NDA05
ようやく出発準備完了……
カイのお店は東門から少しいったところにある所謂、露店だった。広げたシートの上にはカイの作った武器が並んでいる。
「あ、お姉さん、ここだよ」
「だから、お姉さんじゃないって言ってるだろ……」
ユーリの顔を見つけて、手を振るカイ。そんなカイを見つけたユーリはため息を零した。今更かもしれないが、ユーリの性別は男である。現実はもちろん、ゲームの中でも男である。腰まで伸びた金の髪と白磁のような肌を持っていても、男である。外見がどんなに美女に見えようとも、男である。断じて、お姉さんと言われるような謂れはない。
「でも、お姉さんって呼ぶのが一番しっくりくるし」
「ユーリでいいだろ」
「あ、確かに。それもそうだね。で、これがそのサーベルなんだけど、【鍛冶】のスキルレベルを上げたくて色々といじってるんだけど、それでもいい?」
ユーリの言葉を華麗に装飾のない黒い鞘に鈍い銀色の護拳。ぱっと見た感じだと武骨は印象だが、丈夫そうだった。ユーリは差し出されたサーベルを手に取って、性能を確認する。
武器名:サーベル+2
武器種類:片手剣
攻撃力:19
熟練度:0/100
耐久値:100/100
射程:近距離
必要スキルレベル:1
付加効果:防御力+3
「名前がサーベル+2ってなってるし、防御力+3って効果がついてるけど、これのことか?」
「そうだよ。このゲームって武器ごとに熟練度と耐久値っていうのが決まってるから、一つの武器を強化や修理しながらずっと使ったほうがお得なんだ」
熟練度が上がれば、使っている武器に応じて【技】が使えるようになる。熟練度はその武器固有のものであるため、同じ名前の別の武器を使っても、【技】は使えない。そのため、下手に武器を交換するより、一つの武器をずっと使い続けたほうが長い目で見れば強くなるのだ。強化は武器の性能を向上したり、効果を付与するもので、修理とは耐久値を回復させるものだ。
「ふーん、でも、いいのか。これを俺に売って」
「いいもなにも、売るために作ってるんだよ。というか、それを買ってくれないと正直、お金が厳しいんだよね。材料調達にお金使いすぎちゃって」
「で、いくらなんだ?」
「お姉さんには割引してあげるって言ってたし、初めてのお客さんだからね。1000Gでどう?」
この剣の相場を知らないユーリにとって、その値段が高いのか安いのかは判断できない。そして、ノエルからもっらたお金を除いたユーリの所持金もちょうど1000Gである。払えない額ではないが、何かの意図を感じてしまうのは気のせいではないだろう。そんなユーリの心のうちを察したのかカイが口を開く。
「参考までに教えてあげるけど、普通のサーベルだと400Gくらいで、二回強化してあるから1200Gがその剣の相場だよ。1000Gに値引きした理由はどうせそれくらいしか今は持ってないだろうなって思ったから」
するすると手の内を晒したカイはにこりと笑って更に言葉を続ける。
「ここまで言わせたんだから、買わないなんて言わないよね?」
無邪気な笑顔でそう言われてしまうと断りたくても断れない。
――――まぁ、断るつもりもないけど
「あぁ、心配しなくても買うよ」
そう言ってユーリはサーベルの代金を支払う。これでユーリの持っていた所持金は0Gになってしまったが、後悔はしていない。カイの言葉が間違っていなければ、値段以上の性能を発揮してくれるはずだ。
「まいどありです。あと、修理するときは僕の所に持ってきてね。サービスするから」
――――金が取るのね……
「そういえば、どうして俺が剣を使うのか聞かないのか?」
通話したときは驚いていたのに、実際に話してみると少しもその素振りを見せなかったことに疑問を感じてユーリがカイに尋ねる。
「うーん、気になったけど、僕には関係ないことだし、それにユーリ姉さんのことだからまた、色々あるんだろうなって思って」
――――なるほど……ん?
