RUN!!
「全員、散るぞ」
DORAGONはツバサを肩で担ぐ。「え、えええっ!?」彼女は声を上げるが無視。
「根暗はそこの少年を」「根暗じゃない」
九鴉の即答。
「私は逃走しながらも、この子の能力を探るが――」DORAGONはツバサの耳元で何かをささやいた。
すると、九鴉が反応した。
ついでに、119204号も反応したが。
「ああ、これで分かった。この子は自分の思考を相手に送ることもできるらしい」DORAGONは言う。「試しに今、根暗に何か送れと言ったが――まだ制御はできてないな。そこのチビにも伝わったようだ」
FUCK。
中指を突き立てる、119204号。
「かつ、ビビリの名前を読み取ったときのように頭の中ものぞけるようだ。計り知れない能力だが――まずは、逃走が最優先だ」
DORAGONはすばやく作戦を伝える。
「………」九鴉はワイヤーでダイチを引き寄せる。「えっ?」彼は情けない声を出す。
右腕で抱きかかえる。
少々辛いが、負担をかけない運び方をすると戦いどころではない。
「目的は楽園教からの逃走。とりあえず、外へ目指せ。全員生き残れるかは分からんが、この子を守ることが最優先だ」DORAGONはツバサを指さす。
「では、あとはまた個別に指示を出す」
そして、処刑台は崩れた。
037
楽園教の外。
七番街の路地裏で、一人の男が歩いている。
「ヒューヒュー、ヒュヒュー♪」
軽快に口笛を吹く。
そして、楽しそうに歌をうたった。
「一番街は、無関心気取りの、引きこもり野郎。
二番街は、奪われるだけの、弱者野郎。
三番街は、バラバラ大好きの、残虐野郎。
四番街は、野蛮原始人の、暴虐野郎。
五番街は、偽善者中毒の、カルト野郎。
六番街は、戦士愛好者の、傲慢野郎。
機械族は、選民思想の、排他野郎。 」
音韻やリズムはデタラメで、とても上手とはいえない。
しかし、その歌はどことなく耳に残る歌詞だった。
「……待ってろよ、DORAGON」
彼は、頭にウサギ耳の帽子を被っていた。
038
五番街は碁盤目のように規則正しく建造物が作られてるため、七番街のような小道や脇道はあまりない。
道は大きく分けて三つ。
大広場から出る真っ直ぐな道と、左右に分かれた道のみ。
119204号の靴が、変形する。
<roragutu>ローラー靴</ローラーブーツ>
機械族の標準装備の一つ。
メインシステムである『CRADLE』に従い、電力を送られ超馬力で進む。
スピードの上下もブレーキも自由に調整でき、
地面だけじゃなく壁や天井も移動できる。
<word>●</word>
119204号はあっという間に先陣を切った。
白亜の建物の壁を足場にして、右の道を進んでいく。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
陸王丸は正面突破。
大声を張り上げて、風を巻き起こし辺りを一掃。
彼を止めようと騎士団が向かう、その中で誰よりも早く前に出たのは団長・ダンネルだ。
「行け」DORAGONが合図を出す。
『イナヅマ』が左の道を進み、そのあとにダイチを抱えた九鴉が右の道に出て、最後にツバサを肩で担いだDORAGONが左の道を進んでいく。
「……すいません、みなさんに一つだけお願いがあります」
ツバサは神妙そうな表情でつぶやいた。
「この期におよんで?」
DORAGONの問いにツバサは言葉をつまらせるが「それでもお願いします」と告げた。
「人を……殺さないでください」と。
「無理」
ふかのう。
「なめでんのがっ!」
「……無茶」
四人が即答する。ツバサの脳内にダイレクトに伝わる。
「そ、そんなっ――」
「私からも言わせてもらうが、それは難しい。ただでさえ緊迫した状況なんだからな」
「で、でも、だからって人殺しは――」
「道徳で何か守れるなら、みんな聖人になってる」
039
ダンネルは高らかに叫ぶ。
「我が騎士団は楽園教のために、死も恐れんぞ!」
地響きのような叫びが、大広場に轟く。
「罪人、ツバサとダイチの両名! さらには協力者も成敗せよ!」
おおおおおおおおおおおっ!
