NDA48
お待たせしました。エル剣48話です。
遅くなってしまいましたが、どうぞお楽しみください。
振りかぶった黒鎚がゴブリンの頭を真横から捉え、吹き飛ばす。殴られたゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、光となって消えていった。
「いいぞ、ミカン」
ゴブリンのような人型のモンスターは基本的に頭が弱点であり、そこに鎚や斧のような重量系の武器で狙えば、ミカンのようにレベルが多少低くても一撃で倒すことができる。もちろん、大きく振りかぶればその分、隙もできてしまうが、そこは他のメンバーが上手くフォローしている。
「ユーリ、そいつでラストだ」
「あぁ、任せろ!!」
カジカの声に答えるようにユーリは駆け出した。ゴブリンが剣を振るうよりも早く、踏み込んで相手の喉元に剣を突き刺す。いくらエルフのSTRが低いとはいえ、それをものともしないレベルの差と、なにより弱点への一撃によってゴブリンは悲鳴をあげる間もなく消滅してしまった。
「これで、もう、終わり?」
シオンがあたりを見渡すが他のゴブリンの姿は見えない。立っているのはユーリ達、6人だけだ。
「みんな、無事か?」
カジカが尋ねると他のメンバーはそれぞれ頷いた。
「そっちも無事か?」
全員の無事を確認したカジカは馬車のそばに隠れていたNPCに声をかける。よく言えば恰幅のいい、有り体に言うならば小太りの中年の男性は怯えた様子であたりを見渡しながらカジカ達の前に立った。
「えぇ、大丈夫です。皆さん、危ないところを助けていただき、ありがとうございます。私はウィルキンソンと申しまして、商人をしております」
――――まぁ、そういうイベントなんだけど
ノービルド街道のボスである【はぐれ幼竜】の直前にゴブリンに襲われている商人を助ける、という強制イベントが発生する。今のユーリ達がまさしく、それである。この後はゴブリンたちに護衛を殺された商人からニコスまでの護衛を依頼され、そのまま街道を進むとボスに遭遇する、という流れである。ボスを撃破したならば、そのままニコスにあるギルド協会に連れて行かれ、イベント終了となる。
「私はニコスのギルド協会に行くところだったのですが、見ての通り、護衛が皆やられてしまいまいしてね。皆様にニコスまでの護衛をお願いしたいのですが、引き受けてもらえませんか?もちろん、相応の報酬は払いますし、後でギルド協会にも話を通しておくので、クエスト数にもカウントされます。いかがでしょうか?」
「あぁ」
カジカが頷くとウィルキンソンは一礼をして、馬車の支度を取り掛かる。ちなみに、ウィルキンソンの申し出を断って街道を進んだ場合、MOR値が激減する上に、ボスである【はぐれ幼竜】に遭遇することなく、半日以上歩かされ、また同じイベントに遭遇するという無限ループが待っている。言わずもがな、であるが断るメリットは全くない。
「お待たせしました。馬車の支度ができましたので、行きましょう」
馬車の上で手綱を握ったウィルキンソンに促され、一行は街道を進み始めた。
「とりあえず、ボス戦になったら予定通り、エリザは商人の護衛、残りはボスの相手だ。前衛は俺とミカンとユーリ、シオンは後衛。クロエは遊撃。みんな準備はいいな?」
はぐれ幼竜とエンカウントするまでのわずかな時間を利用して一行はボス戦の打ち合わせを行う。街道の適正レベルと一行のレベルを比較すると決して危ない相手ではないのだが、初めてのボス戦ということで皆の顔に緊張の色が浮かんでいる。特に街道の適正レベルに達したばかりのミカンは一番不安そうな顔をしていた。
「俺とユーリが守るから心配するな。それに、今日の昼飯に使った食材にはステータス上昇があるからSTRも上がってる。大丈夫だ」
そんなミカンを見かねたのか、カジカが励まし、ユーリも微笑んで頷いた。
「はい……ありがとうございます」
「と……そろそろ始まるぞ」
カジカの声にそれぞれ頷いて、態勢を整えた。
「ん?どうした……おい?」
急に馬が動かなくなってしまったウィルキンソンは戸惑いながら鞭を打つ。しかし、馬はそれでも動こうとしない。びくびくと小刻みに震えるだけだ。そして、その怯えている原因がゆったりとその姿を現した。ウィルキンソンの馬車よりも一回り大きな灰色の体を揺らしながら現れたはぐれ幼竜を見て、ウィルキンソンは顔を引き攣らせる。
「な、なんでこんなところに竜が……」
竜は人里には現れない。決して人の足を踏み入れることのない山奥に住んでいる、というのがこの世界の常識だ。しかし、突然の竜の出現に怯えるウィルキンソンに答えてくれる者はいなかった。
「心配しなくても、護衛も仕事はする。だから、この場でじっとしていろよ」
