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NDA35

なんだか、もう一荒れきそうな予感……



「……吸血鬼(ヴァンパイア)?」


「あぁ。あるクエストをクリアして、なおかつ特定の条件を満たしていると転生できる稀少(レア)種族だ。癖が強くて初心者には扱いが難しいが、その分、種族としての強さは折り紙つきだ」


 吸血鬼(ヴァンパイア)は昼と夜とでステータスが変化する特性を持っており、昼の時のステータスはヒューマンよりやや低い程度で総合的に見れば全ての種族で最も低い水準となる。しかし夜になると竜人(ドラグーン)さえ圧倒するほどの高いステータスとなるだけではなく、自然回復の速度が急激に上昇し、軽い怪我であればアイテムや魔法を使わずとも回復が可能になる。更に強力なスキルやアビリティも使えるようになる為、戦闘という一点においては驚異的な力を発揮するという。


「それじゃ、さっきの戦闘は……」


 エリザは後衛では闇属性の魔法を巧みに使いながらも、前衛ではカジカやユーリに負けない活躍をしてみせた。前衛も後衛もこなせる、という意味ではユーリもあてはまるが、さきほどの戦闘を見る限りエリザには及ばない。


「あぁ、種族特性のおかげだな……それに、今だから言えるんだが、あれでも幾分、手を抜いていたんだ……」


「あれで手を抜いていたって……嘘だろ……」


 しかし、手を抜いていた、と言い切るエリザの瞳に嘘はなかった。夜の吸血鬼(ヴァンパイア)の戦闘能力ははっきり言って異常である。ステータスの高さはもちろんのことながら、夜にしか使うことのできない吸血鬼(ヴァンパイア)専用のスキルもある。今回、エリザは魔法使いであると思わせる為に、闇属性の魔法しか使わなかったが、専用スキルを使えば、エリザ一人でゴブリン百匹と戦っても生き残ることもができる自信があった。


「他の人には魔法使いって思わせたかったんだ。本当なら、前に出て戦うつもりもなかった……」


「どうして、そんなに強いのに隠そうとするんだ?」


 ユーリにとってそれは当然の疑問だった。ある程度はルールが定められているとはいえ、この世界は基本的に弱肉強食である。街の中ではシステムが守ってくれるが、一歩エリアにでてしまえば、PKされてたり、強姦されそうになっても誰も守ってはくれない。今のところ、そういった事案は起きていないと言われているが、いつ起きてもおかしくはない。自分自身を守ることができるのは自分自身しかいないのである。もし、エリザがその強さを存分に発揮して、実力の高さを知らしめることができれば、PK目的のプレイヤーに襲われる危険も減るはずである。どうしてそれをしようとしないユーリには理解できなかった。尋ねられたエリザは少し悩むと自信のない声で呟いた。


「……怖いから、かな」


「怖い?」


 全く予想していなかったエリザの答えにユーリは首を傾げた。弱くて、襲われるのが怖いのであれば、ユーリにも理解できる。しかし、エリザは決して弱くはない。それにも関わらず、怖い、と言ったのである。


――――何が、怖いんだ?


「あぁ……種族特性のおかげでHPもMPももうほとんど回復した。今の私なら、その気になればここにいる全員を殺せる……」


「……は?」


 一瞬にして、空気が凍りついた。


――――え、もしかしなくてもPK(プレイヤーキル)されちゃう……?


 ゴブリン達とのダメージが回復しきっていないユーリは思わず、身構える。カジカの料理のおかげで回復しているとはいえ、全快には程遠い。もし、エリザの言った吸血鬼(ヴァンパイア)の戦闘能力が本物だとすれば、ユーリに勝ち目はない。しかし、エリザはすぐに首を横に振った。冗談だとわかったユーリは安堵のため息を漏らした。


「そういう冗談は……」


 やめてくれ、と言おうとしたユーリを遮ってエリザは言葉を続けた。


「万全の状態ならともかく、ゴブリン達と戦って疲弊している今なら、間違いなくできる……もちろん、そんなことをする気はないけど、でも、もしかしたら、何かの拍子に、たとえば誰かに襲われて無我夢中で反撃してしまった時に、それをしてしまうかもしれない……私はそれが怖い」


 エリザの手は震えていた。


――――そんなこと、考えたこともなかったな……


 今まで考えたこともないことをエリザに言われて、ユーリも自身の力について考えていた。ユーリの戦闘能力はここにいるプレイヤーのなかではかなり高い方であり、プレイヤー全体を見渡しても、上位の方にいる。もし、その気になれば他のプレイヤーを殺すことは決して難しくない。ユーリにその意志がなくても、それを実行できるだけの能力はあるのだ。