「ユーリ姉さんってどういうことだ?」
「え、だってお姉さんって呼ばれるのが嫌なんでしょ?だから、ユーリ姉さんって呼ぶことにしたんだ」
「そういう問題じゃないだろ」
ユーリが抗議の声をあげるが、カイにとっては柳に風だった。
「また来てね、ユーリ姉さん」
笑顔で手を振るカイを見て、小さくため息を零してからユーリはフランの店へと向かった。
・*・
「こんにちは、ユーリです」
ユーリが『織姫』に着くと仕事を終えたフランとノエルが仲良くお茶を楽しんでいた。作業机に飾り気のない木の丸椅子というのは優雅さの欠片も感じられなかったが、当の二人が気にしているわけでもないのでユーリは黙っておく。
「あ、おかえり、ユー君。ユー君の服、ばっちりできてるよ」
見ると、顔のないマネキン人形が服を着ていた。襟の開けた無地の白シャツに、濃緑色のベスト。腰には太目のベルトが巻かれ、若草色の細めのズボンがすらりと伸びている。足元には編み上げ式のブーツが置いてあった。
「見た目は普通の服だけど、単純な防御力だけなら初期の重鎧にも負けない自信があるよ」
自信満々に微笑むフランの顔は一仕事終えた職人の顔だった。
「あ、ありがとうございます。着ていいですか?」
「もちろん。試着室はそこのカーテンの向こうだよ」
ユーリはフランの指の示す先にある試着室に入ると、すぐに仕立てられた服に着替えた。オーダーメイドの服というものを着たのは現実でもゲームでも今回が初めてであるが、その着心地は既製品とはまるで別物だった。まるで着ていることを忘れてしまうほど、体が軽い。軽く手足を動かしてみるが、引っ張られる感じはせず、違和感なく動かせた。
「すげぇ……」
体を締め付けることなく、かつ緩すぎない絶妙な着心地に感嘆のため息が漏れる。太いベルトはサーベルを吊るしてみてもびくともしない。これなら、戦闘でかなり激しく動いても服が邪魔になることはない。
「どう?動きやすいように体にぴったりで作ったんだけど、おかしな所はない?」
「大丈夫です。それにしても、本当にすごいや……」
「お、よく似合ってるね。さしずめの、流浪の美女剣士ってところかな」
着替えたユーリを見たノエルはその出来栄えに満面の笑みを浮かべていた。一方のユーリはあからさまに苦い顔をしてノエルを見た。せっかくの気分を台無しにされたせいか、その視線は幾分、鋭さを増していた。
「誰だよ、美女剣士って……」
「でも、ユー君って本当に美人さんだよ。背もあるし、体のラインも細いし、よく似合ってる」
フランに真顔で言われてユーリは困惑気味に視線を逸らした。現実世界では人並みの身長だったユーリだが、この世界では体格補正がかかったこともあり、170cmを余裕で越えている。それに加えて、女顔に腰まで伸びた艶やかな金髪である。外見だけなら、下手なモデルよりも見栄えする自信は、悔しいことだが、あった。
「ねぇねぇ、ユー君。もし、よかったら、私のお店でモデルとして働かない?ちゃんとお給料も払うから」
「え、ダメだよ。フラン」
ユーリよりも先にノエルが止めに入り、その後にユーリの言葉が続く。
「男として雇ってもらえるなら、考えます」
はっきりと言い切ったユーリの言葉にフランはあからさまに残念そうな顔をする。案の定、女性服のモデルとしてユーリを雇うつもりだったらしい。
「モデルならフランがすればいいじゃん」
「え、だめだよ。私、地味だし、小さいし……モデルなんてできないよ。ユー君やノエルちゃんみたいに華のある人じゃないと」
三人の中で一番身長が高いのはユーリで、その次がノエルだ。そして一番小さいのがフランだった。ユーリとの身長差はほぼ頭一つぶんで、150cmあるかどうか微妙なところだ。客観的に見て、ユーリやノエルの方が見栄えのいいことは否定できない事実である。
「まぁ、確かに小さいけど、でも、地味ってわけじゃないと思うけどな。その服だって、モノトーンで色合いは地味だけど、全然そんなことないだろ」
「……ユー君にはわかんないんだよ。自分より綺麗な男の娘が目の前に現れたときの女の子の気持ちを」
ユーリから視線を逸らし、フランはぼそりと呟いた。
「え、何か言ったか?」
「何も言ってないよ。あ、あと、これを渡さないと」
フランはそう言って、白い羽のついた髪留めをユーリに渡した。
「それ、AGIの補正がついてるから、少しは戦いやすくなると思うよ」
「あ、ありがとう。でも、いいのか、相場とかわかんないけど、これってかなりいいものなんだろ?」
カイの話によると付加効果を持つ装備品は基本的に高価なものらしく、ユーリの腰にぶら下がっているサーベルも付加効果が防御力上昇ではなく、別の効果であったなら3倍の値段はしていた、ということだ。この髪留めも、おそらく、相応の価値を持つ品だ。それを簡単に譲ってもらっては心苦しいものがある。
「私は使わないし、お店の隅で埃を被ってるくらいなら、誰かに使ってもらったほうがいい。もし、悪いと思うなら、西の森のモンスターがドロップする【絹糸】を持ってきて。そしたら、今よりももっといい防具が作れるようになるから」
「あぁ、わかった。もし、手に入れたフランのところに真っ先に持っていく」
「うん。あ、でも、無理しないでね。折角仕立てた服を台無しにしたら……ユー君でも許さないから」
さらりと怖いことを言いながらフランは二人を見送る。フランに見送られながら、ユーリは『始まりの平原』を目指して、歩き始めた。
【Status】
Name:ユーリ
LV:1
Sex:男
Race:エルフ
HP:40 / 40
MP:80 / 80
STR:3
INT:18 ( +5 )
AGI:11 (+4 )
DEX:14
VIT:6
LUK:37
MOR:65
装備
右手:サーベル+2 (攻撃力19、防御力3)
左手:***
頭:なし
腕:なし
体:丈夫な布の服 ( 防御力8 )
脚:丈夫な皮のブーツ ( 防御力5 )
アクセサリー1:エルフの指輪 ( INT +5 )
アクセサリー2:白い羽飾り(AGI+4 )
スキルポケット1:【剣術】LV1
スキルポケット2:【両手持ち】LV1
スキルポケット3:【受け流し】LV1
スキルポケット4:【軽業】LV1
持ち物
なし
所持金
0G
ちなみにサーベルの元々の攻撃力は9です。
服とブーツもNPCの店で買えば防御力はそれぞれ3と2です。
つまり、ユーリは装備品の性能にかなり助けられています。
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