prologue
「嘘! 枝真、あんたストーカーにあってるの?! 」
甲高い女の声に、辺りがしんと静まり返る。
「静、声が大きいよ……」
枝真に制止されて、先程脳天に響くような声を上げていた静と呼ばれた少女は慌てて自分の口元に両手を持っていくときまり悪そうに小声で謝罪する。
食器音と、生徒たちの賑やかな話し声が食堂に戻ると、枝真はふう……と安堵のため息を漏らした。
大勢の生徒たちが押し寄せる大学の食堂で、しかもこんな晴れた清々しい初夏のお昼時に大親友とランチしながら話す内容ではなかった、と枝真は 自責の念に駆られた。
「まだ、確定したわけじゃないから……大事にもしたくないし。内緒にしてね」
細いしなやかな亜麻色の長い髪から覗く、ガラス球のようなピーコックグリーン色の瞳を揺らしながら枝真は親友に詰め寄った。
「……だって。驚いちゃってさ、なになにストーカーって詳しく話しなさいよ」
静は、真紅のゆるくウェーブがかった長い髪をかきあげると、いくらか切れ上がった茄子紺色の瞳をこちらに向けた。
その眼光は、心配というよりも興味や好奇に満ち溢れていた。
「……一週間前くらいからなんだけど、帰宅途中に誰かにつけられてるような気がして……」
「あれ? 枝真いつも一緒に帰ってる男……幼馴染のなんだっけ……名前忘れたわ。あれと一緒に帰ってるんじゃないの?」
「いやだ静、この間三人で一緒に帰ったばかりじゃん。忘れるなんて……壮介可哀想だよ」
「そうそう! 壮介! あれと一緒に帰ってたらストーカーもビビッて寄ってこないんじゃない? あいつ無駄にでかいし」
手を叩いて無邪気に笑う静に、やれやれと首を横に振り言葉を返す。
「壮介サークル忙しいみたいで、最近一緒に帰れてないんだよね」
「あー……なるほどなるほど」
二人はマホガニー調のテーブルから、どちらとも無くティーカップを手にとって、ぬるくなってしまった紅茶を口に含んだ。
「……で?」
「……は?」
静は、テーブルに身を乗り出して枝真に顔を近づける。
「……は? じゃないでしょ! 話とんだけどそのストーカーとやらはイケメンだったの? キモメンだったの?」
「えぇっと……暗かったし顔までは……背は高かったと、思う……多分」
盛大にため息をついてテーブルに突っ伏すと、静は小声でぶちぶちと文句を言い出した。
「どうして、静がそんなにがっかりするの? それにストーカーだよ? イケメンでも気持ち悪いよ……」
枝真が恐る恐る静の顔を覗き込むと、彼女の整った切れ長の瞳が勢い良くこちらを睨み付ける。
「いいこと、枝真。世の中には、イケメンにだけ許される――」
「あー! うん! わかったよ静、もういいよ」
話が長くなりそうなので、枝真は静の口を両手で塞いで制止した。
遠くで鐘の鳴る音がする、予鈴だ。
二人は食器を片付けて急ぎ足で教室へと向かった。




