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7start  作者: 蒼ノ下雷太郎
観客席 -Auditorium- 1
6/20

観客席 -Auditorium- 1-2

 PM 15:23


 七番街。

 別名、中心路とも呼ばれるここは人の往来が激しく、争いも絶えない。大抵、族間の抗争はここで始まる。その上、ここで商売しようとする者も多く、それがまた強盗ビジネスや詐欺ビジネスに結びつき、争いの坩堝といえた。

 俺が見るのもその一つだったはずだ。


 耳がつんざくほどの雄叫びが上がった。

 俺なんか蟻にしか見えない、馬鹿でかい図体。

 それこそ二階建ての建物と同じくらいの高さの大男が、鎧のような筋肉をたぎらせて、全身で周りを圧迫していた。

「……あれが」

 七番街の中央から外れた、さびれた区画に俺達はいた。

 そこで、大男――オレンジ色の布きれを腰に巻いただけの男が暴れていると、知らせを聞き、俺達は駆けつけたのだ。

 楽園教の楽園は、この地下都市のこと。

 ここは楽園。

 楽園教はそれを知らしめるために存在し、同時に楽園を守るためにも存在する。

 ――というのは表向きの話で、大規模な抗争に発展したらアレだし、偵察という意味合い強い。

「……ふんっ、六番街の馬鹿か。孤高を気どるとはいえ、十数人相手に一人とはな」

 ついてない日のようで、今回はカワイがリーダーの小隊に組み込まれた。

 カワイ、四等団員が一人に、俺を含めた五等団員が四名の小隊。大隊から切り離されるように先陣し、そしてさらに偵察として俺らが行くようだ。

「――『こちら、α1199。ポイント到着。異常なし。つづき、偵察出す。以上』」

 というと、カワイはアゴでくいっと指し示す。

 はいはい、分かりましたよと俺ら四名の五等団員は二人一組になり、二手に分かれて偵察しに行った。

「まじ、大丈夫っすかね。あれ、もはや人じゃなくて化け物でしょ」

 二手に分かれた内、俺がいない方には早朝の集会に隣同士だった少年がいた。

 こいつは能なし――いや、能力者じゃないから余計に不安なのだろう。蟻が巨象に立ち向かうようなものだ。あんなの、人間が相手にするものではない。能力者の俺でも嫌なんだから。


 ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ――


 人が、弾丸のように吹っ飛んで行った。

 人間ってあんなふうに飛べるのか――嫌なものを見てしまい後悔。吹っ飛んでったそいつは建物に激突して破裂し、砕けたコンクリートと共に地面に落ちた。人の体には骨とかその他固そうな部位があるはずなのに、トマトよりも簡単に潰れた。

「……あれって人の仕業かよ」

 俺の相方となった男がつぶやく。

 六番街は孤高を気どる奴らで、他のように街を代表する族は存在しない。

 その代わり、奴らは一人一人が強い。それぞれ人外じみた体格をしてるだけでなく、能力者としても並外れた力を有している。何でも、全員が戦士としての掟に従い、厳しい修行をしているからこそ強いんだとか。六番街は山だらけで、暮らすだけで鍛えられるからだとか、色々と言われている。

「……でも、牙のメンバーをなぶり殺しって」

「襲われてるのは大男の方なんだけどな。あいつの方が悪人に見える」俺は冷や汗垂らして言う。

 戦闘が行われてる中心に俺達二人は近づいた。物陰に隠れながら、身を乗り出して双眼鏡を使い、観察する。

 六番街の男は何らかの能力を使っているのか、ただの殴る蹴るでコンクリートの建物を粉砕し、人間を吹っ飛ばした。いや、ガタイも相当良いけどさ。明らかに、これは異常だろう。火薬を使わない爆発とでも言えばいいのか。存在自体が兵器のような男だ。

