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NDA29

今年最後の投稿納めです。


 始まりの街を出発してから半日歩き続けた一行がたどり着いたのは小さな村だった。このエリアにセーフゾーンの役割を果たしているのがこういった所々に点在する小さな村々である。宿と呼べるほどの設備は整ってはいないが、NPCの家に泊めてもらうことが可能であり、食材系のアイテムであれば補給も可能だった。


「予定通り、今日はここで休む」


 朝早くに始まりの街を出発したおかげで日はまだ高く、次のセーフゾーンを目指しても日没までには間に合う。しかし、急ぐ旅でもないので、当初の予定通り、この村で休むことにした。近くのNPCに声をかけて今晩の寝床を確保するとそれぞれのステータスとスキルを確認した。今までの森に比べるとモンスターのレベルも低く、戦闘回数も少なかったため、レベルは出発前と変化していなかったが、戦闘系スキルのレベルはそれぞれ上がっていた。


「新しいアビリティも手に入ったな」


 【下級魔法(風)】のアビリティを確認しながらユーリは笑顔を浮かべた。出発するまでは『ウインドカッター』しか表示されていなかったアビリティ欄には新しい魔法が追加されていた。


「ウインドエンチャント……対象一名の攻撃に風属性を付与、か」


 エンチャント(属性付与)は風属性に限らず、どの属性にも共通している魔法の一つであり、その効果はそれぞれの属性を対象に付与することである。例えば、ユーリが自分自身にウインドエンチャントをかけた場合、ユーリの攻撃は風属性を帯びることになり、相性のいい相手に対しては大ダメージが期待できる。もちろん、メリットばかりではなく、風属性のモンスターに対しては与えるダメージが減少してしまうデメリットもあるので使いどころが難しい魔法だった。上位のエンチャントになると攻撃だけでなく、対象そのものに属性を付与することも可能になるのだが、メリット、デメリット共に大きくなる。


「私も、覚えた」


 【下級魔法(火)】を持つシオンが覚えたエンチャントはもちろん、火属性だった。クロエはまだ魔法を使い始めて日が短い為かエンチャントは習得できなかったが、スキルレベルは大幅に上昇していた。


「カジカは?」


「俺は魔法なんて使えねぇからな……それに【採集】と【目利き】はパッシブスキルだからすぐにレベルが上がるわけでもねぇしな」


 カジカはそんなことを呟きながら遅めの昼食を用意していた。カジカが作っていたのはパンに街道で仕留めた猪の肉を挟んだ簡単なものだが、現実世界の猪肉のような獣臭さはなく、慣れないものでも食べやすい仕様になっていた。


「カジカさんは元々、生産職のスキル構成ですから戦ってもわたし達みたいにスキルは上がらないんですね」


 パッシブスキルにもアクティブスキルと同様にレベルは設定されているがアクティブスキルのようにスキルを使えばレベルが上がる、というものではない。時間経過や、戦闘回数、特定のアイテムを拾得、イベントクリアなどレベルを上げる条件は多岐に渡る。生産職のプレイヤーに戦闘を得意としている者は少ないため、戦わずにスキルを上げられるパッシブスキルを取る場合が多い。


「あぁ。ほら、できあがったぞ」


 カジカはそう言って手作りのサンドイッチを差し出した。


「ありがとう、カジカ」


「いただきます、カジカさん」


 昼食を受け取った面々はサンドイッチを頬張る。口に入れた瞬間に塩味と旨味が口いっぱいに広がる。猪肉特有の獣臭さもほとんどなく、食べやすかった。【料理】のスキルを使って料理を行えば、実際の料理の腕前がどんなに酷くても食べられないものになることはないのだが、このサンドイッチはスキルメイドではなく、カジカの手作り(ハンドメイド)である。軽薄そうな外見に似合わず、カジカの料理の腕前は四人の中でもずば抜けていて、このパーティーの食事はカジカの担当だった。


