NDA04
いざ、冒険の旅へ、となるのはいつになるのやら……
結局、ユーリが購入したのは【剣術】、【両手持ち】、【受け流し】の三つのスキルだった。いわずもがな、3つとも前衛向けのスキルで、エルフとは無縁のスキルだ。
【剣術】は名前の通り、剣を装備するために必要なスキルで、レベルが上がればより上位の武器を装備することができる。ちなみに、このスキルを購入するとおまけで【見習いの剣】がもらえた。
【両手持ち】は盾が装備できなくなる代わりに敵に与えるダメージが1.5倍になるスキルだ。剣装備の場合、片手剣に盾というのが初心者の定石だが、剣道の経験があるユーリはむしろ、片手で剣を扱うことに慣れていない。もちろん、盾を持ちながら戦った経験もない。そして、エルフであるユーリのSTRは前衛とは思えないくらい低い。攻撃力を補うためにもこのスキルは必要だった。
【受け流し】は受けるダメージを軽減するスキルで、うまく受け流すことができたらノーダメージもあり得る。これも防御力の低さを補うために購入した。
「さて、これでスキルはばっちりね。次は防具だけど、エルフはVITが低いから鎧だと逆効果になるのよね……」
――――こんなスキルで大丈夫か?(エルフ的な意味で)
VITは体の強さを示す値で、装備できる武器と防具の重さや持ち運べるアイテムの量が決まる。体力のない奴が重いものを持てないのと同じ理屈である。もともとエルフはVITが低い種族なので、装備できる防具は限られている。基本的に服やローブに比べ、鎧の方が防御力は高い。鎧には重鎧と軽鎧の二種類があるのだが、VITの低いエルフは重鎧を装備することができず、始めたばかりの今のステータスでは軽鎧も装備できるものが限られてしまう。
「やっぱり、フランのとこに行くしかないか……」
「フランって?」
「うん、私の知り合い。生産職で仕立屋さんをしてる子なんだけど、引き継いだお金をもうお店を持ってるんだ」
ノエルの知り合いということはベータ版のテストプレイヤーで間違いない。プレイヤーがお店を持つためには百万から十万単位のお金が必要になる。初日からお店を持つことができるのはベータ版をプレイしたことのある特権だ。
「服ならVITが低くても装備できるし、いいでしょ?」
ノエルはそう言ってユーリが答えるよりも先にフランに連絡を取る。すぐに繋がったらしく、幾つか言葉を交わしてすぐに切ってしまった。
「うん、大丈夫だって。街の奥に職人街があるんだけど、そこにフランのお店にあるの」
・*・
「こんにちは、フラン、いる?」
街の奥の職人街の一画にその店はあった。案内してもらわないと絶対に店だとは気付かない店構えで、ぱっと見た感じだとただの民家にしか見えない。入口の上に『織姫』と書かれた看板があったが、大きさは看板というよりも表札に近い。仕立屋には高校生には縁がないので、入るのも初めてだったが、店の中には作業机と布や道具が幾つか並んで、もとい、散らかっている。
「あのさ……ここって、本当に店?」
「あ、うん。まぁ、できたばっかりだし、そこは気にしないで」
そんなことを言っていると店の奥から一人の女性が姿を現した。栗毛のショートボブが可愛いらしい。白シャツに黒のベストとズボンを合わせた装いがどことなく、厳しそうな印象を与える。外見を見る限り、人間かホビットのいずれかで、年齢はユーリとノエルの間といったところだろう。この人が姉さんの言っていた仕立屋『織姫』のフランで間違いないだろう。
「いらっしゃい、ノエルちゃん。あれ……その、えーと、弟の服を仕立てて欲しいって聞いてたんだけど……」
そう言ってフランは戸惑いながらユーリを見た。予想はしていた反応ではあるが、心が痛い。何も知らない人から見れば、ユーリの容姿は女性にしか見えない。間違えてしまうのは無理もない。
