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7start  作者: 蒼ノ下雷太郎
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 001


 VR。


 仮想世界に浮かぶ魂。それはもうドロドロに溶けていて魂と呼ぶのかも怪しい。「ほら、始まった」「ようやくだよ」「早くしろよ」と、ソレらは番組を見始める。さあ、楽しい番組のはじまりはじまり。


 002


 地下都市。


               <word>●</word>

           <tikatosi>地下都市</ちかとし>

          人類は争いの果てに地上を地獄に変えた。

        それでも生きたいと願う人々は地下都市を建設。

        限られた者だけを住まわせ、あとは地獄に置いて見捨てた。

         空ではない空、真上を覆うのは灰色のコンクリート。

           きんぴかのライトが太陽の代わり。

            雨すら降らない、壁のような空。

               <word>●</word>


 そこに人々は住んでいる。

 地下都市は六角形の全貌をしており、右から一番街(いちばんがい)、二番街と続き、最後に中央の七番街を含め全部で七つの街に分かれている。

 一つの街は平均して七一七キロメートル以上はあり、地上にあったどの街よりも大きい。

 彼らは最後の人類だが日々争い続けている。

 それぞれ七つの街には大体代表する(トライブ)が存在する。

 族とは組織化された集団のことだ。それを地下都市ではこう称する。生まれが同じだった者達も族を組む。目的のために集まった人達も、性別や民族、宗教などの集まりも、何もかも全て、族である。

 そして、三番街の族は『(ファイブ)』と呼ばれていた。


                <word>●</word>

              <five>V</ファイブ>

           比較的、最近できた新興の族。

          元々は四番街に追われた三番街の流れ者の集まりである。

        メンバーのほとんどは未成年の子供で、中枢もまだ十代の若者。

        しかし強力な能力者である彼らは七番街で瞬く間に有名になり

          かつて、三番街にいた流浪の者を集め、族を強大化させ

           やがて、街を奪い返すほどの巨大な族へと成長した。

                <word>●</word>


 三番街。

 かつては豊かな場所であった。

 地下都市は各街に特色があり、よって地域格差も生まれやすい。移住したい人々と、元からその街に住んでいた人々との衝突も激しくなり、やがて戦争となり、地下都市でも人類は争う。

 三番街は争いの焦点になりやすかった。またの名を『(フォレスト)』とも呼ばれる。その名の通り、自然豊かな土地で広大な森があり、水源も豊富。動植物はここなら地上と同じように過ごせ、やろうと思えば豊かな暮らしができるはずであった。

 現在は、各地で森が不必要に伐採され、資源が限られてしまっている。ここを占領した四番街は水源に興味がなかったのか、いくつか閉鎖されてもいた。

 その他に街で有名なノザキ氏の銅像なども破壊され、関連施設は跡形もない。かつてここに住んでいた者達の誇りは奪い返したあとも未だに奪われたままである。

 それでも、ここを支配していた四番街の下部組織を倒し、再び三番街の子供達、そしてその大人達もここに呼び寄せ、復興に取りかかっている。


 人々が集まる中心部は資源を利用した木材の建造物が多く、虫の被害を考慮して薬剤を使用し、人間も暮らしやすいように共存している。

 木材ながら高層の建物が多く、といっても四、五階建ての建物が林のように並んでいるのだ。やがて彼らはこれらの建物を上ったり下りたりするのがめんどうになり、横に道をつなげようと橋を通し事故を発生させる。

 それを警察として取りまとめているのも子供達で、街の修復や、人々の医療、食糧配給なども子供、若者の姿がほとんどである。これは単純に老いた者は生き残らなかっただけである。

 中心部はまだ残った建物があるので人々の動きはスムーズだ。しかし、街から少し離れた田舎に行くと、昔の建物も減り、それどころか四番街から居着いた者達が暮らしている。

 Vは彼らを差別したりはしない。彼らにも住民としての権利を与え、出たいなら出ていいし、住みたいなら住めばいいとしている。他の者と同等の暮らしを保証している。

 とはいっても、感情が追いつかない者がほとんどで田舎では暴動が起こっていた。住民達のストレスは四番街から解放されても燃えていて、とくに二番街の境目は別の理由で炎上していた。

