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人身御供になりまして

作者: 月唄零夜

人身御供なんてまともな神経をもっているものなら到底引き受けられない。

何やらもっともらしい理屈を並び立てているけど、要は口減らしなのだ。

孤児で女で子供の私は村に置いておいても対した戦力にはならない。

それならいっそ消してしまえということか。

そんなに神様にお供えしたいなら、泣き叫ぶ私を引きずっていけばいい。

自分たちだけ助かろうとするくせに悪者にもなりたくないなんて随分虫のいい話だ。

こんな糞みたいな奴らのためにどうして私が死ななきゃいけないんだろう。


「わかりました」


そう言えば途端に私を囲む男たちの顔が明るくなる。

そんなに感情ダダ漏れってどうなの?

こっちは子供だからわからないとでも思ってるんだろうか。

ほんと、舐めんな。


「では、今から速やかに日照りの儀を執り行おう」


私の気が変わらないうちにさっさと殺したいんですか、そーですか。

周りの大人たちもそれに同意していて、改めて自分は1人なのだと思い知らされる。

誰かの都合で勝手に人生を終わらされるのに感傷に浸る余地も与えてくれない。

強引に家から連れ出され村の外れの掛けまで連れてこられる。

眼下には大きな湖があり、私か捧げられる神様がそこに住んでるらしい。

でも、正直こんな貧相な子供を貰っても神様は困ると思うんだよね。

骨と皮だけの身体にボロボロの着物。

顔だって平々凡々だし、特に秀でたものがあるわけでもない。

人身御供って表向きには神様への贈り物でしょ?

それがこんなみすぼらしい子供なんて、神様馬鹿にしすぎ。


「それでは只今より儀式を行う」


儀式なんて大層なこと言ってるけど実際は村長が巻物を読み上げるだけ。

こんな貧しい村には巫女さんを雇うお金もないのだ。

長々と読み上げられたそれは要は供物をやるから晴れにしろってこと。

この辺は昔から雨が多くて、そのせいで作物が育ちにくい。

今年は例年稀に見る雨続きで、一日一食食べれるかどうかだ。

村長は読み上げた巻物をふところにしまうと、私の身体を掴んで崖の縁に立たせる。


「さぁ、そこから飛び下りろ」


えっ、押してくれるんじゃないの?

まさかの自発的飛び込み?

一瞬戸惑ったけど、大人たちが凄い形相でこっちを睨んでくるし、元より生に執着もなかったから。

思い切って飛び下りた。




目の前には黒目黒髪の男の人。

吸い込まれそうな瞳には何の感情も映っていない。

彼が噂の神様だろうか?

だとしたら自分は今生きているのか、死んでいるのか。

身体が鉛のように重たいからやはり死んでいるのだろうか。


「話せるか」


神様(仮)の声は思ったよりも高くて、随分若い印象を持つ。


「お前は…どうしてあそこにいた」


あそこ、とは湖のことだろう。

それなら簡単だ。


「人身御供になりまして」




その後私はまだ生きていることが判明し、神様(仮)も実は神様などではなく只の人だということが判明した。

彼は湖の近くに屋敷を構えるお貴族様で、今日はたまたまボートに乗っていたら上から私が落ちてきたから助けてくれたんだとか。

表情は一切変わらないけれど声色が明らかに同情してくれていたから、私は思いっきり悲劇の少女感を漂わせて、めでたくお屋敷に置いてもらうことに成功した。

お屋敷の方々は皆さん一様に私の境遇に同情してくれて、使用人として働かせてもらってはいるが、めちゃめちゃ甘やかされる。

お菓子もらったり、頭なでられたり、本を読んでくれたり、兎に角甘やかされる。

その最たる例がご主人様(私を助けてくれた人)で、しょっちゅう膝の上に乗せられるし、可愛い服とか花とかもらうし、挙句添い寝までされる。

それを相変わらずの無表情でやり遂げるから、こっちの方が恥ずかしくて居た堪れない。

一度そう抗議したら次の日からより皆が甘くなったので今は甘んじてそれらを享受している。

当初の予定では数ヵ月で出ていく予定だったのにそんな風にみんなして甘やかしてくるから、気がついたら人身御供になったあの日から10年が経過していた。


「ご主人様」


「どうした」


ここに来た時からだいぶ背も伸び、自分では多少女らしくなったと思っているのに、今日も今日とてご主人様の膝の上でお菓子を食べている。

ご主人様は10年経ってその美しさにはますます磨きがかかったが無表情は相変わらずで、一向に嫁をもらう気配がない。


「こんなに幸せだと私は困ってしまいます」


あの日からもう随分年月を経ているというのに、私は今もあの日の夢を見て飛び起きることがある。


「幸せで何が困るんだ」


「幸せじゃなくなったとき、あんまりにも悲しくなります」


幸せな日々は永遠には続かないのだと、短い人生の中で私は学んだ。

だから今が幸せ過ぎて本当に困る。

この生活が終わりを告げてしまったら、今度こそ自ら人身御供になってしまいそうで。


「ならばずっと幸せであればいい。それなら悲しくならないだろう?」


ご主人様は私の言葉に暫し逡巡した後そうおっしゃる。


「ずっと私の元で幸せであればいい。幸が望むだけ私はお前の傍にいよう」


「でもそれではご主人様にメリットごありません」


「メリットがなければお前を傍に置いてはいけないのか?」


それは確かに正論だが、あまりにも不安定なものの上に成り立つ正論だ。


「それではこうしよう」


どう言えば伝わるかと私が悩んでいると、ご主人様は思いついた!って感じで手を打った。


「お前を私の妻にしよう。そうすれば一生幸せにできる」


ご主人様は普段は何でもこなしてしまう素晴らしいお方なのだけれど、ときどきこうしておかしなことを口走る。

それがなければ完璧だから、人には何かしら欠点があって世の中うまく回っているんだと感心する。


「幸、聞いているか?結婚しよう」


「ご主人様。結婚とは好いた男女がするものです。私みたいな子供と、ましてや同情でするものではありません」


「同情ではない。私は幸が好きだ」


「私もご主人様のことは好きですが、結婚はできません」


彼は貴族で私は口減らしされた子供。

誰がどうみたって釣り合うわけがない。


「何故だ。私は幸の子供らしからぬ考え方も、辛辣な物言いも、甘やかされることになれていないところも、穿ったものの見方も全てが好きだ。いや……愛している。だから結婚しよう」


ご主人様はあいも変わらず無表情で、しかし熱っぽい口調がそれが真実だと教えてくれる。


「そんな理由であればロリコン変態どエムの称号をもらいますがいいんですか?」


「私はお前以外からの評価を気にしない」


困った。ご主人様の目が本気だ。

頑固な彼が一度決めた事を覆すのは大層骨が折れる。

それに何より一番困ったのは、彼の言葉を嬉しいと感じている自分自身。


「ご主人様…」


「なんだ」


「私は人身御供として神様に捧げられたときから人生の何もかもに絶望しております」


「あぁ、知っている」


「その中で唯一貴方の言葉だけが私に希望をくれるんです」


ご主人様の大きな手が私の頭を優しく撫でてくれる。


「臆病な私をずっと守ってください。その代わり、私の一生をあげますから」


そこまで言葉にしたところで、我慢していた涙が溢れ出す。

ご主人様の胸に頭を押し付けると、あくまで優しく、だけど力強く抱きしめられる。

貴方の言葉さえ素直に受け入れることができない私ですが、末永くよろしくお願いいたします。



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