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7start  作者: 蒼ノ下雷太郎
観客席 -Auditorium- 1
5/20

観客席 -Auditorium- 1-1

 A.M.5:00


 寝ぼけ眼で起床し、朝食も含めて一五分で支度する。

 アカリは貴族の館に行き、俺は集会場に。

「じゃ、お互いがんばろうぜ」「うん、がんばろう」

 外に出ると、白い大理石の道を歩く。この道は広場までつながっているが、左右にはこれまた白亜の建物が並び、どこに目をやっても色は変わらない。本当に自分は正しい道を進んでるのか分からなくなる。

「………」

 俺は空を仰ぎ見る。薄汚い灰色の空。

「バードスターだったら――」こんな空でも飛ぶのかな、と。

 余計なことを言ってしまった。心の中で猛省し、集会場に行く。


 A.M.5:21


「遅いぞ! この低級能力者で、五等団員で、便所掃除が!」

 雑務係のカワイに蹴られ、殴られ、突き飛ばされた。出会い頭にひどい奴だ。筋肉強化の能力まで使って体罰を与えるかね、フツー。


 能力者。

 常人とは違い、人為的に超常現象を引き起こす存在。そういった者のことを総称して『能力者』と呼んでいる。


「うっす、さすが恋人持ちは体罰も違いますね」列に並ぶ中、俺の隣りに見知った少年がいた。

「うっせーよ」俺は少年を軽くこづいた。

 頬に傷跡がある、坊主頭の少年。それなりに苦労してきたんだろうが、その目は澄んでいて、笑顔も絶えない。

「カワイ、いつもより機嫌悪いな。何かあったのか」

 いつものカワイなら、怒声だけだ。直接的な暴力は朝にはしない。

「あいつも貴族にこき使われてるから、単なる八つ当たりじゃないですかね。えへへへっ」

 少年は他人事のように笑った。自分だって被害を被る立場なのにな。

 だが俺も、少年の無邪気な笑いにつられて声がこぼれそうになった。


 集会場――といっても俺達のは、広場のわきにある多少開けた一角だ。

 俺達の前に雑務の指揮を担当する四等団員のカワイが立つ。「点呼、はじめっ!」一人一人が自身の団員番号――白いローブの背中に書いてあるのを叫ぶ。

 ここにいる団員のほとんどは名前などなく、数字でしか自分を特定できない。

 一応、俺とアカリ(他にもカワイ)は名前があるが、隣の少年はない。何故って、知識がないからだ。会話できるほどの能力はあるが、逆をいえばそれしかない。個人を差すのはお偉いさんが決めた数字でもいいし、何より顔を合わせれば「あんた」や「俺」で通じるから必然性も感じないと、ここにいる人は名前なしが多い。。

「11896!」

 腹に力を入れて、自分の番号を叫んだ。

 白い道、白い建物、白い教団の制服――真っ白な世界。だが、実際は何も白くない。

「………」俺は空を見上げる。人類史にあった空はここにはない。


 A.M.6:23


 ここは、地下都市。

 地上にいた人々は地上に住めなくなり、ここに避難した。

 地下都市は六角形の形をして、全部で七つの街に分けられている。

 右から時計回りに一番街、二番街と続き――最後に真ん中にある七番街を含めた七つ。

 ちなみに、ここは五番街だ。

 他の街と比べて圧倒的に土地が少ない街。だからこそ、ここのは異質な族を組んでいる。


 (トライブ)

 地下都市で、生まれた環境や目的により徒党を組んだ者達。

 その者のことを、地下都市では族と呼んでいる。

 そして、各街にはそれぞれを代表とする族が存在する。


 楽園教(らくえんきよう)

