type[9]:Starting blocks OP
OPENING
五人の子供達がいた。
その内の一人、クロウはヒーローコミックが好きだった。
『へっ、くー兄はそんなの好きなんかよ。ダセぇな』
『こら、五狼! そんなこと言っちゃ駄目でしょ!』『全くこの子は』
『まあまあ。――五狼、あんまり人が好きなものを悪く言っちゃ駄目だよ』
へっ、と小生意気な末弟はまだ何か言っていて、双子の少女はそれに対して余計に怒りを募らせるのだが、悪口言われた本人はけろっとしていた。それどころか、三人の仲を取り持つようにしている。
『クロウも、何か言い返しなさいよ!』
と、双子の少女の一人が言うのだが。
『だって、僕が好きなヒーローはそこで怒ったりしないよ』と、言った。むしろ、そこで笑って「そうかい? でも読んでみると楽しいぜ」と仲良く声をかけてくるのだ、と。だが、彼のその説明にみんなはチンプンカンプンのようだった。
ただ一人を除いて。
クロウの頭を最年長の少年がなでる。
「?」
「お前は優しいな。普通、読んでた本がそうだからって実践なんてできないぞ」
このときは逆に最年長の少年が何を言ってるか、理解できなかったクロウ。
彼は、いつもこの子供達といっしょだった。全員で五人。それぞれ、家族のように役割を持ち、それぞれを支え合っていた。
長兄としての、二狗。
次兄のクロウ。
双子の少女、三鹿と四鹿に。
そして、末弟の五狼だ。
彼らは共にノザキ邸で暮らしていたのだが――ある日、家が襲撃された。
門が爆破され、鉄柵も吹き飛ぶ。躍り出た影は瞬く間に場を制圧し、警備兵も肉片となって散ってしまった。
一人の女性が子供達を集めて無理矢理床の隠し倉庫に押し込んだ。「いい? しばらくじっとしてるのよ」分かったわね? と彼女は最後に笑顔を見せて、倉庫のとびらを閉めて隠した。
「………」
五人の子供達は何が起こってるのか理解できず、顔を見合わした。だが、長兄の二狗も答えは出せなかった。
しばらくすると、誰かが来たのか。いくつもの足音が反響した。
「こんなとこにいたのか」
と、嘲笑めいた声も発せられる。
「かあさっ――」と、クロウのクチを二狗がふさいだ。彼は苦悶の表情を浮かべ、かぶりを振る。そして、視線を双子の少女や末弟に向ける。
「………」
二狗が何を言おうとしてるか、分かった。だから、それを彼に言わせないようにと考えた。頭上から、先ほどの女性の泣き声が聞こえる。そして、男達の笑い声が重なる。乱暴にされてるのか、嫌らしい効果音も響いた。クロウは唇を噛み締めて我慢した。今ここで騒げばみんなの命はない、だから――と。双子の少女は恐怖で打ち震え、少年達に抱きつく。少年達も痛みを堪えるように腕を回す。五人全員が恐怖に耐えきるようにした。
ようやく、喧噪が終わったかと。落ち着いたように感じた瞬間、主犯格の男らしき者が声を上げた。
「――わーたよ。ったく、兄者はそそっかしいな。おい、移動だ移動! こら、遊びは終わりだぞ。と、まだ生きてたか。おい、女。オレの名を知らないままは嫌だろ? お前の最後の相手は、このJACKAL様だ」
ゴキッ、と。
最後に何かが折れる音がした。男達は立ち去り、足音が離れていく。
「………」
もう、女性から音がしなくなった。
それから、子供達は慎重に移動しノザキ邸を脱出した。
彼らの居場所だった建物はいきなり来た侵入者に乗っ取られ、大事なものも奪い尽くされた。だが、それでも五人の子供達は生き残った。
灰色の人工的な空と同じ色をした煙が――昇っていく。
ノザキ邸からのびる煙、偽物の太陽を浴びて生々しくあった。
「もう一度、ここにもどって来よう」と二狗は言った。「あいつらを殺そう」
幼い子供が使うには物騒な言霊。
しかし、彼らにとってはこれから生きていく上で重要な道しるべになるものだ。
ある種の光だ。
その光を成就することこそが、彼らにとって新たに大事なものとなる。居場所は失われ、これから無法地帯で生きていかなきゃいけなくなる。だが、それでも――それでも、彼らを照らす未来が、光があれば、生きていける。