「初めまして、ユーリです。その……見た目はこんなのだけど、男です」
「え、あ、男?そ、そうなんだ。ごめんなさい……私、てっきり……うん、そうよね、そういう趣味もいいと思うなぁ」
フランは一瞬驚いた表情を浮かべ、複雑な顔に変わる。やや上擦った声に乾いた笑い。無理をしていることは一目瞭然だった。フランの視線が痛い。とりあえず、女装趣味があると勘違いされそうだと判断したユーリは言葉を付け加える。
「あの、誤解のないように言っておきますと、現実の俺は頭は坊主ですし、肌も日に焼けて黒いです。ヴィジュアル変更ができるって知らなくて、デフォルトのままにしたらこうなったんです。ネカマとか女装趣味があるわけじゃないんで、そこはよろしくお願いします」
ユーリの必至さが伝わったのか、フランの視線が幾分、柔らかくなる。
「そう……まぁ、それならそれでもいいんだけど。私はこのお店の主人、フランネルです。親しい人はフランって呼んでくれるから、よかったら、あなたもそう呼んで。よろしくね、ユーリ君。それで、ユーリ君の服を一式仕立てて欲しいんだったよね。ユーリ君は魔法職?それともノエルちゃんと同じ後衛?」
「えーと、前衛でお願いします」
「はい、前衛ね……って、え?前衛?」
フランの声が鋭く、響く。視線がまた、鋭くなる。エルフなのにどうして前衛、とその瞳が無言で問いかけてくる。
「あ、私が頼んだのよ。私が後衛だし、前衛をしてほしいなって。フランの言いたいことはわかるけど、私に免じてお願い」
そう言って、ノエルがフランにお願い、と手を合わせる。それを見たフランは小さくため息を零した。武器や防具には耐久度というものが設定されているのだが、服系の防具の耐久力はずば抜けて低い。その為、敵の攻撃を受ける機会の多い前衛には向いていない。フランとしても、折角作った服をそのように扱われるのは正直、いい気持ちがしないのだ。
「もう……仕方ないなぁ。それじゃ、防御力重視で一着仕立ててあげるけど、まだ素材の揃いが悪いからあんまりいいのはできないよ。じゃあ、採寸するから、ユーリ君、こっちに来て」
フランに手招きされて、俺はされるがままに採寸される。仕立屋に来るのはもちろん、採寸されるのも初めての体験だ。身長はもちろん、胸周りやウエスト、腕の長さまで細かく測られたのには驚いたが、フラン曰く、これでもかなり省略していて、現実の仕立屋はもっと複雑なのだそうだ。
「前衛だからできるだけ動きやすいほうがいいよね。それと、服の色はどうしようか?その髪に合わせるなら、濃い目の色がいいと思うよ」
「お任せします。あと、髪留めのゴムみたいなのも一緒に用意してもらえませんか?」
邪魔で仕方ないんです、と自身の髪を指差しながら苦笑いするユーリにフランは笑顔を返す。
「わかった。アクセサリーは専門外だけど、いいのを見繕ってあげる。時間はそうだな……一時間くらいあれば出来上がっているかな。出来上がったら、連絡入れるから、ユーリ君、フレンド登録しよ」
「じゃあ、それまで私はユーリに街を案内してくるね」
フランとフレンド登録したユーリはそのままノエルに連れられて、店から出ていった。
・*・
『織姫』のあった職人街から広場に戻ったユーリとノエルはNPCの露店で飲み物を買って、近くのベンチに腰を下ろす。
「この街は大きくわけて、東西南北の4つのエリアに分かれているの。街は城壁で囲まれていて、出入りできる門も同じく、東西南北に一つずつ。さっきいったフランのお店があったほうが西側で、あそこは職人街で、装備品なんかを扱うNPCのお店はだいたい西に集中しているの」
買ったジュースは柑橘系の果実を絞ったものでほどよい酸味と甘みで美味しい。