 四番街と三番街の境目には鋼鉄の壁があり、勝手な侵入はできない。

 しかし、二番街と三番街の境目にはそんなものはなく、あっても形だけの金網である。故に二番街からの流れ者が境目に来ることが多く、それによる事件は非常に多いのだ。Vは、彼らのことは許さない。

 無断で来る者は一人の例外もなく殺せ、とメンバー達に伝えていた。


 003


 少年は、最近Vに入った。

「はぁっ」

 だから、最初に任されたのは退屈な長時間労働である。

 申し訳程度に渡されたVのジャンパー、これがメンバーとしての証であり、最初はかっこいいと思ったものの、早々に重要な仕事を任されるわけではなく、かといって極度に簡単な仕事でもない。少年は辟易していた。

 背中に刻まれた『V』の文字。

 それを誇りにしてる同年代もいたが、少年はそこまで純粋にはなれなかった。

 金網しかない境目は人力で監視するしかない。果てしなく長く続く金網に等間隔にカメラなんて置いたら費用がすさまじしいし、電気だって無限ではないのだ。だから、人間ががんばって立哨するしかないのだが、あまりにも退屈である。

「暇だな。いっそのこと、不法侵入者が来てもいいのに」

 と、あくびをしながら少年は拳銃を腰に巻いたベルトで縛り、立ち尽くしていた。

 飽きてきたのか、誰も見てないしとあぐらをかいて座った。

「退屈」

 そのときだ。

 地平線から何かが狭って来る。

「――ん?」

 それは段々とこちらに近づいてきた。

「ちょ、え? お、おいっ! 止まれ。止まれよ」

 一台の車だった。

 いつの時代の乗用車か、派手な音を立てずにだがタイヤを焦がすほどオフロードを走って、金網を突き破る。

「うわあああああああああああああっ!」

 少年は慌てて拳銃を発砲するが、かすりもしない。そして、向かってくる車にひるみ、涙目の彼を嘲笑うように車は横を走り抜けた。

「ヒャッハアアアアアアアアアアッ!」

 クスリでもやってるのか、運転手は焦点が定まっていない目をしていた。

「くっ、『こちら。α445地点』くそっ、つながれよ」

 無線で仲間に連絡を取ろうとする。あの先輩、出やしねぇ。またサボりかよと、これ、不法侵入者をみすみす逃して俺のせいになるのかと絶望した。

『こちら、九鴉。不法侵入者の車を止めさせた』

 だが、九死に一生を得た。

 その声を信じ、少年は車が行った方向へ移動する。そこに、止まっている車と見慣れた男がいた。

「く、九鴉さん!」

 よっ、と背の高い若者がいた。

 若者、といっても少年と実年齢はさほど変わらない。まだ十六程度の子供で、しかし三番街を奪い返した『V』の中枢、ナンバーズの一人である。

 九鴉、彼も他のナンバーズと同様に成長していた。

 背が高く、それでいてスリムな体型。シルエットとしては細いが、しかし、腕周りを見ると肉がないわけじゃない。むしろ、獣のように引き締まった強靱な筋肉に見えた。短い黒髪、顔立ちは少女のように繊細で美しい。

「たまたま、任務の帰りでね。ま、たまにこういう強行突破もいるから気をつけてね」と、さらに「連絡係のあいつサボってるね。あとで説教しとかないと」言ってくれた。

「ほ、ほんとにありがとうございます!」

 彼は下っ端の間ではとくに有名で人気者であった。年下に優しく接し、怒った顔も滅多に見ない。

「て、こら! 死体をぞんざいに扱うな!」

 いや、怒るときは怒るが。

 少年が車に乗ってた死体を地面に投げ捨てたときだ。いや、こいつを殺したのは九鴉本人だろうにと少年は思うのだが。

「僕はノザキ邸へ戻らなきゃいけないから、車は借りるよ。死体は交代要員に取りに来させよう。それまで、また立哨位置にもどってていいよ」

「りょ、了解です」

 形ばかりの敬礼をし、九鴉はせっかくだからと男が乗ってた車を使い、三番街の中枢部であるノザキ邸付近へと向かった。


 004


 ノザキ邸まで、車を走らせる。九鴉は運転がうまかった。他の街に潜入する際にも重要スキルなので高い報酬を払ってまでとある族に協力を頼み、教えを請うた。彼自身、運転するのは嫌いじゃない。何だか、妙な解放感があるのだ。

