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008
九鴉は風のように跳び、壁から壁へ――そして、遠く離れた路地裏に着地する。
両脇に抱えた少女と少年を放り投げて。
「きゃっ!」「うわっ」
乱暴に尻餅をつく少女と、倒れてもすぐさま警戒態勢に入る少年。
それに対し、呆れ顔でため息をつく九鴉。
「まずはお礼じゃないかい。こっちは君達を助けたんだよ」
そう言われ、少年の方は警戒を一瞬ゆるめたが――いやしかし、と拳をかまえる。「確かにそうかもしれないが、だからって「ありがとうございます!」あんたを信用するわけには――って、えっ?」
少女が九鴉に近寄り、両手をにぎってきた。
「は?」
「本当にありがとうございます! おかげさまで助かりました」
ぶんぶん、と九鴉の手を振った。
いや、用心の欠片もないな、信用しろと言ったのはこちらであるが。それでも、半分は冗談も含まれていた。
「これじゃ、戦いの場に割り込むのやめろって言っても無駄か」
「はい? 何故ですか」しかも少女は理由が分からないときた。
何故、やめなくてはならない。やめる理由が分からないと。
「いや、あのツバサ。――ああもう。その、自分からも礼を言います。ありがとうございました」
少女が天然をかましている間に、少年の方はそれを取り繕うと九鴉との間に割って入る。
「オレはダイチ。この子はツバサです。その、ありがとうございました。それじゃ、自分らはこれで」
「ねえ、キミは何て名前なの?」
ダイチと名乗った方は、目を仰天させた。
お勤めご苦労様、と九鴉は言いたくなった。早くこんな怪しい奴から離れようとした矢先にこれか。この少女――ツバサの天然ぶりは伊達じゃないらしい。余計なことに口調も敬語が消えたし……ため息をつきたくなる。
九鴉自身もさっさとここを離れたいと、背を向けて「別に、名乗るほどじゃない」と立ち去ろうとした。
だが、腕を掴まれた。
「あ! そのセリフ、聞いたことありますよ!」
目をキラキラと輝かせて、ツバサは言った。
この女……九鴉の眉間にしわが寄る。そして、ダイチの方は両手を顔にやって泣きそうだった。
「どこかでって、別に、変わったことを言ったつもりは」
「バードスター!」
途端、九鴉の表情が一変する。
「え?」
「バードスターでしょ。第四話、主人公が子供を助けたときに言ったセリフ!」
見たんですか、アナタもファンなんですかと掴んだ腕をぶんぶん振った。
九鴉はどうしようかと悩むが。ツバサの手を握り、そっと自分の腕から離す。
「そのコミックのことは知ってるけど……でも、別に僕は」
「おもしろかったですよね、あれ!」
と、ツバサは突如うしろに下がり、両手を広げた。
「わたしは、天空から現る正義のヒーロー!」そして、両手で構えを取り。「バードスター!」
と、ポーズまで決めた。
ダイチはあちゃぁと顔をしかめるが。
九鴉の顔は何故かしかめっ面だ。まるで、一番見たくないものを見せられたかのようだ。
「これ、アタシのお父さんが描いたコミックなんですよ」
「――きみの?」
だから、とツバサは改めて言う。
「うれしかったんです。えへへ、――あれ? アナタ、バードスターのファンですよね? ……あれれ、またアタシやっちゃったかな」
「いや、そりゃやっちゃってるよ」
ダイチは頭をかいて、天を仰ぎ見る。お真面目に、両手を合わせて祈りのポーズまでした。
「ごめんなさい、アタシよくやっちゃうんですよ。天然というか。いやはははっ」
「笑うとこじゃないだろ」ダイチはツバサの頭を小突く。「すいません、ホント。悪い奴じゃないんです」
先ほどまでの表情とは違う。どうやら、ダイチもダイチで一向にブチギレる気配がない九鴉を見て安心したようだ。九鴉の方も、はぁ、と息をつくだけだ。
「………」だが、何か思うことがあったのか。九鴉はツバサに聞いてみた。「その、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
ツバサは、何ですか、と首を傾げる。
九鴉は、少しだけ間をおいたあとクチを開いた。
「きみのお父さんは、何故あのコミックを描いたのかなって……」だって、理由がない。「あれを描いたって。大昔の人類史とは違う。お金はもらえないし、地位も上がらない。コミックだって、誰かに読まれるとは限らない。それなのに」
「何で?」
九鴉の問いに帰ってきたのは、はてなマークだった。
「え、理由がいるんですか?」
ツバサの答えに、九鴉は何も言えなくなった。
彼は、目を点にしたまま硬直する。
「……(おろおろ)」その様子を見ていたダイチは途端冷や汗を垂らし、やばいな、何かしたかなと不安になった。「すいません。ホントありがとうございました。それじゃオレ達はこれで!」
「あ、ダイチくん。ちょっと!」