「で、ユーリが入ってきたのは東門。4つの門がそれぞれエリアに繋がっているんだけど、東側は『始まりの平原』っていって初級プレイヤー向けのエリアなの。出てくる敵もスライムとか、動物系がほとんどであんまり強くないし、エリアボスもいないわ。まぁ、そういうわけで街の東側にはアイテムやスキルを売るお店が集中してるわ」
「そういえば、そうだったな」
思い返してみれば、街に入ってすぐにスキルやポーションを売るお店が並んでいた。
「南には市場やレストランがあって、宿や酒場もそこにあるの。酒場はプレイヤー同士の情報交換の場でもあるし、パーティーの募集やアイテムトレードの情報もあるから通う人も多いわよ。北は魔法関係を扱うお店が集まってるし、賭博場や闘技場もあったかしら」
賭博場はその名前の通りの施設で、小型カジノのような所らしい。お金以外にもモンスターのドロップアイテムや装備品を賭けることができ、賭博場でしか手に入らないレアアイテムもある、とのことだ。闘技場はモンスターと戦うことのできる施設で、ドロップアイテムが手に入らない代わりに倒したモンスターの強さに応じた報酬と経験値が手に入る。また、決闘場で死んでしまった場合はペナルティも発生しない。闘技場での戦績は記録として残るので、実力の証明にもある。
「とりあえず、ユーリの服が出来上がるまで、街の中を軽く案内しようと思ったんだけど、どこから行きたい?」
「それなら、魔法を買いに行きたいんだけど、いいかな?」
「魔法?別にいいけど、スキルポケットに入れないと使えないわよ?」
首をかしげるノエルにユーリはにやりと笑う。
「大丈夫。俺のスキルポケット、4つあるから」
「え、嘘?」
驚くノエルにユーリはステータス画面からスキルの欄を選んで、見せる。
「本当だ……いいな、スキルポケットを増やすアイテムってレアなんだよ。私も、今は7つあるけど、結構苦労したんだよ。そもそも、そういうことはもっと先に行ってくれないと……さっき、一緒にスキルを買ったのに」
――――それが嫌だから言わなかったんだよ
「でも、やっぱり、俺だと火力不足だし、遠くから魔法で一撃与えてからのほうがいいかなって思ったんだよ」
じとり、と睨みつけてくるノエルの視線を睨み返しながらユーリは言い返す。全てのスキルを前衛向けにしてもよかったが、それだと後衛に転身するのが格段に難しくなるし、ノエルの思い通りに物事が進んでいるのはやはり、面白くない。一矢報いる、というのは流石に言い過ぎだが、少しくらいユーリの好きなようにしたかったのだ。
「それなら私の弓で十分よ。使えない魔法を身に付けるより、役に立つスキルにしなさい。お金は私がだしてあげるから」
―――う、やっぱり……てか、【剣術】なんかより、魔法のほうが役にたつだろ、絶対に
予想通りの反応にユーリは内心、ため息を零す。
「そうね……【剣士】の職業スキルを目指すなら【不屈の心】がおすすめよ。あとは【索敵】とか【隠密】も便利かな……あ、でも、【索敵】は私が持ってるからいらないか」
「……なら、動きが早くなるスキルってない?回避率をあげたりとか、そんな感じのスキルがあったらいいんだけど」
魔法スキルの購入を早々に諦めたユーリは頭を切り替え、少しでも自分の希望に近いスキルを探す。フランの装備である程度補正されるとはいえ、エルフであるユーリの防御力の低さは前衛として致命的だ。HPも低めで、一撃でも受けてしまえば瀕死になりかねないことを考えると、防御についてはある程度諦めて、敵の攻撃を躱すことに専念した方が効率いい。【隠密】は一度攻撃してしまえば効果が切れてしまうため、一撃必殺を狙うならともかく、あまり前衛に向いているとはいえない。
「うーん、一応【軽業】っていうスキルがあるんだけど、それでいい?」