「でも、窓ガラスの向こうは現実か」

 三番街には活気がもどっていた。四番街の奴らに占領されていたときは、奴隷のように扱われていた人々も今は解放されて上機嫌だ。

 だからだろうか、祭りのようなことをしている。

 騒ぐ人々。

 街中に大量に首吊り死体がぶら下がっていた。

「………」

 四番街の者達の死体だ。

 Vは彼らを差別したりしない。罪がない者はそのままいていいし、有能ならVに雇い入れることだってする。

 だが、これまで三番街の者に悪事を働いていたのなら話は別だ。この死体達はここでかつての三番街の者達を奴隷のように扱い、使役していた権力者とその一族の者達だ。

「子供まで吊されてるのか」

 三番街を追われたあと、九鴉達は地下都市の中央、七番街で暮らしていた。そこは各街から有象無象が集まり混沌としていたが、無法者の彼らも一つだけルールを持っていた。

 子供だけは殺さない。

 こんなの語る必要なんてない。それさえも守れない奴らは、もはや人じゃないと。

 無法者であるからこそ、彼らは最低限のルールを持っていた。いや、違うな。これはルールではなく、セーフラインだ。これ以下はもう、人ではないという証。

「人ではない、か」

 車を走らせる。

 ノザキ邸に着くと、赤毛のツインテールに出会う。この容姿の者は二人いるが、今回は姉の方だったらしい。双子の少女、三鹿と四鹿の内、三鹿の方だ。

「三鹿、久しぶり。仕事はどうだった?」

「………」

 元気よく挨拶したが、無視された。

「嫌われてる、かな」

 ちょっと、しょんぼり。昔から気の難しい子ではあったが悲しいものである。妹とは大違いだった。

 建物に入り、階段を上る。すると、今度は妹の方と出くわした。

「あ、九鴉! 久々だね。仕事帰り?」

 姉とは違い、ほがらかな笑顔を向けてくれる美少女。同じく赤毛のツインテール、服装も戦闘には向かない黒いロングワンピースを着ていた。

「その通り。もう、クタクタだよ。てか、さっききみの姉に会ったけど。僕、嫌われてる?」

「大体誰に対してもあんな感じだよ。昔からあんなんでしょ。気にしないの」と、笑いながら九鴉の背中を叩いた。姉とは違い、距離が近すぎる少女だ。

 ノザキ邸はかつて実験施設であったらしい。四番街が拠点以外にどのように扱っていたかは現在調査中で、屋内にはガスマスクをつけて、フードを被った者達がうろついていた。

「キカイ(ぞく)か」

「そうそう。あいつらに調査を依頼してるの」


               <word>●</word>

           <kikaizoku>キカイ族</きかいぞく>

 Vは街を代表する族だが、中には決まった街を持たず

 流浪の族も存在する。それで有名なのがキカイ族。

  独特の格好をし、地上時代の遺物を使いこなすキカイのエキスパート。

 詳しいことは不明だが、どこの街とも中立を保つ。

               <word>●</word>


「アタシ、あいつら嫌いなんだよね。四番街にだって武器を売る輩じゃない」

「そうだな。僕も好きではない」

 いわゆる死の商人もしていた。有能な便利屋ってだけじゃない。彼らと敵対することはまずないが、地上時代からの遺物である機械を扱えるのは彼らだけだし。だが、好かれてもいない。そりゃそうだ、敵対する勢力にも味方するなら敵も同然だろう。いや、純粋に敵である方がまだマシだった。それに、奇怪な姿も偏見を助長させる要因になっていた。

「二狗もあんなの連れてこなくてもね」

「ま、そこまでにしとこうよ」

 四鹿と九鴉が背中を向けたときだったか。ふと、彼はうしろを振り向いた。キカイ族の一人が中指を立てていたのが見えた。そいつは、バレても慌てることはなく、親指を下げもした。どうやら、こちらの悪口はしっかりと聞こえてたようだ。