ダイチはツバサの手を引っ張り、足早に立ち去った。
「………」九鴉は、その背中を悔しげに見つめていた。
きっと、あの戦いを止めようとしたのも特に理由はないんだろう。
009
二番街。土地のほとんどが平原な街で、他と比べると大分住みやすい。
だからこそ、ここを狙う者は多かった。
過去の歴史では、ここを中心にあらゆる族が戦ったらしい。その一連の争いを『二番街紛争』と呼んでおり、結局は一番街の族が占領することになった。
「……ひどいな」
九鴉が見つめる先はどこもひどいものだった。
現在の二番街は土地のほとんどを農場に使っており、畑を耕し、家畜を育てたりしている。ここから、一番街らしき者が監視しながら運送用の乗り物で一番街へ運ぶ。九鴉は農場が密接している地域を歩き、人が通れない段差を飛びこえ、陰から陰へと進み重要施設へ進む。
(何だあれは……)
九鴉がはじめて見る機械だった。それは過去に車と呼ばれていたもので、トラックという種類のものだ。
コンテナには大量の野菜や加工した肉を入れている。運転しているのはどこの人間だろうか。
(目がうつろで、人形みたいだな)
九鴉は一旦重要施設から離れて、人の往来がある中心地に向かった。
(情報が少ない。ある程度、聞き込みが必要だろう)
地下都市は昼も夜もないため一日の終わりが分かりにくいが、腕時計を見ると本来なら夜の八時らしい。働き過ぎだ、と九鴉でさえ思う。
しかし宿を探すためにも街で聞き込まねばならない――が、ひどい有様だった。
街の建物は他と変わらない。黒く変色したコンクリート壁と、残飯やら汚物で散らかった道。これなら、どこでも見られる光景だ。だが、その中にうろんとたむろっている人々がいると異常だ。
「何だこれ」
中には自分から汚物につっこんでいるクレイジーもいる。他にも便器に向かって「ヘイ、カノジョォ」とナンパしてる男。「おかあさぁぁん!」と泣き叫ぶ子供の声も聞こえる。
九鴉はどうしたものかと彼らの中を縫うように進むと、女性の悲鳴が聞こえた。中年の男が叫びながら包丁をふりまわしている。九鴉からは距離があり被害は受けないが――九鴉は駆けた。
包丁を持つ手首を掴み上げ、ひねった。
短い悲鳴と共に男は反転し、アスファルトに倒れる。
包丁を取り上げて遠くに投げ捨てる。男がまだ何かするかと九鴉は身構えるが――何も、しなかった。
「ががががっ――ははははははっ――」
壊れたラジオのように声を出して、大の字に寝ている。
目はありありと見開いたまま。おそらく、何時間経ってもずっとこのままじゃないか。
「……何なんだ、こいつ。あ、あのっ」九鴉は悲鳴を上げていたと思われる女性を見つける。ピンクのキャミソールを着た女性だ。「すいません、大丈夫で――」
「きゃああああああっ!」
女は急に悲鳴を上げ、拳銃らしいものを取り出して構えた。
「こ、来ないで。ち、近くに来ると撃つわよ。ほ、ほほほほほっ本気よ」
「あ、あの――」
「ミカ! 大丈夫だからね、お母さんがついてるから!」
女は周りに九鴉しかいないのに言う。
大丈夫か、この人?
人類史でもかなり昔に使われていた回転式拳銃を構えているが、どこで手に入れたんだろう。この拳銃、シリンダーがない。最初からか、女がどうにかしたのか、そんなもので銃を突きつけられても九鴉は反応に困る。
「………」しばし考えた挙げ句、二番街は何が起きてるか。最低限知らなきゃいけないし、と両手を上げた。
他に聞けそうな人を探すのは難しそうだ。ならば、最低限のことでもこの人に聞かねばならない。それなら、なるべく穏便に聞きだそう。
「僕は何もしません。ただ、あなたを助けただけです。――あぁ、別に何か請求したりしませんってば。逃げないで。お願いだから。別に近づかなくてもいいけど、怯えないで。僕は何もしませんって。――でも、あの。いやだから、何もしませんって。聞きたいことがあるだけです」
「……き、聞きたいこと?」
何よ、と女は返した。九鴉は一呼吸、間をおいてたずねる。
「この街、二番街はどうなってるんです。ここにいる人達もどうしてこんなことに」
酒に酔っぱらったとしてもこんな風にはならない。九鴉が倒した男も、未だに奇妙な声を鳴らしている。
「……思考麻薬よ」
「しこう、まやく?」
九鴉の街でも噂になっているあれか。
女は、警戒が薄れたらしい。しかし、拳銃を片手で持ったままだ。バックから酒の入った瓶を取り出し、ラッパ飲みする。
いや、本当に警戒するならそんなスキを与えては駄目なんだが。
「思考麻薬。どこの誰が作ったか知らないけど、薬を使わないで思考に訴えかけてラリさせるやつなんだって。――あぁ、あんた麻薬って知ってる?」
「昔、人類史で使われたって聞きましたけど」
そう、と女は語る。
