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NDA34

ちょっと詰め込み過ぎたかも……

なんとか間に合った……?


 クエストは無事に終了したものの、全てが終わったわけではない。このクエストの発生条件の一つに30人以上のプレイヤーとあったが、生き残ったプレイヤーはユーリ達を含めても30人に満たない。それがどういう意味を持つのか、わからないプレイヤーなどいなかった。戦いを勝利で終えた者の、プレイヤー達の表情は暗かった。


「こっちは全員無事だ。そっちは?」


 無事、とはもちろん、死んでいない、という意味であり、怪我をしていない、という意味ではない。そもそも、生き残ったプレイヤーの中に無傷の者は一人もいなかった。


「ここにいる奴は全員、無事だ。ただ、村に来た時より4人ほど足りない……」


 竜人(ドラグーン)の男、シグは顔を顰めながら、苦いため息を零す。元々、即席のパーティーである為、顔を合わせたのは今日の昼が初めての者たちばかりだった。お互い、初対面に等しく、いなくなった者とも特に親しかったわけでもないが、それでも一緒にここまで来た顔がいない、という事実はプレイヤー達に重くのしかかってきた。夕方はこの村にいたはずの人間が、今はいない。その事実が意味することは二つしかない。


「もしかしたら、運よく逃げ延びたかも……」


 ユーリは何気ない気持ちでそこまで言って、言葉を詰まらせた。それは誰もが一度は考え、しかし、口にはしなかった言葉だった。逃亡か、死か。この村からいなくなったプレイヤーの運命はそのどちらかしかない。誰もが考えないようにしていたことを口にしてしまったユーリは表情を強張らせた。


「……とりあえず、朝になったら探してみようと思う……」


 シグの口から出た言葉は重かった。逃げたプレイヤーがいるならば、一刻も早く探しに行くべきである。夜の街道は当然のことながら灯りはなく、ランプなどのアイテムを使うか、【猫の目】のようなスキルを持っていない限り、歩くことはできない。仮にそれを乗り越えたとしても最寄りの安全地帯までは半日はかかってしまう為、辿り着くよりも先にモンスターに出会って、殺されてしまう可能性が高い。もし、逃げたプレイヤー達が生きているのなら、今すぐにでも探しに行くべきである。それは誰もが理解している。しかし、それを実行しようと一人もいなかった。単純に疲れていて余力がない、というのも理由の一つだが、あの状況で他のプレイヤーを見捨てて逃げ出した者をわざわざ危険を冒してまで助けに行こうとは誰も思わなかった。


「すまない……」


 人道的に見れば、見捨てるという判断を下したシグの言葉は必ずしも、正しいとは言い切れない。しかし、それを咎めることはユーリにはできなかった。そして、そもそも、ユーリが口を開かなければ、シグも言わずに済んだのだ。そう考えると、不用意に口にしてしまった自分が許せなかった。


「気にしないでくれ。俺たちを見捨てて、自分だけ逃げようとした奴がどうなろうと心は痛まねぇよ」


 シグの言葉に他のプレイヤー達も同意するように頷く。


「そ、それよりも、このクリア報酬はどう分配しますか?」


 このままでは雰囲気が悪くなると判断したミオはすぐに話題を切り替える。クエストには幾つか種類があるが、多くの場合、クリアしたときになんらかのボーナスアイテムを手に入れることができる。今回もその例に漏れることなく、プレイヤー達にはクリア報酬が与えられたのだが、それもまた波乱の種を抱えていた。


「分配と言っても……物がものですからね……」


 クロエはそう呟いて、村長から村を救ってくれたお礼だ、と渡されたクエスト報酬に視線を移した。はっきり言って、報酬の内容に差があり過ぎた。今回の報酬を大きく分けるとするなら、スキルポケット、食材、お金の三つだった。言わずもがな、スキルポケットはプレイヤーにとって貴重なアイテムであり、猫人(リンクス)竜人(ドラグーン)のように固有スキルにスキルポケットを圧迫されているプレイヤーは喉から手が出るほど欲しいものである。