「撤退しよう……」

 相方の男はつぶやく。俺もすぐに首肯した。

「撤退だな」こんなの無理だ。視界に入れたくもない。俺達は自殺志願者じゃないんだぞ。

「カワイには適当に誤魔化せばいい。今はとりあえずここから逃げ――」

 相方の男の頭が消えた。

「……え?」

 俺はあんぐりとクチを開いたままだ。彼は気がついたら死んでしまった。

 ……本当に偶然だった。

 偶然、大男が投げた鉄骨が彼の頭を削いだのだ。

「何だよ、これ」

 別に殺意があってやったわけじゃない。そんなもので、こいつは死んだんじゃない。むしろ、危ない現場から逃げようとしていた。生きようとしていた。

「なのに何で、こんな」

 あっけない。

 あまりにもあっけなく、彼は死んでしまった。

「………」

 こんなにあっけなく、人は死ぬんだ。

 楽園教の中にいたから忘れかけてた。

 そうだ、ここは地下都市だ。ここは、あまりにもあっけなく人が死ぬのだ。

「に、逃げ――逃げなきゃ」

 俺は慌てふためく、みっともなく目尻を涙で濡らして「ア、アカリ……」恋人の名前までつぶやいていた。

 だが、腰につけた通信機器が鳴り出す。

『こちら、カワイ。あー、ααか。おい、応答しろ』

 カワイから連絡だ。監視地点での定時連絡を怠ったからだろう。俺は舌打ちをしたくなる。こんなときに、わざわざ連絡をよこしやがって。

『おい! この便所掃除がさっさと連絡しろ! 死んだのか、あぁ!?』

 通信機器はカワイの馬鹿でかい声をそのまま垂れ流す。

 ふざけるな、これじゃ誰かに聞かれたらどうすんだ。牙でも――大男にでも聞かれたら、どうしろってんだ。

「こちら、αα」俺は震えながら通信機器を取った。通信はこちらから切断できないから、応答するしかない。

『何だ、いるじゃねーか。さぼりか、あ? 殺されてたいなら別にいーがな。何なら直接』

「あ、あの――」俺はカワイの言葉に割り込む。「すいません、話したいことが」

『てめぇ! 誰に指図してんだ。黙って話を聞いてりゃいいんだよ!」

「相方が!」俺は無視して叫ぶ。「いっしょにいた男が、死にました……」

 俺は、重く暗澹とした気持ちを込めて言った。

『それが?』

 だが、カワイはあっけらかんと聞き返した。

『それが、どうしたってんだよ』

「……は?」

『まさか、貴様らの命が心配されるほどと思ってんのか』

 俺は、はじめてカワイを殺したいと思った。

 歯を強く噛みしめ、怒りが沸き起こる。

『あははははははははっ』だがカワイは逆に大笑いした。『怒ってるのか、便所掃除のくせに。いいぜ、怒っても』カワイは言う。

『何なら、決闘でもするか。その怒りをぶつけてみろよ』

 絶対に、お前は勝てないけどな、と。

「……お、俺は」

 何も言い返せなかった。

 五等団員が四等団員に楯突く。反逆するってことが楽園教のシステムに喧嘩を売るという――ことだけじゃない。

 俺は、こいつには勝てない。

『貴様は子供の頃に教団に拾われた。よかったな、だから他より真っ当な暮らしができたろ。知識だって、貴族だって全員が全員ゴミじゃないから中には教えてくれる人もいたろう。いいじゃないか。幸福だ。……オレとは大違いだ』

 カワイは言う。

『オレは、たーんと地下都市の地獄を味わった』

 こいつは、俺より年上で三十半ばだ。そして、俺よりも遅くに教団に入った。だから、教団内の経歴だけならこいつは後輩なのだ。

 だが、こいつは俺よりも数倍早く出世した。

『楽園でのほほんとしてた坊ちゃんとはワケが違うんだよ、アハハハハハッ!』

 通信機器を壊そうと腕を振り上げたが――やめた。

「………」

 辺りを無駄にさまよっていると、ふとどこかで見たことがある顔をみかけた。

「お前」早朝の集会で、俺の隣にいた少年だ。言うことは生意気なことも多かったが、気さくな奴で笑った顔もかわいらしく、嫌いじゃなかった。俺やアカリ以上に辛い目にも合ったらしく、それでも懸命に生きようとしていた。

 そんな彼は、瓦礫が当たって死んでいた。

 ビルの壁の一部だろう。千切れた鉄骨も瓦礫からのぞける。大きさ自体は少年よりもあるが、しかし、こんなのが落ちてきても――いや、こいつは能力者じゃないか。

 世間の蔑称を使うなら、能なし。能力なし、だ。

 こいつは、こんなものを壊すこともかわすこともできなかった。

「……ちきしょうっ」能力を持ってる俺も、じたばたしてるのに能力のないこいつが……でも、でもよ、悪い奴じゃなかったんだ。悪い奴じゃなかったんだ、こいつは。俺なんか、教団に入るまで散々悪さしてきて目も廃れたけど……こいつは……今まで目のかがやきを失っていなかった。俺なんかのようなゴミクズと違って……それなのに。