騎士達は血気盛んに各々の武器を抜き、ある者は剣を、槍を――そして何より騎士の魂を掲げ、志気を高める。
「下等団員はどうしますか」
「どうせ時間稼ぎにしかならない」ダンネルは吐き捨てるように言った。「適当に命令しておけ。恐怖ですくむ者がいたら見せしめにそいつを殺せ」
騎士に見せる顔とは打って変わって、彼は冷淡なものを見せていた。
040
五人はツバサを守るために動いた。
各々が囮となり、三つに分かれた道に散って、少しでもツバサが生き残る可能性を選んだのだ。
ちなみに、陸王丸は独断行動だが、結果的には囮として重要な役割を果たしている。(彼の実力を騎士団は無視出来ず、団長が率先して対応しなきゃならないため)彼は真ん中の道を、騎士団と戦いながら進撃する。
「………」
九鴉も、ツバサを守るために囮になる必要があった。(ダイチがいてもだ)
「ぎいやああああああああああああああああああっ!」
ダイチは九鴉に抱えられて消えていった。
めまぐるしく視点が変わる。上下左右、跳ね返るボールのように一つに留まらず、九鴉は道を駆けて、足場も壁から壁へと節操がない。
「そこの若者、待たれよ!」
二人の前に、一人の男が立ちふさがる。
「我は楽園教随一の騎士。騎士団が筆頭、神足の――」喉に棒手裏剣が刺さり死亡。九鴉は突き進む。
(ひ、ひえぇぇぇ……)
ダイチは思わず悲鳴を上げそうになる。九鴉は本当に難なく、敵を倒してしまった。
あの団員は、けして弱いわけではない。
ただ、九鴉が強すぎたのだ。
彼は少しも動揺せず、唾を呑み込むような自然な動作で棒手裏剣を撃ち、殺した。
(おっかねぇ……やっぱり、Vの強さって半端ないんだな)ダイチは静かに納得する。
そして、同時に戦慄する。
(オレ……そんな人に抱えられてるんだ)
「だから、無茶を言うな」九鴉は眉間にしわを寄せて叫ぶ。
誰と話してるのか――ダイチは首をかしげる。
(え、オレに言ったわけじゃないよな)何も話してないし、と冷や汗を流す。
いや、彼が心配することではない。九鴉は、ツバサと話しているのだ。
そう、それは自分の意志を相手に伝える――遠く離れていても、伝えることができる能力だ。
「僕が人を殺す理由? そんなの決まってるだろ」
九鴉が壁伝いに移動していると、同じく壁を伝って近づいてくる者達がいた。
彼らは全員能力者だ。炎や雷など、遠距離系の攻撃を放ってきた。それに続いて、武器との相性が良い能力者も迫ってくる。
「連携はまずます」
九鴉は放たれた炎や雷を避けながらつぶやく。
「――下もか」
ダイチはふと視線を下げる。
石畳の方にも下等団員が追ってきて、こちらを狙っていた。
(ひぃぃぃぃっ!)ダイチは悲鳴にならない声を上げる。(しかも、あの中には見知った人達もいるよ。うぅぅっ、ススムさんとかはいないけどさぁ)
それなりにショックだったようだ。
殺されそうな危険性よりも、そちらに涙していた。
「殺らなきゃ殺られる。僕は弱いから」
ダイチの目に映る景色は――上空から俯瞰した形になった。
「え?」ダイチは九鴉に放り投げられた。「ええええええええええええっ!?」
その間、九鴉は敵と応戦した。
敵は勢い激しく気合いも荒く、ある者は槍で突き、ある者は殴りかかろうとするが、九鴉は槍の先端を拳でずらして脇腹をつき、殴りかかってきたものの手を払い足で蹴って石畳に落とす。
「うおおおおおっ……」ダイチは感嘆の声を上げる。
落とされた敵は、真下にいた仲間に当たり、死亡。
九鴉はそれを幾度も行い、落石のように攻撃する。
ダイチは思った。
(……弱いだって?)