 実質、五番街の族。俺が入団し、今も所属している族。

 一応、宗教団体と銘打ってはいるがやってることは族と変わらない。

 一番街などをのぞき、これも族とするなら、地下都市最大の族と言っても過言ではない。


 俺の団員番号は「11896」で、点呼するときはこれを名乗る。だが大抵は、それすらも呼ばれない――「おい便所掃除! さっさとしろ!」

 カワイが教団便所6に現れ、叱責した。俺の仕事が遅いと怒ってるらしい。一時間ちょっとで教団内の便所を全て掃除しないといけないのに貴様ときたら――と唾を飛ばした。

「……一段とキレてますね。前は仕事が丁寧だって誉めてなかったっすか?」

 集会場で隣だった少年と掃除をしていた。彼は苦笑して、俺はブラシで便器の汚れを取りながら言う。

「あのときも誉めて数十分後に、クセーって殴られたけどね」

 お互い笑った。別に皮肉でも何でもない。この教団じゃ当たり前のことなんだだ。

 団員番号の桁数は、団員の権力も表している。

 俺は五等団員で、カワイは四等団員。奴の番号は『4233』。

 俺が同じ五等団員に掃除しろ、殴られろ、死ねと言っても従ってはくれないが、四等団員が言ったら大体は従わなきゃいけない。……下手したら、死ねもだ。


 A.M.7:45


「そういや、知ってます? 三番街の族が、何か企んでるって噂」

 便所掃除を終えて、俺は貴族の家に赴いた。

 護衛の仕事だ。貴族のお子様を、学院にまで連れてかなきゃならない。

 隣りに立つのは集会場にはいなかった男だが、俺と同じく五等団員。気兼ねない間柄だ。だからこそ、物騒な話題も話せる。

「……知ってる。それって、こことって噂でしょ?」

 ここというのは、この楽園教のこと。

 三番街は、楽園教とひそかに何かを企んでるらしいのだ。

「噂ですけどね。やばくなりそうですよ。あぁ、めんどくさい」

「四番街とも付き合いが悪いのにやだな。抗争が起きたら先陣切るの俺達じゃん」と俺は苦虫を噛みつぶしたかのように言う。

「「はぁ……」」そして、二人ともため息をついた。

 個人的には、三番街の活躍はよろこばしいが、あまり、荒事はしないでほしい。一番被害を被るのは俺達なんだ。戦闘では、五等団員は使い捨て。

 いつ死んでもいい。てか、むしろどうぞどうぞ。どうせ、補充はそこら辺にうろうろいる。と気軽に捨ててくれる。

「遅くなってすんません、待ちました?」

 貴族の館といっても、ここの人のは大したものじゃない。他の貴族が豪邸に住んでいるのに、この少年のはせいぜい馬小屋程度だ。外装も内装も凝った装飾はしていない。そのくせ、壁は長年の汚れが染みついている。

「いえいえ、ダイチ様はむしろ早い方でして」

「そうです。それじゃ、まいりましょうか」

 ダイチくん、気さくに笑った。

 彼も教団に属する団員だが、俺とは位が二つも違う。三等団員だ。

 彼の制服の背中には、一応学生であるため『S』という表記があるが、団員番号は『938』。俺よりも上。ゆえに、俺達はこの子を様付けして呼ばなきゃいけならない。彼は十七で、俺は二七なのにだ。


 A.M.8:34


「うちの坊ちゃんはラクでいいですね。五等団員に敬語使ってくれるし」

「それは同感です。他だと蹴られ殴られ、ゴミクズ呼ばわりらしいですし」

 ダイチくんを貴族院という貴族専用の学舎に届けると、俺は同僚といっしょにしばし貴族院を眺めて雑談した。

「うらやましいですね……貴族様は」

 俺やこいつは所詮よそ者で、出世してもなれるのはせいぜい四等団員。

 三等団員からは違う。貴族と呼ばれる、過去に栄光を残した一族だけがなれる。

「……ほんと、貴族様は」俺は重々しくつぶやく。

 ちなみに、貴族っていうのは俺達五等や四等団員が使う侮蔑語だ。実際は通称でも何でもない。この貴族院というのも、本当はもっと偉そうな名前がついているが、低級の団員には文字が読めない者もいるので言葉だけ広まった。何回か貴族の前で言ったこともあるが、大抵は侮蔑だと気付かないか……いや、そもそも俺達のことなんて眼中にないのか。殺されることはない。

「じゃ、俺はそろそろ次のに行かないと」

「あぁ、がんばってください」

 本来なら、この狭い五番街で護衛はいらないのだが、長年の習慣で必要なんだとか。貴族様は大変なこった。多分だが、俺の予想だと無理にでも下等団員をつけることで、お互いの位置を確認させる意味があるんじゃないか。……いや、考え過ぎか。