カジカはそう言いながら武器を構えて、ボスに向かって走り出す。それを追ってユーリとクロエも続く。ワゴン車ほどの大きな体に恐怖を感じないわけではないが、倒さなければ先に進めない以上、戦うしかない。ユーリとクロエ、そしてシオンの三人はそれぞれ魔法を放つ準備をして、合図を待つ。カジカは走りながら左手を上げると、無言のまま振り下ろした。それを合図に三人は魔法を放つ。
「 ウインドカッターっ!! 」
「アイスショット」
「……ファイアボール」
言うまでもないことだが、的が大きければ、その分攻撃も当たりやすくなる。三人の放った魔法は外れることなくボスに命中する。そして、魔法攻撃で怯んだ隙を狙ってカジカがナイフで切りつける。成竜であれば硬い鱗や皮膚に覆われていて、ナイフ程度の攻撃は通じないのだが、幼竜ならばそうでもないらしい。いきなりの攻撃を受けて幼竜は悲鳴をあげるが、ユーリ達は容赦なく攻撃を続ける。街道の適正レベルを超えているユーリ達の火力は凄まじく、瞬く間にボスのHPを3割ほど削りとったところでカジカが叫ぶ。
「ブレスが来るぞ!!」
その声から数瞬遅れて幼竜が炎を吐き出す。炎属性の魔法攻撃に分類されるこの攻撃は幼竜の攻撃パターンの中で最も威力が高く、攻略掲示板でも要注意と言われていた攻撃である。息を吸い込む予備動作をしてからの攻撃であるため、注意していれば回避も可能なのだが、身の丈の何倍もあるボスを前にしてそこまで冷静に注意を払って戦えるプレイヤーなどそう多くはない。いきなり、来るぞ、と言われて動けるものでもなく、黒鎚を振りかぶって攻撃しようとしていたミカンは反応が遅れてしまいった。目の前に迫る灼熱のブレスに身を固くしてしまったミカンはそのまま動けなくなってしまう。
「あ、ゃ……」
迫り来る炎の熱を肌で感じたミカンの顔が絶望で固まる。
「まずい……」
幼竜のブレスでは魔法攻撃に分類され、ドワーフであるミカンは魔法攻撃に対する耐性が低い。レベルも低く、装備に関しても物理防御を重視しているため、一発でもブレスを受けてしまうと致命傷になりかねない。急いで、カジカがフォローに回ろうとするが、ミカンとの間に距離があり過ぎて間に合わない。一瞬、足の止まってしまったカジカの隣を一陣の風が通り抜けた。
「ユーリっ!!」
カジカの声が響くと同時に、ミカンの前に立ったユーリを幼竜のブレスが飲み込んだ。炎の直撃を受けたユーリは肌の焼けていく痛みに顔を歪める。ゲームの世界であるため、実際に肌が焼けているわけではないが、再現される痛みは忠実で、ユーリの意識が飛びそうになる。しかし、それをなんとか耐え切ったユーリは息も絶え絶えにミカンを見た。
「ユーリ!?」
「いいから、ミカンは早く後ろに下がれ……」
「お前も下がってろ。クロエ、行くぞ!!」
幼竜の注意をユーリ達から引き離すためにカジカとクロエは間合いを詰めて、攻撃に転じる。竜とはいえ、幼い体を守る皮膚は成竜のそれに比べてはるかに薄く、カジカのナイフであっても十二分に切り裂くことができる。それに続くようにクロエの爪が幼竜にダメージを与える。カジカ達の攻撃を受けて幼竜の注意が逸れた隙を突いて、ユーリ達は一旦、離脱する。
「ごめんなさい、私のせいで……」
自身を庇って負傷したユーリを見てミカンは申し訳なさそうな顔を浮かべるが、ユーリは首を横に振った。
「大丈夫だ。これでもエルフだから魔法攻撃には強いし、レベルだって高い。あれぐらい一発や二発受けても大丈夫だよ」
物理攻撃に対しては紙装甲のユーリだが、魔法攻撃に対してはINT値とレベルの高さも相まって、かなり高い防御力を持っている。はっきりいって、幼竜のブレス程度であればまだ数発受けても問題はない。
「でも、すごく痛そうというか、熱そうでしたよ」
「あ、うん、それは、まぁ……」
ミカンの指摘にユーリは曖昧な表情を浮かべて頷く。ミカンの言うとおり、ブレスに焼かれているときは文字通り、体中が焼かれているような痛みがユーリを襲っていた。しかし、それはあくまで痛みであって、ダメージではない。このゲームのシステムの厄介な点の一つに受ける痛みとダメージか全く無関係である、という点がある。つまり、今回のユーリのように全身が焼かれるような激痛を味わいながらも、ダメージとしてはそれほどでもない、あるいは痛みは微々たるものだが致命傷、という事態が往々にして起こりうるのである。
「けど、大丈夫だよ。ミカンこそ大丈夫か?」
「はい、ユーリが守ってくれたおかげで」
しっかりと頷くミカンにユーリも笑顔を浮かべた。
「よし、じゃあ、いくぞ」
「はい」
ミカンはもう一度頷くと両手で黒鎚を力強く握り締めた。
いきなりのボス戦突入回でした。急展開過ぎるかな、とも思いましたが流石にこれ以上長引かせるとユーリが街から出そうになかったので、無理やり出しちゃいました。
お盆休みということで久しぶりにまとまった時間が取れそうです。近い内に続きを投稿できるように頑張ります。
それでは、次回もお楽しみに♪
ではでは。