「別に、なれ合うつもりはないし」

「何。どうしたのよ」

「何でもないよ」

 九鴉はそのまま二狗のいる執務室に行こうとしたが、腹の音が鳴ると四鹿に笑われ、「ご飯食べてないんでしょー。九鴉ってよく食うくせに食べないときはほんと食べないもんね。一週間とか二週間くらいさ」

「いや、流石にそこまでいったら死ぬから」

 だが、四鹿の追求は止まらず、二狗のとこに行く前に食堂へ連れられた。強引ではあるがこういう優しさも嫌いではなく、文句垂れずに九鴉は食堂のテーブル席に腰を下ろす。時計は昼を過ぎているが、まだ数名の客がいた。

「じゃ、アタシとってくるー」

 と、食堂のおばちゃんのとこに行く四鹿。さっきからやたらと行動力が強い。

「流石は雷の娘だこと」

 だが、久々に警戒心を解ける場所にいて落ち着く九鴉だった。

 がしゃんっ、と音が鳴る。

 それもつかの間の平和だった。見ると、数名いただけの食堂に顔なじみの奴もいたらしい。

 巨体の坊主頭で、九鴉より年下の一五歳。だが、彼よりも一回りカラダが大きい。末弟であり、一番体格に恵まれた男。それなのに。

「何やってんだ、五狼」

「あ?」

 Vのジャンパーを着て下はデニムの大男。同じくVのナンバーズでありながら、こうも違うのか。五狼はまだ年端もいかない子供の首を掴んで持ち上げていた。子供は苦しそうにもがいている。