 俺は、空を仰ぎ見る。

「………」

 憂鬱だ。


 A.M.12:21


 ダイチくんは父親が二等団員だが、母親は三等団員。

 権力の差を超えた大恋愛ではなく、望まれない恋愛だったようだ。

 その父親としても、お家としても。

 そのため、彼は貴族だが大した家には住めず、だけど貴族という位にしなければ示しがつかない。だから、万年三等団員にして、あの家に住まわしてるのだろう。

 あの子が俺達と敬語で話すのもこのためだ。幼い頃から、人の敵意や悪意に敏感だったのだ。

 だから、本来なら徹底的に弾圧されそうな貴族院でもやっていけている。生来の世渡り上手。ある意味、そこら辺の能力者より価値がある。俺なんか――多少珍しいだけだ。

 俺と同じ護衛だった男は俺よりも実力は上だ。多分、一対一で戦いになった九割で俺↓負けるだろう。それほど、差がある。

 そんな俺でも、他の奴が持っていない特権というのは存在する。


「もう、スーちゃんはまたちゃんと食べてない」


 午前中の雑務が一通り終わると、俺は教団本部にある食堂で飯を食っていた。

 そして、俺の姿を見つけ、隣りの席に恋人が座って説教してきた。

「……アカリが大食らいなんだよ。よくまぁ食えるな」

「何よ。これくらい普通でしょ」

 アカリ、俺の幼なじみで恋人だ。

 長い黒髪をうしろで一本にまとめている。体格は小柄で、女性でも小さな方だろ。

 昔からずっといっしょだった。お互い助け合い、協力して生き延びてきた。七番街でクズに拾われたときも、ここに入団したときもそうだ。こいつがいなかったら、俺は今ここにいないだろう。こいつがいるから、俺は五等団員としてでも認められた。『共鳴者』は、教会で貴重だったからな。


 共鳴者。

 能力者の中には、ある人物といっしょだと能力の精度や効果が高まる者がいる。(中には人物じゃなく『物』で高まる者もいるが)

 そういった者達の総称を、共鳴者という。


 教団の中では神が与えた奇跡の一つとして重宝されるため、俺等もその恩恵にあずかった。……だったら、もう少し権力をくれよと思うが。

「スーちゃんのとこはいいよね。ダイチくんって、私達にも優しいし、敬語だし」

「……優しい、ね」でも、俺達は様付けしなきゃいけない。下手して~くんや、~さん。いやいや、呼び捨てしたらダイチくんでも眉間にシワを寄せるのではないか。

「お前のとこは厳しいのか?」

 アカリは、一変して表情を消した。

「貴族様だしね。それが普通だよ」そう言うと、淡々と野菜スープを飲んでいく。

 それ以上も、それ以下もこの言葉には与えたくない。そういう意志が感じられる。

 俺は――感情をおさえた。アカリが話題にしたくないのに、わざわざ俺が蒸し返していいものじゃない。

「入団前はもっとひどかったしな。あの頃よりかはマシと考えるしかないか」

 俺は言った。

 俺とアカリは、入団する前は避難民として七番街で暮らしていた。

 暮らしていたといっても、宿なし金なし親なしだ。俺には最初母親がいたが、どっかの族が抗争してその巻き添えを喰らい、死んだ。俺はタチの悪い大人に拾われ、温かいスープとパンを食べさせてもらった。

「………」

 今、俺が食ってるような。

「あのときはひどかったね。まさか、騙されてるなんて思わなかった」

 最初の三日間は優しかった。

 温かい飯を与えてくれて、笑顔で接してくれた。そして、名前もくれた。

 俺にはススム、俺よりも一日前に来た女の子はアカリ。

 地下都市で、名前は貴重だ。大抵は野垂れ死ぬか、利用されて殺されるかくらいしかない。だから、名前なんて必要ない。実際、俺は母親がいても名前を与えてくれなかった。だって、名前をつける知識すらなかったのだ。文字どころか言葉もロクに知らない。そう、地下都市では知識は重要だ。人類史では当たり前のように学校に通えて知識を与えてくれたらしい。うらやましい限りだ。俺達は、どれだけ欲しても知識が与えられないのに。