【軽業】はプレイヤーのAGIを微上昇させるスキルであり、スキルレベルが上がると【ダッシュ】や【ジャンプ】といったアビリティが使えるようになる。便利なスキルではあるが、その分、重い防具や武器を装備することができなくなるため、使い勝手の難しいスキルの一つでもある。
「じゃあ、それにしようかな。あと、できたら剣ももう少し攻撃力の高いのが欲しいな……」
そこまで呟いて、ユーリはあることを思い出して、ノエルに尋ねる。
「フレンド登録した相手に連絡するときって、どうしたらいいの?」
「フレンドリストの名前の所にタッチしたら、通話っていうのが出てくるからそれにタッチするか、コール○○ってプレイヤーの名前を呼ぶかだけど、ユーリ、誰と話すつもり?」
「あ、うん、ノエルと会う前に知り合った子なんだけど、鍛冶職目指してるって言ってたから、武器を作ってもらおうかなって。コール、カイ」
先程あったばかりの少年が鍛冶職であったことを思い出したユーリはすぐにカイに連絡を取る。
「どうしたの?お姉ちゃん」
相変わらず、お姉ちゃんと呼ばれることにちくりと心が痛んだが、それをぐっと押し堪えて、ユーリはカイに言った。
「あのさ、【剣術】のレベルが1のエルフでも装備できる剣ってある?」
「……はぁ?エルフなのに剣?」
カイの間抜けた声が頭に響く。予想していた反応だ。【剣術】レベルが1でも装備できる剣はあるか、という問いかけならば、ありふれた質問であり、驚くようなことではない。しかし、エルフでも装備できる剣というのはかなり異質だ。
「まぁ、色々あってな……もし、あるなら一本欲しいんだけど、どうだ?」
「片手剣だよね?あるよ。サーベルっていう片刃で護拳のついたのと、レイピアの二つ。切るならサーベル、突くならレイピアがおすすめだよ」
カイから言われた二種類の剣を頭の中に思い浮かべ、ユーリは思案する。切るか突くか、どちらが得意かと言われると切る方が得意である。そうなると、ユーリに向いているのはサーベルだ。
「じゃぁ、サーベルを頼む。今から行くから居場所を教えてくれ」
「えーと、座標でいい?X0701、Y0506。街の東側だよ」
「ありがとう。すぐに行くよ」
話を終えるとユーリはそのままノエルの方を向いた。
「というわけで、新しい剣は確保できそう」
「ふーん、サーベルか……まぁ、いいわ。それじゃ、スキルは私が買ってきてあげるから、ユーリは剣を受け取ってきなさい。はい、これ」
―ノエルさんからプレゼントです。受け取りますか(Y / N )-
「え、これ、何?」
「何って、お金よ。サーベルの代金。出してあげるって言ってるの」
さも、当然のようにお金を差し出したノエルにユーリは慌てて、首を振る。
「いいよ。服やスキルの代金も出してくれてるのに……」
今までユーリが購入したスキルも、フランに仕立ててもらっている服も代金は全てノエルが払ってくれていた。もちろん、ユーリは自分で払うと言ったのだが、スキルに関してはノエルに勝手に買われてしまい、服に関してっはユーリの支払い能力を超えていたのでノエルに頼るしかなかった。しかし、今度のサーベルに関してはユーリでもなんとか払える金額のはずなので、ユーリは今度こそ自分が払うつもりでいたのだ。
「いいから受け取りなさい。ユーリには色々と無理を頼んだから、その迷惑料も込みってことで、ね?」
これでも悪いことをしちゃったかなと思ってるんだよ、と笑うノエルの顔は反省しているようには見えなかったが、そこまで言われては突き返すわけにもいかない。仕方ないな、とユーリはノエルからのプレゼントを受け取って、フランのお店で合流しよう、と約束をして別れた。
冒険出発まであと一話あります。もうしばらくお待ちください。
皆さんからのご意見やご感想を心よりお待ちしています。