NDA31
……ユーリの受難は続きます。
「ふぅ、なんとか間に合ったな」
日が沈む間際になってプレイヤー達がユーリ達のいる村にたどり着いた。その数は多く、少なく見積もっても30人を越えていた。一つのパーティーにつき、組むことができるのは6人まで、という制限はあるが、それは戦闘によって手に入る経験値やドロップアイテムに関することに関してのみであり、6人以上で行動すること自体は可能である。その場合、特に指定がなければ自動で6人組のパーティーが幾つか組まれ、複数のパーティーで行動している、という扱いになる。今、来たばかりのプレイヤー達もその類らしく、時々、耳にする言葉を聞く限りではニコスの街を目指す人間が即席でパーティーを組んでいるらしかった。
「やぁ、君も来ていたのか?」
そんな一行の中からユーリの顔を見て、一人の男性が近寄ってくる。名前は知らないが、以前、市場で何度か顔を合わせているため、顔見知り程度には知っている相手だった。そして、明らかにユーリに対して色目を使ってくるプレイヤーの中の一人でもあった。
「お昼になっても市場に来てないから、もう会えないかと思っていたけど、会えてよかったよ」
さわやかな笑顔を振りまく青年は人間かホビットかのいずれかで、背中に大剣を背負っている。鉄製の胸当てや篭手は新調したのか、綺麗なままだった。
「そういえば、まだ、名前を名乗ってなかったね。俺はルネ。よろしく」
そういってルネはユーリに手を差し出した。細く、しなやかに伸びた指は剣士とは思えない綺麗だった。淡い金の髪は美しく、端正な見た目はモデルかなにかと間違えてしまいそうだが、容姿の設定が自由にできるこのゲームでは根気さえあれば美男美女になることは難しくない。そして、そういったプレイヤーの容姿は完成され過ぎていて、逆に不自然さが際立ち、すぐにわかってしまう。ユーリの見立てではルネもその類のプレイヤーだった。ちなみに、ユーリは髪の色と長さ、瞳の色など現実と異なる部分も幾つかあるが全てエルフの初期設定のままであり、一切手を加えていない。
「ユーリ。よろしく」
同性愛の趣味はないが、握手程度であれば挨拶のうちだろう、とユーリは内心、諦めの感情混じりで手を差し出した。その瞬間、がっしりとユーリの手がルネに掴まれる。STRの差か、あるいは種族差なのか、力比べをした場合、ルネには勝てないことを理解したユーリはわずかに表情を強張らせる。この場で何かしてくるとは考えにくいが、時として雄の性に従ってしまい、非理性的な行動をとることがあり得ることはユーリも理解していた。そして、握った手を放すことなく、ルネは言葉を続ける。
「ユーリは誰かと一緒にここまで来たのか?」
「もちろん、仲間と一緒に」
仲間、という言葉を強調してみるがルネの態度は変わらない。そもそも、ルネは市場でユーリが他のプレイヤーと組んでいることを知っている。ソロプレイヤーでないことを知っているにも関わらず、とユーリは内心、苛立ちながら、表情には出さずににこりと微笑んだ。
「で?」
言外に放せ、と睨みつけられたルネは残念そうな顔をしながらもユーリの手を放した。
「仲間っていうと……あぁ、市場で一緒にいた人達のことか……」
――――やっぱり、知ってて聞いたんだな、こいつ……
ルネと話すことさえ面倒に思えてきたユーリは無言のまま頷く。
「でも、あの人達って強いの?防具は貧弱だし、武器だって持ってないみたいだったし、魔法を使うにしても前衛が君一人だけっていうのはあんまりだよ。いくら君が強くても一人で戦うなんて可哀想だ」
――――こいつ、バカだろ……
