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ハスラーズスカイ

見上げると、高い天井からは眩しいくらいの光が降り注いでいる。

思わず左手をかざすと、硬く傷だらけの甲が目に入った。


『これより、第一試合を開始します』


背中から、前から、左右から。全方位から観客の視線を感じる。


「ふぅ」


深呼吸。身体中に鳥肌が立つほど感覚が研ぎ澄まされていく。


一歩。もう一歩。


目の前には台が置かれている。ビリヤードの台が。


『第一試合、アメリカ代表、ローレン・フォルス選手対――』


隣にいる選手の名前が呼ばれただけなのに、爆発的な歓声が膨れ上がる。

サラリとした金髪を後ろで括った背の高い男。

細身の体でありながら、パワーショットを多用するエンターテイナー。


『日本代表』


皆の視線が自分に注目する。


『――瀬戸空(せとそら)選手』


ようやく、ここから始まるんだ。



青い空。白い雲。

本日は晴天なり。

つまり太陽の光が教室全体に広がって、心地いい空間になってるわけで。

心地いいと睡魔が襲ってくるわけで。

なんと言うか、眠い。


「眠そうだな瀬戸」


担任から厳しい声がかけられる。午後一の授業だからと気を抜きすぎた。


「そんなこと無いですよ先生。そんな、まさか。はっはっはー」

「わざとらしいわ!教科書の二十ページから二十二ページ読んで目を覚ませ」

「はーい」


担任の授業はこれだからダメなんだ。他の教科だったら見逃してくれるのに。


「早く読め瀬戸」

「了解です軍曹どの」

「誰が軍曹だ!」


角刈りの厳つい体格をした現代文教師。思わず体育教師じゃないのかよと突っ込みを入れるたくなる。


ああ、空が青いなぁ。


「瀬戸!」

「了解です!」



チャイムの音と共に、苦痛の授業から解放される。


「ねみぃ」

「よう、瀬戸。軍曹にたっぷり絞られたな」


突っ伏した顔を上げると、クラスメイトの津川涼太(つがわりょうた)が最前列の席から、後ろの方の席に座る俺に声をかけてきた。


「まーなー」


ムードメーカーな気質の津川は、誰にでも気さくに話しかけるため、あまり人付き合いの良くない俺にもよく話しかけてくれる。


「そういや、放課後ゲーセン行くんだけど、瀬戸もどうよ?」

「んー、行きたいのはやまやまなんだが、ちょいと用事あって無理だわ」

「ありゃ残念」


軽く肩を竦めたその姿は、本当に残念がっているようだ。まあ津川には悪いけど、用事があるのは本当だから仕方ない。次があったらまた誘ってくれ。


「お、授業始まるわ。じゃあまた今度な」


タイミングよく最後の授業の鐘が鳴る。さて、この眠気どうしてくれようか。


⑤⑥


放課後を告げる鐘が鳴ると、各々行動を開始する。

部活に行くもの。図書室で勉強するもの。さっさと帰るもの。そして、寄り道をするもの。

俺はその用事を済ますために、家とは反対方向に帰っていた。


いつも通っている行き着けの喫茶店に入ると、マスターに軽く挨拶する。


「すみません、また借ります」


マスターは右手を上げると、再度シルバーを拭く作業へと戻っていった。

奥の部屋で手早く着替えると帽子を目深く被り、着替えを棚にしまってから出る。マスターは、またシルバーを磨いていた。

それに黙礼だけすると、ベルの音をバックに店を出る。そして、さらに家から遠ざかるように歩いていく。

ほどなくして、目的の人物が目に入った。


「よう、遅かったな」


金髪の髪に黒いジャケットを羽織った不良風の男。いくら春先でもそれは暑いだろうと突っ込みをいれたくなる。


「そう?気のせいじゃない?」


素知らぬ顔で答えると、あからさまに嫌な顔で鼻を鳴らした。


「ふん、その生意気な口がいつまで叩けると思わないことだな」

