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7start  作者: 蒼ノ下雷太郎
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 013


 二組のチームは四鹿に足止めを喰らっていた。

(あいつ、多人数と戦う方が強いな)

 九鴉の身を案じて駆けつけてくれたのだろう。九鴉は感謝すると同時に罪悪感を抱く。

 四鹿は周囲に電撃を放ち、広範囲に攻撃を行った。

 彼女の電撃は数千ボルトにまで威力が高められ、その攻撃はもはや大砲のようだ。彼女が手をかざすと、一瞬にしていくつもの粉塵が飛んだ。

(いや、これならまだ手加減してる方だ)

 四鹿は多人数を相手に一人で戦う。

 手をかざし、射撃のように放ったのはフェイク。本当は、彼女が念じた場所に自在に放電できる能力だからだ。

 電気は周囲の金属片をかき集め、四鹿の思うように動かされ、放たれていく。

 あるときは弾丸のように貫き、あるときは鉄槌のように頭を砕いた。

 場合によっては通路の壁にして侵入者を防いだり、盾にして攻撃を防ぐこともある。

(――これなら、僕は後始末だけで済みそうだ)

 ほとんど九鴉が出る幕はなさそうだが、それじゃ申し訳ないので九鴉は後始末をはじめた。

 中には広範囲の攻撃にもめげず、負けるかと意気込む者もいる。そういうタイプには、仲間との連携を高める『通信系』の能力者が多いので、そういうのは真っ先に狩る必要がある。

 九鴉は電撃の嵐の中、静かに敵に忍び寄り、首を切った。

「んっ――」一人で物陰に隠れていた男が、首から血を吹き出し倒れる。九鴉にクチをふさがれたまま、仲間に気づかれることなく。


 殺し合いは駄目。殺し合いは……殺したら、二度ともどってこないんだよ?


 九鴉はかぶりを振った。

 そう簡単にいくものか。彼は電撃の中を駆け抜ける。四鹿も仲間を攻撃するなんてヘマはしない。逆に九鴉が動きやすいように敵の進路を阻む攻撃をし、うまく連携を取った。これは長年の経験が生きてると言える。

(一つ、二つ、三つ、四つ――)九鴉は建物に隠れる敵を狩っていった。

 彼の優位性は体術を極めているということ。

 それには、暗殺術も含まれている。武器を誰にも気づかれず持ち運び、使うことができる技術。そして、誰にも気づかれず忍び寄る技術もそうだ。

『――こちら、α。β、どうした。応答せよ』

 敵が持っていた無線がざーざー鳴っていた。九鴉はそれを手に取り、しばし聴き入っていた。そして、無線を利用することに決めた。

「こちら、β。う、うわああああああっ、だ、誰だお前。助けてくれ!」

 無表情で演技する九鴉。

『β! おい、β! 何があったって言うんだ。応答しろ!』

「助けてくれよぉ! 大男が俺を殺しに、ぎやあああああああっ!」

 無線を壊す。九鴉は外に出て、なるべく辺りを見回せる建物にのぼった。

(あそこか――)どうやら仲間を助けようと外に出たらしい。勇敢なことだ。だが、戦いでは、むしろ、そういうところが利用されることもある。

(出てきたのは二人だけ。――ということは、あの中にはもっといるか)

 九鴉は先に建物の中にいる者を狙った。

 足音を立てず、建物の壁を伝って移動する。敵の位置は耳をすまし、呼吸を聴き取って確認した。(部屋の中に二人。思ったより少ないな)九鴉はドアを開けると、一瞬にして飛びこみ一人を殺害。次に、敵が九鴉を視認した瞬間首をついて殺した。この一連の作業、およそ二、三秒。

(さて、さっき行ったのは……)

 外に躍り出て、壁を蹴ってすばやく移動した。

 さっき出た二人は、まだ辺りをうろうろしていた。

 あれほどの悲鳴が上がったのだから、敵は能力者と判断したのだろう。だから、ひどい惨状になって一目で分かるとふんでいたに違いない。

 だが、違うのだ。世の中には能力者じゃなくてもすごい奴はいる。

(ま、僕は一応能力者だけどね)