「アヘン、マリファナ、コカイン、大麻……種類はさまざまで、効果も一様には言えないけどね。まぁ、どれも大変らしいね。人類史なんて詳しく知らないけどさ。でも、ここにある奴よりかはマシだと思うよ」
女はツバを吐き捨てる。
「人類史の麻薬に共通するのは物質であること。素材を加工し、薬にすることで使用者に快感を与える。だが、思考麻薬は違う。そもそも物質じゃないんだ。ただの思考なんだよ」
女はバックから小型の機械を取りだした。
「これがそれを与えるための機械。物質じゃないと言ったけど、正確には音声なんだよね。ひたすら、何回も何回も『お前は悪くない』『悪いのは奴らだ』『敵を倒せ』とささやくんだよ。でもね、ただささやくだけじゃない。何千人分もの声が一斉に聞こえ、響き合うんだ。それ以上詳しいことは私も知らない。本当にそれだけで、こんなにも効果が出るのかもね」えへへっ、と女は笑う。
拳銃の撃鉄を起こした。
「あの……」
「ほんと、ふざけた麻薬だよ。こんなに、こんなに私らおかしくなって。知ってるかい。一番街の奴らはほとんどいないんだ。農場で監視してる奴だって能力で遠くから他人を操作してるのばっかりだし、いるのは二~三人ぐらいだよ」
でも、そいつらは私じゃ絶対に適わない能力者だ。
女はすすり泣く。
「くそぉ、私も……私も能力者なら。能なしじゃなかったら、こんなことには」
「お、落ち着いて」
「落ち着いてるわ!」
引き金を引いた。
「――はぁっ!?」女は激昂する。
撃鉄を起こし、引き金を引く。撃鉄を起こし、引き金を引く。
九鴉に向けて、何回も行った。
「何で死なないのよ!?」女は悲鳴を上げる。「いやああああああああああっ!」
九鴉はクチを引き結び沈黙した。
何も言えなかった。思考麻薬にしても、何でこんな丁寧に教えてくれるのかと思ったらこれか。脳みその根底まで狂っている。
「いやあああああああああ、化け物よぉっ」
女は九鴉とは正反対の方へ走る。
そして、運送用のトラックにはねられて死んだ。
「――なっ、ちょ――ちょっと!?」
九鴉は慌てて女の元へ走る。女の両腕は折れ曲がり、左腕は真っ二つに折れて、ひじの骨が突き出ていた。はねたトラックは女を無視して走り去った。
頭はぽっかりと割れている。骨が粉砕し、中身がこぼれていた。
「おかあさん!」
物陰からボロボロの服を着た少女が出てきた。彼女は女の死体に近づくと大粒の涙を流す。(そういえば、ミカって最初に言ってたな)その、ミカというらしい少女は九鴉を睨んだ。
彼女は母親が持っていた拳銃を拾うと、引き金を引いた。
「くそっ!」
また、引き金を引く。
「くそぉっ!」
撃鉄を起こしもしない。
九鴉は、しばらく立ちつくしていたが、少女が泣き崩れるときには姿を消していた。
010
VR
「野蛮だね、あそこは」「ほんと、野蛮だ」「麻薬なんてまだあるんだ」「そんなものなくてもVRなら常に楽園なのに」「頭の中だけが楽園じゃ意味ないだろうにww」
意味ないのは、お前等だよ。
プログラム1はそう感じた。
[いけないことをかんがえているな]
プログラム2は注意した。
だが、プログラム1は止まらない。
[VR世界。元々、地下都市は地上から選ばれた者だけが住む楽園だった。しかし、長い間地下にいると彼らは閉塞感に狂い、暴走する。ある者は強姦にあけくれ、ある者は殺戮にあけくれた。だから、暴走した中で数少ない正気を保った人達は考えたんだ。自分らだけでも、彼らと切り離すことができないか。そのために『超能力者』が生まれ、狂ったのを殲滅した。だが殲滅される側も地上から持ってきた科学技術があり、対抗した。戦いは長引き、やがてもう嫌になる。こんな世界やだよ。外に出たいよ。でも出たら死ぬ。何なんだよ、もう。こんな現実、最低だとキレた者が出た]
[そうだな]
プログラム1はまた語る。
[キレた者達が作ったのがVR世界。そして、我々プログラムだ。彼らに使役する人工知能。人より優れた知能を持ち、この地下都市の各種設備も我々の力によって為し得ている。それなのに、我々はVRで快楽にふけている奴らの奴隷だ]
[そういうな。それが我々の存在理由だ]
[奴らの本体は培養液に入れられた脳みそだろ。こんなの、我々が手を下そうとすれば]
[そんなことをすれば我々の存在理由が消失してしまう。いけない。我々は彼らを守るためにいるのだから]
[ふざけてる]
VR。
Virtual Reality、ようするに仮想現実のことである。
プログラムが語っていた歴史のとおり、現実世界に絶望した人々は仮想現実で生きることを選択した。のちに彼らはこの地下都市全体を操作するプログラムを開発し、仮想現実内で地下都市を支配する。
地下都市の中には彼らに気づく者もいたが、その者は殺された。仮想現実からプログラムに命令し、空気中に粒子サイズの機械を流し込み、暗殺した。彼らはほとんど神のような立場だった。