「そっちこそ、その生意気な口調で担当を下ろされないようにね」


無言。そしてどちらとともなく歩き出す。互いの名前も知らないが、もはやこれは挨拶のようなものだった。



大通りから薄暗い路地に入り、しばらく歩くと開けた場所に出た。金髪も続けて入ってくる。

するとそこには、明らかに不良と呼ぶべき人種が金属製の扉を背に、数人たむろっていた。

そのあからさまな不良ファッションを身に纏った彼らに近付くと、懐から取り出した万札を渡す。


「いつもの――」


いつもと同じ行動。いつもと同じ反応。そのはずだった。


「せ、瀬戸!?」


振り替えると、路地の入り口に津川が驚いた顔で立っていた以外は。


「おいおい……」


これは不味い、非常に不味い。俺の脳裏には、退学の二文字が浮かんでいた。


津川の登場で、一気に殺気立った不良と金髪を、手で制する。


「知り合いだから、自分で話しつけますよ」


路地の入り口に歩いていくと、津川が震えているのが見えて、不謹慎と思いながら、すこし笑みが込み上げてきた。


「んで、なんでここに居るんだよ津川」

「え、いや、瀬戸が不良に路地裏に連れて行かれたのが見えたから……」


徐々に語尾が尻すぼみになるのは、間違いなくこっちをガン見している不良連中だろう。ちょっと黙ってろといった意味を込めてやつらを睨むが、効いてるようには見えなかった。


「あー、あいつらは知り合いだよ。友達友達。仲良しなんだ」

「え?いや、それは無理があるだろ」


確かにこのアウェイな雰囲気では、仲良しというのも無理はあるな。


「お金も渡してたし……あのさ、大丈夫なのか?」


不良に睨まれてる中、俺の心配をしてくれる津川は、いいやつなのだろう。間違いなくいいやつだ。

だけど今回ばかりは非常に厄介だった。


「あー、あれは」


ダメだ。上手い言い訳が出てこない。


「おい、そろそろ時間だ」


金髪の焦った声が耳に届く。はぁ、時間か。


「了解。すぐいくよ。津川、なんでも無いから帰って大丈夫。ちょっと用事あるだけだから」

「い、いや、そんなこと出来ねえよ」


必死に勇気を奮い立たせてるのだろう、津川の体は小刻みに震えていた。

……仕方ないよな。


「おい、時間」

「はいよ。津川、そんなに言うならついてこいよ」

「え?」


驚いている津川の手を取り、強引に金髪たちのところへ急ぐ。


「この人ゲストで入れるから、場所取っといて」

「……けっ。おい、ついてこいよガキ」


俺を一度その人相の悪い顔で睨み、津川を促す金髪。


「え?え?」

「大丈夫、大丈夫」

「……大丈夫、なんだよな?」

「大丈夫、大丈夫」

「……よくわかんないけど、信じるよ」


信じるならさっさと帰れよ。そのうち騙されて高額な壺とか買わされるぞ。

まあ、そんなこんなのうちに、ドナドナと扉の向こうに連れていかれた津川。

じゃあ、俺も頑張りますか。


④⑨②


目を瞑って集中すると、体の中から、心の底から何かが込み上げてくるのがわかる。そしてそのまま一分、二分と黙ったまま立ち続ける。


「出番だぜ、チャンピオン」


その言葉に目を見開く。戦いの準備は、整った。


ゆっくりと薄暗い通路を歩く。後ろには金髪が着いてきており、足音から少し緊張しているのが伝わってきた。

光の扉をくぐると、そこはバーのような部屋になっており、数十人の人が集まっていた。

しかし、中央に置かれた台周辺には、誰も近寄っておらず、そこだけが空白地帯のようになっている。


「チャンピオンのお通りだ!」


背後の金髪が大声を張り上げると、その数十人が一斉にこっちを向き、中央までの道を開ける。

様々な意味を込められた視線を受け止めながらその道を進んでいくと、一人の男が台の前で待ち構えていた。


「悪いが、勝たせてもらうぞ王者(チャンピオン)