 しばし呆然としていると、拡声器で誰かが歌ってるのに気づいた。


 争いを止めよう、今すぐやめよう

 そんなことよりも、お空を見よう

 こんな灰色じゃなくてさ


 上手な歌とはいえなかった。

 俺は本来なら歌が聴ける身分じゃないが、教会の外で壁越しにだが合唱団の歌を聞いたことある。貴族の子供達が暇つぶしにやるようなものだったが――あのときは、こんなものがあるのかと戦慄した。

 それと比べるとこれは、暇つぶしにすら勝てない。いや、比べるのもおこがましい。

「……これは」

 稚拙で、声自体も子供のように甘ったるい。

 女の子が歌ってるのだろうが、それでも声質がムダに高く、こんなんで争いを止めようと言われても冗談にしか聞こえない。

 だが、気のせいだろうか。どこかで聞いたことある声に聞こえ――


 粉塵が舞った。


 ビルに風穴が空き、いくつかの建物が瓦解していく。

 人々の絶叫と悲鳴も激しい。――俺は、意を決して足を運んだ。

「行ってやるさ」

 カワイに刃向かえないからって、まるで逃げてるようだが――それでも、挑んでやる。

 俺は、わざわざ自ら戦いの場に近づいて行った。


 PM 15:56


 俺の能力は肉体強化である。

 肉体強化といっても細かく種類があり、本来は十把一絡げにできないものだ。全身を強化する者もいれば、五感だけ研ぎ澄ます者――皮膚だけを鋼のようにしたり、爪を刃物に変えたりなど肉体の一部だけを変える者もいる。俺は、一部だけを変える――強化する者だ。

 運動能力を高める能力。

 全身の筋肉に血液を回し、通常よりも早くカロリーを消費、エネルギーに費やす。俺の視界は瞬く間に変わる。何もない人間から見れば、俺の能力は超人的に見えるかもしれない。目や耳も研ぎ澄まされるから応用性もあるように思えるだろう。


 ――耳に残る、断末魔が聞こえた。


 だが俺はあの中には入れない。

 あの大男も肉体強化か。いや、それにしちゃ異常すぎないか。普通、人の拳って殴っただけでビルを倒壊させるか。人を鳥のように飛ばせるか。

「本当に、逃げてるみたいだな」

 懸命に争いの輪に近づいているのに、逃げてるかのようだ。目尻には涙がこもり、非常に情けない。だってしょうがないだろ。俺の両耳にはさっきから爆音と悲鳴がこだましてるんだ。

「くそっ――くそっ! こんなとこ、さっさと抜け出してやる! ちきしょう! ああああああああっ、アカリィィィッ!」半ばヤケになって疾走してると。視界のすみに見慣れた少年を見かけた気がして、ブレーキをかけ、細い道に進んでいく。

「――ダイチくん!?」

 俺は驚いたと同時にしまったと思い、「ダイチ様!」と言い直した。

 まだ貴族院で授業を受けているはずのダイチくんが、路地裏にいた。そばには、これまた見慣れた少女もいる。

「あ、ススムさん! こんにちわ!」

「こんにちわって、ツバサ――あ、すんません、ススムさん。ども」

 ダイチくんは申しわけなさそうに頭を下げる。逆に、少女の方は明るく手を振って挨拶してくれた。

 俺は二人に歩み寄り、見つめて疑問符を浮かべる。

 そばにいた少女は、ツバサという名の貴族だった。

 位は二等団員。教祖とは親戚らしく、彼女の父親も教団の布教に大きく関わったヒーローコミック『バードスター』の作者である。本来なら、俺が対面することすらありあえないエリートだ。だが彼女は、ダイチくん以上に俺のような下等団員とも気さくに接してくれる。

「一体全体……あぁ、自分は治安維持のために派遣されたんですが」まずは自分のことを語る。「二人はどうして? まだ学院だってあるでしょうに」

「あ、あそこは辞めました」

 ツバサちゃんは、平然と言った。

「はい!?」

 俺は思わず敬語も忘れ、声を上げる。

「な、な、何を言って」

 この少女はダイチくんとは違い、正真正銘のエリートだ。

 だが、いつも行動はデタラメで毎度みんなが驚くようなことをしでかすが……まさか、今回は辞めるとは。しかし何故、あんなよいところを辞めたのか。

 一応、学園は生徒の自主性を尊重し辞める辞めないも自由だが、あそこにいれば必要な知識や技術は身につくのに。

「それよりも、アタシにはやることがあるからです!」えっへんと、ツバサちゃんは胸を張った。

 ……俺はダイチくんに視線を向ける。

「こいつ、授業中に突然『はあっ!?』って立ち上がったんですよ。いや、奇怪な行動はいつも通りなんで、逆にみんな普通にしてたんですけど、急に学院を辞めるって言いだして」