うしろから迫る者は腰をひねって回し蹴り。横から来た拳を払い落とし掌底、同時にそいつの首根っこを掴んで敵に放り投げて跳躍っ――投げられた背中にぴったりと張り付き、敵集団の中に紛れ込みナイフを振るった。ナイフは一線、二線と線を描き、死線を作り上げる。敵数名の首が血を噴き出したときには九鴉はもうおらず、敵もほとんどが死滅した。
(説得力ねええええええええっ……)
九鴉は落ちてくるダイチをキャッチし、また疾走する。
「……最強じゃん」
「違うよ」
ダイチのツッコミにも冷淡に返す。
進んでいく。
041
VR内。
「マジ、俺TUEEEEEEEなんですけどww」「ありえないくらい強くない、九鴉」「どっちがリンチされてんだ」「たった一人にやられてんじゃん」「ありえねー」「チート」「下等団員、よえええええええええ」「てか、またこういう設定かよ」「ありふれてるよな」「いや、違うんだって。九鴉は単なる俺TUEEEじゃなくて」「しらねーよ」
プログラム2はユーザーの反応を見て怒りをおぼえる。
「……このっ」
「まぁまぁ」
プログラム1はそれをなだめる。
「分かるのはこれからさ」
042
九鴉の背後で爆発が起きた。
「――っ!?」背後から迫る焼けるような風。
九鴉は足を止めずに駆ける。――爆弾? ――能力者? どちらでもいい、ともかくここにいるのは危険だ、と振り返らない。
跳躍した。
瞬間、九鴉を追うように爆発が追ってきた。
彼の身はくるくる、と空中を回転し、反対側の建物の屋上に着地。――と、そこからまたさらに跳んだ。
爆発は彼の後方で起こり続け、途中からは先回りするように爆発が発生し、思わず舌打ちする。
(まずいな、これは能力者だ)
爆弾の投擲でも仕掛け爆弾でもない。爆発を自在に起こせる能力者。
九鴉は、自分にとって最悪な相手が来たと悟った。
「ひいいいいいいいいいいいいっ!?」ダイチの悲鳴。
白亜の建物は爆発で破壊され、粉塵をまき散らす。そして瓦礫を下に落としていく。
下等団員のことは考えていないのだろう。上空を狙っていた者達がまた被害を受けた。いや、それだけじゃない。白いタンクトップの老人や、ボロボロの服の子供――その母親らしい人など一般人の姿も見受けられた。
(処刑を見に七番街から来た者も大勢いたのだ)
九鴉は咄嗟にワイヤーを発射し、できるかぎりの瓦礫を空中で破壊し――移動した。
「おかあさん!」
だが悲鳴が聞こえた。
どうやら、瓦礫は完全には壊せきれなかったらしい。年端もいかない子供が、瓦礫で頭を砕かれた母親に泣きついている。
「……っ」ダイチは目を点にする。
彼は九鴉の顔を見ていた。
九鴉は苦渋の表情だ。
子供の母親を助けられなかった罪悪感、悲しみ――そして自分自身への怒り。それらが、こんなにも九鴉を苦しめている。
(……こんな顔をするのか)
三番街の族はおっかないと評判だった。
敵の死体を見せしめにばらまくような連中だから、血も涙もない奴らだと思っていた。
それが戦闘中に人を助け、人の死にこんなに苦しむなんて。
ダイチは考えを改める。こいつは良い奴なんじゃないかって。人の痛みも、苦しみも理解する良い奴なんじゃないかって。
(……でも、人は殺すんだな)
迷うことなく、人を殺すんだなと。
ダイチの感覚では分からなかった。楽園教では人殺しを良いことだとは教えない。そのため、平気で人殺しを犯す地下都市の人々――各街の族や、七番街でたむろする人々を、どこか軽蔑していた。(もちろん違う人もいるが)騎士団が内心、下等団員をないがしろにしてるのもそれが理由だ。騎士団は元から楽園教に住んでいた上等団員がほとんどだが、下等団員は元々はよそから来た流れ者ばかり。
「うるさいんだよ!」九鴉が声を荒げた。
「――九鴉、さん」ダイチはつぶやく。
おそらく、ツバサからの通信だろう。
「僕だって、好きで人を殺ししてるわけじゃない」
爆発が前方で起きた。
慌てて後方に跳び、その場から離れた。
赤黒い煙と衝撃が走り、辺りを一掃する。とんでもない威力で、白亜の立派な建物が一瞬にして崩れてしまった。
043
「あ、今、九鴉さんが――爆発の攻撃で――ええと」
「ピンチか」
ツバサの前を走りながら、彼女の意見を聞くDORAGON。
二人は変装をしていた。DORAGONは黄色い首巻きを外し、そこら辺の団員から拝借した白ローブの制服を着ている。
ツバサは元が制服だったので外から来た者から服(Tシャツにスウェットのズボン)を拝借し、長い黒髪も切って肩までのショートカットにしていた。
「――うっ」ツバサは頭を抱え、うずくまる。
「がんばれ。きつくても、進まないと」DORAGONは彼女の肩を抱いて持ち上げ、きつくても進ませる。「能力によるものか」
「……は、はい。アタシ、これまで能力者じゃなかったから、こんなのはじめてですし」