 二人は建物から出て、狭い一本道を歩いていた。運の良いことに、二人とも九鴉に背中を向けている。

 九鴉は袖から二本の細長い棒を取り出した。先端は刃になっており、過去の人類史で棒手裏剣と呼ばれたものらしい。投げるにはコツがいるが、携行性に優れ殺傷力も高い。力を込めて、弾丸のように打った。

 ――だが、敵は気付いた。

 一人は腕で受けとめ、もう一人は叫びながら弾いた。

(――思考を読む能力者でもいるのか、気づかれないと思っていたが)敵二人は九鴉を見ると、即座に駆けた。二人同時にだ。(まずいな、敵がどういう能力か分からない)さらにいえば、場所が悪い。奇襲をかけるだけなら最適だったが、それがばれて敵に見つかればこれ以上にまずい場所はない。

 九鴉は慌てて後退しようとする。

「させるかよ!」

 二人の内の一人、筋肉質の男が雄叫びを上げた。

 彼は先ほども大声を張り上げて棒手裏剣を弾いたが、今度もまた大声を出しながら拳で壁を破壊し、その衝撃を九鴉の上空にまで広げた。

「――っ!」

 咄嗟に、これ以上うしろに下がるわけもいかず、足を止めてしまう。

 九鴉のうしろに瓦礫が落ちてきた。

(衝撃を伝える能力者――か。レアな能力だ。こんな奴もいるんだな)

 二人の内の一人、筋肉質じゃない方――細身の男は、九鴉を指さした。

「なっ」間一髪でかがんだ。

 一条の光が、空間を貫き後方の瓦礫に風穴を空けた。

 レーザー。どうやら、敵はどちらもレアな能力者のようである。少なくても、九鴉の大したことのない能力より数百倍マシだ。

 九鴉はかがんだまま低姿勢で駆け抜けた。その脚力はすさまじく瞬く間に肉迫するかに見えたが、即座に筋肉質の男が前に出る。

 九鴉と対峙。彼は雄叫びを上げて、その衝撃を全身に駆け巡らせた。

(――驚いた、あれって自分自身にも使えるのか)

 単なる遠距離攻撃だけじゃないらしい。彼は九鴉に殴りかかる。一発、二発とどれも空を切るがその音は鼓膜が破れそうなほどで、それだけで九鴉を震撼させた。

(すごいな、これはすごい。今まで見たことがない)

 だが、それだけだ。

 九鴉は敵の手首を取り、親指をつかんでひねり回した。

 今度の絶叫は痛みで能力を使うどころじゃない。

 筋肉質の男は悶え苦しみ、うしろの細身はレーザーで助けようとするも相棒が邪魔で放てない。

 九鴉は二人まとめて蹴り飛ばし、地面に倒れたところをナイフを投げて殺した。


 014


 プログラム1は語る。

「あの九鴉という少年はすさまじいな」

 プログラム2は語る。

「でも、何故あいつは能力を使わないのだ。能なしではないだろ?」

「実際は能なしと変わらん」とプログラム1は答える。

 彼の能力は、『精神力を強くする』だと。

「……それって、目に見えないな」

「そう、外面には何もないような能力だ。実際は多大な貢献をしてるのだろうが、これまで大変だったらしい。実際、能なしと同じようなものとされてきたからな」

「だが、奴はリバーシ-だろ?」

 リバーシ-。

 それは、プログラム達によって番組をおもしろくさせるために少々工作した存在のこと。

 九鴉の場合は、過去の人類史において発展した格闘技の技術などを無意識下に植え付けられた。

 技術というのは偉大だ。ある技術が出るまで、世界のほとんどの格闘は力で敵をぶち倒すだけのものだった。弱者が強者に勝つということなどありえない。絶対にありえない。だがそれを、技術が覆した。