「スーちゃん、知ってる? 三番街の人達が何か企んでるって」

 こいつもか、俺はやや声のトーンを落としてつぶやく。

「知ってるよ。三番街の『(ファイブ)』だろ? あの人達、街を奪還したとはいえまだ大型族と比べたら弱小だからな。策を練らないと生き残れないんだろ」

 三番街。この五番街とは違い、豊富な土地があり、鬱蒼と茂る森がある街だ。

 食べ物は、土地を耕し畑を作ればよい。

 家は木を切って組み立てればいい。

 しかも地下を通る水は樹木で洗浄され、質も良い。まるで天国のような場所だ。

 ――だから、大勢の奴らに狙われた。

 十数年前、三番街は四番街の下部組織に襲われ、占領された。大勢の人々が捕らえられ奴隷になったとか。

 逃げ延びた者もたくさんいたらしいが、大体は死んだ。抜け出したとはいっても、この地下都市は大体が糞だ。だから逃げ場所なんてない。避難民はいつだって狩られる対象か、もしくは巻き添えを喰らって死ぬ存在だ。

 俺の母親もそうだった。奴らにとっては。

「また、抗争が起こるのかな」

 アカリの声が、冷たく二人の中だけで響く。

 食堂はにぎわっているのに。俺達だけ、氷のように冷たい。

「分からないだろ。まだ、何が起きるてるかは」

「スーちゃんは三番街に思い入れがあるから」アカリは言葉をつまらせる。「……ごめん」

 あやまられても困る。

 思い入れがあるのは事実だ。

「………」

 俺は、元三番街の人間だ。

「あやまるくらいなら言うなよ」

「ごめん」

「……ったく」

 自分の女がそんな風にしょげたら、文句の返しようもない。俺はまずそうに野菜スープを飲み干す。

「別によ。あの族を賞賛するわけじゃないよ。あの人達、おっかないしさ。この前だって、下部組織の残党が奴らを襲ったけど……」

 奴らは殺された。

 ただ、殺されたんじゃない。

 死体をバラバラにして、七番街のど真ん中で見せしめにばら撒かれたのだ。

「あのあと四番街の部隊が駆けつけたけど、それもやられたよね」

「あぁ……」だから、賞賛する気はない。おっかなすぎる。四番街も黄色い首巻きをして、厳つい顔ですごんでくる奴らばかりだ。……だが、質が違う。四番街のは動物的な威嚇だが、三番街のは人間的な威嚇。脅しで、脅迫的だ。

「でもさ。俺等、あの人達に助けてもらったじゃんか」

「……そうだけど」

 俺達は昔、悪い大人に拾われた。

 最初の三日間は優しく温かい飯を食べさせてくれて、名前もくれた。知識も最低限、教えてくれた。家もあった。あの期間だけはホントに幸せだった。


 俺達は家族だ。家族は助け合わなきゃいけない。


 俺に渡されたのは一枚の写真。

 この男を殺せ、と俺は言われた。

 七番街では特に子供が使われる。――騙して、利用して、荒稼ぎをする奴らから。

 いつでも族間(トライブかん)の抗争は起きる。街を代表とする族なら抑えたりもするが、地下都市にはそれ以外にも無数の小規模な族が存在する。彼らは、大規模な族ほど抑制が効くわけじゃない。その度に大勢の死者が出て、街を追われる避難民が出る。だが、どこへ逃げても居場所がない地下都市は大抵みんな死ぬ。親が死ぬか、子が死ぬか。それとも、両方死ぬか。俺の場合は、親だけが死んだ。

 そして、親がいなくなった子供を狙うクズがいるんだ。この地下都市には。

「確かに、Vが殺してくれなかったら私達は今ここにいなかったよ」

 アカリは言う。

 その通りだ。俺達は奴らに生かしてもらったようなものだ。

 子供でも能力者は大人を軽々と凌駕する力を持つ。だから、悪い奴は子供の能力者を騙し、手駒にする。いや、これならまだ良い方なんだ。顔の良い女の子や男の子を、もっとタチの悪い大人がどうするかなんて想像したくもない。