「正式な書類とかは?」

「それは、まだ。でも、急に抜け出しちゃったんで、オレが止めようと追いかけてたら」

 ここまで、来てしまったらしい。

 ダイチくんなりに必死に止めようとしたらしいが、ツバサちゃんの猪突猛進っぷりは半端ではなくとても自分じゃ……と力説した。

 いや、そんなことを力強く語らないでくれ。

「急に、頭の中でパァッーと浮かんできたんですよ。青い空が」ツバサちゃんは言う。

「……青い空?」

 人類史では、確かにそうだったらしい。

 俺は一度も見たことないが、教団の文献には載っていた。

「………」俺はつい、空を仰ぎ見る。

 空はコンクリートで塗り固められ、灰色だ。

「ホントですよ? もう、誰も信じてくれないんです。アタシ、青い空を見たのに」

 そんなこと言われても困る。一度も見たことがないはずの光景を見るなんてどういう現象だ。

 それこそ、誰かが電波でも送らない限り無理じゃないか。

「アタシ達は、あの空を目指すべきなんです。だから、こんなことしてちゃ駄目なんです」

 ツバサは両手を力強くにぎって、言った。

「……で、その、ツバサがこれ持って戦いを止めようとして」

 ダイチくんは言う。彼の手には証拠物品になる拡声器がにぎられていた。

「そんな、じゃあ、あの歌はツバサ様だったのですか」

 ホント、無茶ばかりする少女だ。

「どうでした、アタシの歌?」

 しかも、感想を聞いてきた。俺はしばし、悩む。

「……個性ある歌でよかったと思います」

「でしょ! それなのに、みんな聴いてもくれないんです!」

 戦いの場なら、合唱団が歌っても聴いちゃくれないだろうよ。

 この子は、悪い子ではないんだが、どこか頭のネジがぶっ飛んでる。

 ダイチくんもダイチくんで、幼なじみだから心配して彼女を止めようとするんだが、一度も成功した試しがない。このままでいいんだろうか、二人は。

「………」

 幼なじみか。

「ともかく、ここから早く立ち去りましょう。こんなとこにいたら、命がいくつあっても足りませんよ」

 また、人の悲鳴が聞こえた。耳に残る壮絶なもので、夢に出てきそうだ。

「人が……」ダイチくんは露骨におびえる。

 だが、ツバサちゃんは違った。

「……っ」

 悲鳴がした方向へ、憤りを帯びた瞳で見据えた。まるで、正しい方向に研ぎ澄まされた剣のようだ。

「……それじゃ、行きましょうか」

 皮肉かな。俺はこのとき、彼女のその目はバードスターのようだと思ってしまった。

 いや、彼女の父親が作者なのだから当然かもしれないが――


 ドクンッ


 このとき俺が感じた感情は、何だろうか。

「さ、早く移動しましょう。今、カワイという部隊のリーダーにも連絡しますんで」


 PM 16:34


 その後、カワイに連絡しても応答せず、仕方なく俺達は自力で大隊にもどった。

 ツバサちゃんとダイチくんは念のために、教団が所有している五番街近くのビルに入って診察を受けた。

「カワイが死んだ?」

「えぇ、そうらしいですよ」

 だが、もどってみると俺と同じ五等団員の者からカワイの死を聞いた。

 あんまりにも突然で、俺は愕然とする。いや、正直な話、嫌なわけじゃないんだが。

 ……あまりにも印象が強くて、あいつが死ぬなんて考えたことなかった。

「あの人は、結構腕の立つ」

「どんなに強くても死ぬときは死ぬでしょ。騎士団だって、教団警察だって、みんな死ぬじゃないですか」

 五等団員は言う。

「死体は回収する暇がないんでね。放置しますが、とりあえず貴族さんが助かったのはよかったです。お疲れ様です」

 俺は教団が保有しているビルから出た。

「はぁっ」戦場で鼻水垂らして、傷は何一つ負ってないのにひどく疲れた。死んだのは俺じゃないのに……あの少年やカワイなのに、俺の中で何かが死んだかのようだ。「……情けないな」

 立ち去ろうとする――と、うしろから声を掛けられた。

「ススムさん!」ツバサちゃんだ。彼女は見てる方がハラハラする勢いで階段を下りて、俺に駈け寄ってきた。「あ、あの、お礼もまだでしたので、ごめんなさい。ホントに、助けてくれてありがとうございました」

「えっ――いや」それが当たり前だと思っていたから、俺は何も言えずにいた。だってそうだろ。ダイチくんでさえ、貴族とそれ以外の線引きはしてる。なのに、まさかその貴族からお礼を受けるなんて。