 それ以降、人類の格闘技は進化して、あらゆることに応用されるのだが――現在、九鴉にはその技術のほとんどが無意識下にある。何も知らない地下都市の者達からすれば、九鴉の体術こそが能力に見えるだろう。大昔の人類史に出てくる霊能力者や魔術師が、奇術で恐れさせたのと変わらない。

「もっといえば、精神力が強いってことは恐怖にも立ち向かえるということだからな。戦いにはさらに強くなる」

「ある意味、最強の能力者ともいえるな」

 だが、逆をいえばそれだけだ。

 四鹿のように電撃を放つこともできず、二狗のように心も読めない。何ら、特殊能力らしいものはない。戦うなら己の身一つでやるしかない。それが、九鴉の限界であった。


 015


 気がつけば、九鴉と四鹿は牙のメンバーをほとんど倒していた。

 状況は楽園教が切迫していたのだが、二人のおかげで流れは変わり、あとは地道な殲滅戦になっていく。

(楽園教の弾圧がまたはじまるんだな)

 元々は楽園教が四番街からの避難民を捕らえていたのがきっかけだ。だから、この戦いが楽園教の勝ちになると流れは最初にもどるだろう。

「九鴉!」九鴉が遠くその光景を眺めていると、横から四鹿が突撃してきた。全体重を乗せた飛び膝蹴りが見事に入る。「馬鹿! 一人で突っ走って。もう、いつも馬鹿なんだから。馬鹿!」

 目尻に涙を浮かべて、四鹿は言った。

 彼女のロングワンピースはいくらか攻撃が当たり、裾が焼かれ、切り傷のようなものも負わされていた。

「四鹿、それは」

「え、あぁ、これは大丈夫だよ。服がやられただけ。ほら、お肌は傷ついてないでしょ」 と、切られた箇所を見せてくる。右肩辺りにやられたとこ。

 確かに、服は無残にも裂かれているが体には届いてなかった。小さなサイズの服だが彼女にはこれでも余裕があるのだろう。逆にそれが幸いしたのだろうか。

(一歩間違えたら彼女も巻き添えにしてた……)

「ごめん、四鹿」九鴉は頭を下げる。

「え、ちょっと、別にいいって。仲間でしょ。これくらいのことは、ね」

「……しかし」

「うるさいな! いいったらいいの!」

 またキレのいい蹴りを喰らい、沈黙する。

 ……しかし、九鴉は心の中で反省する。

(あそこで僕が行ったら彼女もついてることは分かってたじゃないか。……闇雲に、行動した結果が四鹿が傷つくことになるなら、それは――ん?)