挑戦者は、長身に盛り上がった筋肉をもち、鋭い眼光をこちらに向けている。また、落ち着き払った声色からは、揺るぎない自信も含まれていた。


「悪いが、それは無理だね挑戦者(チャレンジャー)


挑発するように言葉を重ねても、まるで不動だにしない。心の底は分からないが、今まで戦った中では上位に位置するほどの雰囲気を感じる。

睨み合いは僅かな時間。相手は踵を返すと、台の反対側へと移動する。

それを確認した俺も、自分の席へと移動するのであった。


「最近、ここらを荒らし回ってるのってあいつだぜ。バックにはでかいのもついてる。大丈夫か?」


金髪がすこし心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫じゃなかったらここにはいないよ。勝てば文句はないんだろ?」

「可愛いげの無い野郎だ。まあいい、勝てば後はこっちの仕事だ」


金髪はそう言い残すと、携帯片手にどこかへ消えていった。


「せ、瀬戸?」


何だと思い振り替えると、一番前に津川が居心地悪そうに座っていた。


「よっ」

「いや、よって……。これなんなんだよ……」


不安気に聞いてくる津川の顔は、ガチガチに固まっていた。


「あー、こっちこいよ。観客席だと話しづらいし」

「えっ……?」


キョロキョロと辺りを見渡しながら恐る恐る俺のいる場所まで近づいてくる津川。丁度金髪もいないし、問題はないだろ。チャンピオンだし、少しくらいのワガママは許されると思う。


「なんなんだよ、これ」

「賭けビリヤード」

「えっ?」


驚くのも無理はないだろう。俺だって同級生がこんな犯罪チックなことやってたら驚く。


「一応黙認はされてるよ。奥の部屋では偉い人とか観戦してるし」

「な、なんで……」


なんでこんなことを。ってか。説明の時間は無さそうだな。


「後でな」


『ルールを説明します』


いつの間にか台の前に陣取っている仮面の男。手にはマイクを持っており、司会進行解説実況と、まあ色々やってる。


『ナインボール、セブンゲーム、ウィナーズブレイク』


何時もと同じやり取りにあくびが出そうになるが、ここは我慢する。


「……あれってどういう意味?」


声を抑えながら、津川が聞いてくるのを、同じく小さな声で答える。


「種目はナインボール。七ゲーム先にとった方が勝利で、前のゲームで勝った方が次にブレイク出来るってルールだよ」

「……ごめん、よくわからない」

「見てれば分かるよ」


『チャレンジャーズブレイクで開始します』


台の前で説明していたマスクマンが、音もなく移動する。もはやこの場は俺とあいつの戦場だ。

ふつふつと闘争心が湧いてくる。いつもよりも強いのは、相手の強さが今までよりも強いからだろうか。ああ、早く、撞きたい。


⑦⑧


小気味いいブレイクの音。乾いた破裂音と共に台の上では十個のボールが縦横無尽に動き回る。そしてボールが落ちる音。一回、二回。


『③番ボール、⑦番ボールポケット』


ブレイクですでに二つのボールが落とされており、①番ボールも入れやすい位置に止まっていた。配置を見る限り、このゲームはミスしない限り落とすことは無いだろう。


「え?三対0で負けてるのに何で余裕なの!?」


隣に座る津川から突っ込みが入るが仕方ない。なにせまだ一度も撞いて無いんだから。


『⑨番ボールポケット。四−0、アドバンテージチャレンジャー』


⑨番ボールが入ると同時に歓声があがる。また一歩リードされてしまったな。


「ど、どうすんだよ瀬戸。負けちまうよ」


試合が始まる前、あんなにびびってたのが嘘のように津川がのめり込んでいた。どうやら津川はハマりやすいタイプとみた。


「まあ、後三ゲームあるし、何とかなんじゃね?」

「え?でもさ……」


つうか妨害とか禁止だし。どうもできないってのが正しいかなぁ。


『ノーポケット。チャンピオンボール』


そんなことぼそぼそと話してたら、ようやく出番か。指をほぐして、肩を回して。ん、問題ないな。


「頑張れよ、瀬戸!」


津川の応援に、キューを持った右手をあげて答える。問題ない。すでに心はフルスロットルだ。


挑戦者からの睨むような視線の中、台の上を確認する。すでに五つ落とされており、残りは四つ。


狙いを定めて、今!