「いや、実はさっきも助けてもらったのにお礼はなしかって怒られまして。だから、注意されたことはちゃんとしようって思ったんです」

 だからって下等団員にそこまで――下等団員の俺でさえ疑問に思ってしまう。

 だが、これがこの子の魅力なのか。

「ちょ、おいっツバサ! もう、何してんだよ」

「あ、ダイちゃん。ダイちゃんもお礼は言った? ススムさんが助けてくれたのに『ありがとう』の一つもないのは駄目だよ」

 小言を言おうとした瞬間に叱り返され、ダイチくんはうっと言葉をつまらせる。

 しかし、それでも指摘されたことを納得したのか。「すんません、ススムさん。ありがとうございました」と頭を下げた。

「いえ、そんな、とんでもない。俺になんて」

 下等団員に軽々しく頭を下げないでくれ。

 ……貴族を恨んでいた俺が、馬鹿らしく見える。

「ほんと、あのとき助けてくれた人には感謝しないとね。彼がいなかったら、アタシ達はあの大男さんに殺されてたし。ススムさんにお礼を言うこともできなかったよ」

 命が助けてくれたことと、間違いに気づかせてくれたことの二つ、と彼女は言った。

 彼には助けてもらい、教えてもらったと。

 ……ん、彼?

「ツバサ様。あのとき、誰かに助けられたのですか」

 誰だ、それは。あの場に他にもう一人いたのか。

「黒づくめの人ですよ。いや、助けてくれて悪い奴じゃないんでしょうけど。どこか殺気立ってて怖かった」

「何言ってるの、優しかったじゃない。ダイちゃんは外見だけ見過ぎ。あの人、ダイちゃんが不安でそわそわしてるから随分気を遣ってたと思うよ」

 黒づくめで、男。そして、あの場にいて、子供とはいえ二人も助けることができる実力。

「……そんな人物が、いたんですか」

 しかも、おそらくは楽園教とは関係がないのだろう。

 関係があるならば、ダイチくんは情勢にもくわしいし、有名ならすぐ分かるはずだ。それこそ、四番街の実力者ならすぐだし、楽園教にいる情報部の者さえ少しは知っている。

「そうです。お父さんのコミックのことも知っていたようでしたし」

 ツバサちゃんは、満開の笑顔で言う。

「助けてくれたときもサァッー! って助けてくれたんですよ。まるで、鳥のように」両手を広げ言う。「バードスターのように!」


 PM 17:56


 今日一日の仕事は終了し、俺は家に帰宅した。

 抗争に巻き込まれ、それが終わっても雑務をやらされて……大分疲れて、泥が溶けるかのように床に寝っ転がった。

 できれば、もどったらすぐにアカリと会いたかったがそんな暇はなく、雑務に回された。コキ使うにも限度があるだろ……死なないでって言ってくれて、もどったって言いたかったのにさ。


 教団に所属する団員には専用の寮が用意されてるが、それも位ごとに分けられている――といっても、寮なんて使用するのは五等か四等くらいで、たったの二棟だけだ。

 五等団員のは百名以上が住居できる大型で、部屋は大体五人くらいが寝っ転がれる広さ。俺とアカリの二人なら、随分と余裕がある。

 床は五等団員にはもったいないほど柔らかい。何でも、人類史で使われてた畳というものを元にした素材なんだとか。

「はぁ……」

 畳まれた布団を枕にし、しばし休憩。

 教団にもどったあと、こう言っちゃアレだがカワイが死んで当初はみんなで雄叫びを上げた。やったぜ、あのハゲ頭が、と有頂天だった。だが、次に雑務の担当を務めることになった男がカワイほどではないが、別の意味で嫌な奴だった。

『今日からここの担当になった。……ミハエ・ツルギだ』

 あのツルギ家の長男だとか。

 父親は族間の戦いで死亡。長男である彼が家を継いだが悲しいかな。能力者としては平凡で、戦いも輝かしい栄光は一切なかったらしい。

 ツルギ家の者は生まれた瞬間に二等団員の位が約束されるが、いくら貴族でも失敗して失敗して失敗すれば、俺等の雑務の担当にもなる。彼の場合は他の二等団員から徹底的にいじられたのもあるらしいが。

「……はぁ」しかし性格は最悪で、何度もこっちの仕事場に来ては嫌味を言って叱りつけてきた。いや、俺らも注意不足なとこはあるが、十分ごとに何か言われたらこちらの身がもたない。他の奴から話を聞くと、それを全部の現場でやってるんだとか。