 九鴉は殲滅戦を見てる最中、あることに気がついた。

 四番街の奴らが、ときおり小型の何かを取り出し、耳に刺していた。

「何だ、あれ……」

 九鴉は遠くを見据えながらつぶやく。

「あ、思考麻薬」と、四鹿が不意にクチに出した。

 それを、九鴉は聞き逃さなかった。ぎょっ、と彼女にふり向くとすぐに問いただした。

「知ってるのか、四鹿」

 二番街で蔓延し、母親と子供もトチ狂わせた悪魔の薬。九鴉はこのときまで、薬の効果や簡単な内容ぐらいしか知らなかったが。

「……九鴉」四鹿はしばし目をそらしたあと、九鴉を見返した。「まさか、知らないの?」

 何故か、四鹿は違うようだ。


 016


 九鴉は一目散に三番街にもどった。四鹿を置きざりにして許されざる行為だが、このときばかりは確かめなければならないことがあった。

「二狗!」

 執務室に入る。そこでいつも仕事している彼の姿は無く、九鴉は辺りを探し回ったが一向に見つからない。

 探してないのは、新しくできた研究施設だけだ。

 九鴉は、意を決して向かう。


 新しくできた研究施設とやらは、簡単に組み立てができる木造の小屋であり、見た目は怪しげな雰囲気などない。九鴉は中に入る。

「――あれ、九鴉さん」

 そこにいたのは、蛇という名の少年だった。

「蛇。――きみはここにいたのか」九鴉は辺りを見回す。

 小屋の中にはいくつか機械が置かれていた。大型でボタンがいくつもある複雑なものから、シンプルそうなデザインの機器まで色々だ。

 中には容器に入れられた植物を調査する機械まである。

「こんなもの、一体」

「二狗さんが機械族から手に入れたんですよ。いや、最初はかなり交渉が手こずったらしいですけど。奴らの中にも思考麻薬を売り出したいって奴がいて協力してくれて」

 九鴉は、それを聞き逃さなかった。

「――思考、麻薬?」

 目を見開いてたずねる。

「え、知ってるでしょ。九鴉さん」ここに来たってことは、と言いたいかのように蛇は首を傾げる。彼は棚の中から小型の機器を出す。それは、過去の人類史でミュージックプレイヤーと呼ばれていたものだ。イヤホンという、音を直接耳に届けるパーツもあり、思考麻薬はこれで摂取するのだろう。

「最初はこの機械はいくつも作れないだろうってあきらめてたんです。でも、どうにか策をこらして量産に成功したんですよ。いえね、一度しか使えないって言ってこれを売るんです。確かに一度使ったら自動的に消去するようプログラムされている。でも、機械自体は残る。だから、それを売れば三分の二はもどってくるから――それを延々と繰り返せば、客もあまり損をした気にならないって寸法です。あ、そこの植物は本当の麻薬を作れないかって研究してるとこでして」

 蛇の他には誰もいない。

 今は遅い時間帯なので、他は寝てるんだとか。蛇は研究熱心なため残っている。

「……きみらが、作っていたのか?」

「え? えぇ、まぁ。結構広まってるでしょ。二番街なんて特に売れて」

 九鴉は、左手を押さえた。怒りで、蛇を殴ってしまいそうだった。

 脳裏にあの狂った女のことを思い出す。

 そして、街の様子。泣き叫んで母の死を見た少女――シリンダーのない拳銃で九鴉に引き金を引いた子。

「きみらは……」九鴉は絞り出すようにつぶやく。「それで、何が起こるか考えもしなかったのか」

「え、九鴉さん?」

 九鴉の脳裏に、またあの光景が思い浮かぶ。

 機械を壊した。

 円を描いて体を回転させ、勢いのついた蹴りを大型の機械にぶち当てる。うしろの壁ごと突き抜けたそれは地面を転がり粉々になった。

 小型の機械も乱暴に壁にぶつけて破壊する。「やめてください、九鴉さん!」蛇が体を張って止めようとするが弾き飛ばされる。

「きみはっ」九鴉は叫ぶ。「こんなことをやって平気じゃないのか。馬鹿じゃないのか。こんなんで、こんなんで人は簡単に死ぬんだぞ」

「だからやってるんですよ!」

 蛇は鼻から出た血をこすりながら言う。

「……九鴉さん、どうしちゃったんですか。あんな、自分たちにまで優しい……九鴉さんが」

「僕は優しくないよ」

 鈍器に使っていた機器を投げ捨てる。

「こんなの作っていたなんて知らなかった……じゃ済まされないな」

 九鴉は小屋から出る。

「みんな、やってるじゃないですか」

 蛇は、去りゆく九鴉の背中に叫んだ。

「そもそも、機械族の奴が持ち込んできたんですよ。この話は。――俺等がやらなかったら、誰かにやられるんですよ?」

 九鴉には聞こえない。彼は、二狗を探す。


 017


「不機嫌だな、九鴉。仕事をほったらかしておいて」

 二狗はしばらくして見つかった。九鴉がいつも寝泊まりしている部屋にいたのだ。

 九鴉はVの拠点から離れた、雑踏の多い集落の中で寝泊まりしていた。大勢の宿無しが集まって暮らしている中で、九鴉は部屋をもらい暮らしている。彼の部屋はベッド一つ以外はほとんど何もない。