 Vは、そんな悪い大人達を狩っていった。


 Vも三番街の生き残りだ。

 そして、彼らはノザキ邸で鍛えられた能力者だった。

 能力者の中でも有数の能力者。だが彼らも最初は悪い大人に拾われ、働いていたことがある。それでも、リーダーの二狗は相当頭がキレる奴だった。

 利用されてるように見せかけて、最終的にはVの方が利用した。仕事で大人達に被害が出るようにしたり、他の族を利用して大人達を追いつめたりして、最後は自分らで拷問して殺し、七番街の広場で死体を飾った。


 我々は三番街の生き残り、V。

 我々がいる限り、三番街の血は途絶えない。


 死体の服に血でそう書き残した。それがV誕生の話で、ようするに最初からおっかなかったんだ。

 だが、俺達には憧れの対象だった。

 彼らは大人の手を借りることなく、自分達で仕事をこなした。そして、どんな大人達よりも効率よく働き、利用し、地下都市で名を上げていった。

 その動きの中には、『成敗』という名の慈善活動も含まれていった。

 そう、俺達のように悪い大人に黙れた子供達を助けたんだ。大人をバラバラにして。

 俺とアカリも、偶然その一人になった。俺が仕事に行った日にVが大人を殺したらしく肝心な場面を見てないが――あのときは、本当に心から救われた気分だった。

 そして、そんな奴らがVの元に集まった。あくまで彼らは志願制を基本にして、仲間になれと強制はしない。だからこそ、自分からVに協力したい、仲間になりたいと思った奴らが集まり、Vは三番街を奪還するほどの勢力に成長する。


 A.M.12:42


「ずっと、いなきゃいけないのかな」

 不意に、アカリは弱音をこぼした。

「……おい、それってここのことを言ってるのか」

 ここのこと。

 ようするに、楽園教のことだ。

「ここじゃ、私達は一生下等団員。出世したとしても四等団員だよ」

 アカリは俺を見て言う。

「一生、何も残せない。何もできない。ただコキ使われるだけ。それで、いいの?」

「……どうしろってんだよ」

 地下都市は、どこも地獄だ。

 楽園教は、地下都市こそこの世の楽園であり、天国と謳っている。

 俺もそれを謳う一員だ。五等とはいえ、ちゃんと団員だ。

 だが、俺は断言する。

 ここは地獄だ。ゴミクズだ。

 人の命がゴミのように扱われ、搾取され、そんなのを天国だなんて冗談にしちゃレベルが高すぎる。あんまりにも高等すぎて俺はため息しか出ない。

「分かってる。分かってるよ、私だって」

「抗争が起きるなら尚更だろ。ここを出るったって、どこに行くんだ。三番街か、それとも四番街か。二番街は今絶賛占領されてるな、一番街によ。で、その一番街は閉鎖して入ることはできない。六番街は……修羅の街と呼ばれてるな。あそこと比べたら、まだ他は天国かもしれない」

 選択肢なんてない。ここだ。ここが、唯一の居場所なんだ。確かに、蔑まされ、罵られ、尊厳や人格なんてありゃしないさ。

 ……だが、じゃあどうしろってんだ。他に選択肢があるのかよ。

「でも、二人なら。私達は、共鳴者だよ?」

「それがどうした」

 それだけだ。

 俺は、それこそVのような奴らとは違う。

 たった五人から成長し、大規模の族である四番街の『牙』や、この楽園教と対等になるなんて考えられない。

「……ごめんなさい」

 アカリは顔をうつむかせて言う。

「あやまるなよ、別に俺は」

「ごめんなさい」

 許して、と言ってるようにも聞こえた。

 アカリは肩を振るわせ俺に表情を見せない。

「………」空しく雑音だけが通り過ぎる。俺等がいないかのように避けて、消えていく。

 周りはにぎわっているが、俺達は沈黙した。


P.M.14:34


 カワイに殴られる。

「てめぇ、便所くせぇんだよ! 近寄んな!」

 午後からの教団施設の各清掃を行っていたときだ。

 教団の建物群は、見た目は真っ白でシンプルに見えるが、中は豪奢な内装や装飾がされて目も眩むほどだった。俺は床に敷かれた絨毯を丁寧にゴミ取りしていたのだが、急にうしろから殴られた。

