NDA50
お待たせしました。いいいよ、ニコス編、開幕です。
城下街ニコス。
始まりの街からノービルド街道を抜けた先にあるその街は始まりの街とは比べ物にならないくらい大きな街だった。街を囲むように築かれた石造りの城壁と深い堀は始まりの街を囲っていた柵とは比較にならないほどで、街の堅牢さを物語っている。門には屈強な男達が手に武器を持って、街を出入りする人達を監視している。そして、街の中央には更に強固な城壁に囲まれた城が建っていた。
「なんというか、こうしてみると圧巻だな」
現実世界では決して見ることのない光景にカジカは溜め息を零し、ユーリ達もそれに同意するように頷く。単純な高さは大きさだけならば都市部のビル群の方が優っているのだが、大きな石をいくつも積み重ねられた城壁にはコンクリートにはない存在感があった。
「おや、ニコスは初めてでしたか?となると、もしかしてギルド協会に登録もされていないのですか?」
ウィルキンソンは少し驚いた様子で一行を見つめた。ゲームでは雑魚キャラの定番であるゴブリンだが、この世界のゴブリンはそれほど弱い存在ではない。少なくとも、一般人が剣を持った程度で倒せる相手ではなく、必然的にそのゴブリンが蔓延るあの街道を通る人間はそれが可能な実力者に限られてくる。そして、この世界において、それだけの実力を持った人間はギルド協会に登録しているのが当たり前だった。
「あぁ、ニコスに来るのは今回が初めてだし、ギルド協会にも登録してねぇな」
ギルド協会とはこの世界に存在する各種ギルドを取りまとめ、仕切っている組織である。ベータ版でもギルド協会自体は存在していたが、プレイヤーがギルドを立ち上げることはできず、NPCのギルドしか存在していなかった。一般的なMMORPGではプレイヤー同士の集団をギルドと呼ぶが、このゲームではNPCの立ち上げたギルドも存在している。商人や職人、傭兵など種類は様々であり、プレイヤーのフリーギルドと区別して職業ギルドと呼ばれている。また、ギルド協会に個人登録を行うことはよってそれらの職業ギルドに加わったり、協会から依頼を受けたりすることが可能になるだけではなく、複数名が集まってあらたなギルドを立ち上げたりすることが可能になる。戦闘系、生産系いずれの道に進むにしても、協会への登録は必須事項だった。
「では、よろしければ協会まで案内いたしましょうか?元々、協会に品物を持っていく予定でしたし、護衛の件を正式な依頼にするためにいると手続きが楽ですから」
「あぁ、そうだな。そうしてもらえるとこっちも助かる」
門を潜った一行は石造りの町並みを珍しそうに眺めながら、ウィルキンソンに案内されて、ギルド協会へと向かった。
「ここがギルド協会です」
石造りの堅牢な建物は五階建てで、大きな木製の扉が中央にある。その扉をくぐると恰幅のいい中年の男性が一行を出迎えた。筋骨隆々の大きな体躯とそれに不釣り合いな立派な身なり、雰囲気から察するにギルド協会の中でもそれなりの地位にいる人物であることは間違いなさそうだった。ウィルキンソンとは顔なじみらしく、近づいてくるなり、ウィルキンソンの肩を豪快に叩く。
「よぉ、ウィル、今日は随分と遅せぇじゃねぇか。あんまり遅せぇから、何かあったんじゃねぇかって、人を出すところだったぞ。ん、そいつらは見ねえ顔だな。護衛を変えたのか?」
「まぁ、何かあったといえば、ありましたね。実はノービルド街道で竜の子供に襲われて、彼らに助けてもらったんです」
ウィルキンソンの言葉に男の顔色が変わる。
「なに?竜の子供だと?それは本当か?」
「えぇ、本当のことです。皆さん、紹介します。彼はブッシュ、この街のギルド協会の支部長を務めています」
「よぉ、ブッシュだ。ここの協会の支部長をしてる。よろしくな。おめぇら、見ねぇ顔だが、この街は初めてか?」
仮にもブッシュは城下街のギルド協会の長を務める人間である。一見すると粗野な乱暴者に見えなくもないが、腕の立つ人間は一度見れば覚えているし、主だった職人や商人の顔や仕事、その他細々としたことにも精通している。そのブッシュが竜の子供を倒せるほどの実力者を忘れるはずがなかった。
「あぁ、皆、始まりの街から来たんだ」
カジカの言葉にブッシュはなるほど、と頷く。始まりの街から、ニコスにくる手段は街道を通るしか手段がない。若干遠回りであるが、道の整った新しい街道ができたせいで、ゴブリンの蔓延るノービルド街道を通るのは急ぎ用の商人か、始まりの街から者しかいない。ちなみに、協会の建物に入ってからの流れは一種の強制イベントである。助けた商人によって対応してくれる相手がブッシュのようなお偉方もいれば、協会の受付嬢や下働きの男など様々であるが、基本的に内容は同じで、ギルドに関する説明と個人登録が実施される。