「本当に意地の悪いクエストだよな……」


 シグの言葉に同意するように他のプレイヤー達は頷いたり、苦笑いを浮かべたりとそれぞれ反応を返す。今回、手に入った空のスキルポケットは一つだけである。対して、プレイヤーは20名以上いる。誰もがそれを手に入れたいと思っている以上、誰が手に入れるかで揉めることは目に見えていた。プレイヤー同士で協力しなければクリアできないようなクエストの報酬が、プレイヤー達の争いの火種になっているのである。シグの言うとおり、これを考えた人間は本当に意地の悪い。


「普通に考えると一番活躍したプレイヤーとか、一番必要そうなプレイヤーとかに渡すべきなんだろうけど……」


 ほとんどのプレイヤーがスキルポケットの少なさに悩まされているこの現状において、スキルポケットの必要ない者はいない。シグ自身、スキルポケットは是が非でも手に入れたいアイテムの一つであり、その為には多少の無理も厭わないつもりだった。


「報酬の分配は後回しねぇか?今、この場にいない奴だっている」


「あぁ、それがいい」


 シグの提案にユーリは頷く。後々のことを考えると全員で話し合って決めなければ、プレイヤー達の間にしこりが残ってしまいかねない。しかし、この場にいるのは生き残ったプレイヤーの内の半分程度である。カジカやシオンを含めた残りのプレイヤーはそれぞれ休憩や作業をしていた。ちなみに、カジカは村長の家でここにいるプレイヤー全員分の食事を作るために既に料理を始めていて、シオンもその手伝いについている。回復役(ヒーラー)のMPがまだ回復していない為、現状でHP、MPを回復させる手段は時間経過による自然回復か、カジカの作る料理しかないのである。


「でも、相談して決めるってわけにもいきませんよ」


「そうですね」


 クロエの言葉に今度はミオが頷いた。今回の法主分配は全員で話し合ったところでまとまる類の話ではない。間違いなく、スキルポケットの分配で一悶着起きるだろう。それを考えると全員で集まって相談、という方法が最善とは言い切れない。結局、どちらとも言えない雰囲気になってしまい、その場に沈黙が訪れる。しかし、ほどなくしてその沈黙は破られる。


「飯の準備ができたぞ。みんな、集まれ。戦勝会だ」




・*・




 村の中に全員が集まれる広さを持った部屋はなく、必然的に祝宴は村の広場で行われることになった。キャンプファイアーさながらの大きな焚火を囲むようにプレイヤー達はカジカの作った料理に舌鼓を打つ。ちなみに、今回の夕食は街道で手に入れた【猪の肉】を焚火で炙ったバーベキューである。丁寧に下拵えの施された猪肉は臭味もほとんどなく、開いた味も十分についていた。他にも村人から分けてもらった野菜で作ったスープやわずかではあるが果実酒も用意してあった。


「料理人……って、それ、職業(クラス)スキルじゃねぇか、カジカ」


 肉汁滴る猪肉にかぶりつきながら、タケは二重の意味で驚きの声をあげる。一つはカジカが職業(クラス)スキルを持っていたこと。そして、もう一つはそのスキルが戦闘系ではなく、生産系だったことである。カジカが先陣を切って、プレイヤー達を指揮していたことはこの場の誰もが知っていた。そして、てっきりカジカは戦闘系のプレイヤーだと思い込んでいたのである。しかし、蓋を開けてみれば、戦闘系スキルは一切持たない生産系のプレイヤーだった。タケ自身、素手と投擲のみで戦っている為、いわゆるイロモノである自覚はあったが、カジカはその上を言っていた。


「けど、そんな情報、掲示板に上がってなかったぞ?」


 職業(クラス)スキルに関する情報はちらほら掲示板に上がってきているが、その数は少なく、【剣士】や【弓兵】といった有名どころと古参組が提供したもの以外はまだほとんど出回っていなかった。