「……コミック以外に何もない部屋だ」

 そう、あるとしたらコミックが数冊だけ。二狗は二冊の同じコミックを見つけた。自分は、同じのを渡してしまったのだと彼はそれで知った。

 九鴉は以前ならそれを見て申し訳ないと感じたかもしれない。だが今は、何も感じない。

「二狗なら言わなくても分かるだろ。……どうしてだよ」

 二狗は心を読む能力者。すぐに九鴉が言いたいことを察する。

「思考麻薬は重要な収入源だ。あれがあるおかげで、我々もいくつか機械を手に入れることができる。便利な道具も手に入った。パソコンという道具だけじゃなく、盗聴器という便利なものから、爆弾の製造方法まで色々とな。それだけじゃない、能力者じゃない者も銃器を使えば戦える。ライフルだけじゃなく、携行性のある拳銃や、遠くを撃てるスナイパーライフルなどどれも実用性の高いものばかりで」

「僕は、二番街を見てきたよ」

 二狗は、すぐに九鴉の記憶を読む。

「狂った母親、そして娘か。確かに思考麻薬はいたってシンプルな麻薬だからこそ、弊害もあると聞くな。俺も最初は驚いたよ。まさか、幻覚作用まであるなんて」

「罪悪感はないのか」

「弱いから死ぬ」

 二狗は即答した。

「弱いから死ぬ。それだけだ。俺達も弱かったらあーなっていた。それだけのことだろ?」

「……僕達は、四番街の奴らに何もかも奪われ、さまよい……多くの苦しみを味わった。だからこそ、やっちゃいけないことがあるんじゃないか」九鴉は言う。「同じ苦しみを、誰かに与えちゃ」

「理想論だよ、九鴉」

 二狗はベッドから立ち上がった。

「他の奴らだって隠れて思考麻薬を流している。たまたまうちが一番効率よくやってるが、他だってひどいものさ。四番街なんて仲間内でやってるだろ。そもそも、うちはまだできたばかりの族。やろうと思えば真っ先に狩られる立場。それなら、手段を選んではいられない」

「こんなことをして何のために。機械を手に入れたって」

「四番街をつぶせる」

 二狗は言う。

「下部組織じゃなく、奴らの本体をな。忘れたのか九鴉。俺達は奪われたんだぞ。奴らに、何もかも。全てをだ」

 それなのに、お前は甘いことを言うのか。二狗の冷え切った瞳が九鴉を凝視する。

「そのためなら何だってするのかよ」

「そのためなら何だってするんだよ」

 九鴉に合わせて、言葉を連ねる二狗。

「楽園教と四番街がやる今がチャンスなんだ。そして、現状を打開する。一気に四番街をつぶし、この三番街の地位を安定させるんだ。そのうち、他にも能力者を見つければ」

「……二狗」

 九鴉は問いかける。

「あんたは、一体何のために」

「身近な人達を守るためだ」

 即座に、二狗は言った。心を読める能力者だからこそできる先回り。いや、身内ならそんなものがなくても可能だったか。

「はっきり言おう、九鴉。俺はお前達を守るためなら何でもする。だが、お前達以外はどうでもいい。どうでもいいんだ。一応、その尺にはVの部下達も含んでいるが、正直な話、優先順位は初期のメンバーが全てだよ」

 二狗、三鹿、四鹿、五狼――九鴉。

 あの襲撃から逃れた、五人。ファイブ

 二狗は部屋から出て行く。

「あの少女は捕まったぞ」

 九鴉の目が見開く。

「楽園教の奴に捕まったそうだ。何でも、スパイ容疑があるとかでな。実際はどうだか知らんが憐れなものだな」

「……あんたは」

 九鴉の左手は震える。

 二狗はそれをしっかりと見つめていた。

「恨むなら恨め。俺は後悔しない」


 018


 プログラム2は語る。

「このままじゃ話が続かないぞ。ツバサが死に、九鴉はこのまま納得できぬ戦いに身を投じるのか」

「まさか」とプログラム1は答える。

「ここから、なんだよ。私の考えた物語は実行されている。まあ、任せろここからが大事なんだ」

「そうは言うが」

 プログラム1は言う。

「ほら、VRにいる人間達も楽しんでるじゃないか。ドキドキしてるのだよ。九鴉はどうなるのか、ツバサはどうなるのかと。ここから、九鴉はツバサを助けに行く。楽園教にいる者に連絡はしておいた。TVで放映して処刑も盛大にしろっとね。大規模になるぞ。それで、九鴉は目の前で助けるかどうか悩むんだが、そこはある仕掛けが用意されていてね」