「……おいしい」


 普段は無愛想なシオンもこのときばかりは満足そうな笑みを浮かべている。


「お粗末さま。おかげでスキルレベルも上がったし、新しいスキルも手に入った」


「新しいスキル?もしかして……」


「あぁ、職業(クラス)スキル【料理人】だ」


 職業(クラス)スキルとは数種類のアクティブスキルとパッシブスキルが一つのセットになっている特殊なスキルであり、一つのスキルポケットで幾つものスキルを使える一方でその取得条件がほとんど明らかになっていないため、入手したプレイヤーがほとんどいなかった。【料理人】は【料理】と【目利き】、そして【包丁術】を一つにまとめたスキルだった。


「この【包丁術】ってのはなんだ?」


 カジカにスキルの詳細を見せてもらったユーリがカジカに尋ねる。


「たぶん、隠しスキルの一つだろ?こういうゲームにはよくあることだし、包丁ってとこからして【料理人】の専用スキルみたいだな」


「なるほど。で、どうするんだ?一旦、戻って装備を整え直すのか?今なら、急げば日が沈むまでには戻れるだろ」


 始まりの街を出てまだ半日しか経っていない為、今から戻れば日没前に帰ることは不可能ではない。しかし、カジカは首を横に振った。


「戻っても包丁が手に入るって限んねぇからな。それらしい情報が出回ってる様子でもねぇから先にこっちを攻略する」


「そういうことならそれでもいいけど……」


 パーティーのリーダー役も務めているカジカが必要ないと言い切っている以上、ユーリがそれ以上口を挟むことでもない。クロエとシオンもカジカに同意するように小さく頷いた。


「それじゃあ、これからはどうしますか?今日はここで休むんですよね?」


「特にないから自由行動でいいだろ?ただし、村の外に出るときは誰かと二人以上で行動するようにな」


 そして、一行はその場を別れた。




・*・




 《妖精女王(ティターニア)》のギルドホームはニコスの中心部にある小さな洋館だった。ギルドメンバーが六人しかいない為、大きな屋敷ではないが他のギルドの人間も時々訪れる為、六人が住むには十分な広さを持っていた。その一室、暖炉を備えた広間にギルドマスターであるノエルはいた。私服姿でソファに座るその様子は寛いでいるようだったが、その表情は硬かった。


「そう……教えてくれて、ありがとう、アウローラ」


 先日、フランの店でユーリと会ったことをアウローラがノエルに伝えたのだ。アウローラはユーリと面識はなかったのだが、ゲームに参加していることやフランの様子からすぐに検討はついた。


「ねぇ、ノエル……あのユーリって子はノエルの弟なんですよね」


 相対して座るアウローラの言葉にノエルは頷いた。


「ノエルのプライベートに口出す気はないけど……どうして会おうとしないんですか?」


 アウローラがフランの店を訪れた理由は以前に頼んでいた装備品を受け取るためだったが、それとは別に平原で集めた素材をフランに持っていくようにノエルから頼まれていた。ついでだから、という理由で何気なくノエルの頼みを引き受けたアウローラだったが、あの時のノエルはフランに会いに行くことを避けているようにも見えた。《妖精女王(ティターニア)》とフランの付き合いはベータ版の頃からのもので仲も良い。ノエルがフランを避ける理由に心当たりはない。気のせいだろう、と思っていたアウローラだったがノエルの実弟であるユーリがフランの店で手伝いをしていることを聞き、確信に変わった。


「……貴女には関係のないことよ」


 アウローラから視線を逸らし、ノエルが呟く。普段のノエルらしからぬ行動にアウローラは更に疑問を抱いた。デスゲームとはその名前の通り、プレイヤー自身の命がかかっている。もし、そんな状況に家族が巻き込まれたのなら心配にならないはずがない。アウローラも双子の妹であるアイリスと一緒にデスゲームに巻き込まれたため、実弟であるユーリと距離を置こうとするノエルの行動が理解できなかった。


「弟さんのことが心配じゃないんですか?」


「心配よ……そんなこと、貴女なら言わなくてもわかるでしょ?」


 ノエルが叫ぶ。震える眼差しと声。普段の凛々しさの欠片も感じられないノエルの様子にアウローラは驚きを隠せなかった。そして、心配している、と口では言いながらも会おうとしないノエルが信じられなかった。