ルネの言葉を聞き流しながらユーリはため息を零す。ルネの表情を見ればユーリを自身のパーティーに引き抜きたいことは明白だったが、その誘い方が酷過ぎた。百歩譲って防具が貧弱に見えてしまうのは仕方がない。フランの仕立てた服の性能は全身鎧に匹敵するが見た目はただの服にしか見えない。それをルネが見抜けなかったことについてはユーリは気にしていない。問題はそれから先だった。今まで一緒に戦ってきた仲間を貶められて、気分のいい人間などいない。もし、それが的を射たものだとしても不愉快になるというのに、全く的外れなものだったなら尚更である。カジカ達が武器を持っていなかったのは市場にいたからであって、武器が使えないからではない。もちろん、前衛がユーリ一人ということなどあり得ない。仮にユーリ一人しか前衛がいなくても、ユーリが囮となって、残りのメンバーが魔法で敵を殲滅するのであれば戦術としては十分通用する。間違っても、一人で戦うということはない。
――――というか、エルフの俺が前衛ってところは気にならないのかよ……
エルフなのに剣士、という誰でも気付くはずの違和感を無視している点から見てもルネはユーリを戦力として見ていないことは明らかだった。
「俺、これでも腕は立つほうだと思うし、君と同じ前衛だから君を守ってあげられるよ。だから、どうかな?俺のパーティーに来ない??歓迎するよ」
差し出されたルネの手をユーリは憐みの目で見つめた。笑顔はさわやかだが、目の奥は下心でギラギラと輝いている。歓迎する、という言葉に嘘はないのだろうが、歓迎場所はまず、間違いなくベッドの上で、ということになるのだろう。これ以上、付き合うのも馬鹿らしいと判断したユーリは小さく、ため息を零してルネに背を向けて、歩き出した。
「え、あの……ユーリ?」
断られると思っていなかったのか、ルネは驚いた顔で間抜けた声を漏らす。しかし、ユーリはそれを無視して歩き続けた。そして、ルネと十分に距離がとれたことを確認すると振り返った。
「これが答え」
それだけ言うとユーリは再び、ルネに背を向けた。一瞬遅れて、ルネの不満そうな声が聞こえてきたが、いつものように聞き流しながらその場を後にした。
・*・
「……機嫌悪い?」
部屋に帰ってきたユーリをシオンが出迎えた。首を傾げながらユーリを出迎えるシオンの周りの床には毒々しいほど鮮やかな液体の入ったビンが幾つも並んでいる。察するにシオンが調合した薬なのだろうが、蛍光色のような赤や黄色の液体ははっきり言って人の飲むものには見えなかった。ビンに栓がしてあるおかげで匂いはさほどしなかったのがせめてもの幸いだった。
「……これは?」
「アイテム名は『失敗作』。効果はランダム」
失敗作、という名前を聞いてユーリは確信した。案の定、床に並べられたビンは今日の昼にシオンが【調合】で失敗したものだった。
「いくつあるんだ?」
軽く見るだけで十は越えている。この村につくまでのモンスターのドロップ素材はもちろん、道端に生えている野草が材料として使われているのは間違いないだろうが、何を材料にして、どんな薬を作ろうとしていたのかは聞くのが怖かった。
「……たぶん、20はある」
「……そうか」
失敗作にも関わらず、シオンの顔はどこか誇らしそうだった。幸せそうに微笑むシオンにわざわざ水を差す必要もないので、ユーリは適当に頷いた。それからほどなくして夕飯を持ってカジカとクロエが部屋に入ってきた。
「今日の晩飯は猪肉とキノコの包み焼と猪骨と野菜のスープだ」
そう言ってカジカとクロエが木製の食器を並べていく。猪肉とキノコを包んだパイ生地はこんがりと焼けていて、香ばしい香りを漂わせている。カジカが慣れた手付きで切り分けるとパリッという音がして、中から食欲をそそるように肉汁が溢れ出した。中まで火が通っているかを確認する為にカジカは一口だけ食べて満足そうに頷いた。
「猪はもちろん、今日狩ったやつでキノコと野菜は村の人と肉と交換して分けてもらった」
「相変わらず、カジカってすごいよな……」
取り分けられた包み焼を見ながら、ユーリは呟く。そして、口に運ぶと満面の笑みを浮かべた。
「うまい……」