能力者が覚醒した場合は、どんな者も自身の変化に困惑する。脳にも多大な負担がかかるため、慣れるのにはそれなりの期間がかかる。
その上、ツバサの能力はあきらかに尋常じゃない。これまでのケースでは、推し量れないものがある。
DORAGONが分析しただけでも、自分の意志を大勢に伝え、相手のことは奥底の記憶まで探れるという能力だ。そんなもの、見たことも聞いたこともない。
(私以外にも大勢があの空を見た……さらに頭の中を探る能力。……能力は一人に一つだけ。見た目は複数に見えても、それは応用された結果であり、能力が二つや三つある者など存在しないはずだ)
DORAGONは経験の上でそう判断する。能力者が得られる能力はきまって一つだけ。二つ以上の能力を持つ者など、彼は出会ったことがない。
だが、ツバサの能力はどうだ。
思考や映像を大勢に伝えるだけじゃなく、相手の頭も探れる。何だこれは……。
他にも、疑問点がある。能力が芽生えた者はそれ以前に何らかの兆候があるものだ。
例えば、Vの者はほとんどが覚醒以前に兆候があり、だからノザキ邸に拾われた。他にも、DORAGONの親友であり、リーダーでもあるRABBITもそうだ。能力者になる前に奇妙なことが起こったが――ツバサに聞くと、彼女は特になかったそうだ。
唯一あるとすれば、空の景色が浮かんだことか。
教団内部にある学院で授業を受けてたときに、パッと浮かんだらしい。
……どんな兆候だ。
能力者に起こる兆候というのは炎を生み出す者ならモノをつかんだだけで燃やしたり、周りの熱を変化させたりなどだ。見たこともない空を見るなど、どういう能力だ。前代未聞にもほどがある。
そもそも、意志を伝える能力と頭の中を探る能力ってのが何だ。もしかしたら、この二つに共通する何かがあり、それがツバサの能力の源なのか。
例えば、見た目は火を起こす能力者がいたとする。
その者は『火を起こす能力』だけしか使えず、それ以外の能力は使えない。そう思うのが普通だ。だが、中には火を起こすだけじゃなく、風をあやつる能力を使う者もいるのだ。その能力者の本当の能力は『空気をあやつる能力』だ。酸素を燃焼させることで火が起こせるのだから、流れを変えて風にすることだってできる。このように、全く関係のない現象を二つ起こせたとしても、それは必ずしも二つの能力を有してるわけじゃない。ただ、それをつなぐ源があるだけだ。
DORAGONは頭をかきながらも、逃走しながら頭を働かせた。
それが何か、分かれば苦労しないのだが。
「あっちこっちで荒れてますね……」
サイレンが吹きあれ、逃げ惑う者もいれば戦いの場所へ命令して走る者達もいる。
団員は速やかに対象者を抹殺してください。
ツバサ・アカツキ。
ダイチ。
この二名が、抹殺対象です。この二人に協力する者も抹殺対象です。繰り返します。
団員は速やかに対象者を抹殺してください。
――と、物騒な音声まで流れている。そのくせ、それは機械で合成されたものでひどく淡泊だ。
街の上空にはホログラム映像で、ツバサやダイチの姿まで公開されていた。
それを元に白いローブを着た者達は動いていた。彼らの背中には団員番号が記されており、ほとんどが五桁か四桁の下等団員ばかりだ。
人の走る方向がデタラメで進みづらく、DORAGONはツバサの手をにぎった。そうでもしないと簡単にはぐれてしまいそうだ。
「……ちなみに、あそこで立ち止まってる女の思考は読めるか?」
DORAGONがツバサに聞いた。彼が指さした先の女性は、何かを握りながら絶望にくれている。それは恋人の形見か、それとも――
「いえ、全く」
「そうか」あれは無理か。DORAGONは違う者を指さす。「あそこで大声を張り上げてるデブ。あいつの思考は?」
「――かすかに、うぅ、何かいろんな人の思考が混ざって」
「読めることはできるんだな」
それさえ分かればいい。
恰幅のいい男性は、大声でツバサを探せと叫んでいた。
(なるほど……)
「ちなみに、私はどうだ?」DORAGONは内心、不安を抱えながらも聞いた。
「……伝わるような……伝わらないような、何か蓋がしてあるような感じです」DORAGONは少し安心した。短い時間ながらも分析を重ねてきたから、予想できなかったわけじゃない。それでも、自分の心まで見透かされていたらと危惧していた。「でも、……その、男の人が見えています」
ツバサは、その男の外見を言った。
「何を考えてるのか分からない、若い人……背は高い方で……」
DORAGONは、もういいと言った。ツバサが話した特徴は、全てRABBITにあてはまる。
「油断してると、これか」
思わず、DORAGONは苦笑してしまった。
「――って、九鴉さんがピンチなんですよ。早く、彼を助けないと」