「離せ」

「は、兄貴のつもりかよ九鴉。どうしてお前なんかに命令されなきゃならねーんだ。誰がお前なんて」

「離せって言ってんだ」

 対峙する二人。

 周りにいた者達は戦慄していた。ナンバーズが殺気立てて今にも争おうとしていたのだ。

「はっ」五狼がそんなシリアスな空気に苦笑し、子供を九鴉に投げつけた。

 九鴉は受け止める。そして、その隙に肉薄してきた五狼の蹴りを足でガードした。

 衝撃音が鳴り響く。

 単に受けただけじゃなく、ダメージが頂点になる前の瞬間で蹴りを止めた九鴉。見事な技術である。五狼の蹴りは音だけ鳴らす楽器で終わり、何の被害ももたらさなかった。

「ちっ、この程度じゃ駄目か」

「ふざけるなよ。五狼、お前何を考えて」

 九鴉達、五人の子供達は四番街から逃げた頃からいっしょだった。しかし、それほどの付き合いでもゆがみが生じ、とくに五狼は周りと協調しないで反発していた。

 今回が初めてじゃないが、子供にまで手を出すのは常軌を逸している。

「ふんっ、能なしが」

 五狼はしばし九鴉とにらみ合いすると、窓から出て行った。

 いや、ここ三階だぞ。九鴉は呆れる。

「え、どうしたの九鴉?」

 遅れて、皿の上に大量の飯を載っけた四鹿が現れる。こいつ、この騒ぎに今まで気づかなかったようだ。

「何でもないよ」

「もう、さっきからアタシだけ蚊帳の外!」

 今じゃ、Vと言われる面々もこの有様だ。もう、あの頃のようにはもどれない。


 005


 食堂でエネルギー補給すると、四鹿は仕事があると離れた。

 九鴉はようやく二狗のいる執務室に赴く。

「よお、お疲れ様。任務は大変だったようだな。……ああ、五狼がまたやらかしたか」

「そうだ。きつく言っておいてくれ」

「俺から言っても無駄かもしれんがな」

 右目を黒髪で隠し、左目を露出してる。二狗。

 Vにおいて最高責任者になり、現在はこの執務室で仕事に追われている。彼の机には無数の書類が積み重なっている。唯一見られる左目にはクマもできていた。

「ああ、お疲れ様だよ。ほんと」

 九鴉が心の内で言ったのを、クチにしなくても聞こえた二狗。

 彼は、心を読むことができる――そういう能力者である。

 幼い頃にこのノザキ邸から脱出した際も、彼の能力が役に立った。それは七番街に来てからも同じだった。

「二狗のおかげだよな、何でもかんでも。二狗がいなかったらVはこんな大きな族になってなかった」

「いや、俺だけじゃ無理だったよ。お前らがいたから俺はやってこられた」嘘じゃないぜ? と、二狗は真剣な感じで言う。「読心能力者って、貴重な能力者だからな。存在がバレたら即座に大勢の族に狙われる。捕まるならまだいいさ。ひどければ、能力者によって洗脳され人形にされちまうだろうな。クスリ漬けにされたり、四肢の腱を切って動けなくしたりしてな」

「怖いこと言うなよ」

「でも、お前らがいなかったらほんとになってたよ」

 二狗には戦闘能力はない。だが、その分頭だけは良かった。

 こんなことを言ったら二狗からは『そもそも、頭が良いという表現が曖昧だ』と言うだろうが、彼は昔からノザキ邸にある書物を読んでいたし、ここにいた人達の心を読んで学習してもいた。

 それが七番街では大いに成功したのだ。

「で、任務の報告は済んだけど」クチにはしてないが、心を読む能力者だから近くに来ただけでことは済む。「他はまだある?」

「すまないが、またお前には潜入捜査してもらいたい」

 九鴉は体術の達人である。

 だが、それは直接相手と戦うよりもっと他に役立つことがある。

 諜報活動だ。

 複数の族が跋扈するこの地下都市、いくら情報があっても足りることはない。そして、潜入する際に過剰な武器は持っていけない。だからこそ、肉体のみが勝負となる。

「それぞれ、どの街でも何かが不足している。この三番街は人員が足らないな。街を運営する人員、知識を持つエキスパート、各種能力者も必要だしな。いや、人員というより技術と知識と言った方がいいかもしれんな。数だけはあるんだが。また、四番街は逆に技術や知識は足りてる。奴らは資源が圧倒的に足りてないんだ。だから、奴らが復讐されてどう報復するか恐ろしいものだが」

「じゃあ、次は四番街を?」

 いや、と二狗は言った。

「あそこは迂闊には忍び込めないだろうし。それに、問題なのは他にもある」

 二番街、と二狗は言った。

 九鴉はぽかんとクチを開けたままになる。

「え。だって、二番街って」

「意外に思うか。そう、あそこは一番街に飼われてるな」

 ようは、昔の三番街のようなものだ。

 各街はそれぞれ特色がある。三番街が別名『(フォレスト)』と呼ばれるのに対して、二番街は『平野(プレイン)』。三番街ほど豊かではないが、広大な土地が存在する。他は山だったり、沼だったり、と過酷な場所なのにだ。

「どういう意図で地下都市は作られたのかな。あまりにも街によって格差がひどすぎる」

「どうしてかは俺らには知ることもできんがな。ともかく、二番街だ。一見何もないからこそ危ない可能性がある。例えば、二番街で燻っている革命組織に四番街が餌をやって傀儡にしてる可能性とか」

「で、そいつらを僕らと戦わせるかもしれない」

 似たようなことは七番街でも起きていた。小さな族がそれよりも大きな力を持つ族に傀儡として操られ、代理戦争をやらされていた。

 そう、いつだって力の弱い者が負けて力の強い者が勝つ。

 それらは容易く変転し、昨日弱者だった者が明日には強者になってたりもするが。Vがこの街を取り戻したように。

 いつの時代になっても強者と弱者が入れ替わるだけで、根本的なルールは変更されることはない。人類が誕生して一度文明が滅んでも未だに、弱者は強者に喰われるだけだ。

「逆に言えば、俺達も似たようなことは可能ってことだ。俺達には人員が足りない。使えそうな人材がいないか、二番街で見てきてくれ。そして、他の族が絡んでないか調べろ。で、優先順位としては最後でいいが革命を狙ってる奴らがいたら、協力してやれ」

 財源ならいくらでもある、と二狗は言う。

 もう、地上にいた頃のように人類は国家という盾を持たない。故に人々は各族に参加し、命を守ることにした。そうなるとお金もこれまでのように国によって賄われていたものとは勝手が違ってくる。