「ってことはギルド協会のことは何も知らねぇようだな。せっかくだから、俺がおしえてやろう。まぁ、座れ」
そう言ってブッシュは一行を近くにあった椅子に座らせた。
「まずはギルドについて話すか。ギルドっていうのは簡単言うと二種類ある。一つは商人や職人同士が集まった、同業者同士の組合みたいなやつだ。こいつは職業ギルドって呼ばれてるな。おめぇらが助けてくれたウィルも商人ギルドに入ってる。ああ見えて協会とも取引してるんだ。すげぇだろ」
世界中に支部を持つ協会と取引できるということは、それだけの信頼を持っているということである。しかし、そういったことがわからないユーリ達は、そうなのか、と首を傾げるだけだった。話が通じていない、と判断したブッシュはウィルキンソンの話を切り上げて、話を進める。
「もうひとつはおめぇらみたいな腕の立つ人間があつまったギルドだ。こいつはフリーギルドって呼ばれてるな。まぁ、フリーギルドっても職人ギルドの真似事をしてるやつらもいるから戦ってばかりってわけじゃねぇし、職業ギルドにだって騎士団や傭兵団みてぇに荒事専門のギルドもあるけどな」
「で、ギルド協会はそのギルド全体を管理してるわけだな?」
カジカが尋ねるとブッシュは首を横に振った。
「管理なんて大袈裟なことはしてねぇよ。ギルド同士が対立したら間に入ったり、ギルドの格付けをしたり、あとはでけぇ事件が起きたときに仕事を依頼したりするくれぇだ。ほとんどの仕事はおめぇらみてぇな個人で動いてる連中の世話だよ」
ちなみに、個人で動いている連中とはプレイヤー達のことである。ギルドに入ることなく、個人で動いているNPCもいないことはないのだが、そのほとんどがクエスト用のNPCであり、ゲーム序盤には会うことはできない。
「……格付け?」
「あぁ、職業ギルドのほうは同業者の集まりだからいいが、フリーギルドは何をしてるのかわからん連中を評価して格付けするのも協会の仕事の一つだな。実力やギルドの規模、実績なんかを総合的に評価してSからEの六段階で格付けしてる。が、これはあくまでも協会のそのギルドに対する信頼度みてぇなもんで必ずしも実力とは一致してねぇ」
ブッシュの言葉にユーリは首を傾げる。
「そういうものなのか?」
「例えば、そうだな……腕は立つが、乱暴者の集まりのようなギルドに護衛任務は任せたくねぇ。街を出た途端、護衛が強盗に早変わりなってことになったら笑えねぇだろ。そういったことのないようにフリーギルドに関しては格付けをしてるんだ。下手な連中を紹介したら俺たちのメンツや信頼だって失いかねんからな。まぁ、そうはいってもそんなルド協会を敵に回すような真似をするやつらはいねぇし、依頼のほとんどは採集系や討伐系だから強さが求められるのは変わらねぇがな。依頼と報酬については、受付の姉ちゃんが詳しく話してくれるから興味があったら聞いてくれ」
ブッシュの説明に一行はなるほど、と頷く。要するに、マナー違反をするプレイヤーにはシステム上のペナルティとはまた別のペナルティがある、ということなのだろう。ギルド協会を敵に回す、ということはその下にいる商人ギルドや職人ギルドも敵に回す、ということになる。それはつまり、装備品やアイテムの調達ができなくなる、ということである。まっとうなプレイヤーならばするはずがない。
「で、そのフリーギルドってのはどうすれば作れるんだ?」
「まぁ、そう急かすな。今から話してやる。フリーギルドを作るのに必要なのはギルド長と副ギルド長を務める人間だ。あと、ギルド員も必要だが、そこは兼任でも構わねぇ。協会に個人登録してる奴なら、特に制限はねぇが、一つのギルドに入れるのはギルド長と副ギルド長を含めて百人までだ。あと、複数のギルドの兼任もできるが、ギルド長や副ギルド長の兼任はできねぇ。あぁ、個人登録は受付でできるし、すぐに終わるからこの話が終わったらするといい」
「個人登録ってそもそもなんだ?」
「そのままの意味でとってくれて構わねぇ。協会からの依頼を受けるために必須なんだよ。もちろん、必要ギルド協会に登録しねぇとフリーギルドはもちろん、職業ギルドにも入れねぇ。そういう仕組だからな。あと、身分証明の代わりになるし、宿がなけりゃその街の協会に泊めてもらうこともできる。しといて損はねぇぜ。あとの話は受付の姉ちゃんにでも聞いてくれ。じゃあな」
ブッシュはそう言うと立ち上がり、奥へと消えていった。
「私は商品の受け渡し等がありますので、これで失礼します。報酬の方に関しては協会を通じて皆さんにお渡しします。本当にありがとうございました。また、機会があれば、そのときはよろしくお願いします」
一行をここまで連れてきてくれたウィルキンソンもそう言って、ブッシュのあとを追う。これで説明イベントは終了となる。ちなみに余談だが、ウィルキンソンを助けても、他の人を助けても報酬に関しては同じである。そして、支部長であるブッシュと知り合ったからといって、今後に影響するようなことは何もない。