「あれなら必要ないだろ。三番街のVっていえば、少数精鋭の殺人マシーンと聞くぞ」
DORAGONは、他よりも多く彼らの情報を入手しているはずた。参謀役という肩書きは伊達ではなく、事前に相手の情報を収集するのはこれまでの基本だったはず。
それでも、彼が言ったのは他と大して変わらない言動だった。
「で、でも彼は――」
「……奴は優れた肉体強化の能力者だから、心配ないと思うがな」
これはDORAGONの持論だが、地下都市で最も万能な能力は肉体強化なのだという。
肉体強化といっても千差万別で、身体の一部を強化する者から身体能力全般を強化する者、中には肉体強化だけで炎を起こしたり電撃を発生したりと、かなり違う。
だが、それらをまとめて一括りにしても、DORAGONは肉体強化が一番だという。
言ってしまえば、他の能力は一芸でしかない、のだと。
炎を出す者は炎を出すだけ、雷を出す者は雷を出すだけ。もちろん、炎や雷を出すにしても使い方によって応用力は出る。例えば、Vの四鹿などがそうだ。雷を出すだけではなく、雷を利用して大規模戦闘を起こすほどの効果を発揮する。
だが、DORAGONはそれでも一芸だという。
(電撃は地面に通らない。他にも電気が通じないものはあり、一瞬で全てが台無しになる可能性がある)
他の能力もそうだ。
炎にしたって水をあやつる者や、火をさえぎるモノを使う能力者には適うまい。どんなに強力な能力者でも、弱点というものがある。万物に作用させる者だけじゃなく、見ただけで他人をあやつる能力や、思考を読む能力にしたって同じだ。どんな能力にも弱点がある。そう、一瞬で無に帰すような弱点が。
だが、肉体強化はそういった弱点が少ない。
ゼロというわけじゃない。例えば遠距離攻撃は苦手だ。肉体強化といっても近接戦闘しか行えず、一般人の延長線上の能力なのだから。
だがそれでも、完全に無効になるわけではない。それこそ、五感を研ぎ澄まし居場所を探ればいい。中には、弓矢でも何でも自ら飛び道具を使う者もいる。そう、戦い方があるのだ。他の能力者はすぐに無に帰するのに。
(九鴉はその肉体強化で一番の能力者だ)
だから、心配する必要はないと考えていた。
確かに、精神も肉体の一部だというなら九鴉は肉体強化の能力者といえる。
(実際はあってないような能力だが)
この点で、DORAGONは大分思い違いをしていた。
「で、でも、九鴉さんは……」
九鴉の頭の中を読み取ったらしいが、漠然としたもののため、はっきりと言葉にできないようだ。
DORAGONはため息をつくと、「分かったよ。念のため、あいつに伝えろ」と指示した。
044
ダイチは九鴉に抱えられながら、彼の人間性を垣間見た。
九鴉はわざと人気のない方向を走り、爆発から逃げた。
壁を蹴って建物の間を抜けていくのをやめて、今は建物の屋上から屋上へと飛び移っている。壁を蹴って進むのでは壁が破壊された際の被害が尋常じゃない。、だからといって地に降りるのは人が多くて進みにくいし、そのスキに爆発されたらたまったもんじゃない。
ダイチは考える。
(敵はどこから攻撃してるのか分からない――だから、九鴉にとってはかなり不利だ。いくら、強い肉体強化の能力者だとしてもだ)
近くにいる相手しか、倒せないのだから。
「……ちっ」九鴉は敵を探す。
だがいない。逃げながらも、敵が近くにいないか注意深く観察してみたが、影も形もなかった。
だが、この攻撃は直に見ながらやってるようだ。こちらの動きを先回りするなど、見ながらでないと不可能だろうし、でなきゃここまで追いつめられない。
「くそっ」
敵は近くにいない、だがまるで近くから自分を見てるかのように攻撃している――それが、現実に起きてることだ。
九鴉は一瞬、現実逃避のようにもっと探せば近くにいるかも――と思うが、すぐにかぶりを振る。そんなものに縋っていたら、今すぐにでも殺されてしまう。
「………」
おそらくは、敵は一人じゃなく複数いる。爆発を起こせる能力者だけじゃなく、他の能力者の力も借りているのだ。そう、例えば『遠くの光景を見ることができる能力者』とか。そいつの力を借りて、九鴉の姿を追いながら爆破を起こせれば――
(分かったことは他にもある)
例えば、一度だけ立ち止まり、敵の攻撃を待ったことがある。危ない賭けで、ダイチは泣き叫んだが重要なことが分かった。
爆発を起こすには、十秒以上も時間が必要だということ。
(そんなに時間が必要なのに、先回りして攻撃できたのはすごいな)
だが、それさえ知れば避けること自体は簡単だ。避け続けるのが困難なだけで。
とりあえず、これで解決すべき要点が二つだと分かった。
まず一つ目は、そう長くは逃げられない。ツバサを助ける役目もあるし、この敵にずっとかまっていては囮の役割を果たせない。九鴉の体力だって無尽蔵ではないし、ただでさえ、ダイチという重荷を抱えている。