「まぁ、手に入れたのは今日の昼だからな。ついでに言うと修得条件は【目利き】と【料理】のレベルが20以上だから、難しくはないぞ」


「……いえ、それって結構、難しいですよ……」


 何気なく言ってのけたカジカの言葉にミオが慌てて首を横に振る。ドワーフであるため、小柄なミオが首を振るその姿はどこか微笑ましいものがあったが、その表情は少しも笑っていなかった。生産系のスキルでレベルが20を越えているプレイヤーは少ない。ミオもまたカジカと同類の生産寄りもプレイをしているプレイヤーの一人だったが、未だに【初級武器職人】の職業スキルを取れずにいた。鍛冶系生産職の職業スキルでは最も取りやすいスキルと言われているが、実際に修得しているプレイヤーはほんの一握りしかいない。その理由が職業スキルの修得に必要なスキルレベルの高さにあった。【初級武器職人】の修得条件は【鍛冶】と武器系スキル二つが10レベルを越えていることなのだが、それがミオにとっては大きな壁だった。


「まぁ、【鍛冶】はハンドメイドで作りにくいからレベルが上がりにくいんだろ」


 カジカの場合、料理を作る際は基本的にスキルに頼ることなく、自分の手で料理を行っている。おかげで、スキルで料理を作る時よりも多くの経験値を得ることができたのである。


「もちろん、それもありますけど、私達みたいな新規組だと手に入る素材は限られていますから……」


 そう言ってミオは苦笑いを浮かべた。武器系スキルは【鍛冶】によって武器を作ることで上げる方法の他に、その系統の武器を使用することでも上げることが可能だった。そのため、武器系スキルはなんとか修得条件を満たすことはできたのだが、問題は【鍛冶】のスキルレベルだった。【鍛冶】のレベルはスキルを使うことでしか上げることはできないのだが、手に入る素材が限られている為、条件のレベルまでスキルレベルを上げることができなかったのである。


「なるほどな……けど、ミオなら今から戦闘職に転職しても間に合うんじゃねぇか?」


 双剣や槌を振り回して戦うミオの姿は勇壮なものであり、生産寄りもプレイヤーとは思えない活躍を見せていた。


「えぇ、まぁ……武器のレベルを上げたくて、それなりに戦ってきましたので……でも、やっぱり本命は鍛冶師ですから」


 カジカに言われて、ミオは恥ずかしそうに俯いた。


「そういえば、ユーリさんってすごいですよね。エルフなのに前線であんなに活躍していて……」


「確かに、あいつはすげぇよな。エルフだから魔法も使えるし、剣だってかなりの腕前だ。それにあの動き……俺と同じで【軽業】を使ってんのか?」


「そういうことは直線、本人に言ってやれよ」


 ミオとタケの二人が揃ってユーリを褒めたので、カジカは悪戯っぽく笑いながらユーリを指差した。




・*・




「一緒に食べないのか?」


 両手にこんがりと焼けた猪肉を持って、ユーリはローブの女に近づいた。全員が焚火の傍で歓談しているのに、ローブの女だけはその輪から少し外れたとこで一人さびしく食事をとっていたのだ。


「人ごみは、あまり好きじゃないんだ……ありがとう」


 ローブの女はそう言うとユーリから猪肉を受け取った。フードから零れる銀髪が焚火に照らされて、妖艶に輝く。


「隣に座ってもいい?」


 ユーリの問いかけに女は無言で頷いたので、ユーリは女の横に腰を下ろした。ローブの女は猪肉を口にすると、少し驚いた顔を浮かべて呟く。


「……美味しい……」


「作ったのはカジカだからな。あ、そうだ……フードは外した方がいい。そのままだと汚れるぞ?」


「……確かに」


 ローブの女はそういうとずっとかぶっていたフードを外す。その途端、銀細工のようにきめ細やかな銀の髪がふわりと零れ落ちた。それまで漂っていたどこか暗く、重たい雰囲気が一転して、華やかさを帯びる。宵闇に輝く星のように眩く輝く銀の髪、そして、その髪に負けないくらい白い肌と鮮血のように鮮やかな紅色の瞳。場違いなくらい美しい輝きを放つ女にユーリは思わず、息を呑んだ。


「きれい……」


 それは演技でも、お世辞でもない、ユーリの素の言葉だった。数が多いだけのアイドルグループなどとは比べ物にならないほど整った絶妙な顔立ち。しかし、それでいて手を加えたような歪さや不自然さは皆無だった。決して派手ではなく、どこにでもいそうなくらい自然で、それでいて今にも折れてしまいそうな繊細さを兼ね備えた美貌だった。