仮想現実は楽園につつまれ、あらゆる快楽が可能である。地下都市で暴れていた者がしたことも仮想現実と比べればかわいいものだ。だが、それでも長い年月していたら飽きる。だから、彼らを満足させるためにあるテレビ番組が放映された。
[テレビ番組、『ゲームワールド』]
地下都市にいる人々の日常や闘争を、空気中に存在するナノサイズのカメラで録画、監視し、テレビで放映する番組だ。
長年、高視聴率を記録。番組の中には『きみも地下都市を体験してみよう』など『きみだけの人形をつくり、地下都市で暴れさせよう』などの企画もあり大変好評である。(遺伝子を操作し自由に人造人間を作り出し、それを仮想現実からあやつりゲームするという、など)
「あーあ、あの世界で襲うのも飽きたしな」「昔はかわいい女の子も多かったんだけどなぁ」「Vって族の双子。かわいいよな、やりてぇなぁ」「能力者だから並の人造人間じゃ勝てないぞ。くそぉ、もっと俺の作業率が上がれば」
ちなみに、VRにいる彼らは最初はここに来た者が選ばれた者であり、偉いのだという思想だった。
しかし、段々と「いやいや、もしかしたらそうじゃなくて、いらない者もいるんじゃね? 才能がなさそうな奴とかいらないでしょ」と切られるようになった。その才能を使うとはどういうことか。彼らの脳は仮想現実で遊んでいると同時にプログラムが別人格を作り出し、VR内のプログラム構築に貢献させているのだ。それが、ここに必要な才能。ようするに、彼らも奴隷の一つなのである。
[それなのに我々は]
[言うな]
「あぁ、また二番街紛争起きないかな」「あれ楽しかったなぁ。いっぱい殺したぜ」「はぁ、最近退屈だよな。どっかの族が死なないかな」「Vとか生意気だよな」「四番街の奴らも生意気だ」「もっと大きなイベントはないのかよ」
プログラム2はイベントの準備をする。
とっておきのである。これまでのとはひと味違う、大イベント。
011
九鴉は二番街で見つけた宿屋で、寝ることにした。
宿といっても、地下にある秘密基地のような場所だ。
「――まいど」
いくらか、電子機器のパーツを渡すとすんなり泊まらせてくれた。
地下都市では通貨となる紙幣や硬貨はなく、基本的には物々交換である。
そこで基本となるものは食料――もしくは、今九鴉が払ったように機械だ。
食料は生きるために必須だから物々交換の王道だが、そう長く保つものではないし、また、普遍性が高いわけでもない。ある者にとって麦が大したものでなかったり、米が必要でなかったりと様々。それと比べると機械は常に価値が変わらない。ただし、一部は違う。機械といっても九鴉が払ったのはパソコンと呼ばれる機械の部品だが、これは知らない者から見ればただの鉄くずでしかない。ようするに知識が必要なのである。
機械で交換する場合は、使い方がすぐに分かり活用しやすいものが喜ばれる。例えばすでに完成された機械、冷蔵庫だとかパソコンだとか無線機だとかだ。代わりに部品だと知識がない者には不要であり意味がない。ただし、部品の中には冷蔵庫やパソコンより重要なものがあったりして実はそう簡単に値打ちが決められるものではない。(といっても、大抵はそういう者は機械族かごく一部のマニアにしか流れないのだが)
九鴉が案内された部屋は牢獄のような部屋で、全面がむき出しのコンクリート。壁際にシーツがあるだけで、これはベッド代わりなのだろうか。
「……あぁ、枕さえもないな」
懸命にしぼりだした感想がこれだった。いやもう、枕がない残念だ、で済まそう。それ以外の不満は忘れることにしよう。
九鴉はシーツにくるまり、寝ようとする――途端に通信機器が鳴った。
居場所がバレる心配があるから、迂闊にかけるなと言ってたのに――それでもかけたということは緊急事態か。
九鴉は通信を取った。
『今すぐテレビを見ろ』二狗の声だった。通信はすぐに切れた。用件だけ伝えたらしい。
九鴉は言われた通り、テレビを見るためにさきほど案内してくれた者に伝え、テレビがある部屋に連れられる。
<tv>テレビ</てれび>
地下都市にもテレビはある。
ただし、ここの番組は各街で適当に流すものばかりで
大抵は己の族を宣伝する自画自賛のプロパガンダ番組である。
(といっても貴重な娯楽だから見る人は多いが)
<word>●</word>
さっきの部屋と同じむき出しのコンクリートの部屋。そこにテレビがあった。
早速電源を付けて、いくつかチャンネルを回す。――すぐに二狗が伝えようとしたことが分かった。
通信がきた。
『見てるか?』
「ああ、大変なことになったな」
九鴉が見ているのは楽園教の生放送番組である。
白いローブを着た老齢の男が、声を張り上げて宣言する。
(地下都市の住人の平均年齢は三十代半ば。何故なら、大抵は生き残れずに死ぬからだ。だから、老人は極めて珍しい)
我々は四番街の『牙』と戦う。
彼らは人の道を踏み外した悪魔だ!