そして、二つ目。
九鴉の性格によるものだ。
「くっ――」敵は建物を爆破した。
九鴉がいた場所とは正反対の方向だ。自分の失敗を悟ると九鴉はダイチを放り投げて移動し、瓦礫の下敷きになりそうだった子供を救った――子供は弾き飛ばされて九死に一生を得た。九鴉は瓦礫の下から這い出てきた。
運良く、瓦礫に潰されることがなかったらしいが――偶然だ。
何かが集まる感覚――まだ、近くに子供もいるのに。
「逃げろっ!」
九鴉は助けようとするが――無理だと分かると即座にその場を離れた。
衝撃波を伴う煙が四方を吹き飛ばし、耳も焼くような音が辺りを震撼させた。
044
ダイチは一連の出来事を、宙を浮かびながら目撃した。
(あそこまでして、あいつは人を助けるのか――)
九鴉は土煙が立ちこめる中、出てこない。
衝撃で立柱を壊された建物は音を立てて崩れ去る――あの中から生還できるとは思えない。九鴉は、死んだのか。
「いや、そもそもオレもやばいって」ダイチの体は重力に従い、石畳に引かれて行く。「うわああああああああああっ――て、あれ?」
だが、その体を何かが掴み取った。
ダイチの体は力強く引っ張られ、九鴉のいた場所から離れる。それを眺め入るとかすかにだが、黒い影が跳んだような気がした。(あ、あいつは生きていた?)いや、問題はそれよりも自分は何故、見えない何かに引っ張られているんだ。
「………」
119204号。
小柄な機械族が、ダイチのそばでローラーを動かし並走していた。
「もしかして、きみが助けてくれた――」ちっ、と舌打ちが聞こえた。
ガスマスクの裏は、あまりいい顔をしてないらしい。
ダイチをつかむ何かは不明だが、おそらくは119204号が行っているのだろう。ちらちらとかすかな輪郭だけが119204号の背中から伸びてるようにも見えた。
「あ、ありがとう――助けてくれてって――ちょ、ちょっと待ってよ! あそこには、まだ九鴉が」
アンナやつヲたスケテドウスル。
アイツハ、ちモなみだモナイVノものダゾ。
だが、119204号は非情な言葉で拒絶した。
皮肉にもそれは、ダイチがこれまで感じていたことだった。
「い、いや、でも、あいつはっ――」
と、声が聞こえてきた。
「いたぞ、あそこだ!」「おい、機械族もいっしょだぞ!」
下等団員が二人を見つけたらしい。
声を張り上げて、眼下の石畳で仲間を集めている。中には遠距離攻撃を放つ能力者もいた。
「ひぃいぃぃいぃっ!?」光線や弓矢のようなもの、中には立柱を削りぶん投げる者もいて多種多様。こんな種類に富んでも、とダイチは泣きたくなる。透明な何かに掴まれながら、下唇を噛みしめる。
――ちっ。
119204号はまた舌打ちした。
ローラーで高速移動するも、能力者の追撃にうんざりしたようだ。
能力者の攻撃が苛烈を極め、前方にあった建物を破壊――足場を崩されて長い跳躍をするハメになった。必然的に、跳躍している時間はスキ放題となる。
(馬鹿がっ――)119204号は周囲に盾を展開した。
盾は全ての攻撃を防いでいった。
「なっ!?」
ダイチは驚愕の声を上げる。
透明だが、攻撃を受けた瞬間にちらちらと輪郭が見える『何か』。それはダイチを軽々と掴み上げ、さらには敵の攻撃も盾のようなもので防いでいた。
<anonymous>ANONYMOUS</アノニマス>
機械族の標準装備の一つ。
ナノ粒子状の機械を使い、様々な用途に使用する。
それこそ非力な子供でも大男を圧倒する怪力を披露したり、
大勢からの銃弾さえも防ぐ強靭な盾も形成できる。
システムはこれまた、『CREDLE』を使っている。
<word>●</word>
<credle>CREDLE</クレイドル>
機械族が所有するシステムの一つ。
彼らが所有するサーバーにあるデータを受信するための機械。
各道具の使用を許可し、管理し、的確に使いこなすためのサポーター。
<word>●</word>
前方に敵が見えた。
小柄な機械族を狩るために、ご苦労なことだ、と119204号はため息をついた。
FUCK。
腰のホルスターから拳銃を手に取る。
二丁。
二丁の拳銃。
それはダイチがこれまでに見たことのないデザインだった。
色は白で、この白亜の建物群のような清潔さだ。そのうえ、デザインは奇妙に見えても、生体工学に基づいたしっかりとしたものだ。119204号は両方のセーフティを解除する。
そして、射撃。
軽快に鳴り響く銃声。
まるでドラムを叩くかのようにすばやく、かつ致命的なダメージを敵に与えた。
ある者は頭を、ある者は足の甲を、ある者は胸の急所を――、一つも外すことなく正確に撃った。
「そ、そんなっ」小柄だから自分よりも年下だと思っていたが、その強さ、いや容赦のなさにダイチは思わず絶句――ん?