「け、けど、それは襲われた時の話だろう?やり返して、それは正当防衛……」


「違う。ルールとか、法律の話をしているわけじゃない。心の問題だ……ユーリはもし、誰かを殺しても罪に問われないなら、殺すのか?そんなこと、恐ろしくてできないだろう?」


 エリザの言葉にユーリは小さく頷いて黙り込む。人を殺すことは世界の多くの国の法律で罪である、と定められている。しかし、罪になるから殺さないのか、というとそういう問題でもない。単純に、誰かの命を奪うということは重く、そして、恐ろしい。同族殺し、というのは生物にとって最大の禁忌であり、決して許されることではない。一個の生物としての本能が、そして、倫理観や道徳心といった理性がそれを拒むのである。ようやく、エリザが何に恐怖していたのかを理解したユーリは背筋をゾクリと震わせた。


――――確かに、怖い……


 もし、何かの拍子で他のプレイヤーを殺してしまったら、と思うと体中が震えてきた。震えを抑えようとユーリは自分自身を抱きしめるが、震えは止まらない。PKという凶行に及んでいるとはいえ、相手も一人のプレイヤーである事実に変わりはない。襲い掛かってきたのが相手だとしても、殺してしまえば、それは紛れもなく、人殺しである。たとえ、罪にならないからといって、その事実が消えることはなく、一生、ユーリを縛り続ける枷となる。今まで、襲われる相手から身を護ることしか考えていなかったユーリは改めて、その重さを感じていた。


「それに、ちょっと機嫌が悪くて、あるいは、激情に駆られて、ということだってあるかもしれない」


 エリザの言葉にユーリの表情が歪む。


「そんなこと……俺はしない」


「あぁ、私もしない……でも、それはできないとは違う……だから、私は怖い……ごめんなさい、おかしなことを言ってしまった……」


 エリザはそう言って笑うとユーリも笑顔を返した。ひどくぎこちない笑みだった。




・*・




「えっ、貴女があのシオンさんですか……」


「すげぇ……ポーションの人だ……」


 それまで作ることは不可能と言われてきたポーションの作り方を明らかにしたシオンはプレイヤー達の間ではかなり名の知られた存在となっていた。しかし、実際に会ったことのある人間はそれほど多くないため、その風貌まではほとんど広まっていなかった。そんな有名人であるシオンがこの場所にいると聞いた生産職のプレイヤーが一目でも見ようとシオンの周りに集まった。


「……人ごみ、苦手……」


 元々、マイペースな気質で他人との付き合いが苦手なシオンは嫌そうな顔を浮かべていたものの、言っても聞かないだろうと諦めて、彼らの輪の中心にいた。


「いやぁ、シオンさんのおかげで【調合】も屑スキルから一転しましたからね」


「それにしても、よくあの組み合わせを見つけましたね。どうやったんですか?」


 シオンの公開したポーションのレシピはヒイロアカバナ、ムラサキトキダケ、ユキシロソウを調合したものである。素材自体は森に行けばさほど苦労せずに手に入れられるのだが、森には他にも似たようなキノコや野草が数多くあるため、シオンがどうやってこの組み合わせをみつけることができたのかについてはプレイヤー達の間では話題になっていた。曰く、全ての組み合わせを試した。曰く、調合方法の書いてあるアイテムを見つけた。曰く、偶々、運がよかっただけ。といったように幾つも噂が立っていた。


「……レシピ……見つけたから」


「あぁ、やっぱり、レシピが存在したんだ……どこで見つけたの?」


 生産系プレイヤーの一人、アリスが尋ねるとシオンはわずかに眉をしかめた。もし、本当のことを言ってしまえば、間違いなくその情報が広まってしまい、グェンドレンの家に押しかけるプレイヤーが出てきてしまう。短い間とはいえ、シオンにとってグウェンドレンはただのNPCとは一線を画す存在であり、たとえNPCだとしてもグウェンドレンに迷惑が掛けてしまうことはしたくなかった。


「……森の宝箱」


「なるほど……確かに、素材は全部、森で拾えるらしいからな」


 同じく、生産系のボブはシオンの答えに納得して頷く。それを見たシオンは上手く、誤魔化せた、と安堵のため息を漏らした。しかし、今度は別のプレイヤーがシオンに迫る。


「じゃあ、そのレシピってやつを見せてくれない?」


 シオンを見つめるマロリーの視線はどこか鋭い。ゴブリン達とまともに戦うことさえ危うい、適正レベルギリギリのマロリーと大量のゴブリンを倒したおかげで適正レベルを越えてしまったシオンとではどちらが強いのかは明白であり、それはマロリー自身も理解しているはずである。それにも関わらず、シオンを睨みつけるマロリーは強気で退こうとしない。