 七番街では機械部品が主な通貨として使われていた。

 キカイ族がそれらの価値を査定し、彼らの証明が成されたものが通貨として使用される。それらを物々交換することで、独特の経済が成り立っている。

 ちなみに三番街は自然を生かした資源が山ほどある。木材、自然を生かした畑から生まれた野菜、そこに住まう家畜動物、その他にも食べ物は無数にある。これらは七番街の経済をぶち壊す可能性があるほど、貴重なものだ。

 七番街にも食べ物は一応あるが、味がろくにしない地上時代から使われていた人工食品である。ゼリーの形をしていて、はっきり言ってまずい。とてもまずい。故に味がある食べ物はあちらでは貴重だ。機械部品よりもはるかに価値が高くなる。

「ともかく、三番街に有益となる情報をもたらせ。それが今回のお前の任務だ」

「ああ、分かったよ」

 以前はお前、とあまり言わなかった二狗。

 いつも名前を呼んでくれたが、それも少なくなってきた。とは、思わないようにした九鴉。読心能力者と長くいるから、心を読まれないテクニックを学んでいた。

「じゃ、すぐ行ってくる」

「おい。少しは休んでけよ」

「大丈夫。今はあまり時間もないだろ」

 いつ、四番街が迫ってくるかも分からないのだから、と九鴉は言う。

 ふと、二狗の表情が変化した気がしたが。

(ま、僕には二狗の心は読めないけど)

 最後に心が読まれるのを分かった上で考えた。そして、彼は部屋を出た。


 006


 VR。


「戦闘はまだなの?」「おせーな」「ちんたらしてんな」「あの五狼っての、もっと戦えばいいのに」「殺し合いしろよ、ボケが」映像に有象無象の者達が文句を垂れる。それを観察しているプログラムは困惑した。さっさと彼らを楽しませないと。何でもいいから、戦いをさせないと。彼らはスイッチをポチッと押した。


 007


 九鴉は中心路(セントラル)に着いた。

 中心路とは七番街の通称だ。どの街からも要衝となり、道が交差する場所。地下都市にとって世界の中心であるここには相応しい名前である。

 低い建物が並ぶ。どれもこれもコンクリートでできた地上時代の名残が強い建造物で、地面には道路も規則的に敷き詰められている。しかし、ここで自動車に乗る者は少なく、持ってたとしてもどこかの族の所有物であり、奪ったり傷つけたらすぐさまその背後にある族が襲いかかってくる。


 七番街のさらに奥へ進むと中心部にかつて統一政府だった建物がある。ドーム状の建物で、今は誰もうろつかない。中に入ってもからっぽで、大昔に散々強盗されたあとだ。かつての権力も廃墟になれば、何もなくなる。

 中心路には無数の人々がうろついている。

 九鴉は変装してここを歩いていた。いつもの黒づくめの格好から、カラフルな帽子を被り、ジャケットも緑色のを着ている。

(ここは、どこの街にもいられなかった者達。流れ者が居着く。その数は多く、多分人員だけならここが一番なんだろうな。だが、バラバラ故にここを代表するような族は存在せず、中小規模の族があっちこっちで争いを行う)

 よくまあ、Vはその中から勝ち上がれたものだ。

 二狗の能力のおかげで外交や情報収集で有利になり、戦闘はそれ以外のナンバーズが活躍してくれた。それ以外にも三番街からの流れ者も多かったのでメンバーはどんどん増えたし、意外と四番街を敵視する輩もいたので協力もしてくれたのだ。


 七番街では地下都市に暮らす様々な族を鑑賞することができる。

 各エリアは族のなわばりが決まっており、それを破れば関連する族全体から制裁を受ける。故に族同士のつながりは移動範囲を広げることでもある。九鴉の場合はVが上手いことやっていたのもあって、自由に移動できる。自身の所属する族がつながり薄くても、誰かに仲介を頼めば通れるところもあり、中には仲介人を探そうと躍起になっている族もあった。