「この、グズが。仕事が遅いんだよ、何ちんたらしてんだ!」

 痛みで頭を抱える俺を、さらに殴るカワイ。

 床に倒され、蹴られ、唾まで吐き捨てられて、この一週間で比べても最大の屈辱を受けた。

「へっ、さっさとしろよ」

 カワイは背中を向けて去って行く。

 で、また怒声が聞こえた。どうやら、他の誰かもやられたようだ。

「……災難だな、大丈夫か」一連の光景を見ていた同僚が手を差し伸べる。悪い、とあやまって俺は手を取った。唾まで吐かれたのは最悪だが、俺はこんなことよりも苦悶していて正直どうでもいい。


「……はぁっ……」

 廊下の隅で、壁に頭を打ち付けて悲しみをまぎらせる。

 カワイなんてどうでもいい。あんなのは野良犬か何かだと思えばすぐ忘れられる。

 だが、アカリとのことは忘れられない。一生心に残る。大切な人だからこそ、ささいな不協和音が重りになるんだ。

「アカリ……」

 と、暗澹な気持ちで嘆いていると脇腹を突っつかれた。

「いっ!」しかも、俺が敏感に感じやすい箇所をだ。俺はふり向き、見知った相手だと確かめて不満の声をもらす。「も、もう、いきなり何ですか。クレハさん! ゴンゾウさんもそんな笑わないで」

 クレハさんとゴンゾウさん。

 とある共通点で知り合った二人が、いつのまにか俺に近づいていたのだ。

 クレハさんは、細身で身長が高い。髪も男なのに肩より先まで伸びていて、女性的な品格さえある。

 逆に、ゴンゾウさんは男らしいというか見た目、人間じゃねぇ。筋肉質な上半身はつねにむき出しで、体格も廊下の天井につくかつかないかだから、余計に圧迫感がある。

「きみが女で泣いてるからだよ。後悔するくらいなら、あやまればいいのに」と、クレハさん。

「そうだぜ。所詮、わしらは不器用な生き方しかできねー馬鹿なんだからよ。愛した女くらいには恥をさらせってんだ!」とゴンゾウさん。がははははっ、と俺の背中を叩く。

 いや、あの……叩くだけでも痛いんですけど。

 二人は俺とは違い、三等団員だ。

 しかし、だからって貴族というわけじゃない。――二人は特別なんだ。

情報部(じようほうぶ)は暇なんですか?」

「ふっ、きみが心配することじゃない。なーに、ちょっと憐れな後輩を心配しただけさ」と、クレハさんは肩を叩いて笑った。

 情報部。

 教団で、諜報活動を行う唯一の部門だ。

 攻撃だけに特化した『騎士団』や、治安維持のための『教団警察』とは毛並みが違う。

 活動はほとんど非公開。俺達なら当たり前だが、お偉いさんでもくわしく知る者は少ないとか。どこかの族に潜り込んで情報を探ったり、ときには煽動して族同士を争わせたり、、中には危険人物を暗殺することもあるとか。

「情報部って、命令系統がバラバラでね。上が、教祖だけじゃなく六門委員会まで関わるから。中には特定の人物にだけ従う情報部員もいるんだよ」クレハさんは苦笑しながら言った。

 楽園教の権力ピラミッドは、教祖が最高位の位置にいる。

 俺達のような番号でいうと、『1』。そう、一桁だ。

 そして最高権力であると同時に、教祖はこの教団の象徴ともいえる。

 年齢は六十を優に超える。地下都市の平均寿命は三十代前半までと言われてるのに、だ。――だからこそ、象徴。楽園教はここを楽園といっている証拠ともいえる。

 なるほど、確かに象徴としては教祖以外にふさわしい者はいないだろう。だが、権力も教祖が全てを司るかというと、それは違う。教祖の下には『六門委員会』という六つの部門の代表がいて、彼らも強い権力を持っている。彼らが一致団結すれば教祖だって迂闊に逆らえない。だから、影では相当な血なまぐさいことが行われてるらしい。情報部員をそれぞれが子飼いにするのもその一巻だ。