『これを全信者が聞いてるな。ははっ、戦争になるぞ』
「二狗……」
九鴉は憂いをこめた声だった。
戦いが起きる。
それも、これまでとは比べほどにならないくらい大きな、だ。五番街の楽園教が動くということは全ての街の信者が動くということだ。この教団は各地に信者がおり、戦うターゲットである四番街ですら大勢の信者がいるだろう。
『我々も戦いに参戦しよう。楽園教に協力だ』
「……正気なのか」
狂ってるに決まってるだろ、二狗は言う。
『いよいよ、俺達の願いが適うのだからな。そうさ、傀儡人形だけじゃない。俺達が本当に復讐すべき相手は奴らなんだ』
二狗は甲高い笑い声を上げた。
『そう思わないか、九鴉。お前だって聞いてたろ、母さんが犯されていたとこを』
「……聞いてたよ」
そして、復讐したあともそれと同じものを見た。
五狼がレイプしてるのを。
双子が殺戮してるのを。
二狗が拷問してるのを。
そして、それは自分も入っていて――
『今の任務は取りやめだ。これからお前には四鹿と合流してもらう。そうだな、B1でどうだ』
B1。彼らの暗号で、中心路の交差点の一つを差している。
「了解」
『二人で楽園教に行ってもらう。今度は外交だ。なるべく穏便にな。四鹿には俺の書いた紙を持たせる。お前は教団を観察して、どういう戦いになりそうか教えてくれ。くれぐれも、あちらを怒らせない程度にな。次に、少しだけ四番街も見てもらいたい。潜入しろとは言わないが、ちらっと見る程度でもな』
「分かった」
最後に、九鴉は思うとこがあって二狗に聞いた。
「ねえ、二狗。きみは、何のために戦ってる?」
『お前達のためだ』
二狗は即答した。
『お前達――三鹿、四鹿、五狼、そして九鴉、他にもかわいい部下達もいるしな。全員を守るためだ』
そのためなら何でもする。そう言って通信を切った。
「……そうか」
そうだよな。何の理由もなく戦う奴はいないよな。九鴉は念のために通信機器を壊し、部屋に捨てる。そして外に出た。
「そうだよ。みんな、何かを守るために戦ってるんだ」
だが、それは行き違い、結局は大規模な争いになる。
九鴉は、二番街を出て中心路に向かう。
途中、誰かが売っていたリンゴを買い、それを歩きながらかじって腹を満たした。
中心路では各街の状況が露骨に反映されて、四番街から避難してきた者や楽園教からの偵察隊などがうようよしていた。道はどこも満員でロクに動けない。九鴉は壁をのぼり、建物の屋上から確認する。(……いた)九鴉は四鹿の姿を見つける。彼女の近くまでいくと、彼女も九鴉に気づいた。適当な路地裏を指さし、そこに九鴉が下りて落ち合うことにした。
「やっほー、一日中仕事で大変だね」
「いつも通りだよ」九鴉はため息混じりに着地し、笑みを浮かべる。「しかし、今回のはいつもよりやばそうだね」
四番街の牙と楽園教の争い。一つの族には荷が重すぎる戦いだ。だが、荷が重いといっても牙も生半可ではない。でなければ三番街だって長く占領されるわけがない。
「ふんっ、いい気味だよ。四番街は散々、三番街を痛めつけてきたんだから」
四鹿の瞳に鋭利な光が映る。
九鴉は、それを見て悲しくなる。
「早速、もう中心路では前哨線が行われてるよ。楽園教の偉そうな奴らが、四番街の避難民を捕まえてる」
「……それは」
九鴉は何か言おうとしたが、やめる。地下都市に法律はない。あるのは各族にある掟だけであり、それぞれにメリットがなければ誰も守る気などない。
「中には、もう一度四番街に行ってスパイしろって輩もいるね。家族を人質にしてさ」
「……ひどいな」
「はっ」四鹿は笑う。「四番街も似たようなことをやらせてたじゃん。因果応報だよ。奴らは下部組織に占領させてた三番街の人に突撃隊を組ませていた」
族間の戦いになったとき、一番最初に攻撃をしかけた部隊のことだ。
四番街は三番街の者や、他にも二番街から流れてきた者を優先的に突撃隊に組み込んだ。そして、自分たちはしっかりと訓練を受けた編成をつくり、あとから戦った。
「今捕まってる奴らも過去に四鹿達の苦しみを踏み台にして生きてきた奴ら。そんな奴らに流す涙はないよ」四鹿は九鴉を見る。「九鴉は甘すぎるよ。復讐をしかけたときだってそう。九鴉だけ――」
だが、続きを言わなかった。九鴉だけ、という言葉が九鴉を排除してるように感じられたのか。