 さらに言えば、奴は露骨に俺等を見下してきた。

『外では散々人を騙し、陥れ、殺してきたのだろうな。薄汚い虫けらが』

 あまりにも自然に言ったので、最初は侮蔑だとすら気づかなかった。

 だが、俺が今まで味わった侮蔑でもトップクラスの侮蔑だ。完全に同じ人間と思っちゃいない発言だった。

「最悪だ」

 戦場に出て、もどってきても雑務に回されて……で、これかよ。

 まさか、あそこまで徹底的に見下されるとはな。

 同僚から遊びにさそわれたが、俺は一人で帰宅した。実は教団には酒場もあり、娼婦も大勢いるのだが……独り身じゃないしな。

 俺はむくっと半身を起こし、簡単に夕食の支度でもするかと立ち上がった。

 棚にしまっておいた野菜やパンを出して――

「あぁっ」俺は料理に集中しようとするが、つい気になってしまう。

 料理を一旦やめて、棚の奥に隠して置いたヒーローコミックを取り出した。

『バードスター』、いや正確には『BIRD STAR』か。

 ツバサちゃんの父親が描いたヒーローコミック。

 まず表紙からして、バードスターのうしろ姿だ。

 おそらく人類史に載ってる作品から真似したのだろうが、体型だけなら成人男性に見えるが、肩から背中の先まで青い翼のようなマントが伸びていた。

 ページを開くと、鳥のようなのは頭もで、バードスターの顔がドアップで映っている。

「……こんなの未だに持ってるのもなぁ」

 話はいつも単純明快だ。地下都市に住まう悪党を退治し、地下都市の平和を守るっていう……いや、問題はそこなのかな。もっとやるべきことがあると思うんだが、主人公は地下都市で唯一の平和な場所である楽園教に住み、みんなに教えを――広めたりはしないが、ともかく自分が住んでる楽園教と同じように、みんなも平和にしたいと戦う。

「そんな簡単にいくかよ」

 第四話は、おっさん達にリンチされてる少年を助けるが、実は少年が泥棒したからリンチされたのだと知るとバードスターは少年の頬を殴り、「盗みはいけないことだ!」と延々と説教する。

「最悪な話だ」

 確かに人のものを盗むのはよくない。正しいな。それが間違いになったら、みんな人のものを盗んで収拾がつかなくなる。

 だが、盗んだ方にも理由があるとは思わないのか。


『ありがとう! おかげで盗みがよくないのが分かったよ!』

 少年はラストで、バードスターにそんなことを言う。

 馬鹿か、お前、何で盗んだんだよ。その理由を聞いてもらうこともできずに、何で黙ってるんだよ。


 わたしは、天空から現る正義のヒーロー!


 俺はコミックを閉じて、また棚の奥に隠した。

 ジャガイモの皮むきをし、あとはゆでてソースつけて、他にも何か一品つくらなきゃ――と思っていた矢先に、アカリが帰ってきた。

「おう、おかえり! どうしたんだよ、こんな遅くなってさ。最近多いけど……」

 アカリは、血の気が完全に失せていて死人のようだった。

「アカリ?」

 アカリは俺に視線を向ける。

 途端、破顔して俺の胸にしがみついてくる。

「ちょ、おい、どうしたんだよ」

 アカリは声にならない悲鳴を上げ、泣き崩れた。

「アカリ……」


 PM 19:47


 アカリは何も答えずに眠りについた。余程、心労がたたったのか泣き崩れるとそのまま床にへたり込み、眠った。


 ……で俺は、気が焦ってあるとこに来てしまった。

「来ちゃった……」

 アカリを布団に寝かせ、一応夕食を残して、次に俺はどうしたかというとここだ。

 ツルギ家の館に来てしまった。


 人類史でいう、洋館だろうか。

 ダイチくんから借りた書物では~様式というように洋館にも時代毎に種類があるらしいが、俺には違いが分からない。この洋館もなんとか様式と名前があるのだろうか。左右対照で、均一された館だ。さっきから、ぐるっと回って鑑賞して分かったが、正面と背面、一階と二階両方にテラスがあるんだな。来客が来たときには、心地よく談笑できそうだ――いや、そうじゃなくて。

