NDA07
新キャラ登場!!
夕食を終えて、再びログインしたユーリとノエルはそのまま『始まりの平原』へと向かおうとしたのだが、準備があるとノエルに手を引っ張られ、南の市場へ連れて行かれた。その途中で、ほろ酔い気味の男性プレイヤーに何度か声をかけられたが、全てに冷たい視線を返してやった。市場で目当てのものを探しているときも、誘うような視線を投げかけてくる男性プレイヤーがいたが、無視してやり過ごした。
「やっぱり、これがないとね」
そう言ってノエルが買ったのは手提げ式のランプだった。所々錆びていたが、それがかえってアンティークな雰囲気を醸し出している。
「ランプ?なんでそんなものがいるんだ?」
「草原に行けばわかるわよ」
そう言ってノエルはランプを買うと東門に向かった。そして、ユーリはノエルの言葉の意味を理解した。昼間は太陽の降り注いたはずの平原は今は闇に包まれていた。月明かりのおかげで近くのものであればぼんやりと形もわかるのだが、文字通り、一寸先は闇である。火を焚いているのか平原にぽつぽつと明かりが見えるだけで他は何も見えない。
「うわ……何も見えないんだ。こういうところまでリアルに再現しなくてもいいのに……」
街から洩れる光の他は天に輝く月と星しか光源がない。明かりがあることが当たり前の現代社会で過ごしてきたユーリにとって、その暗さは新鮮で、そして、純粋な恐怖を感じた。
「これだと、モンスターが近寄ってきても気付かないかもな」
地を這う獣であれば、草の影に隠れて忍び寄ることも難しくはないだろう。気付かないうちに死角から一撃、というのも十二分に考えられる。もしものことを考えたら背筋が寒くなった。
「そう。だから、これを使うのよ」
ノエルがランプをつけると優しい光が辺りを包み込んだ。
「ランプを中心に半径10mまでの視界は確保したからこれで奇襲されることはないよ。夜は基本的にこういう明かりがないと何も見えないし、【遠見】みたいなスキルは制限されたり、効果が半減して結構不便なんだよ。あと、リンクスは影響を受けないらしいけど、やっぱり、猫だからかな」
ノエル曰く、猫人には外すことのできない固有スキルと呼ばれるスキルがあり、その一つが【猫の目】と呼ばれるスキルだそうだ。固有スキルとは正式サービスが開始されてから発覚したスキルのことでリンクスの【爪術】と【猫の目】、竜人の【ブレス】と【逆鱗】が固有スキルに当てはまる。
「ノエルってそういう情報をどこから仕入れてるの?」
「基本は酒場と掲示板、あとは経験。ベータ版をしてたのは確かに一つのアドバンテージだけど、それに胡坐をかいてるわけにはいかないからね。現実でもゲームでも情報は力だよ」
「なるほどね……じゃあ、あの光もそういうことか」
平原の所々に点在する明かりもランプの類なのだろう。昼に比べるとプレイヤーの数はかなり少なかったがよくよく見渡してみると小さな明かりが無数に平原に点在していた。
「そういうこと。ユーリ、いつ襲ってこられても大丈夫なようにしておいて」
ノエルに言われてユーリはサーベルを抜く。ランプのおかげで多少は改善されたとはいえ、効果範囲外は闇に包まれたままだ。目で得られる情報が少ないせいか、耳が冴えていつもは気にならない些細な音にまで敏感に反応してしまう。風に吹かれて揺れる草の擦れ合う音。自分自身の足音。布と布の擦れ合う音。昼も来たはずなのに、まるで別世界に迷い込んでしまったかのように錯覚してしまう。
「ユーリ、力み過ぎだよ。もう少し楽にしてていいよ」
「あ、うん、ごめん……」