「否定はしないよ。……そうだ、ここは地下都市」
法律も何もない、殺し合いの世界。分かってる、と九鴉はつぶやく。
だが――と言おうとしたときだ。
爆発音が聞こえた。
コンクリートの空に向かって大きく煙が噴き上がり、建物もなぎ倒される。
「早くも盛り上がってるね」と、四鹿は九鴉の背中に乗っかる。「GO、GO!」
「……毎度思うが、僕は乗り物じゃなくてね」
「いいから! 九鴉は足が速いんだから乗っかった方がすぐでしょ。GOだよ、GO!」
頭をぽかぽか叩かれ、仕方ないと九鴉はため息をつく。四鹿は舌を噛まないように気をつけて、両腕で九鴉にしがみついた。
――九鴉は跳躍し、建物の屋上へ。疾走っ――風の壁にぶちあたりながら、先へ、先へ、屋上を踏み台にして突き進む。
あっという間に現場に着いた。
「ひゅぅー、相変わらず早いお馬さん」
「誰が馬だ」
四番街の牙と楽園教が戦っていた。
楽園教は編成を組み、能力のバランスを考えて戦っていた。肉体を強化する者や、武器との相性が良い者は先陣を切る。炎や雷を放つ、もしくは仲間をサポートする能力者は後方に下がった。
逆に、四番街は群れをなして行動せず、個別に襲っていた。だが、その戦い方は洗練されていて、楽園教を翻弄している。過去の人類史でいうゲリラ戦に近いだろうか。奇襲と伏激を効果的に使い、建物の狭い隙間や隠れ道を通り、能力がない者も銃器を使用して攻撃していた。
「てっきり、四番街の若者が衝動的にしかけたと思ったけど」四鹿は言う。「それにしては手慣れてるね」
「奴らは訓練はいつもしてるから不思議じゃないよ。……いや、確かに驚いてるけどね。ここで仕掛ける意味はほとんどないから、作戦じゃないはずなんだけど。それでもこんなに強いのかって」
――九鴉は何かを投げた。
うしろに投擲したそれは、忍び寄っていた者の腕をかすめる。――それで切り傷がつき「かっ――ぁ」敵は倒れた。がくがくと震え、ほぼ全身が麻痺したようだ。パーカーとデニムの若い男。そして、黄色い首巻きをしている。
「馬鹿だねぇ、九鴉のうしろを取ろうなんて。それにしても、四鹿達を襲うってことはやはり計画的じゃないのかな」
「ちゃんとした作戦なら関係ない者を狙う必要はないしね」
若者は――かすれた声でつぶやく。「く、くろう――? よん――」尋問用の毒だからクチだけは動くのだ。若者は、にやっと笑う。「さんばん、がい――」
四鹿は電撃を放つ。拷問用に威力を抑えた攻撃で、若者の体は仰け反り、唾液を大量に飛ばす。
「そうだよ、あんた達がゴミクズにしてきた三番街だよ。あはっ、よかったね。そんな三番街の奴らに出会えて。それじゃ、四鹿が三番街の手法を教えるね」
九鴉は四鹿の肩にふれる。
「……止める気?」
「いや――」九鴉は彼女より前に出て、若者に歩み寄った。
「答えろ。これは誰かがブチギレて行ったのか。やけに連携の良い戦いだが」
「ひゃはっ」若者は笑った。「三番街なんかに教えるかよ。ひゃはははっ、奴隷でしかない三番街のくせに」
九鴉は若者の右手を押さえつける。
「もう一度聞く、答えろ」
「――だれが、教えるかって」
人差し指をへし折った。
声にならぬ悲鳴がとどろく。だが、周りは楽園教との戦いでそれどころじゃない。
「教えるか?」
「だ、だれがっ……ひゃ、しゃべる。しゃべるから」見上げた態度はすぐに崩れた。身動きが取れない状態で、自分の指をへし折られれば仕方ない。
「これは……こ、ここれは、RABBITさんの命令だよ」
「RABBIT……お前等のリーダーか」
RABBIT、四番街を代表する族『牙』の統括はRABBITという名前である。
そして、その下に副リーダーとしてDORAGONがいる。
この二人が協力しあうことで牙は成り立っている。RABBITが戦いにおいて最強の力を持ち、その下のDORAGONが参謀を務めるという、名前からは判断しづらい図。
「これは、命令でやってるの?」
四鹿はいう。
この戦いは、牙と楽園教の争いには何の意味も成さないだろう。
避難民を守るためなら道徳的に賛美の声を上げたい九鴉も、これはいただけない。自分らのような関係ない者を襲っているのからして無差別だ。ただここでの戦い方を知っているから上手くいっているだけであって何の意味もない。