「この前、代表の一人が辞任したろう。それで勢力図が大きく変わってな」とクレハさんは苦々しく言った。

 情報部は本来なら教祖直轄の集団だ。

 だが、実際は彼らと個別で関係を持つ者がいる。それも、一人や二人じゃない。

「だが、まぁ、わしらが成り上がるにはこれしかないからのう。しゃーないわ」とゴンゾウさん。

 そう、情報部が他の部門と一線を画しているのはここだ。

 情報部は、よそ者でもなれる。そう、実力さえあれば。

「いつかはうちの大将が変えてくれるさ。まだきみには話せないがね。大将が何かしようとしてるんだよ」とクレハさんは子供のように笑って言った。

 相当、大将という人を信頼してるのだろう。大将とは、一応情報部の管理役を任されている人だが、実際は子飼いにされてる者が多いため、みんな彼の下にいるわけじゃない。

 だが、それでも信頼は厚いらしく、そのうち大将から強い一派が生まれるんじゃないかと噂されるほどだ。

「……そうっすか」そう、俺達のような下等団員にも親しく接してくれるような……平等でいてくれるような。そんな、一派が出るかもしれないのだ。


「で、自分らのことはどうでもいいんですよ」クレハさんは俺をひじでつっついた。

「そうじゃ、そうじゃ。おめぇ、彼女でも泣かせたのか。あんな可愛い子もらってるくせに」ゴンゾウさんはうらめしそうに睨んできた。

「……それは」俺は悩ましげに目をそらした。話しにくいことだし。

「おいおい、言わないのか。悲しいな、クレハさんは。同じ三番街出身なのによぉ」

「おうおう、悲しいのう。冷たいのう」

「……ぬぅ」

 二人は腕を組んで、渋い表情を浮かべている。

 いや、そんな顔をされると余計に話づらいが……しかし、このままクチを閉ざすでわけにもいかない。

「……実は」俺は重いクチを開いた。


P.M.14:45


「それは、厄介ですね」

 クレハさんはめんどくさそうに顔をしかめて、アゴに手をつく。

「……ぬぅ」

 ゴンゾウさんも似たような感じだ。

「ちょっ、二人から聞いてきたんじゃないですか」

「それにしてもですね」

「ぬぅ……」

 俺は食堂でアカリとのことを全て話した。洗いざらいにだ。それなのに、二人は再び腕組みして顔をしかめる。

「正直、アカリさんの気持ちも分かりますし」

「え、分かるんですか?」

 俺は目を点にする。

「いや、楽園教を出ようとしてるんですよ。それってまずいでしょ。いや、信仰をどうこうってわけじゃなくてですね」俺は言う。「ここ以外に、地下都市で暮らすなんて……」

「アカリちゃんが、どういう貴族に仕えてるか知ってますか?」

 クレハさんは、俺の発言にかぶせるように言った。

 俺は一瞬硬直したあと、ようやく反応した。「どういう貴族って……」

「セカンドネームを持つ家系。ツルギ家」

 セカンドネーム。昔の人類史でいう名字、ファミリーネームのようなものだ。

 そもそも地下都市の者の名前はどいつもこいつも適当で、ひどく大ざっぱ。

 ただし、族に属してる者は各族の掟に従い名前を変更する。

 現に、各族の主要メンバーは規則に沿って名前を与えられる。四番街の牙はDORAGONやRABBITなど人類史で使われたアルファベットを使うし、逆に三番街のVはナンバーズと名乗って五狼や、二狗など数字と動物の漢字を組み合わせている。

 そして、楽園教に住む者はきまって『カタカナ』で名前を付けることが義務づけられている。(俺やアカリも一応カタカナに変えた。といっても、あっちは俺達を番号で呼んで、知らないだろうが)

「大抵は自分らのようにクレハ、ゴンゾウと一つの名前だけですが、セカンドネームはもう一つの名前があります。ファミリーネームといった方が分かりやすいでしょうかね。個人の名前ではなく、家系をあらわした名前です。ツルギ家のことは、知ってますね?」