『④番ボールポケット』

『⑥番ボールポケット』

『⑦番ボールポケット』

『⑨番ボールポケット。四−一、アドバンテージチャレンジャー』


よし、頭の中で描いた通りの理想的なゲームができたな。ちらりと挑戦者を見ると余裕そうな表情。まだプレッシャーが足りないな。広角が上がっているのが自分でもわかる。心がどんどんと熱くなっていく。

やってやろうじゃん。



『⑨番ボールポケット。四−六、アドバンテージチャンピオン』


歓声があがる。そりゃそうだろう。俺の番になってから一度も相手に撞かせて無いんだからな。

挑戦者もさすがに焦ってるみたいだな。そりゃ後一ゲームこっちが取ったらお仕舞いだしな。


ふぅ。高鳴る心臓を落ち着かせろ。頭を冷やせ。まだ勝ってない。喜ぶのは、⑨番を入れてからだ。


ブレイク!


『③番ボールポケット』


これは、ちょっと厳しいな。①番の進路上に⑥番ボールが邪魔をしてる。

時間が流れるのが遅く感じる。じわりと額に汗がにじむ。どこだ、どのルートが正解だ?考えろ。考えろ!考えろ!!

……ここだ、見えた!


ゆっくりと津川が待つ席へ戻ると、いつの間にやら金髪が立っていた。手に持つのは一本のキュー。

それを、俺の持つキューと交換する。踵を返し、台へと戻った。


狙うは①番。真っ直ぐに狙いを定めると、キューの角度を徐々に上げる。


「ジャンプショット!?」


観客の誰かが声を荒げる。ニヤリと顔に笑みが浮かんだ。

キューを持ち上げて、撞き下ろす。高々と上がった手玉は、外れることなく①番ボールへと襲いかかり、そのまま①番ボールの上を跳ねると⑨番ボールを掠めた。そして――


『⑨番ボールポケット。四−七、ウィナー、チャンピオン』


――俺の勝利が決まった。


「うおお!すげえ!瀬戸すげえ!」


駆け寄ってくる津川とハイタッチを交わすと、不機嫌そうな金髪のところへ戻る。


「ふん、よくやった」


足元には箱が置いてあり、俺が渡したキューは、金髪の手でしまわれているようだ。ついでとばかりにジャンプキューを突き出すと、舌打ちとともに奪い取られた。これも丁寧にしまってくれることだろう。


「瀬戸すげぇんだな、最後の飛ぶやつ鳥肌たったよ。めっちゃすごかった!」

「あー、それよりさ」

「ん?何?」

「これ黙ってて貰えるか?」


興奮してクラスのやつらとか軍曹とかに話したらさすがに退学どころか警察沙汰とかになりそうだからな。


「ああ、わかった。代わりにさ……」


む、口止め料とかか?


「ビリヤード、教えてくれるかな?」


ああ、なんだ、そんなことなら問題ないな。


「俺の指導は厳しいぞ」

「ああ、よろしく!」


津川の返事に思わず吹き出す。ああ、こういうのも、何かいいかもな。



思い出に浸ると時間が経つのが早くなるな。今日は待ちに待った晴れ舞台だ。


暗い廊下をゆっくりと進む。後ろに誰もいないのが少し寂しいが、それも仕方ない。

光の扉を潜ると、スポットライトが会場の中央を照らす。広い、広い会場の中心には、一人の男が立っていた。


「待っていたよ、瀬戸」

「待たせたな、津川」


ビリヤードの祭典、ワールドマスターズ決勝戦。


史上初の日本人対決が今始まった。

このお話はフィクションです。

ビリヤードは健全に。お金を賭けるのは止めましょう。

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