「ア、アカリのためだ――」

 あの様子はただ事ではなかった。そして、おそらくは原因はあの少女に違いない。

 クレハさんが言った、アカネという少女。やばいやばい、能力者。

「ダイチくんから少しは話は聞いた」

 あの戦場のとき、チラッとだが聞き出した。

 容姿は、白皙のような肌に端正な目鼻立ち、で金髪だとか。

 貴族院にも通っていて、噂とは違い品行方正でダイチくんにも優しいらしい。

 クレハさんの情報や、アカリの反応から考えるとありえない情報だ。

 直接、確かめねばなるまい。

「お、俺ががんばらなきゃ」

 そうだ。俺ががんばらなきゃいけない。

「アカリは、俺が守らなきゃ」


 と、正面玄関から誰かが出てきた。


 くいっ、くいっと、手招きをしている。

 あでやかな金髪に、端正な顔。体格はまだ小柄で、ダイチくんよりも年下の少女だった。

「……ん?」

 そして、教団にふさわしい白皙の肌。おそらく、あれがアカネ・ツルギか。

「………」

 くいっ、くいっと、少女は手招きをする。

 ……何やってんだろう。

 俺は頭を抱えて後悔した。初っぱなから、危険人物に見つかってしまった。


 PM 20:21


「ようこそ、おいでました。アタシは、いつもアカリさんにはよくしてもらっていて」

 俺は館の中へ案内された。

 客間らしい部屋は、床一面に豪奢な絨毯が敷かれている。壁紙は白と灰色の縦縞で、天井には温白色のランプがぶら下がっている。

 俺が座る椅子も心地よく、本来なら五等団員の俺が一生座れない一品だ。

「あら、紅茶はおクチに合わなかったかしら?」

「い、いえ……別に……」

 テーブルクロスの敷かれたテーブルを間にして、向かい合って危険人物とお茶をしていた

 紅茶なんて高いものははじめて飲むが、緊張と恐怖で味がしない。砂糖も出されて入れてみるが味は変わらない。

「それで、ススムさんは何故ここにいらっしゃったのかしら?」

 直球の質問がきた。

 紅茶を持つ手が自然と震える。ガクガクガクガクガクガクッ――と。

「あ、ああああああっあの――お、おおおお俺は――」

 死を間近にした恐怖で、もう動揺は隠せなくなり。

「アハハハハハッ!」

 突然、アカネは笑い出した。

「そんな、分かりやすく怯えなくたっていいじゃない」

 けらけらと、まるで上品じゃない笑い方で俺は呆然としてしまった。

「――アタシは偽物よ」

 え、と俺が問い返す暇もない。彼女は椅子から立ち上がると、部屋を出て行こうとする。

「何してるの。あなたはアカネさんに会いに来たんでしょ。アカリさんの恋人さん」

「そ、そうだけど」

 俺は突然のことで頭が回らず混乱した。

 この子は自分を偽物と言った。

 ……本物のアカネ・ツルギじゃない?

 確かに、クレハさんの情報が確かならこんなにマトモに話せる相手ではないはずだ。

「アタシは代用品よ。本物はトチ狂っていてね。だから、アタシが代わりに連れて来られたの。顔が似てるからね」

 世間体を守るためには必要なんだって、と彼女は言う。

 俺は彼女のあとをついていく。一階の広間からわきにそれたトビラに入り、廊下の床下を探って蓋を開けた。

 隠し階段だった。

「しかし、何故きみは――」

 偽物だというのを俺に教えたのか。

「……それは」偽物の少女は言いにくそうにしながらも、間をおいてはっきりと言った。「アタシも、三番街だから」

 三番街の出身だから。

 と、彼女は言った。

「……そうか」

 虐げられたからこそ、同じ立場の者には優しくなれる。

 彼女もそうなのだろう。三番街から逃げた人々は、避難民として各地を放浪した。

 どこもかしこも避難民を世話できるほどの余裕はなく、厄介者扱い。

 だから、俺達は自然と嫌われた。

 そして、占領されたことを嘲笑われた。弱者だ、と馬鹿にされてきた。

「あなたも、随分な人生を送ったでしょう」

 少女はペンライトを使い、灯りを照らして階段を下っていく。

 俺も、そのあとをついていく。

「いや、俺にはアカリがいたから」

 だから、幾分マシだったと伝えた。

 ……ほんとに、アカリがいなかったら俺は発狂していたかもしれない。

 俺が三番街だってことで、アカリにも迷惑をかけたが。

「そう、うらやましいわ」

 階段を下りると、細長い通路に続く。壁や床は全部石造りであり、空気もどんよりと冷たく、気分は奈落へ真っ逆さまだ。

「あそこよ」

 鋼鉄製のトビラが奥にあった。


 ――ドーンッ、ドーンッ、と音がする。


 何十トンもあるハンマーで叩いたかのような――トビラは頑丈そうに見えるが、所々デコボコしている。

「あそこにいるのが、本物のアカリさん。彼女は能力者としては優れてるけどね。幼い頃から精神に異常があったの。いつも不安で仕方なくて、それが能力に影響したのね。周りにいる者を殺すの」