猪肉とは思えないほど柔らかく、臭みがない。噛めば噛むほど中から熱い肉汁が溢れ出してくる。一緒に入っていたキノコも下味がついていて、肉によく合っていた。
「スープも美味しい……」
猪の骨を煮詰めてダシをとったスープは豚骨スープのように濃厚で、野性味があり、味わい深い。しかし、野菜本来の旨味を損なってないのは作った料理人の腕がよいからに違いない。
「お粗末様。まぁ、のんびりしようって決めたのはこれの為でもあるんだ」
「なるほど」
曰く、スキルを使わずに料理をしようと思えば、現実と同じ時間がかかるらしい。これは【料理】に限らず、【裁縫】や【鍛冶】など生産系スキル全般に通じることではあるのだが、【料理】の場合は特に時間がかかる、とのことだった。現実世界のように肉や魚がパックに入って売られているはずはなく、そのまま料理には使えなかった。そして、調理器具も現実世界ほど発達していないため、煮るのも焼くのも火を焚いて行わなければならず、現実世界のように簡単に料理することはできない。ちなみに、この理屈で言うならば【鍛冶】は更に難しいことになるのだが、まだ誰一人としてハンドメイドで武器や防具を作ったプレイヤーがいないため、詳しいことは分からずじまいだった。
「そういえば、街からのプレイヤーが結構来ているぞ。まぁ、ニコスを行きたい奴らが集まっただけみてぇだけど」
「え、そうなんですか?」
「……そう」
若干、驚いた反応を示すクロエ。一方のシオンは興味がないのか、どうでもよさそうに頷いただけだった。そして、ユーリは苦々しそうな表情を浮かべていた。カジカの言葉でさきほどのことを思い出してしまったためである。市場で売り子をしていたおかげで男性プレイヤーからの視線についてはある程度慣れたのだが、下卑た欲望に晒されるのはやはり、いい気持ちはしない。
「どうしたんですか、お姉さま」
「……なんでもない」
ユーリの変化に気付いたクロエが心配そうに見つめてくるが、ユーリは大丈夫だ、と微笑む。ぎこちない笑顔である自覚はあったが、クロエはそれ以上踏み込んでこようとはしなかった。しかし、カジカは違った。値踏みするような目でユーリを見つめ、にやりと笑った。
「口説かれた、か……?」
見事に的を射抜いたカジカの言葉にユーリの頬が赤く染まる。艶やかな白磁のような柔肌を羞恥に染めるその姿は男心をくすぐるほど可憐で愛らしいが、ユーリの性別を知っているカジカが心動かされることはなく、そして、ユーリが頬を染めているのも羞恥心ではなく、怒りによるものだった。ぎらりと輝いた碧眼は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、冷たい。氷のように冷ややかな笑みを浮かべたカジカはそのままにこりと微笑んだ。
「さぁ、なんのことだ?」
「心当たりがないならそれでもいいが……ルネって男がユーリのことでいろいろわめいてたみてぇだから気をつけろ」
とぼけるようなカジカの警告に笑って誤魔化そうしていたユーリの顔が一瞬、歪む。ユーリの頭をよぎったのは、いつぞやの暴漢に襲われた夜のことだ。レベルでは優っているはずの相手にほとんど抵抗もできないまま抱きしめられた無力感と嫌悪感はいまでも根深く残っている。あの時と同じ、あるいは、それ以上のことにされるかもしれないと思うと沸々と怒りが込み上げてくる。
「あぁ……今度は容赦しない」
そう呟いて、ユーリは腰のサーベルをそっと握りしめた。
「……今度は?」
「……何か、あった?」
「お姉さま?」
まるで仇敵を見つけたかのように鋭く眼光を光らせるユーリに暴漢に襲われたことがあることを知らない三人は首を傾げる。しかし、剣呑な空気を察してそれ以上は聞こうとしなかった。カジカの言葉とユーリの気配から、何かがあったことを想像できないほど三人は鈍くない。そして、それがユーリにとってどれほど屈辱的だったかは言うまでもないことだった。