緊張するユーリとは対照的に、ノエルは普段と変わらない様子で弓を構えていた。不意に低く響く音が目の前の闇から聞こえてくる。その音から兎や狐よりも大きいことがわかる。このエリアでは兎と狐は鳴くことはない。そうなるとその音の主は限られてしまう。つまり、狼である。ユーリは両手で剣を握りしめ、ノエルも矢を番え、狼が姿を現すのを待つ。しかし、いくら待っても狼は姿を現さない。そして、よくよく耳を澄ませば、物音というよりもうめき声に近い。
「……もしかして、怪我人?」
「かもしれないわね。狼にやられたのかも」
平原で動けないような怪我を負うことはまず有り得ない。不意打ちを受けたとしても、そこまでひどい怪我は負わない。このエリア自体がそういうことにならないように練習する為の場所として作られているのだ。もし、それでも怪我をする可能性があるとすれば夜だけ出現する狼しかありえない。ユーリとノエルは警戒しながら音のする方向へ距離を詰めていく。そして、そこには一人の人間が倒れていた。燃えるような赤い髪に、軽装備。大きな怪我はないように見えた。
「おい、大丈夫か?」
ノエルが周囲を警戒しつつ、ユーリが声をかけるが返答はない。まるで、屍のようだ。呻き声のように漏れ出す声がかろうじて、生きていることを伝える。
「たぶん、プレイヤーね。でも、狼にやられたわけじゃないみたい」
辺りの様子と倒れている男を見渡したノエルはそう判断する。見た限り、動けないような怪我はしていない。
「じゃあ、どうして……ゲームのバグとか?」
「……たぶん、違う」
たぶん、と前置きをしながらも、ノエルの口調は強かった。そして、呆れているのか、笑っているのかよくわからない表情で小さくため息を零す。
「その人、たぶん、寝てるだけだよ」
「はぁ?」
「だから、その人寝てるだけ。で、この呻き声みたいなのは、たぶん、いびきだと思う……」
ランプを倒れていた男の顔に近づけるとわずかに眉が動く。そして、ゆっくりとその目が開いた。
「もしかして……俺、死んだ?」
「はぁ?何言ってんの?」
男の唐突な言葉にユーリの口からため息が漏れる。
「いや、だって……目を開けたらこんな美女が二人もいるんだぜ?天国なんじゃねぇかなって」
ノエルの言葉通り、男は本当に寝ていただけらしい。立ち上がると体を伸ばし、手足を軽く動かしてみる。男は腰にナイフが差してあること確認すると、ノエルに話しかけてきた。
「やっぱり、ゲームの世界みたいだな。周りが暗いけど、今何時?それとも、いつの間にか別のエリアに来たとか?」
「ここは『始まりの平原』よ。時間はもうすぐ7時になるかな?どう?ゆっくり眠れた?」
寝起きの呆れた様子でノエルが答える。
「あ、そうだな……おかげさまで」
「まぁ、いいけど。あのね、いくらここが初級者向けのエリアだからって一人で寝るなんて論外よ。もし、狼に襲われたらどうするのよ」
「ぁ、そう言うなよ。無事だったし、な?あ、俺はカジカ。種族は人間でレアドロップの【兎の肉】が欲しくて、ここらで兎狩りをしていたんだ。ネエチャン達は?」
カジカ、と名乗った男はどこまでもマイペースだった。反省する素振りも見せないカジカに真面目に話していたノエルは露骨にため息を零した。
「私はノエル。あっちはユーリ。狼を倒そうと思って来たら、あなたを見つけたところよ。その様子だと一人でも帰れそうね、さようなら」
男の無事を確認したノエルはこれ以上関わりたくない、と言わんばかりにその場から立ち去ろうとした。しかし、それよりも先にカジカがその腕を掴む。
「離して」
ノエルの鋭い視線がカジカに突き刺さり、ユーリもサーベルの先をカジカに向けた。カジカはすぐにノエルの腕を放し、敵意はないと言わんばかりに両手を上に上げた。
「別に乱暴しようとかそういうつもりじゃねぇよ。だから、その物騒のもんは収めてくれねぇか?」