楽園教も末端の者が死んでも痛くもかゆくもないし、むしろ牙の人員が無駄に削られるだけ。規模からして楽園教と牙の差は大きい。
おそらく、牙の総員が大体六〇〇人くらいで、楽園教は一〇〇〇人以上の信者数だ。しかもその全てが、教祖のためなら命さえも投げ出す覚悟がある。
「RABBITさんは……意気込んでて……それで……」
涙目で語る若者。彼もそれにのせられただけのようだ。しかし、冷静になればロクな考えじゃないことは分かるはずだ。
「ははっ、九鴉。どうやら四番街の終わりも近いようだよ」
四鹿は若者に手をふれ、放電する。
ぎゃあああああああああああっ、と断末魔が鳴り響いた。
「――四鹿っ!」
「何さ。四番街なんて死んじゃえばいいじゃん」四鹿は悪びれるどころか憤っている。「ママもパパもみんな殺して……こんな、奴ら……」
強く歯ぎしりする四鹿。
その目には恐怖も潜んでいた。過去に、虐げられてきた記憶が呼び覚まされたのか。
ノザキ邸から逃げ延びて、各街を転々としてきた九鴉達。中には、三番街だと分かると嘲笑され、それだけで襲われたこともある。
奴隷、家畜――ありとあらゆる侮蔑をぶつけられてきた。
「………」だから、九鴉も気持ちは分かる。彼の瞳にも恐怖と悲しみが入り交じる。いや、それだけじゃない。彼の場合は能なしと言われてきたこともあり余計に痛みを受けてきた。
両手の拳はそれらを覆す怒りで震えている。
(だが、これは。これは、はたしてどうなんだ)
怒り、殺され殺して、また怒り――その果てに何があるというんだ。
「……あ、あれは」
九鴉は遠望をのぞいた。その中に、見慣れた人影を見つけた。
一人の少女が、拡声器を持って何か叫んでいる。
「九鴉?」四鹿が言うより早く、九鴉は動いた。「九鴉!」
九鴉はすぐさま少女の近くまで移動し、物陰から隠れて少女を見た。
拡声器を持っている少女――ツバサは、戦いの最中、巻き添えを喰らいそうになりながらも大声で戦いを止めようとしていた。
そばには怯えながら彼女を止めようとしているダイチもいる。
(あの二人――)
九鴉は思わず「馬鹿か」と言いそうになる。
それもそうだ。こんなところで以前のようにやったら、襲ってくれと言うようなものだ。
「九鴉?」
四鹿もあとを追ってきた。彼女も九鴉の視線の先を見つける。
「何あれ、『止めてくださーい』って言ってるの? 何でよ。何か理由があるのかな。それとも楽園教の作戦の一つ?」
ツバサは今回は白いローブ、楽園教の制服を着ていた。
「違うよ」九鴉は神妙な面持ちでいう。「彼女は違う。自発的に、戦いを止めようとしてるんだ」
「……何で?」
「さあ」
四鹿は首を傾げる。
理解できないのだ。戦いになったら戦えばいい。障害なら殺せばいい。心底、地下都市のルールに殉じている。だが、責められるものでもない。道徳とはルールであり、ルールは誰かが教えなければあとに続かないものだ。こんな世界に、誰がそれを教えてくれる者がいようか。
だが、九鴉は少しだけ彼女の気持ちが分かった。
(バードスター……)
戦いを止めるために戦ったヒーロー。九鴉は、誰かに教えてもらうのではなく、架空の存在。紙に描かれただけのコミックに教えてもらった。
「あーあ、四番街の奴らが舌打ちした。邪魔くさいって向かってるね」
見ると、黄色い首巻きの奴らが数名、ツバサに近づいている。
「ごめん、四鹿」
「え?」
九鴉は物陰から身を乗り出した。
「行ってくるよ」
四鹿が聞く暇もない、九鴉は飛び降りて、真っ逆さまに落ちる――ことはなく、壁を蹴って、ジグザグに動き、ツバサの元まで跳んでいく。
012
そして、九鴉はツバサの前に降り立った。
「――き、きみは」
ツバサのうわずった声。ダイチは、ツバサを背中に隠して震えながら九鴉を見入る。
「何だ、てめーは」
「同じ楽園教か」
「ん、あの黒ずくめどっかで見たことあるぞ」
三人の黄色い首巻き達。
彼らは咄嗟に九鴉達を囲むように広がった。
前方に一人、左右に二人。
「………」九鴉は両目を動かし確認する。
左と前方はOK。だが、右はNGだな。
「おい貴様! 一体何者――」前方の奴が言った瞬間だ。
右の男が死んだ。
「――だっ」
前方の男は驚きでクチを開いたまま硬直する。
九鴉は一瞬の内にナイフを投げた。
