NDA03
3話目ですが、まだまだ冒険に出発する気配はないです。もす、しばらくお待ちください。
広場の中心には大きな噴水があって、NPCの露店も幾つかあり、思っていたよりも賑わっていた。駆け足気味で広場にたどり着いたユーリは呼吸を落ちつけながら、周りを見渡すが姉らしき姿はない。
「まだ、来てないのか?」
――――先に行ってるって言ってたのに……
こんなことなら、スキルとか買いに行った方がよかったかな、と零しながらユーリは噴水のふちに腰を下ろす。手にかかる水しぶきの冷たさも、濡れる感触も間違いなく本物だった。
「あの……もしかして、有理?」
控えめな声で尋ねられて、ユーリが顔を上げるとそこには黒髪にエルフ耳をぴくぴくと動かす女性がいた。背中の中ほどまで伸びた髪はストレートで、瞳の色が碧色であることと尖ったエルフ耳を除けば、現実の姉の容姿とほとんど同じだった。女性の表情は驚いているような、戸惑っているような様子でユーリを見つめていた。
「……えーと、姉さん……じゃなくて、ノエルだよね?」
姉のゲームでの名前を口にすると姉ことノエルは、そうだよ、と笑顔で頷いた。
「うん。でも、本当に有理なんだよね……ごめん、ちょっと想像以上の出来でびっくりしてる。まさか、こんなにぴったりだなんて……本当に女の子みたいだったから声をかけていいのか迷っちゃったよ」
どうやら、ユーリがあまりにも女の子っぽくなり過ぎていて、驚いていたらしい。そう言われてもおかしくない外見をしているだけに何も言い返せない。
――――あ、やっぱり、それを狙っていたんだ
不満そうにユーリはじとりと俺は姉を睨みつけた。
「ノエル、どこか髪を切れる場所知らない?」
「さあ?」
ユーリの問いかけにノエルはとぼけた顔をして微笑む。弟の艶姿を愛でるその視線がユーリを苛立たせる。
「ノエル……」
ノエルにとってはしてやったり、の状況かもしれないが、ユーリにとってこの外見は切実な問題だ。悔しいが、ユーリの目から見ても、ユーリの外見は紛れもなく、女だ。しかも、かなり美人の部類の。ここに来るまでに何度か男性プレイヤーに声をかけられたりもした。もちろん、全て振り払ってきたが。広場にいる男の視線がちらちらとこちらを向いているのはたぶん、気のせいじゃない。これ以上、女に間違われると精神的にきつい。ユーリの本気が伝わったのかノエルは幾分真面目な顔で俺に言う。
「知らないのは本当だよ。NPCのお店に外見をいじるお店なんてないから、プレイヤーの誰かがそういうお店を開業するまでは無理だと思うよ」
ちなみに、自分で切ってもすぐに再生してしまう。そういう所はやっぱり、ゲームの世界だった。
「そっか……じゃあ、それまで我慢するしかないのか……あ、ついでにこっちでの俺の名前はユーリだから」
――――発音は同じだから、気分の問題なんだけど
「了解。それじゃ、フレンド登録しとこっか」
そう言って、ノエルとフレンド登録をしておく。
「そういえば、ノエルはどんなスキルにしたんだ?魔法職っぽい感じがしないけど」
魔法職の初期装備といえば杖とローブが定番だ。しかし、ノエルの恰好は胸元の開けた若草色のシャツの上から皮の胸当てをつけ、下は細身のズボン。実用本位のベルトを腰に締めて、足元は膝まで編み上げた皮のブーツという魔法職らしからぬものだった。
「だって、私の武器はこれだもん」
そう言ってノエルが手のひらを差し出すと弓が実体化する。曰く、街中とかだとこうやって武器をしまっておいたほうが邪魔にならないし、便利だそうだ。
「うわ、すげぇ」
ここがゲームの世界であることを忘れて、ユーリは驚きの声をあげる。
「短弓よ。射程も短いし、攻撃力も低いけど、他の弓より連射できるし、まぁ、それなりに使える武器ね」
微笑むノエルの腰に巻かれたベルトには矢筒がぶら下がっていた。
――――なるほど、そのためのベルトだったんだ
当然のことながら、弓は矢がないと使えない。そして、一人の人間が運べる矢の量にはやはり、限界がある。アイテムボックスに入れておく分はともかく、一人が一度に装備できる矢の数はせいぜい十本前後だ。ノエルの腰の矢筒にも五本しか入っていない。矢の数、すなわち攻撃できる回数に制限がある為か、弓の攻撃力は他の同ランクの武器に比べて高めに設定されている。遠距離からの物理攻撃としては他の武器の追随を許さないが、その分、お世辞にも使い易いとは言えず、もちろん接近戦では全く役に立たない為、使っているプレイヤーは多くない。