例えそれが、殺意だったとしても。
「うん」と、三鹿は涙をぬぐって賛同する。「殺そう」
「あたしも、殺す」四鹿も賛同した。
「いいぜ。オレ、やってやるぜ」と末弟の五狼も。
「………」最後の少年はしばし沈黙した。
こんなときに不謹慎かもしれないが、彼はさっきまで読んでいたヒーローコミックを思い出していたのだ。そう、末弟にはダセぇと言われたあの本だ。
あそこに出てくるヒーローは、人を殺そうなんて絶対言わなかったが。
「うん、殺そう」
クロウは、言った。
まっさらな瞳で、ヒーローに憧れたときと同じ目でみんなを見た。
きっと、これは正しい怒りなんだと。正しい、『殺す』なんだと。心の何処かで言い聞かせて。
「ここにもどって、あいつらを皆殺しにしよう」
「あれから、十年も経ったか。早いな」
九鴉はしみじみしてつぶやいた。
彼の視界にはあのノザキ邸が映っている。もう恐怖の象徴ではない。襲われたときのあの記憶はまだ忘れていないが、それが全てではない。『殺したはずだろ、あの恐怖は?』自分にそう言い聞かせて、彼は動いた。
一人で先行し、ノザキ邸に侵入した。
十年前に侵入した敵は元から自分らの拠点だったようにしている。覚えている。二狗のおかげで最後は逃げ出せたが、廊下で職員を殺していた警備兵や、陵辱していた兵隊。覚えてる、一人一人の顔を確認し、憎悪を膨らまし――抑える。
今は、それよりもやることがある。
警戒用のトラップを全て解除する。ノザキ邸の全セキュリティやシステムを管理する部屋に忍び込み、いた奴らを静かに始末した。これで、子供でも簡単に忍び込める。
ついでに、外をうろついてる奴らを排除しやすいように工作もしとく。
全ての準備が終えると、合図を上げた。
ノザキ邸の正門が爆破された。
「やっちまえ、みんな」
炎と雷の能力。
双子の姉妹、三鹿と四鹿の攻撃だ。
「僕は、あいつの部屋に行かないとな」
二人の攻撃は大規模に広がり、一瞬で敵を制圧した。とどめの五狼が建物へと侵入する。狭い廊下を獰猛な肉体強化された能力者が駆け巡る。
<word>●</word>
<nouryokusya>能力者</のうりょくしゃ>
超常的な現象を人為的に引き起こす者の総称。
能力の内容は人によって様々であり、
科学的に説明できるモノから、科学で説明できない常識外まで様々。
<word>●</word>
九鴉達の居場所を奪った奴らは、二人の兄弟を中心としている。
弟のJACKAL。そう、あの女性をズタボロにした人物だ。九鴉はそいつのとこに向かっている。
『私はヒーロー! バードスターだよ!』
昔読んでいたヒーローコミックを思い出した。
何でこんなときにと、かぶりを振って幻覚を振り払おうとする。
『弱きを助け、強きをくじく! ほら、きみを助けに来たんだ!』
九鴉に手を伸ばす。
彼はその手を叩いた。
「あのとき、助けてくれなかったじゃないか」
『この外には楽しいことがいっぱいあるんだよ。ほら、あの景色を見てごらん!』
彼は幻覚を見ようともしない。ヒーローの横を通り抜けて後方からまだ聞こえてくる幻聴も無視した。
『人と人はわかり合えるんだよ。いつか、きみもそれを分かる日が来るさ』
目的地に着いた。
部屋に入るとJACKALはベッドの上で複数の女とお楽しみ中だった。
「――あぁ? 何だてめぇ。さっきから外が騒がしいと思ったらよぉ。てめぇ、何をして、て、おい! お前らどこに行く!?」
女達は二狗が用意したものだ。だから九鴉が来るとそそくさと逃げて行った。
「ん? ――んっ、てめっ。くそ、毒か」
「僕のこと知らないですよね。いいですよ、そのままで。何で僕があなたを見て殺したいほど憎んでるか。言いたいですけど我慢します。それを吐き出すより、あなたは何も知らない奴に殺された方が絶対にいい」
JACKALの首根っこを掴み、運んでいく。
二狗から連絡が入った。どうやら、兄の方も捕らえたらしい。
「……ぐぞっ、でめぇ、何を……おい、ぶざげんな! 兄者!」
