NDA56
お待たせ致しました。
カジカ編です。
どうぞ、お楽しみください。
ニコスの中心地にほど近い公園では毎日、蚤の市が開かれていた。市に参加している人間はNPCがほとんどだが、申請さえすれば無料でプレイヤーも参加できる。尤も、市に並んでいるのは古着や古雑貨、日用品、家具などがほとんどであり、プレイヤーの数はまばらだ。そんな蚤の市をユーリとカジカは連れ立って歩いていた。傍から見れば、新居で使う家具や食器を探しにきた新婚夫婦に見えなくもないのだが、目当ては近日開店予定のカジカのレストランで使うための食器類である。
「こういうのもやってるんだな」
「運営としては、ギルドホームで使う日用品や家具とかを集めるためってことだろうな。そうじゃなきゃ、掘り出し物が出てくるとか」
「なるほど」
そんな他愛のないことを話しながら、二人は露天に並ぶ食器類を見て回る。蚤の市、ということもあり、ガラクタ同然の品も少なくないが、中にはユーリの目を引く一品もある。
「なぁ、この皿なんてどうだ?」
ユーリが近くにあった皿を手に取り、カジカに尋ねた。白地に色鮮やかな草花の描かれた丸皿は美しく、よく映えていた。芸術品と呼ぶほど豪華過ぎず、しかし、普段使いには勿体ない雰囲気を漂わせた一品である。しかし、カジカはユーリの手元を一瞥すると首を横に振った。即答である。
「ダメだな」
「どうして?」
見た目も雰囲気も申し分ないだけにユーリは納得できない、といった表情を浮かべる。そんなユーリの心の内を察したのか、カジカは小さくため息を零してから、ユーリに言った。
「インテリアとして飾るなら悪くない。だが、料理を盛り付けるには絵柄が派手過ぎる。だから、ダメだ」
「うっ……じゃ、じゃあ、どんなのならいいんだよ」
「どんなのって言われてもな……別に決まりがあるわけじゃないが、白い食器だと清潔感があるし、淡いパステルカラーの食器な女性や子供に人気だな。黒だと落着きを感じさせる」
そう言ってカジカは露天に並んでいた食器を手に取った。それは白い無地の丸皿だったが、妙に艶っぽく、高級感が漂っている。骨董品や美術品に詳しくないユーリでも見るだけでいい品だと思ってしまう品の良さが感じられた。
「カジカはそういうのがいいのか?」
「あぁ、悪くない。派手さはないけど、落ち着きがあって、な」
にっこりと皿を見つめながら微笑むカジカの横顔は普段の様子とは別人のようだった。白い背景に映った赤い髪がよく映えて、一幅の絵のように見えた。
「随分、楽しそうだな」
「あぁ、楽しい」
噛み締めるように呟いて、カジカは皿を露天に戻した。てっきり買うものだとばかり思っていたユーリは首を傾げて、カジカに尋ねた。
「気に入ったんじゃなかったのか?」
「ん?あぁ、でも、あれはお上品過ぎる。ウチの店のコンセプトにはちょっと合わないんだ」
残念だ、と笑うカジカの顔はいつものカジカだった。
「コンセプト?」
そんなのあったんだ、と呆れた表情を浮かべるユーリにカジカは真面目な表情を返した。
「当たり前だ。コンセプトが決まってないと何も始まらないだろう?」
「そう、なのか?」
実感の湧かないユーリは首を傾げるしかない。
「そうだな……どんな料理にするか、どんな雰囲気にするか、どんなインテリアを揃えるか、カップル向けか家族向けか、どんな値段設定にするか、なんかを決める時の指針を決めてないとどうにもならないだろう?」
高級感溢れる仏料理を、ファーストフード店の雰囲気で提供するような店なんて流行らないだろう、と言われてカジカは、なるほど、と頷く。カジカの言ったお店を想像してみれば違和感しかない。仏料理はそれなりに格式のある雰囲気で味わってこそ価値があるものであり、逆に安く、手軽に食べられる料理は開放的な雰囲気で食べてこそ、である。
「確か、そうかも……じゃあ、カジカの店のコンセプトは?」
「そうだな……一言でまとめるのと……冒険者のための店だな。野郎共が狩ってきたモンスターを俺が料理して、提供する。簡単に言ってしまえばそんなイメージだ。だから、一般向けのレストランっていうよりも隠れ家みたいな店にしたいと思ってる」
荒くれ者が集う店内に先ほどの皿が並んだ光景を思い浮かべ、ユーリは頷いた。カジカのイメージするお店は高級感や格調高さとは無縁のお店だ。品のいい、高級感溢れる食器よりも少し欠けた、安っぽい食器の方が似合っている。もちろん、実際に欠けた食器を使うことはないが、雰囲気としてはそちらの方がよく似合っている。
――――うーん……秘密基地+学生食堂って感じか?