と、ダイチは目を疑う。
119204号は敵を倒し、さっさと外に向かう。
だが、ダイチはちゃんと目撃していた。……敵は、生きていた。
うぅぅぅ、とうめき声を上げて撃たれた箇所を押さえながらだが、死んではいない
「え、きみ、殺さないの?」いや、殺さない方がいいんだけど、と内心は思うが。
119204号は答えない。
知ったことか、と相手にしない。
「何なんだよ、きみといい、あの九鴉といい。何故、人殺しを許容しながら、善人だったり、きみも実際は人を殺さなかったり!」
ソレハ、ソンナニりかいできナイモノナノカ?
119204号は文字を表示させた。(実はこれも、アノニマスによるものである)
今まで舌打ちばかりして、さっきだって九鴉のことを見捨てたばかりなのに、妙にしおらしく、その上、九鴉をかばうような言動だった。
ダイチは首をかしげならも、返答する。
「いや、そりゃそうだよ。きみたちの行動はあまりにも矛盾してて」
「矛盾しないのが人間か?」と、声がした。
声の高い、――まるで少女のような声。
「……え?」ダイチは耳を疑う。
119204号は走りながら少し黙ったあと、銃口をダイチに向けた。
「――いっ、たあああああああああああああああああああああああっ!」
鳴り響いた銃声と、甲高い悲鳴。
腹を容赦なく撃たれ、ダイチはもだえ苦しんだ。
「ちょ、なっ、何すんだよ! い、いてぇ。お前なぁ、冗談でもやっていいことが!」
建物の屋上から屋上へ、ときには長い跳躍もし、敵の攻撃を避け、受けて、銃弾も撃ちながら――119204号はもう一発、ダイチに撃ち込もうかと考える。
「え、あ、いや、その、ごめん」
ダイチ、咄嗟に殺気を感じあやまる。この辺は、世間慣れした故の判断か。見事である。
――ちっ。
045
四人の機械族がローラーを動かし、走っている。
この者達は周りに気づかれぬように透明化を施し、119204号のあとをつけていた。
「………」
彼らは専用の無線で会話することができ、周りから見たら沈黙してるだけのように見える。だが実際は、大柄のとその部下の一人である機械族が長々とあることを話していた。
大柄のはかぶりを振った。
何度も何度も要求されるが、答えは常にNO。
「………」
大柄のはするどい目つきで、119204号を見据えていた。
「……ちっ」
大柄も、舌打ちをした。
(……ちっ)部下の一人も、心の中で舌打ちした。
046
VR。
「119204号は女か!」「うひょー! 119204号って、まさかのロリっ子!?」「待ってました! 祭りだ、祭り!」「キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwwwwww」「ヒャッホーイ!」「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! ヽ(・∀・)ノ」「( ´_ゝ`)´_ゝ`)´_ゝ`) お前等、何興奮してんだよ。ペドフィリア」「てか、お決まりの展開だろ。これ」「うるせーよ、お決まりじゃなくて王道だよ、バーカ!」「てか、九鴉はどうしたんだよ。九鴉は」「九鴉タン……」「男なんてどーでもいいんだよ!」「よくねーよ!」
047
九鴉はまだ敵から逃げていた。
「ちっ」彼も舌打ち。
建物から建物へ、飛び移り、細いすきまも抜けて逃げて行く。
だが、追っ手は途絶えないし、敵の爆発も終わらない。
(機械族がさっきダイチを連れてったが――まぁいい)
あんな奴らに助けもらいたくない。
九鴉は、思考麻薬をVが製造していたことを思い出した。あれは、二狗やそれに従った仲間も悪いが、彼らに協力した機械族だって悪い。
(……だから、必要)
だが、状況はそうも言ってられないようだ。
「くそっ!」段々と疲労が蓄積していく。
下等団員が襲ってきた。ある者は関節を曲げ、ある者は武器を奪ってそれで殺し、ある者はナイフで線を刻むように死線を描いた。
そして、また建物から建物へ――だが爆発は一向に終わらない。その度に、巻き添えを喰らう人がいて九鴉はまた舌打ちをする。
「戦いたいなら、僕だけ狙えばいいだろ!」敵の思うつぼだ。つい、叫んでしまった。
敵もある程度、読めてる。そう、九鴉が誰かを助けるほどアマちゃんだってことが。