「ふーん、ベータ版してた人もそこは同じなんだ」
短弓の性能云々よりも、ベータ版のプレイヤーであるノエルが初期装備を使っていることの方が気になったユーリがそう言うとノエルは頷いた。
「まぁ、そうしないとバランス崩れちゃうしね。引き継ぎできたのはお金とポケットの数だけ。だから、すぐにレベリングに行きたいんだけど、ユーリはどんなスキルを買ったの?」
ちなみに、初期のポケットが三つしかないことを考えるとスキルポケットを引き継げたことはかなり大きなアドバンテージである。
「まだ、買ってないよ。ノエルと待ち合わせしてたし、お店も混んでたみたいだから。エルフだから魔法職のスキルを買うつもりだけど」
エルフの魔法職。この種のゲームでは鉄板の組み合わせだ。それを聞いたノエルはやっぱり、と頷き、そして、くすりと不敵な笑みを浮かべた。その笑みを見たユーリは背筋に寒気を感じ、ノエルから一歩退く。
「魔法系か……私も弓で後衛だから、できれば前衛が欲しいんだけどな……」
――――はい?前衛?エルフで?いや、無理でしょ……
「ユーリって剣道してたよね?」
ちなみにユーリは小学校から今までおよそ10年間、剣道を習っていた経験もあり、段位を持っている。エルフを選ぶように言われなければ、剣をメインにした前衛になるつもりではあった。
――――ちょっと、待て。それは確かにそうだけど、だからってエルフが剣を持って戦うか?
「いや、でも、俺の装備とか用意してないし、それに、STRも3しかないし……」
物理攻撃のダメージ判定は装備している防具自身の防御力とプレイヤーのSTR値によって決まるのだが、エルフであるユーリのSTRはたったの3しかない。他の種族であれば平均して10前後はあるので、単純に三分の一しかないことになるのだが、はっきり言って、前衛で戦えるような数字ではない。
「あぁ、装備なら一式、私が揃えてあげるよ?といっても、あんまりいいのは手に入んないけど」
――――じゃあ、やらせるな
「そ、それなら他の人を誘ってパーティー組んでやればいいじゃん。ノエルのベータテストのときの知り合いとかさ」
「うーん、それでもいいんだけど、ベータテストのときの知り合いっていわゆる攻略組か生産しかいないからね……寄生させてもらうのはさすがに申し訳ないし、ユーリもやりづらいでしょ?」
――――う、それは確かに……というか、俺に対しては申し訳ないと思わねぇのか……
コマンドを入力するだけで戦えた今までゲームと違って、このゲームはプレイヤーが実際に体を動かして戦う。その為、ある程度のレベル差があってもプレイヤーの技量でどうにかなるらしいのだが、逆に自分自身が戦うという感覚に慣れるまでちょっと時間がかかるらしい。
――――まぁ、いきなりリアルファイトをしろ、と言われて適応できるゲーマーはあんまりいないよな
もちろん、ベータ版をプレイした人達は慣れてしまっているので、そんなことはないだろうが、ユーリはまったくの初心者で戦った経験さえない。足を引っ張るのは目に見えていたし、ノエルの知り合いとはいえ、さすがにそれは申し訳ない。寄生、というのは文字通り強いPTに寄生して、経験値やドロップアイテムだけ得ていく行為であり、基本的に歓迎されない。
「い、いっそのこと、別々にプレイするっていうのは……」
「ん?何か言った?」
ユーリの言葉にノエルはこれ以上ないくらい、清々しい笑みを返す。顔は笑っているが、目が少しも笑っていない。地雷を踏んでしまったことを悟ったユーリにもう他の道は残されていない。
「……はい、わかりました」
結局、そう言うしかなかった。
と、いうわけでユーリ君はめでたくエルフの剣士を目指すことになりました。
まぁ、容姿については姉の陰謀?が絡んでますが、剣士になってしまったことについてはユーリがヘタレでシスコンの気があるからです。そこらへんをユーリは自覚しているのやら。
もうしばらく、冒険の準備のお話が続きます。
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