カジカとユーリの視線が交わる。そして、ユーリはカジカの言うとおり、剣を収めた。カジカの目は色欲が皆無というわけではなかったが何かを企んでいる目ではなかった。
「ありがとよ、ネエチャン」
姉ちゃん、と呼ばれてユーリの顔が露骨に険しくなり、眉の間に皺が走る。一度放したサーベルの柄に手を添えて、氷のように鋭い視線でカジカを睨みつけた。
「まぁ、寝起きみてぇだから大目に見てやるけど、俺は男だからな」
「は?男?ネエチャン、冗談もほどほどに……ってマジで?」
冗談の類と思って笑っていたカジカは今にもサーベルを抜かんとするユーリを見て、冗談ではないのだと理解した。そして、まさか、と言わんばかりにノエルを見た。
「失礼ね、私は女よ」
ユーリと同じく男ではないか、と疑われたノエルはあからさまに不機嫌な表情でカジカを睨みつけた。まさしく、前後から揃って睨みつけられたカジカは所在なさげに二人の顔を見比べ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いやぁ、すまねぇ、二人とも美人だからてっきり……」
「別に。それはもういい。で、用件は?」
カジカの謝罪をばっさり切り捨ててユーリは尋ねる。尋ねるというよりも詰問に近い。不審な動きでわずかでも見せたら容赦しない、と言わんばかりに柄に手を添えたユーリにカジカは言い出しにくそうに、しかし、はっきりと言った。
「暗くて街の方向がわかんねぇから、街に帰るまでの間、パーティーに入れてもらえねぇかい?まさか、朝までここで狼を狩り続けるつもりじゃねぇだろ」
「街はこの方向にまっすぐ歩けば着く」
そう言ってユーリは今来た方向を指差した。わずかではあるが街の明かりも見えるので、そのまま真っ直ぐ歩けばどんな方向音痴であっても迷わずに着けるはずである。言外に拒絶の意志を示すユーリにカジカは軽く肩をすくめてみせたが、想像の範疇だったらしく、何も言わなかった。
「まぁ、ユーリもそんな冷たいこと言わないで。女に間違われて怒るのはわかるけど、彼も謝ってくれたんだし、許してあげなさい。カジカさん、私達はあと1、2時間はここで狼を狩るつもりです。それでもよければ、是非」
にこりと微笑むノエルは先ほどまで怒っていた任物とは別人のようだった。瞬く間に科を作ったノエルにユーリは顔をしかめたが、カジカは既にノエルの方しか見ていなかった。愛嬌を振りまくその姿はユーリの目から見ても気をそそられるものがある。もちろん、カジカは言うまでもない。
「いやぁ、助かった。ありがとうよ、改めて、よろしくな。俺の武器はナイフだから、前衛だ」
「私は弓ですから後衛です。ユーリは剣ですからカジカさんと同じ前衛ですね」
ノエルに説明されて、そういえば、とカジカはユーリの方を向きなおした。
「お前ってエルフだろ?なんで剣なんて持ってるんだ?」
エルフは魔法職というのが定石で、もし、魔法職以外を選ぶとするならノエルのように後衛にするしかない。前衛のエルフというのはかなり稀な存在だ。種族の特性を考えても、まったく利点のない組み合わせだ。強いてあげるなら、魔法攻撃を使う相手に対しても怯まずに突き進める点であるが、前衛を務めるリスクに比べればそのメリットは微々たるものに過ぎない。
「今更だな……」
「まぁ、言いたくないなら無理には聞かねえけど」
下手に地雷を踏めばどうなるかを身を持って味わったカジカはユーリから若干、距離を取りながらそう言うと、それ以上詮索しようとはしなかった。
「おしゃべりは歩きながらでもできるでしょう?そろそろ、探しに行きましょう」
ノエルがそう切り出して、三人は夜の平原を進み始めた。
ようやく普通の男キャラが登場……
今更だけど、今まで登場した男キャラって男の娘とショタだけだったんだね。