「くそっ!」
048
わたしたちハ、ふじみデモなんデモナイ。タダノにんげんダ。
119204号は空間に文字を表示させながらダイチに語る。
けたたましく銃弾が飛び交い、その中を119204号の銃弾だけが敵を仕留める。敵はもがき苦しみながらも死ぬことはなく、ただ痛みを受けるだけだ。しかし、余程の痛みなのか立ち上がることはなかった。
「ただの人間って……いや、きみたちは強いじゃん」
ソリャソウダ。ソウナルヨウニ、どりょくシタカラナ。
119204号は二丁拳銃を撃ち尽くすと、マガジンを外し、石畳へと落とす。
そして、アノニマスで予備のマガジンをポッケから取り出し装填。拳銃を宙に浮かせ、交差してリロードし、再び撃った。
軽快に、かつリズムよく。敵がもんどり打ち、回転し、倒れていく。
049
九鴉は、二つの選択を強いられていた。
前方の道は、二つに分かれていた。
右手にあるのは開けた通りで、九鴉も立体的な移動がしやすい道。
だが、その代わり何の関係もない住人もいるらしくそこを進んだら被害は尋常じゃないだろう。
左手にあるのは建物と建物の間隔が広く、空中を跳んだら滞空時間がやたらかかる道だ。とてもじゃないが爆発は避けきれない。
その代わり、人は少ない。
九鴉は迷わず、左を選んだ。
馬鹿が。
と、見えない誰かの声が聞こえた気がした。九鴉は膝を折り曲げて、高く跳躍する。
人間にしては超一流の身のこなしで――だが、能力者にとっては格好の獲物だった。
宙をゆっくりと進む九鴉を狙って、敵の能力が九鴉を捉えた。
衝撃が空気を震撼し、灼熱の煙が辺りに吹きあれる。
爆発。
九鴉がいた場所を狙っての、ピンポイント攻撃だ。
050
119204号は押し寄せてくる追っ手を殲滅し、どうにか次に進めるかと思ったが。
「我は騎士団が筆頭、ローズ・バイエン! この度は、貴殿を倒しに参上した!」
だが、119204号の眉をひそめる敵が現れた。
図体がでかく、ロン毛の筋肉男だ。
彼は白い団員服に身を包みながらも圧迫感があり、なおかつ迫力があった。
「喰らえ、我が渾身の一撃!」と、男は拳を振り上げると周囲の石畳が変化し、彼の拳と同じ形に変形した。
(変わった能力者だ)
周囲にあるモノの構造を変える能力。そういう系統の能力者は変えるものが「これだけ」と限定されるものだが、こいつは石畳……石限定か。
面倒だ。
振り下ろされた石畳の拳を、119204号はローラーで避ける。
ダイチを空中でつかみながら、クルクルと周り、氷の上のようになめらかにかつすばやく移動する――が、途中ダイチが身を投げ出された。
「え? あ、ああああああああああああああっ!」彼は建物のドアを突き破り、飛んでいく。
119204号は目を見開く。
彼女もまた、ローラーのブレーキが効かず壁に無様に激突してしまった。
「スキあり!」そして、敵は容赦しない。また拳が迫ってきた。
ローラーを動かそうと――<error>と、表示されてできない。ローラーのホイールは収納され、機能を停止。アノニマスを動かそうにも動かせない。
「くっ――」
119204号は身を投げて、拳を避けた。
(どういうことだ、クレイドルが停止したのか?)
053
大柄の機械族は一連の光景を見ていた。
この人物こそが、119204号のクレイドルを停止させた者である。
大柄のは透明化を解除し、無様に石畳に伏す119204号を見下ろしていた。
「……かあ、さん」
大柄のは表情を変えない。いや、そもそもガスマスクをしてるから表情など見えないはずだが。
なにヲおどろク? うらぎリものノまつろハわカッテイタダロ?
三人の機械族が大柄の背後から現れ、119204号を囲むようにローラーを停止する。
コレハ、ばつダ。
と、大柄のは指を鳴らした。
すると、119204号のガスマスクがぽとりと地面に転がった。
「えっ?」119204号の素顔がさらされた。
白皙のような肌に、目元が子鹿のようにまん丸で、かわいらしい女の子の顔だった。
「あ、ああああああっ――」彼女は慌ててクチを塞ぐと、鼓動が高まり、表情が青ざめる。
きさまハ、つみヲおカシタ。
ヤッテハイケナイ、つみダ。
冷酷に、大柄の機械族が告げる。
next-RUN!!!