JACKALの兄は頭に麻袋をかぶせられ、両手両足を縄で拘束され、椅子に座らされていた。全身に切り傷があり、すでに足の腱も切ってある。二度と立ち上がれない。そして、声も出せない。情報を聞き出すのはとっくに終わっている。
「ああ、九鴉。よく連れてきてくれた。先行もありがとうな。お前のおかげでスムーズに襲撃できたぞ」
二狗。
右目は黒髪で隠れ、左目だけ露出している。あの子供達は全員、成長していた。まだ幼げがあった年長者はすっかり五人のリーダーとなり、今回の作戦も指揮した。
「さてと、次は何をするかな。もうこのノザキ邸は全部取り戻した。あとはおまけだ。好きにやったらいい。九鴉はどうする? 兄の前でJACKALを拷問するか。それとも、兄の方をやった方がいいかな。まあ、こいつはもう声も出せないが」
「………」
自分には家族の笑顔を向けて、敵には拷問者の笑みを浮かべる二狗。
五人も戦いを繰り返す内に変わってしまった。
もう、あの頃とは違う。
九鴉は無言で長兄の場から去った。
『私はバードスター! きみを救いに来た!』
ナイフを刺して幻覚を殺した。
昔は、辛いことや悲しいことがあるとヒーローコミックを読んだ。ここにはいない、非現実的な存在に憧れを抱き、救いを見出したのだ。
だが、あんなのは幻想だ。本当にはいない。
「あはははっ、こんな弱かったなんて」双子の姉である三鹿が笑い声を上げる。「ほら、見てよ四鹿。こいつら何か言ってるよ?」
それに対し、同じ笑い声で返す四鹿。
「――っ、おもしろい。四鹿達は、こんな雑魚どもに怯えてたんだね」
施設の大広間で、双子の少女は殺戮を行っていた。
もう敵を殺す必要はない。だから、これは無駄な行為だ。言ってしまえば、彼女達の遊戯だ。遊戯で、男や女、老若男女の兵士達が殺されていく。ある者は燃やされ、ある者は雷を打たれ感電死、一撃で殺すのがもったいないので炎による熱でじわじわと追い詰めたり、弱い電圧から徐々に威力を上げていくなどの拷問を楽しんでいる。
「あ、九鴉」四鹿は幼なじみの少年を見つけ、ほがらかな笑みを浮かべる。「九鴉もやる?」
血だらけの状態で。
「………」
その場からも逃げた。
『こんな、殺し殺されの世界なんてうんざりだろ。私は、この世界を変えたいのさ。だから、例え暴力でしか解決できなくても。私は、人を殺さないのだよ』
もう幻覚を殺すこともしない。
九鴉は歩く。
検討もついてない目的地を探す。襲撃したのは五人だけじゃなく、今じゃネズミ算式に膨らんだかのように仲間が大勢いる。その彼らもまたあの日襲撃されたときのように蛮行を繰り返していた。
「………」
ふと、子供の死体を発見する。そうか、子供だっているよな。ここで生活してる人も多そうだったし、と。そのそばには、昔九鴉が読んでいたのと同じ『バードスター』のコミックがあった。
それを拾おうとする。
「血だらけじゃないか」
自分の手が血で汚れていて、反吐が出た。
「子供も死んで、これじゃ、これじゃ僕らがやったことは――こいつらと、同じじゃないのか?」
あの日、襲撃してきた奴らと同じではないのか?
九鴉はまたどこかに逃げようとする。だが、逃げ場所なんてない。
ふと、五狼が女性達を襲ってるのが見えた。
あの日、自分達を守った女性の姿と重なる。
「――っ」
五狼をぶっ飛ばした。
これが、九鴉が最低限できた反逆であった。
それだけだ。
結局、彼は何一つ達成できていない。正しいなんてない、善悪の概念は人間が作ったもので、そして人間はあやふやな存在で、だから『正しい』なんてのも、あやふやだ。こうやって、悪辣非道な現実が広がっていても、構図だけはかつての被害者が復讐してるだけなのだから。
「ははっ、もう幻覚さえ見えないな」
これが物語なら、ここでまたヒーローの幻覚が見えるだろう。しかし、見えなかった。幻覚さえも現れてくれなくなった。
「………」
ふと、空を見上げた。
空はコンクリートで覆われていた。
「汚い、空」
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