「冗談はやめてくれ。私なんかよりもユーリのほうがずっと綺麗だ」


 女はそう呟くとユーリから顔を逸らすと頬を薄く染めた。


「い、いや、君の、というか貴女のほうがきれいだよ……」


 噛んでしまうほど早口でそう言ってしまってからユーリも女から視線を逸らす。生まれた時から姉と一緒に育ってきたため、女性に対して苦手意識は持っていないユーリだが、面と向かって綺麗だとか美しいだとか口にできるほど女性慣れしているわけでもなかった。込み上げてくる恥ずかしさが熱となって頬を染める。傍から見れば美女二人が寄り添っているようであり、宴で盛り上がっている広場とは別の空間のような錯覚さえ覚えてしまう。


「……エリザ」


「え?」


「私の名前。エリザ。よろしく」


 エリザと名乗った女性はそう言うとにこりと微笑んだ。


「俺はユーリ、こっちこそ、よろしく」


 ユーリが名乗り返すとエリザはわずかに顔を顰めた。


「余計はお世話かもしれないし、私が言えることでもないけど、ユーリはもう少し言葉遣いは気を付けた方がいい……折角、美人なんだからもったいない……」


「言葉遣い?」


 エリザの指摘に心当たりのなかったユーリは首を傾げる。その仕草が気に障ったのか、あるいはからかわれていると思ったのか、エリザの視線がわずかにきつくなった。


「自分のことを俺だなんて言うのはよくない」


「えっ、あ、そうか、そういうことね……」


 エリザに言われ、ユーリは思い出したように顔をしかめた。戦勝の解放感と宴の雰囲気に酔って忘れていたが、ユーリの性別を知っている人間はカジカ達などのように限られたごく一部の人間しかいない。そして、一般の人間には、ユーリにとって不本意ではあるが、凛々しさを漂わせたとびきりの美人にしか見えないのである。つまり、エリザにとってユーリは同性としか映っていなかったのである。


「どうかしたのか?」


 ユーリの態度に首を傾げるエリザに、ユーリは申し訳なさそうに切り出す。


「いや……実は俺、男なんだ……」


「……男?まさか、そんなこと……嘘だろう?」


 驚くエリザにユーリはこれが証拠だ、と自身のステータス画面をエリザに見せた。エリザは何度も繰り返して性別の項を確認するが、そこにははっきりと男と書かれていた。そして、エリザは再びユーリを見た。薄闇に浮かぶ金の髪は艶やかで、白磁の肌にはシミ一つない。森の木漏れ日のような鮮やかな碧眼は見る者を惹きつける。唯一、胸周りが寂しいが、それを除けばどこからどう見ても女にしか見えなかった。


「いや、だが……」


 ここまで来ると可能性は二つしかない。ゲームのシステムが間違っているか、あるいは本当にユーリが男であるのか、のどちらかである。しかし、システムが間違っているのであれば、ユーリが自身を男だと言うはずもなく、答えは一つしかない。


「男、なのか……」


 現実を受け入れるしかなくなったエリザは残念そうな表情を浮かべた。それを見たユーリは申し訳なさそうに頭を下げる。


「……ごめん、騙すつもりはなかったんだけど……」


「いや。ユーリが謝ることじゃない……私が勝手に勘違いしただけだからな……だが、そうか、男だったのか……」


 ユーリの性別を知ってひどく落胆した様子のエリザにユーリは聞いてはいけないとは思いながら、エリザに尋ねる。


「もし、聞いちゃいけないことだったら悪いんだけど、なにかあったのか?」


 ユーリに尋ねられ、エリザは一瞬、悩む素振りを見せた。半ば好奇心で尋ねた質問は、聞いちゃいけないこと、だったようである。地雷を踏んだな、と思ったユーリは無理に言わなくてもいいよ、としたがそれよりも先にエリザが口を開いた。


「……たいしたことじゃない。その……実は……なんていうか、男の人が苦手なんだ」


 エリザは、たいしたことじゃない、と前置きをしていたがユーリにとってそれは間違いなく、たいしたことの部類に入る言葉だった。エリザが男性を苦手になってしまった経緯はもちろん、知らないし、知りたくもなかった。そして、そんなエリザの隣に男であるユーリはいないほうがいい。まだ言葉を続けようとするエリザだったが、これ以上は聞かない方がお互いの為だと直感したユーリはすぐにその場を離れようと立ち上がる。しかし、そんなユーリの腕をエリザが掴んで引き留める。