「仕掛けねぇ……」

 プログラム1は言う。

「そう、仕掛けだ。おそらく、九鴉はそれで答えを決めるだろう。


 019


 九鴉は五番街へ走った。

「はぁっ……はぁっ……」

 五番街の入り口は馬鹿でかい門と鉄柵が敷かれている。いつもは警備兵が数名で、人の出入りを厳しくチェックするが、今回は違っていた。来る者拒まず、誰も彼も中に入っていた。九鴉もその人々の群れにまぎれる。

 雑踏が激しく、人の声が右往左往する。

 道は満員で、どこも混雑。教団内の建物は白亜の建造物で、地下都市では最高の建築群なはずなのだが、誰も見向きもしない。

 奥の広場まで行くと、二階建てほどの高さの処刑台が見えた。

(あまり、前に行けないな)

 人の数が多く、にぎわいすぎだ。

 広場には屋台やら公開処刑には関係ないものまで出ている。

(人を多く集めて公開することで、見せしめにするのかな。いや、そもそもスパイ容疑が確かどうかも怪しい。だとすれば、戦いをはじめるキッカケにしたいだけかも)

 どちらにせよ、もう少し見渡せる場所がほしいと辺りを探す。

 バレるとまずいだろうが、五番街にある教会の壁をのぼって斜塔の上に行けばよく見えるはずだ。

 九鴉がのぼろうとすると――手をひっぱられた。

「やっぱりここにいた」

 四鹿だった。

「四鹿っ……」

「いいから、四鹿も連れてって」

 九鴉は困惑する。

「いやっ、でも」

「早く!」

 仕方なく、九鴉は四鹿を抱きかかえ斜塔をのぼる。

 すると、人々のにぎわいが勢いを増した。まさか、と思った矢先目に入ったのは、処刑台に歩かされるツバサとダイチの姿だった。

(あれは……)


 この者らは、牙と内通しており我が楽園教の敵だったことが判明した。


 人々の絶叫が声が何重にも響き渡る。

 九鴉は斜塔に着くと冷えた目でそれを眺めた。

「あの子、馬鹿だよね。どんなに理由があっても死刑になっちゃ意味がないのに」

 四鹿がいうあの子は、処刑台で膝をついている。両側にはサーベルを持った楽園教の兵士。ダイチは何か叫んでいるが聞こえない。その代わり、教祖らしい老人が拡声器で大勢に伝えている。


 この者らは反逆者だ。我々に逆らう悪魔だ。

 我々のこの度の戦いは聖戦である。

 それなのに平和という言葉を悪用し、悪しき思想を広めようとした。

 大きな罪である。


 ようするに、拡声器で平和を訴えていたということが罪なようだ。

 皮肉なものだ。あの老人は拡声器で死刑を宣言し、少女は平和を訴えた。

「ねえ、九鴉はこの光景が嫌なの?」

「……え」

 四鹿は神妙そうな声でつぶやく。

「四鹿はね、ある程度は納得してるんだ。そうだよね、こうなるって。だって、ここってこんな場所じゃん。地下都市って、力ある者が全てで、みんなみじめに死んでいく。それだけの場所だものね。灰色の空。いえ、本当の空を見たこともない。名前だけしか知らない四鹿達。馬鹿だと思うよ」