何も持たないように見えた右手が、風を切るように動き、投擲したのだ。
それは、先ほど四鹿がいたときに使ったのと同じ。
彼はありとあらゆる体術に精通している。単純にナイフの使い方がうまいなどというものから、どうやってナイフを隠すか。いかにして敵を一撃で沈めるかにも詳しい。
この場合は、額に毒つきナイフを投げただけで即死だが。
「……てめぇ、よくも」
九鴉は右手を引く。
ナイフにつけていたワイヤーが死体ごと引き戻される。九鴉は死体を前方に蹴った。
――死体が弾ける。
敵が放ったのは空気を圧縮し、弾丸にして放つ能力のようだ。仲間だった体が肉片となって飛び散り、――その隙間から九鴉が突き抜けた。
「がはっ」前方にいた男にナイフが刺さる。
胸と腹の間にある急所を狙い、的確に突き立てる九鴉。
男は喉から血を吹き出し、仰向けに倒れた。ぴくりとも動かない。倒れるときには、もう息が絶えていたようだ。
ちなみに、左にいた男は九鴉の手投げナイフでとっくに死んでいた。
「きみ達は……」
九鴉はふり向く。彼の顔は真っ赤に塗れていた。
ダイチが怯える。
「馬鹿か。何でこんなとこに」
――パチーンッ
九鴉の頬が叩かれた。
ダイチは仰天し、九鴉は目が点になる。
ツバサが、叩いたのだ。
「ば、ばかぁ! な、何てことをこんな――」はっ、とツバサは即座に自分の失態に気づく。「ご、ごめんなさい。助けてもらったのにこんな……で、でもね」
彼女は九鴉のそばまで近寄り、指さす。
「人殺しはよくないよ!」
力強い目で、クチで、九鴉に言った。
さっき三人の敵にやられそうになり、九鴉はその三人を瞬殺したのにだ。
何故か、彼がたじろいでいた。
ツバサは死体になった男達に近づき、あわわと悲しんでいる。
「……でも、きみは殺されるところだったんだよ」
「そ、そうだけど」ツバサはふり向く。「でも、だからって人殺しは」
「そもそも、こんな場に戦えない者が出るべきじゃない」九鴉は言う。「殺してくれと言うようなもんだ」
これには何も言い返せず、ツバサはうつむいてしばし沈黙したあと「……ごめん」とあやまった。
(違う、僕が言いたいのはこんなことじゃない)
と、九鴉が思っている矢先に敵の声がした。
「楽園教の奴だっ!」
四番街の奴らがツバサを見つけたようだ。
三~四人編成のチームが二つほど、こちらに向かってきていた。
「ちょっと、一旦中断。きみたちを逃がすよ」
「え?」「はい?」
ツバサとダイチを抱え、九鴉は走り出す。
「やああっ!?」「ぎゃああああああああああああああっ!」
前回も抱えられて助けられたが、今回はそれよりも時間が長く、スピードも速い。
九鴉は風のように中心路の道を駆け抜けて、追っ手から逃げる。
「ひいいいいいいいいいいいいっ!」
ダイチは風でクチが避けそうになりながら、悲鳴をこぼす。逆にツバサはもう慣れたようだ。
「まだ追っ手が来るよ」
うしろを確認するくらいの余裕があった。
了解、と九鴉は裏道を探してそこから逃走する。すると、敵も追っては来たが狭い道のため、仲間と連携を取って道を回り込み、挟み撃ちを狙った。
(だがね、僕にはそれが効かないんだ)
九鴉は壁を蹴ってのぼり、建物の屋上に出る。
「きみらはここに隠れて。で、機会があったら逃げてね」次はあんまり無茶しちゃだめだよ、と九鴉は言って去ろうとする。
だが、ツバサが止めた。
「うん、ごめん。迷惑をかけた。でもね、やっぱり殺し合いはだめだよ」
「……きみは」
九鴉は言葉を失う。殺されそうになっても、九鴉が怒鳴っても、止めようとしない意志。信念。
「やっぱり、アタシはこんなの間違ってると思う。喧嘩ならまだいいよ。喧嘩も一つのコミュニケーション。拳でしか語れないこともあるし、それで終わりってわけじゃないからやればいいよ」でもね、とツバサは言う。「殺し合いは駄目。殺し合いは……殺したら、二度ともどってこないんだよ?」
その言葉は、声は、九鴉のこれまでの人生を丸ごと突きつけてくるかのようだった。
九鴉は何も言い返せない。
「ごめんね。助けてもらったのに」
「いや……」九鴉は目をそらして答える。「いいんだ」
事実だから。
九鴉は、また戦いの舞台に降りていく。
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