「……はい」

 ツルギ家。

 代々、教団の騎士団に貢献し、六門委員会の一人になった者まで輩出したことがある名門。

「何故、彼らは名門として優遇されてるのか。それは、血筋だけではないのですよ」

 ツルギ家は、昔から強力な能力者を生みだしてきた。

 過去のツルギ家では、たった一人で複数の族を殲滅した者までいるらしい。

 当代はそれほどではないらしいが、それでも俺と比べたらはるかに強大な力を持っている。

「今は当代よりもその妹、アカネ・ツルギが能力値が高いとされてますが、この娘が厄介でしてね」

 あまりの強さゆえに傲慢で、残忍。皮肉にもそれを許してくれる環境だから余計に悪性は悪化、今は毎日使用人が消されていると言われる。

「……そんな、じゃあアカリは」

「いえ、何故か女性だけは見逃してるらしいです。これまでも、消えたのは男性ばかりらしいですし、殺される危険だけはないでしょう」

「その代わり、大勢の死者を目撃したわけじゃな」

 ゴンゾウは頭をかく。

「厄介じゃの。それなら、わしだって教団を出たくなるわい」

 俺は、息が詰まる思いがした。

 つい、胸をおさえてしまう。心臓が破裂しそうだった。ドクンッ――ドクンッ――と、嫌な重みを与える。

 死者?

 危険人物?

 そんなの聞いてない――下手したら、アカリが殺されるほど危ない奴なのか。

 ……アカリが死ぬ?

 嫌だ。考えたくもない。可能性があるだけでも嫌だ。

「ススムっ!」

 クレハさんは俺の肩をおさえ、意識を覚ますために叫んだ。

 俺は、暗澹とした思いにかられていたようだ。

「……きみがそんなんでどうする。誰が彼女を守るんだ」

 正論だ。

 あまりにも正論で、俺は申し訳ない気持ちになった。

 これは俺がしっかりしなきゃいけない問題だってのに。

「クレハさん、ゴンゾウさん」

「ん?」「あ?」

 二人に頭を下げる。

「ありがとうございます」

 俺は踵を返して、貴族院へと向かう――前に、アカリの元に行こうとした。

「どうせ、あいつもあそこら辺にいるだろ」

 どんな危険な奴でも、貴族院にいるのは間違いない。だったら、付き人であるあいつもいっしょにいるはずだ。仕事はまだ残ってるが、少しだけなら抜け出しても――


 ――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ――


「なっ、何だ!?」

 大音響のサイレンが、教団内で響き渡る。

 鼓膜を破りそうなほど、けたたましいサイレン。

 団員達はしばし動きを止めるが、すぐにこれが何のサイレンか思い当たる。

「警戒A」

 警戒レベルとしては一番低い。これは教団かもしくは楽園教の信者に危険が及んだ場合、戦闘が可能な団員を最低限集め、出撃させるもの。

「警戒A……俺か」

 警戒レベルはAが一番下で、上はDまである。Dになると俺達のような下等団員や三等団員や二等団員などのエリートまで参加する総力戦だ。しかし、Aは違う。これは、五等団員から四等団員、もしくは三等団員が数名参加して編成される。

 ちなみに、三等や四等は特別な事情によって外されることもあるが、五等は特別な家柄の護衛でもない限りは不可能だ。

「ははっ」ダイチくんの護衛であることに、初めて恨みを抱いたぞ。


 五等団員や四等団員らしい人々の群れが、一斉に集会場へと走って行く。

 石畳の上を足音が反響し、ほこりが散っていく。白い建物群の中をだ。

 俺も、その中に紛れて走る。

「スーちゃん!」

 だが、途端に足を止めた。急に俺がブレーキをかけたので後続とぶつかりそうだったが、運良く後方が肉体強化系の能力者で、タッーンと俺を飛びこえて走って行った。

 俺は、声のした方向へと掻き分けてもどる。

「アカリ!」

 アカリは、白亜の建物のわきに立っていた。

「アカリ……」

「スーちゃん……」

 思わず、抱きしめてしまった。アカリの細い体があっさりと覆われる。小さい体。昔から少ししか成長していない、栄養が足りない体だ。だが、俺といっしょにいた体でもある。そう、昔から俺を支えてくれた。

「いつものことだけど、がんばってね」アカリは顔を上げて、うるんだ瞳で言う。「死なないで」

「分かった」

 しばし、手を握りしめる。――ようやく、手を離すと俺は雑踏の中に入り集会場へと向かった。

「スーちゃん……」

 アカリの声がかすかに聞こえたが、足は止まれない。


next-観客席 -Auditorium- 1-2

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