 でもね、と四鹿はいう。

「それでも、四鹿は――九鴉といっしょにいたいと思うよ」

 ぎゅっと、九鴉の裾をにぎってきた。

「四鹿――」


 きいて……


 突如、九鴉の脳内に声がひびく。

「な、何?」

 と、四鹿も驚いて声を上げた。

「き、きみもなのか」

「どういうことなの、九鴉も聞こえたの?」

 見ると、観衆の人々も全員が辺りを見回しざわついていた。


 楽園教の語る楽園は嘘です。

 ここは楽園じゃありません。

 偽物の楽園です。

 本当の楽園は、この上にあります。


 それは、どこかで聞いたことのある声だった。

 九鴉は処刑台の方を見る。

「アタシの声を聞いて!」

 先ほどまで、全く聞こえなかったはずの声が脳裏にひびいた。

「アタシは、あきらめたくない。この灰色の上には綺麗な空がある。それを見るまでは、アタシは死ねない」

 そばにいた兵士はツバサを殴り飛ばした。

「このっ、小娘が一体何をした」

「能力者か、貴様今まで隠して」

 いや違う。前々から使えてたなら、何度も命の危険があったときに使っていたはずだ。

 ということは、今ここで突然芽生えたのか?

 九鴉の中で好奇心が加速する。

「アタシは、空が見たい!」

 ツバサは立ち上がる。

 だが、兵士がまたブン殴る。

「アタシは……空が見たい……」

 それでも、懸命に立とうとする。立とうとする彼女の腕を、兵士が足で踏みつけた。

「――この地下都市は狂ってる」少女は言う。「人が人らしく生きられない、人らしく死ぬことすら許されない世界。みじめに死に、生きていたことすら知られず、ただゴミのように生きて……死んで……こんなの、こんなの間違ってるよ。人は、人は! もっとちゃんと生きなきゃいけないの! こんな、何もない世界なんか、住んじゃだめなんだよ!」

 兵士がサーベルの柄で殴った。

「この小娘がぁ」

 教祖が叫ぶ。

「やってしまえ! もうかまわん。その小娘を、処刑しろ!」


 この上には、空がある!


 一斉に、人々の脳裏にある映像が浮かぶ。

 それは、空だった。

 今じゃ見ることができないはずの空――広大で、青い、空だった。

「……え」

 九鴉は気がついたら泣いていた。

「何これ……」いや違う、四鹿も泣いていた。

 いやいや違う。

 その映像を見た人々全員が涙を流していた。公開処刑に集まった人々は全員が全員涙を流していた。

(これが――空?)

 こんなにキレイなのが、空なのか。

 九鴉の鼓動が高鳴る。彼は自然と頭上を見上げていた。

 ――今あるのは、灰色の天井だけだ。

「処刑しろ! 早くしろ、何をしてる!?」

 教祖が激情の声をわめき散らす。

 九鴉は決心する。

「駄目だよ!」四鹿が止める。「駄目、いかないで……九鴉……」

「四鹿、僕は――」

「バードスター」

 彼女は突如、普段クチにしないことを言い出した。

「九鴉のヒーローだよね。ははっ、あの殺風景な部屋にいつまでも手放さないの。……でもね、四鹿にとっては、ヒーローは九鴉の方だよ」

 人々のすすり泣きが聞こえる。

 ツバサに対して、興味で見に来ただけのはずがいつのまにか彼女を神聖視していた。

「九鴉は、いつも四鹿達を守ってくれたもんね。汚れ仕事も四鹿の代わりにやってくれた。かばってくれた。……冷たい夜、四鹿が仕事を失敗して死にそうになったとき、助けてくれたのは九鴉だったよね」