「だ、大丈夫だ。ユーリのことが苦手なわけじゃない。だから……」


「そう、なのか?」


 引き留められたユーリはその手を振り払わずに、厳密に言うと掴む力が強くて振り払えずに、もう一度エリザの隣に腰を下ろした。


「あぁ、ユーリはその……男には見えないし、それに私よりも綺麗だ。だから、きっと、大丈夫だ……」


――――うっ……さらりときついこと言ってくるな……


男には見えない。


私よりも綺麗。


 褒め言葉なのか悪口なのかはともかくとして、エリザに悪意がないだけに、余計にその言葉が胸に響く。もし、ユーリに女装癖があれば、あるいは喜んだかもしれないが、生憎、ユーリは健全な男子高校生である。エリザの言葉はいたいけないユーリの心を確実に貫いていた。


「そ、そうか……」


「実は私の持っているスキルの中に異性に対して効果のあるスキルがあるんだが、そのせいである男性プレイヤー達と揉めてしまってと言うか、トラブルになってしまってな……」


――――やっぱり、そういう展開かよ……


 申し訳なさそうに切り出したユーリは苦い表情を浮かべた。話の続きはなんとなく予想がついた。人並み外れたエリザの容姿とデスゲームという極度のストレス。極限状態まで追い詰められてしまった男性プレイヤーがどんな行動に走るのかは、ユーリ自身も経験があるだけに想像するのは容易かった。男の醜い欲望の餌食にされてしまったならば、苦手意識を持ったとしてもおかしくはない。ちなみに、システム上、性行為が可能であることは既に他のプレイヤー達によって確認済みであり、よほどアブノーマルな行為でない限り、実際にできることが掲示板上で報告されている。余談だが、それを確認したプレイヤーはもちろん、合意の上であり、お互いに二次旦那(ダーリン)二次嫁(ハニー)、と呼び合うほど甘ったるい間柄であるらしい。


「その……なんていうか、すまない」


 同じ男としてエリザに申し訳なく思ったユーリは思わず頭を下げていた。


「どうしてユーリが謝る?ユーリは何もしてないだろう?」


「いや、そうなんだけど、同じ男として……申し訳ないというかその……俺も初日に変な男に襲われて嫌な思いをしたから、エリザの気持ちはわかるんだ……いや、俺はまだ男だからあれだけど、エリザは女だし……」


 首を傾げるエリザにユーリが説明すると、エリザはわずかに顔をしかめてユーリの言葉を遮った。頬を薄く染めて恥じらうその表情はまた格別のものだったが、鮮紅の瞳は揺るぎないほど強かった。


「……勘違いしているようだから先に言っておく。私はその、あれだ……誰かに、わ、猥褻行為をされたわけではないぞ?」


「え、あ、そうなの……か?」


 早とちりをしてしまったユーリは恥ずかしそうに頬を染める。


「いや、もちろん、そうなってしまう可能性はあったかもしれないが、幸い、私はされてない。私がされたのは、その……ストーカーだ……」


 そう言って、エリザは事の詳細をユーリに話した。曰く、ゲームが始まってから数日後、街の中でずっと変な視線に感じるようになった、ということだった。初めは気のせいかと思っていたが日が経つにつれて、その視線が増えていったらしい。そして、ある日、二人組の男性プレイヤーがエリザをナンパしようと声をかけた時、それまで姿をみせなかった視線の主達が姿を現した。当然のことながら全員、男であり、驚くべきことその数は十人を越えていた。そして、ストーカーの男たちはそのままエリザをナンパしようとしていた男たちと口論になり、そのままちょっとした小競り合いにまで発展してしまった。それ自体はすぐに憲兵(ジャッジ)が現れて収まり、関係者は全員捕えられてしまったのでエリザが変な視線に晒されることはなくなったが、十人以上の男たちから監視されていた、という事実にエリザの心に簡単には拭い切れないトラウマを植え付けてしまったのは言うまでもない。


