうもしびれるわ! 待ってー! 私もいくー!」


 持っていた枕を枝真に押し付けて、先ほど地面に転がった旭日の鞄を抱えながら、壮介と旭日の後を追っていく静。


 ひとりその場に取り残された枝真は、押し付けられた枕を一瞥いちべつすると脱力した。








                     *                       *








 教室をでた壮介と旭日は、静から鞄を受け取るとまんまと言いくるめて教室へ戻すことに成功した。

 「旭日くんともっと話がしたい!」とごねる静を説得するのには、壮介も少し骨が折れた。


「さて……と、これで邪魔ものはいなくなったけど。旭日くん」


 壮介は一仕事終えたみたいにふうっと肩で息をする。目線は隣で同じようにくたびれた様子の旭日に向けられていた。


「……おい、女ってなんであんなうるさいんだ」


 うんざりしたような顔で旭日は毒づく。


「知らないよ、そんなの。男の俺に聞かないでよ。それはそうと、君昨日の話ちゃんと理解してる?」


「枝真に手を出したら撃ち殺す」


「そうなんだけど……ってそうじゃなくてさ。俺と旭日くんは協定結んだよね? 組織からの枝真の護衛は分担して振り分けたじゃないか。それなのになんで今君は大学にのこのこきてるのかな?」


「枝真が弁当を忘れたから届けにきた。何度も言わせるな」


 イラついたように噛み付いてくる旭日に、流れるような動作で壮介はスマホを取り出すと、画面を開いて見せ付けた。


「春樹から俺宛てに朝メールがあったんだよね。〝姉ちゃんの弁当箱よろしく〟って。その直ぐ後にもう一通きて、〝旭日くんが勝手にもっていってくれたみたいだから大丈夫だよ。〟だって……。これ、頼まれてもいないのに、君が届けに来たってことでしょ?」


 壮介は、したり顔でスマホを掲げる。

 その内容に旭日は一瞬目を奪われ、少し動揺した素振りを見せたが、直ぐにいつものポーカーフェイスに戻った。


「別にいいだろ、暇だったから来ただけだ。どっちが弁当届けるだとかくだらない。いちいち男のくせに細かいんだよ、お前」


「それを言うなら君だって、さっきから鞄や枕を投げつけてきたり。俺が枝真のそばにいるのが相当気に入らないみたいだけど。ああいう嫉妬は、ガキっぽいからやめといたほうがいいよ」


 ヒートアップした二人の口論は、鳴り響いた予鈴によって中断された。


「……ああもう、君の相手をしていたら準備の時間がなくなってしまったよ旭日くん」


「勝手にここまで連れてきておいてその言い草はなんだよ」


 不機嫌オーラ全開で旭日は、壮介を睨んだ。


「とりあえず君、ルールをちゃんと守ってよね」


 壮介はひたいを抑えて一呼吸おくとそれだけ伝えて、旭日に背を向けてゆっくりと歩みだす。


「ちょっと待て」


「何? 俺、急いでるんだけど」


 不意に呼び止められて壮介は足をとめたが、振り返ることはしない。


「お前、枝真をどうしたいんだ? ドラックを強要したり、あいつを陥れるような言動をするわりに随分感情的になって物を言うが、何を考えている」


「俺の考えは君には理解できないだろうし、君の考えを俺には理解できない。お互い無理にわかろうとしなくていいと思うよ。俺は、俺の目的を成し遂げるために今できることをやる。それだけだよ」


 手をひらつかせて、その場を離れていく壮介の後姿に旭日は舌打ちをすると、かかとを返してもと来た道を戻った。

 





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