 四鹿の頬が涙で濡れていく。

 九鴉の目が、彼女から離れなくなる。

「九鴉……お願い、お願いだから……行かないで」

 九鴉は、しばし視線を迷わせた挙げ句「僕は――」


 020


 プログラム2はたずねる。

「ツバサは能力者……ってわけじゃないだろうな」

 プログラム1は返す。

「もちろん、仕掛けはこれのことだよ。タイミングよく、能力が花咲くように仕掛けた」

 彼ら、プログラムからすれば地下都市の人間を能力者にすることなど、容易い。

 プログラム1は語る。

「ネタバレすると、九鴉は助けに行くよ。他を顧みずにね。四鹿も見捨ててだ」

 プログラム2は返す。

「ひどい話だ。四鹿だって悪い子じゃないだろうに」

「だからだよ。だからこそ、九鴉にとっては重りでもあるんだ。皮肉だね。付き合ったら最高の相性だろうに。逆を言えばそれだけでしかないんだ」

「だからって、あの場面で捨てるかフツー」

 プログラム1は語る。

「彼は捨てるよ。ある言葉をきっかけにね」

「しかし、助けたとしてもどうする。本当に外の世界を目指そうとしたら」

 プログラム2は危惧した。

 何せ、ツバサの能力はある意味では強力だ。

『ツバサを意識しただけで、ツバサと意識がつながる』。という、今回のタイミングでは最強の能力。さらにいえば、彼女もリバーシ-だ。彼女は、地上の空を知っている。無意識下に、プログラム1によって埋めこまれた。

「そこはそれ。所詮はエンターテイメントだから用意してるよ。どうせ、助けるのは九鴉一人だ。それだけなら、いくらでも打つ手はあるんだよね」

 潰す方法が。

 ツバサの能力はこの地下都市全体を揺るがす大事件だが、プログラム1はそんなこと全く気にしていなかった。心底、人間というものを舐めきっているのだろう。


 021


 ツバサの目には、大勢の人間が映っていた。

 近くにダイチもいるはずだが、クチをふさがれてるらしい。「んっ――んぅぅ――」と呻き声が聞こえる。

「早く処刑しろ!」

 ツバサにとって、叔父だったはずの教祖は険しい形相で叫んでいた。

 彼女の父親と不仲だった叔父。

 だからって、こんなことになるとは思わなかった。まさか処刑されるほどとは。

 ツバサはスパイなんかしていない。していたとしても、流す情報なんてない。

 彼女がしたのは平和を訴えることだ。

 そして、こんな世界はまやかしだと突きつけることだった。

 外の世界には自由がある。空がある。もしかしたら――それだけかもしれない。こことは違って食べ物もないし、いや下手したらまだ放射能があるかもしれない。

「でも……」ツバサはつぶやく。

 教祖は叫ぶ。

「早く処刑しろ!」

 ツバサの父親は言った。

 自由とは、心の中にあると。

 空がどうとか、狭いか広いかじゃないんだと。

 心を訴える何か。生きててよかったと心から叫べる何か――それこそが、自由なんだと。

 ツバサは天を仰ぎ見た。

 こんな灰色じゃ、誰も自由になれない。

「アタシは……」

 兵士のサーベルが、白刃を光らせて首元に迫る。

「キレイなものを、守りたいだけ」


 022


 その瞬間、折れたサーベルの刀身が舞った。


 人々のクチが大きく開かれる。


 四鹿は、斜塔で一人泣いていた。


 Epilogue


「……これは」

 ツバサは、目を閉じて半ば死を受け入れていた。

 だが、一向に自分の首は飛んでいかない。

 ……ゆっくりと、目蓋を開けていく。彼女は、紛うことなく生きていた。

「え?」と首を確かめる。

 しっかりと、つながっていた。

 そして、辺りを見回す。

「……君達は?」

 ツバサを囲むように、五人の乱入者が現れた。

 一人は小柄な機械族。

 一人は、六番街の大男の戦士。

 一人は、小柄で頼りなさそうな金髪の少年。

 一人は、四番街を代表する族、牙の副リーダーにして参謀役、DORAGON。

「他はどうか知らないけど、僕は守るために来た」

 そして最後に、黒ずくめの男。

 三番街を代表する族、Vの裏仕事担当、九鴉がそこにいた。



 VRでは、プログラム1が叫ぶ。

「……な、何故だあああああああああああっ!?」

 プログラム2は疑問符を浮かべる。

「何故叫ぶ。これもお前の計画通りだろ」

 彼が練ったストーリーは、九鴉がツバサを助けるのだから。

 だが、プログラム1にとって、これは異例の事態であった。

「……何故、五人いるのだ?」

 助けに来るのは、一人だけだったはずなのに。


 To be continued

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