 戦闘に特化した族は、その姿を鼓舞するように派手な格好で歩く。カラフルなペイントがされた衣服やタクティカルベストを身につけ、旗を上げる。例えば今九鴉が目についたのは『族:ファイヤ』『アンティカ族』『獄狂乱族(ごくきようらんぞく)』などだ。彼らは強力な能力者を保有するだけじゃなく、肉体を機械で改造している。両腕を太い義手に変えたのもいれば、右腕を丸ごとガトリングに変えた輩もいるし、両足がローラーになった者も、ほぼ全身義体の者もいる。それらは西洋の甲冑のように堂々としていた。

 他にも荷物の運搬や、客の移動を支援する族もあり、『ミミナガ族』や『族:マッハ』などが代表的だが、人気すぎて急には呼べない者もいる。また、ここでもキカイ族の姿がよく目につく。他にも食料を売ってる族や、下水道で暮らし蔑まれている族:アスカゲも存在する。

(ここの低層の建造物一つ一つもどこかの族の所有物だ。他には高層マンションもあるな。これは複数の族が階層ごとに分かれて所有してる。七番街は複雑に人の思惑が蠢いている。ほんとは、早めに立ち去りたいが。中々車が見つからない)

 先ほど説明した移動を支援する族も存在するのだが、連絡方法が特殊で直に会うしかない。なので、すぐにつかまえられない。

 仕方ないので二番街まで歩くかと、とあきらめていたときだ。

「……煙か」

 コンクリートの空に昇ってくのが見えた。

 争いがまた行われてるらしい。この地下都市で争いなんて日常茶飯事だが。

「どこかの族がやってるのか。一応、見ておくかな」

 小さな族同士の抗争の情報も役立つことはある。九鴉は誘われるようにその地へと向かった。

 近くにVご用達の族所有のビルがあり、そこを上って屋上に行く。望遠鏡を使って、争いの中心に目をやった。

「六番街の奴か」

 大勢の敵に囲まれて、たった一人――パンツ一丁の男が立ち向かっていた。

 しかし強大な力を有しており、一人でも敵を圧倒している。

「あいつら、どうしていつも半裸なんだろうな」

 六番街。

 通称、『(マウンテン)』に住む者達。その名の通り、街というより山に囲まれた大自然で人が住めるところなど限られている。故に族という規模で動くことはせず、せいぜい、数人程度。文化的にも少数精鋭、もしくは個人で動くことが推奨され、それこそが『戦士(ソルジヤー)』の誇りだと自称している。

「何か叫んでるけど。多分『この卑怯共があああああああ』なんだろうな」

 いや、半裸の男などどうでもいい。

 それよりも問題なのは、半裸が戦ってる方だ。こいつらは九鴉がよく知っている相手だった。

(キバ)か」

 牙。四番街を代表する族で、かつて三番街を占領した侵略者。

 そのチカラは絶大でかつては四番街同士で争っていたからこそ、より強靱な者達が生き残り、それらが一つに集まってどこよりも戦闘に特化した族となっている。その規模も地下都市全体では五番街や一番街に見劣りはするものの、戦闘力だけなら断トツだ。

「黄色いハチマキを首に巻いている集団。牙の奴らのトレードマークだな。それが、六番街の戦士と戦ってる? どうして」

 三番街を占領した四番街の面々。九鴉にとっては怨敵そのものなわけだが。

「しかも、あれって……おい、あれは牙のナンバー2。DORAGON(ドラゴン)じゃないか?」

 DORAGON。

 牙のナンバー2であり、トップの代わりに部下達に指令を送るブレーン役を務める。

 黒色肌の長身痩躯の男で、丸いサングラスをかけている。

 彼も首に黄色いハチマキを巻き、それ以外は黒いシャツやズボンを履いている。

「………」

 殺れるか?