「とりあえず、その個人登録とやらを済ませるか」
ブッシュの説明を聴き終えた一行はそのまま受付に向かった。受付には既に先客がいて、プレイヤーらしき男達が受付嬢と話していた。そのうちの一人がふと、振り返り、一行の先頭に立っていたユーリを見て、驚きの声を上げる。
「ん?お、すげぇ美人じゃん」
その声に反応して、他の男達も振り返り、ユーリ達を見て、顔を輝かせた。
「うわ、すげぇ。こっちの子に比べても全然見劣りしねぇ、というかむしろ、断然上じゃん」
こっちの子、とは協会の受付嬢のことである。この類のゲームではお約束となっていることだが、受付嬢は基本的に美人が多い。この協会の受付嬢もその例に漏れることなく、金髪碧眼の爽やか系美人だった。しかも、髪の合間から見えるのは三角形に尖ったエルフ耳であり、ユーリと似た容姿をしていた。しかし、美人とはいっても所詮、NPCであり、人工的に作られたものである。目や髪の色が似ているだけにユーリの持つ自然的な美しさが際立っていた。
「エルフの子以外もみんな美人だね」
「ねぇ、君たち、ニコスに来たばかりだよね?よかったら、案内してあげるよ」
「そうそう。てか、俺らのギルドに入らねぇ?ちょうど、メンバー募集中でさ、どう?」
下心を丸出しの勧誘にユーリは顔を顰めながら振り返り、カジカに尋ねた。
「だ、そうだけど、カジカ、どうする?入れてもらう」
「おい。わかりきった答えを聞くなよ」
溜め息交じりにカジカは呟いた。この類の勧誘は何ども経験済みである。そして、その経験上、下手に断るよりも他の男の存在を知らせるほうがいい、ということをユーリは理解していた。案の定、カジカの存在に気づいた男達は露骨に顔を顰めた。
「んだよ。ハーレム野郎かよ」
「マジかよ」
男達の表情に諦めの色が広がっていく。しかし、一人だけは違ったらしく、カジカを品定めするように見つめ、そして、にやりと笑みを浮かべた。
「ねぇ、そんな冴えない男より俺たちと一緒に来た方がいいぜ?どうせ、職業スキルを持ってる、とか言って釣られたんだろうけど、そいつの持ってる職業スキルは『 料理人 』だぞ?そんな使えねぇスキル持ってる奴についていっても無駄だぜ」
情報系のスキルによってカジカのスキルを知った男は下卑た笑みを浮かべる。そんな男の言葉に乗じたように、他の男達を騒ぎ出す。そんな三下感を丸出しの男達の言葉にユーリは、そしてクロエ達も、溜め息を零した。
「そんなこと、言われなくても知ってます」
「他人を貶めて、自分達の評価を上げようとするなんて最低……」
クロエとシオンは不愉快そうな視線を男達にぶつける。まるで、クロエ達がカジカに騙されているかのような言葉は、遠まわしにクロエ達を侮辱するものでもある。少なくとも、クロエ達は自らの意思でカジカと一緒に行くことを決めたのである。それだ、周囲からどのように見えようとも、口を出されることではない。
「そもそも、そんな下心丸出しの勧誘に乗ると思っているのですか?」
「最低です」
エリザとミカンもクロエ達に続いて男達に軽蔑の眼差しを送る。形勢の不利を悟った男達は眉を顰めた。そして、そんな男達にユーリはにこりと笑って問いかける。
「そこまで言うんなら、貴方達はさぞかし立派な職業スキルをお持ちなんですね」
見せられるものなら見せてみろ、と言わんばかりに微笑むユーリに男達は何も言えなくなる。男達の言うとおり、『 料理人 』は戦闘で役に立つスキルではないが、今のところ、誰も手に入れていないスキルであり、それだけで十分価値を持っている。そもそも、現状で職人スキルを持っているのは攻略組の中のごく一部である。最前線から一歩も二歩も遅れている男達が持っているはずがなかった。ユーリの冷たい視線が男達を射抜く。
「まったく……その程度で私たちに声をかけるなんて、身の程を知りなさい!!」
ユーリに一喝された男達は悔しそうな顔をしながら、汚い捨て台詞を残して外へと出て行った。ちなみに、捨て台詞に関しては放送禁止用語も含まれていたため、割愛する。女性を侮辱するような言葉だった、とだけ言っておく。
「なんていうか、うちの女性陣は逞しいよな」
その様子を見ていたカジカはまるで他人事であるかのように呟いた。
というわけで、ユーリがビシッと決めてくれましたね……あれ?主人公はヘタレのはずなのに……どうしてこうなった?
ちなみに、あんな風に言われてますが、あの男達もユーリ達と同じくベビードラゴンを倒してますから、それなりに強いんですけどね。あと、カジカをスキルがわかったのは『透視』というスキルのおかげです。単純に、相手のスキルを見ることができる、だけのスキルです。もちろん、服の下は透けてみえません。
それでは、次回もお楽しみに♪
ではでは。