「……確かに、その店ならさっきの食器は合わない気がする。けど、それだと女の人が入りずらいだろうし、集まる客を考えると俺は手伝いたくないかな……」
カジカのイメージした店の客層を考えると間違いなく、見目麗しいユーリは性的対象として見られ、不愉快な思いをすることは容易に想像がついた。そんなユーリの心の内を知ってか知らずか、カジカは笑う。
「もちろん、そこは俺だって気をつける。男達の溜まり場になれば他の四人にも迷惑を掛けかねないからな……」
――――あ、確かに……四人は正真正銘、女だからな……
カジカの言葉にユーリは自分のことしか考えていなかったことに気付いた。同性であるユーリでさえ不快に感じる男たちの下卑た視線や言動は、クロエ達には更に不快に違いない。そのことに思い至らなかったことを恥じるようにユーリは俯き、溜息を溢した。
「どうした?具合でも悪いのか?」
突然、顔を下に向けたユーリをカジカが心配そうに覗き込む。迫るカジカの顔にユーリは慌てて、顔を上げると大丈夫、と微笑んだ。
「そうか?なら、いいけど……無理するなよ?」
「あぁ、わかってる。あ、カジカ、こういう食器のほうがいいんじゃないか?」
落ち込んだことを悟られないように、とユーリは話題を強引に食器に戻す。ユーリがカジカに渡したのは淡い空色が美しい角皿だった。カジカが先ほど選んだ食器に比べると幾分安っぽさを感じさせるが、可愛らしい色合いであるため、女性に好まれそうに見えた。ユーリからお皿を手渡されたカジカはしばらくその皿を見つめ、にやりと微笑んだ。
「少し小さすぎる気がしないでもないが……悪くない。そうだな……これもいいかな」
そう言ってカジカも別の皿を手に取った。その後、二人は食器選びに夢中になり、予定していた時間と金額を超えて、食器を買い込んでしまった。両手で食器の入った袋を抱えながらの帰り道、雰囲気のいいオープンカフェを見つけたユーリはカジカに尋ねた。
「あのさ、あそこで少し休憩しないか?昼飯もまだ食べてないし」
「ん?そうだな……そうするか」
そう言って、二人は空いていた席に腰を下ろす。すぐにNPCの店員がやって来て、二人にメニューを渡した。昼食も兼ねて、ということでサンドイッチとコーヒーを二人分注文すると程なくして、料理が二人の前に届けられる。いただきます、と手を合わせて、ユーリが一口食べるが、すぐに眉に皺を寄せて、カジカを見た。
「どうした?不味かったのか?」
「いや、不味いわけじゃないけど、なんていうかな……いつも食べてるサンドイッチの方が美味しいからさ」
なるほど、とカジカも頷いて、サンドイッチを一口食べる。そして、ユーリに同意するように頷いた。
「なぁ、後は何が必要なんだ?椅子やテーブルが昨日買ったし、道具もだいたい揃ったんだよな?」
「うーん……食器も一通り揃えたし、現実のお店みたいに面倒な役人の点検もない。だから、やらないといけないことは一つだな。とびきり美人の看板娘兼ウェイトレスの確保。できればメイド服で」
ユーリを見つめながらにやりと笑うカジカにユーリの表情が固まる。そして、まだ口の中に残っていたサンドイッチを飲み込むと、固く握り締めた拳をカジカの目の前に持ってきた。そして、今、浮かべられる最高の笑顔をカジカに向ける。
「……殴っていい?」
「まったく……冗談に決まってるだろ。本気にするな。だが、一人でいいから手伝ってほしいっていうのは真面目な話だ。席まで客を案内して、注文を受けて、料理を作って、運んで、会計まで俺一人でするのはたぶん、無理だ。だから、忙しくなったらユーリに手伝いを頼むかもしれない。それは理解してくれ」
一転して、真面目な顔でカジカが迫るのでユーリは思わず、カジカから視線を逸らしてしまう。
「べ、別に手伝うのが嫌ってわけじゃない……カジカに頼まれればそれくらいのことは引き受けるよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」
「そもそも、客が来てくれればいいけどな。あそこ、大通りから外れてるし、誰も気づかない可能性は結構、高いと思うよ」
「来るさ」
カジカは自信満々に言い切った。
「そこらの店で食べるより、美味しいんだろ?なら、間違いなく、客は来る」
「なるほど……それなら納得だ」
カジカの言葉にユーリな頷きながら笑顔を返した。そんな二人のやりとりを見ていた他のプレイヤーは苦々しい表情を浮かべていた。この男、別段、ユーリのストーカーというわけではない。偶々、同じ店に居合わせただけの、二人とは何の縁もない男だ。席の位置関係上、二人の会話までは聞き取れずとも、仕草や表情は嫌でも目に入る。そして、それを見れば二人が相当親しい間柄であることやどうしてここにいるのかは容易に想像がついた。
「ったく……明日死ぬかもしれねぇのにデートなんて暢気な奴らだな」
愚痴めいた男の言葉は淡い風に流されて二人の耳に届くことはなかった。
というわけで、ヤマなし、オチなし、意味なしの三拍子揃ったヤオイ話でした。もうちょっと二人をイチャイチャさせてかったんですが無理でした。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは。