「じゃあ、どうして……」


「心配だからよ……あの子は貴女たちみたいに戦える実力も経験もないのよ……少しでも安全な場所にいてほしいと思うのが当然でしょ?」


「それは……」


 ノエルの言葉にアウローラは言葉を詰まらせた。ノエルの考えはアウローラも理解はできる。幸いなことにアウローラもアイリスもベータ版からの古参組であり、最前線で戦うことができるだけの経験と実力を持っているおかげで一緒に戦うことができるのだが、もし、アイリスにそれだけの能力がなければノエルと同じことをしていた可能性もある。


「でも、それなら一緒に戦って……ノエルが側にいて弟さんを護ってあげればいいじゃないですか」


 攻略組の中でもトップクラスの実力を持つギルドの一つ《妖精女王(ティターニア)》。そのギルドマスターであるノエルの実力は全プレイヤーの中でもトップクラスである。そのノエルが一緒にプレイするのであれば、その安全は保証されたと言っていい。


「ダメよ。私は《妖精女王(ティターニア)》のギルマスよ。それに、私の実力がどんなに高いって言っても一人でできることなんて限られてるし、安全地帯の外に出ればプレイヤーに殺される可能性だってある……もし、あの子を守れたとしても一人じゃ、ゲームクリアは絶対にできない……」


 多くのMMOはソロプレイを前提に作られてはいない。序盤は一人で攻略できたとしても、いずれソロプレイの壁にぶつかって進めなくなってしまう。


「どうすればこのゲームから脱出できるかわからないけど、でも、攻略を進めていけばきっとその情報が手に入るはずなのよ……そのためにも私はここにいなくちゃいけないの……あの子を無事に脱出させてあげるためには、どうしても……」


 切なげな、苦しげな、ノエルの表情。いつもなら凛々しく輝いている美貌がその輝きを失っている。そんなノエルの顔を見れば、どれだけ悩んでいるのかはアウローラにも想像がつく。ノエルの考えのすべてを肯定できるわけではなかったが、ノエルが考え抜いて出した結論であるなら、そこにアウローラが口を出す余地はない。


「じゃあ……そのために《妖精女王(ティターニア)》を利用しているってことですか?平原の攻略を急いだのも……」


 アウローラの視線が鋭さを増す。ノエルを射抜くような視線を正面から受け止めてノエルはにこりと微笑んだ。まさかこの場でノエルから笑顔を返されると思っていなかったアウローラは勢いを削がれ、気の抜けた表情に変わる。


「利用だなんて人聞きの悪い……」


「え、でも、弟さんを助けるために攻略を急いだんじゃ……」


「ユーリを助ける為……半分は正解よ。でも、私が助けたいのは弟だけじゃない……ギルドのみんなはもちろん、フランもテツさんも……私に助けられる人はみんな助けたい……参加しているプレイヤー全員を助けられるなんて思ってないけど、でも、私の手が届く人はみんな助ける……絶対にね」


 みんな助ける。そう言い切って微笑むノエルは同性であるアウローラの目から見ても魅力的だった。それまで苦しげに悩んでいたノエルとはまるで別人の、何物にも揺るがない強い意志を秘めた瞳だった。


「だから、貴女も力を貸して……お願い、アウローラ」


 デスゲームの先行きが不透明であることは最前線を進んでいるアウローラも知っている。今はまだベータ版での経験が生かせる為、滞りなく攻略を進めることができるが、いずれそれが通用しなくなる時が来る。古参組の誰もがそれを理解し、不安を抱えている。それはアウローラも例外ではなく、胸の奥の不安は拭いきれないままでいた。しかし、今、ノエルの浮かべた笑みにはその不安を吹き飛ばしてしまう力があった。


「はい」


 ノエルの凛々しい姿を見せられたアウローラには頷く以外の選択肢は残されていなかった。



エル剣の投稿を始めて約3ヶ月。色々なことのあった2012年ですが、どうにか無事に新年を迎えることができます。これも、エル剣を応援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。




次回の投稿予定は1月1日の予定です。



来年もエル剣をよろしくお願いします。



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