「気に障ることを言って悪かったな」
知らなかったとはいえ、不用意な言葉がユーリを傷つけてしまったことを理解したカジカはすぐに謝罪する。しかし、ユーリは気にしなくていい、と首を振る。あのときはユーリの油断と無自覚が付け入らせる隙を招いてしまったが、今回は違う。ユーリは既に自身の容姿が男性プレイヤーの目にどのように映るのかを嫌というほど自覚しているため、油断はない。奇襲をされたならともかく、正面から戦えば技量で勝っている相手に後れを取るつもりはなかった。
「……悪い。折角、楽しく食べてたのに俺のせいで台無しだな……少し、外で頭を冷やしてくる」
それまで和気藹々としていたはずの部屋の空気が一気に冷めてしまったことを詫びて、ユーリは立ち上がる。
「え、お姉さま、外は……」
「大丈夫だよ。この家のすぐ前だから何かあったら声を出すし、それに、一対一ならそう簡単にやられたりはしないよ」
心配するクロエに笑顔を返しながらユーリは部屋を出た。残された三人は互いに顔を見合わせるが、誰も口を開こうとしなかった。
・*・
「くっそぉぉっ!!」
溜まった鬱憤を晴らすかのようにルネは大剣を振りかぶって、目の前の樹にぶつける。力いっぱいに振った大剣は幹の三分の一ほどまで食い込んでいた。
「あのクソビッチが……俺をバカにしやがって……」
ユーリに断られたことを不満に思っているルネは再度、剣を振りかぶるとさきほどと同じ部分目掛けて全力で大剣をぶつける。
「ぜってぇ、ゆるさねぇからな……」
それなりの技量のある者が使えば、一振りで細い樹ならば切断することはできるのだが、ただ力任せに剣を振るうルネにそんな真似はできない。
「女のくせに……」
乱暴に扱えば剣の方が傷つくことを知ってから知らずか、ルネは三度目の一撃を樹にぶつける。流石の幹の三度目には耐え切れなかったのか、みしみしと軋む音を響かせながら倒れてしまう。しかし、それでも気の収まらないルネは次の目標を探して辺りを見渡した。あることに気付いた。既に日は沈みはじめ、もう間もなく夜が訪れようとしていた。当然、森の中の見通しは悪くなるのだが、ルネの目ははっきりとそれを捉えていた。
「な、なんだ……」
奥の茂みにゴブリンらしき影が見えたのだ。村のはずれに位置するこの森はちょうど敵出現ゾーンとセーフゾーンの境目であり、モンスターが見えたとしてもおかしいことではない。問題はその数だった、こちらを睨みつけるように光る瞳は数えきれないほどだった。ルネを睨みつけるゴブリン達の数は10や20ではききそうにない。
「お、おい……嘘だろ……」
目の前の光景を信じることができず、ルネはその場に立ち尽くす。ルネの見間違いでなければ、大量のゴブリンがこちらに、セーフゾーンであるはずの村に迫っている。セーフゾーンとはその名前の通り、モンスターの近寄ってこない安全地帯であり、プレイヤーにとっては数少ない、休憩場所でもあった。もし、そんなところにゴブリンの大群が現れたらどうなるのかは、ルネでも容易に想像がつく。そして、ルネの予想は的中する。
――――――クエストの開始条件が満たされました。ただいまよりクエスト『101匹ゴブちゃん、襲来』を開始します――――――
絶望を伝えるアナウンスが村に響いた。
と、いうわけでクエスト『101匹ゴブちゃん、襲撃』が始まりました。
ちなみにこのクエストの発動条件は
・一か所のセーフゾーンに30人以上のプレイヤーがいること
・夜であること
今回は日没前からプレイヤーがいたため、日没と同時にクエスト開始でした。
力のない人間が数を頼りに街道を進むと発動してしまう意地悪なクエストですね。
それにしても、ユーリは集団戦に巻き込まれる率が高いですね。お疲れ様です。
ここまで読んでさって、ありがとうございます。
次回の投稿予定は1月14日です。
それでは、次回もお楽しみに♪
ではでは。