 少女は、小型のディスプレイを俺に渡す。

 そこには、部屋の中でうずくまっている少女が映っていた。

 この、金髪の子と瓜二つのだ。

「壁に埋めこまれたカメラで随時チェックしてるわ。一応、本物だからね。ここの領主様も気がかりではあるみたいなの」

 でも、それだけだ。彼女を助けようとはしない。

 ディスプレイに映っている少女は、何かを見ながらブツブツと呟いている。

「これは――」

 男だ。

 まだ生きたままの男が二人ほど、宙に浮かばされている。二人は悲鳴を上げるが、アカネは笑っていた。アハハハハハハッ、と。

 片方の男が、分解されていく。

「な、なんだこれは」

 一切の躊躇もなく、皮膚から分解された。皮膚をペロンッと剥がすのではない、細胞の一つ一つを丁寧に一枚ずつ剥がしたのだ。それも一斉に――まるで花が散るように、男の皮膚は奪われ、赤とピンクの血肉があらわになった。男はそこで悲鳴を上げるが少女は淡々と作業に集中してる。筋肉は糸を解きほぐすように一本一本が解かれて、血は果物を搾り取るようにわきで流され、骨は細かく粉砕され、最終的に男は脳みそまで分解された。

「彼女の能力はサイコキネシス。知ってるかしら。人類史では超能力者は決まって、これが使えると言われてたの。いわば、基本よ」

 念じただけで、物が動かせたりする能力。

 アカネの場合は、それが精密機械のように行えるってことなのだろう。

 ちなみに、残ったもう片方の男は子供が人形を振り回すように部屋中の壁や床や天井に叩きつけられて死んだ。

「彼女にとっては人間はおもちゃなのね。ほら、笑ってよろこんでるわ。男は女性より大きいから、解体し甲斐があるのかしらね。いえ、それよりも――」

 俺はよどみなく説明する少女に疑問を抱く。

 部屋の床には、先ほどの二人よりももっと多くの臓器や肉片が散らばっている。

「これを見て何とも思わないのか」

「三日で慣れたわ。最初は死体の掃除もしてたのよ。今は、アカリさんも手伝ってくれるけど」

「……アカリが?」

 あぁ、と俺は得心がいった。

 そうか、だからあいつはあんなに血の気をなくして。

 七番街でさまよっていた頃も死体を見てきたが、あれは、何度見ても慣れるものではない。

 自分がいつそうなるかを恐れると、慣れようがない。

「何なら、彼女を殺してみる?」

 少女はニヤリと笑っていう。

「何を言っている」

「だってそうでしょ。あなたはアカリさんが心配になったから様子見にきたんでしょ」

 その通りだ。願わくば、アカリが悩む理由を解決してやりたかった。

「だったら、殺す方が手っ取り早いわよ。何なら、拳銃を貸しましょうか。ある機械族にもらってね。それだけじゃなく、薬も貸すわよ。いくら彼女でも寝てるときに銃で撃たれたら、抵抗しようがないでしょ」

 ……俺は、しばし考えた。

 殺す相手は小さな女の子だ。だが、相手は強力な能力者。だったら、躊躇なんてしてられない。アカリの命が掛かってるのだ。例え、殺したことがバレて俺が捕まってもアカリを助けるためなら――


『おかあさん……』


 ディスプレイの向こうで、アカネが泣いていた。

『さびしいよぉ』

 アカネがつぶやく。

「彼女は、幼い頃から母親がいなかったの。ツルギ家は代々問題がある家柄でね。優秀な能力者を輩出したけど、そういうのはきまって心に問題がある子が多いの」

 母親は父親に殺されたんだとか。

「そんなっ」

「本当らしいわよ。あの子はそれを直に見ちゃったんだって。父親が、能力で母親を殺すところを」

 その結果が、これか。

 いくつもの命をバラバラに分解して、その原因がこれだ。本物のアカネは血の海で泣き叫んでいた。

「……殺せないよ」

 俺は言った。

「アカリさんが死ぬかもしれないわよ」

「でも、殺せない」

 俺は言う。

「母親がいなくて泣く子供は……殺せない……」


 同じ苦しみを味わった奴を、殺すことなんてできない。


「そう、あんな化け物に共感しちゃったのね。……馬鹿ね、あなた」

「おかげですごい生きにくいよ」

「じゃあ、死ねばいいのに」

「絶対に嫌だ」

 俺はディスプレイを少女に返す。

「アカリがいるから、絶対に死ねない」


 next-観客席 -Auditorium- 1-3

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