 と考える九鴉。しかし、近くには護衛も数名いた。

 おそらく目に見える奴だけじゃなく、隠れ潜んでいる護衛もいるだろう。それほど、牙のナンバー2は存在が大きいのだ。ここで巡り会えたのは奇跡だが、殺すにはまだ条件が足りない。それこそ、三鹿や四鹿がいれば話は別だが。

「無理、だな」

 あきらめよう。

 こんなチャンスは滅多にないかもしれない。と、焦りそうになるのをこらえた。

 所詮自分は能なし、迂闊な行動は命取りになると懸命に己を戒めた。

 そのときだ。


「みなさああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」


 耳をつんざくような声が、とどろいた。

「は、はぁっ!?」

 拡声器か何かで増幅したのか、やけに耳に来るものだった。

 九鴉は辺りを探る。すると、争いが行われてる近くで一人の少女(と少年も一人見える)が、拡声器で叫んでいた。

「戦いをやめてくださあああああああああいっ! 戦いなんて、みっともないですよ!!」

 白いケープを着た少女。頭には真っ白なベレー帽も被っている。長い黒髪。

 彼女も衣装で分かる。その隣にいる少年も白のケープを着ていた。

「今度は楽園教(らくえんきよう)かよ」


               <word>●</word>

           <rakuennkyou>楽園教</らくえんきょう>

      彼らは否定してるが、ある意味では地下都市最大の族である。

          目的や生まれを共有せず、教義のみで集まる。

        故に彼らは宗教組織として君臨する。各街に信徒が存在し、

            だからこそ地下都市最大の集団である。

               <word>●</word>


「また、ろくでもないな」

 彼らは表立って争うことはしない。しかし、信徒が被害を被るのであれば即座に騎士団を派遣し、武力制圧に臨む。

 ただし、四番街が三番街を占拠したときは裏で彼らと手を組んでいたようで、何も介入しなかった。それどころか占領下にあった三番街に度々関係者が訪れていたのだ。反吐が出ると九鴉は思う。

 昔、地上にいた人類は神という存在を利用し、宗教という集団を作っていた。

 だが、楽園教は違う。

 神を教えたりはしない。この地下都市は地上という退廃から逃れた者達による真の楽園であり、だからこそ、ここで争うべきではないと平和団体を名乗っている。

「何が平和団体だ」

 元は自助団体だったらしい。この地下都市も来た当初は政府らしきモノがあり、一時期は機能していたのだ。そう、七番街の中心にある廃墟がそれである。しかし、それも零れる者がいて、それを助けようとしたのが楽園教の始まりらしい。結局、政府は倒壊し宗教だけが残ってしまったが。

(四番街の奴らが彼女に手を出すことはないだろう。おそらく、五番街の貴族じゃないかな彼女は。だが、六番街の奴に貴族がどうとかは関係ない。しかも、奴は広範囲に影響をもたらす能力者だ。だから、さっきからずっと大勢を相手に戦っていられるのだが――このままじゃ、あの子、巻き添えを喰らうぞ)


 半裸の男が拳を振るうとそれだけで竜巻が起こり、建物が崩れ、コンクリートの破片がアートのように広がる。

 四番街の者達が銃器で対抗しても無駄だ。弾丸は風でそれて一発も当たらず、逆に大男は敵を軽々と殲滅した。

「聴いてよぉっ! やめて、人殺しなんてしないで!」少女は地団駄を踏んで憤る。

 だが、それが運悪く六番街の戦士の逆鱗に触れたようだ。

「うるさいだぁっ!」パンツ一丁の戦士は大声で叫ぶ。「戦士の戦いを邪魔するでねぇ。オラ、怒ったど!」

 と、近くにあった鉄骨の破片を拾い上げ、少女に投擲した。

「え?」


 粉塵が舞い上がる。


 投げられた破片はコンクリートの道路を抉り、少女の背後にあった建物すら貫く。

 だが、そこに少女の姿はなかった。

「……んだ?」六番街の戦士は目を点にする。

 ちなみに、少女のそばにいた楽園教の少年もいない。

(おかしいだ。気のせいか、一瞬だけ人影が見えだような)

 そして、それがあの小娘らを助けたような。

 戦士はあごに手をついて考える。しかし、四番街の者に攻撃され気を散らせた。

「うるさいだなぁ……」

「何がうるさいだ、余所見する暇なんてねーぞ!」

 四番街の一人は、電気をバチバチ放電させて威嚇する。

「――はっ」お前如きに?

 六番街の戦士は鼻で笑った。


NEXT-type[9]:Starting blocks 1-2

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