「……なんていうか、すげぇな……」


 後でわかったことだが、エリザに付き纏っていた男たちは『エリザ様を愛でる会』なるものを勝手に組織し、数名でローテーションを組んで24時間体制でエリザのことを監視していたらしい。会員の数は全部で30名近くに及び、エリザの言動は逐次に掲示板にあげて、会員間で情報共有を行っていた、ということだが、どんな情報を上げていたのか流石のエリザも恐ろしくて聞けなかった。彼ら曰く、愛でていただけで、一切触れてはいない、ということだが、エリザとユーリ、どちらの体験がより苦痛であるかを考えるとユーリは何も言えなかった。ちなみに、その会に所属していたプレイヤー達は芋づる式に捕まり、今では牢屋の中で過ごしている、とのことだった。


「けど、いいのか?そういうことを俺に話してしまって……」


 ユーリ自身、男に襲われたについてはエリザに話すまで誰にも話していない。その事実を知っているのは襲われたユーリ自身と犯人の男を除くとあの場に居合わせ、ユーリを助けてくれたルビーだけである。内容が内容であるだけにユーリが全幅の信頼を置いているカジカやフランにさえ一言も話していない。そして、それを他人に話す、ということがどんなに屈辱的で、恥ずかしいことなのかは被害者であるユーリ自身が一番理解していた。


「あぁ……先に話してくれたのはユーリだし、それにユーリならきっと私の気持ちを理解してくれるだろうと思ったからな。おかげで、少し楽になった。ありがとう」


 エリザはそう言ってにこりと微笑んだ。気のせいかもしれないが、話す前よりも表情が幾分柔らかくなっているようだった。


「そうか……そう言われてみると、確かにそうかもな……」


 エリザに言われて、ユーリは納得したように頷く。今まで誰にも話していなかったあの屈辱的な出来事を躊躇うことなく話せたのは、エリザとユーリに通じる部分があったからであることに間違いはない。


「それにしても、ユーリも災難だったな……男なのに、男に襲われるなんて……」


「いや、エリザに比べれば俺はまだいいよ。今思えばほんの一瞬のことだったし……それに、よくそんな数が集まったな……」


 エリザは確かに美人であり、ファンクラブの類ができてもおかしくない容姿の持ち主だが、それだけで30人近くものプレイヤーがストーカー行為を行うというのは少々行きすぎている気がしないでもない。


「それに関しては私の固有スキルが関係してるんだ……【魅惑】というスキルで、文字通り、視線の合った異性を惑わすスキルだ。相手のレベルが低ければ低いほど成功しやすくて、それでな……」


 男たちを思い出してしまったのかエリザはわずかに顔を顰めた。しかし、ユーリもまた別の理由で顔を顰めていた。


「……【魅惑】?そんな固有スキルあったか?」


 固有スキルとは竜人(ドラグーン)猫人(リンクス)が元々持っているスキルであり、現在確認されている固有スキルは猫人(リンクス)の【爪術】と【猫の目】、竜人(ドラグーン)の【ブレス】と【逆鱗】の4種類のみである。その類の情報に疎いユーリであるが、猫人と竜人以外に固有スキルを持った種族がいないことは知っていたし、【魅惑】というスキルについても聞いたことがなかった。


「厳密に言うと固有職業(クラス)スキルに組み込まれているスキルの一つだから、固有スキルではないんだが……」


「ちょっと待ってよ、固有職業(クラス)スキルってなんだよ……そんな言葉、初めて聞いたぞ?」


 驚くユーリを尻目にエリザは言葉を続けた。


「あぁ、そうだろうな。固有職業(クラス)スキルという言葉自体、知っているのはベータ版プレイヤーの中でも一部の人間だけだからな。こう見えても、私はいわゆる古参組の一人だ。種族は稀少(レア)種族の吸血鬼(ヴァンパイア)





というわけで隠し種族の吸血鬼が登場しちゃいました。詳しくはまた次のお話で。



2月末まで、色々と忙しく、更新が不定期になる可能性が極めて高いです。最低でも週一回は投稿するつもりですが今より投稿ペースが落ちてしまいます。ご了承ください。



次回の投稿予定は1月24日です。



それでは、次回もお楽しみに♪

ではでは。




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