「……そのうち、掲示板にあげる」


「どうして?あなたの情報があれば、他のアイテムだって【調合】で作れるようになるじゃない……どうして隠すの?そもそも、素材の名前だけあげられたって、どれの草が素材なのかわからなきゃ意味ないし……どうせ……あなた、そういう情報は隠してるんでしょ?」


 マロリーの言葉にシオンの表情が強張る。マロリーの指摘した通り、シオンはポーションの調合に必要な素材の名前は明らかにしたが、その詳細について公開していない。ただし、これについては情報を独占したいために公開しなかったのではなく、単純に上げる方法がなかったからである。シオンはグウェンドレン宅にあった植物図鑑から素材の色や形などの特徴を学んだ。植物図鑑は図鑑というだけあって、詳しい解説はもちろんその植物の挿絵が入っている。当然、ポーションの素材の挿絵もその中に含まれていた。つまり、図鑑の挿絵のおかげでシオンは素材の特徴を学んだのである。シオンは挿絵も一緒に掲示板にあげようとしたのだが、画像を張り付けるシステムが実装されておらず、挿絵をあげることができなかったのである。


「隠してるわけじゃない……挿絵は掲示板にあげられなかった。ただ、それだけ」


「へぇ……じゃあ、その挿絵とやらを見せてよ」


 そうするのが当然だろう、と言わんばかりにマロリーが微笑む。マロリーにつられたのか、周囲にいたプレイヤー達もシオンに期待の眼差しを注ぐ。


「そうそう。名前だけはわかっても、どれがそうなのかわかんなくてみんな困ってるんだよ」


 シオンの情報が公開されてから【調合】のスキルを持ったプレイヤー達の手によってポーション作りが始まったのだが、正しい素材がなかなか集まらず、それほど進んでいるとは言えない状況にあった。もし、シオンから挿絵の情報が提供されたならばポーション作りも一気に進む、と期待しているプレイヤーは少なくなかった。しかし、シオンの反応は冷ややかだった。


「……【鑑定】や【目利き】を使えば、名前はわかる。後はそれを覚えたらいい」


「なっ……」


 マロリーの表情が歪む。しかし、シオンは気にも留める素振りさえ見せない。そんなシオンの態度を見せつけられてはマロリーも大人しくしているはずがない。


「あんた、わかってんの!?これはただのゲームじゃないのよ?私達の命がかかってるの……プレイヤー同士、協力し合うのが当然でしょ!?」


「協力……どこが?」


 それはまさしく、氷の微笑みだった。マロリーたちに対して見下すのではなく、媚びるでもなく、ただ、一線を引いただけのシオンの微笑みにマロリーは何も言い返せなくなる。まるで、心臓を鷲掴みされたかのような、有無を言わせない圧迫感。一瞬にして静まり返ったプレイヤー達にシオンは静かな口調でもう一度、繰り返す。


「これが、協力?」


 マロリーの言うとおり、これはただのゲームではない。プレイヤーの命が懸かったデスゲームである。ゲームを攻略するためにプレイヤー同士が協力し合うのは当然の流れであり、マロリーの口からその言葉が出たことは決しておかしなことではない。しかし、シオンにとって、これはマロリー達の要求は協力という言葉に収まるものではなかった。これはマロリー達からの、弱者という立場を利用した一方的な搾取である。そこにはシオンが命を懸けたことに対する対価も、敬意もない。シオン自身、マロリー達に見返りを求めるつもりは一切なかったが、その態度を認めるほど善人でもない。


「……さようなら」


 シオンはそう言って、立ち上がると宴の輪から抜けてどこかへ行ってしまった。残されたプレイヤー達はお互い、顔を見合わせるとため息を零し、落胆の表情を浮かべた。ただ、一人、シオンの消えていった先を忌々しげに睨みつけるマロリーを除いて。



今回、シオンの考えには賛否両論あると思います。



プレイヤー全体の利益を考えるのであればマロリーの言うとおり、掲示版で公開した方がいいかもしれません。しかし、シオンが一方的に情報を提供するあの関係を協力と呼んでよいのでしょうか。



というわけで、作者はシオン派です。悪しからず。



次回の投稿予定は1月28日です。



それでは、次回もお楽しみに♪

ではでは。



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