NDA02
皆様からのご意見・ご感想をお待ちしてます。
ログインしたユーリは周りを見渡して、感嘆のため息を零す。
「すげぇ……」
VRの世界を体験するのはこれが初めてだったが、それはユーリの想像以上だった。来ている服も、踏みしめている草もまるで本物のようだった。ふと、思いついて足元の草を抜いてみる。ぷちっという感触もリアルで、草や土の匂いまで忠実に再現されていた。風が吹いて、ユーリの髪がなびく。
――――ん?髪が、なびく?
その違和感にユーリは髪に手を伸ばした。そこには腰まで伸びた艶やかな金髪があった。太陽の光を浴びて優しく輝く淡い金色の髪。シャンプーやリンスのCMに出てくる女優に負けないくらい艶やかで、さらさらとした手触りも見事に再現されていた。
「うわ……デフォだとこうなるんだ」
現実のユーリの髪の毛はかなり短い。それに慣れているせいか髪の毛が長い、というのは妙に落ち着かない気分になる。こんなことなら、髪の短い種族にしておけばよかった、と思いながらユーリはステータス画面を開いた。
「けど、まぁ、いいか。とりあえずステータスを確認しとかないと」
【 Status 】
Name:ユーリ
LV:1
Sex:Male
Race:エルフ
HP:40 / 40
MP:80 / 80
STR:3
INT:18 ( +5 )
AGI:11
DEX:14
VIT:6
LUK:37
MOR:65
装備
右手:なし
左手:なし
頭:なし
腕:なし
体:布の服( 防御力 +2 )
脚:なし
アクセサリー:エルフの指輪 ( INT +5 )
スキルポケット1:なし
スキルポケット2:なし
スキルポケット3:なし
スキルポケット4:なし
持ち物
なし
所持金
1000G
当然のことながらスキルは何もついていなかった。装備されているアクセサリーは名前から察するにエルフ族の固有装備なのだろう。
「お、スキルポケットが4つある……これもさっきの質問のボーナスか?」
スキルポケットが増えるような質問に心当たりはないが、3つしかないと言われていたスキルポケットが4つに増えている理由の心当たりはそれしかない。
「まぁ、能力値的には予想通りってところだな」
種族が人間だった場合、LUKとMOR以外の能力値は全て10前後になるらしいので、それを考慮すると概ね説明文の通りの能力値だ。LUKとMORはそれぞれ幸運値と道徳心で種族やレベルに影響されない。幸運値はランダムに決定されるもので、レベルアップのたびに変動するらしい。そして、道徳心はプレイヤーの行動によって変化する。いいことをすれば上がり、悪いことをすれば下がる、ということでプレイヤーの信頼度としても使えるそうだ。50が基準値なのに、それよりも上の数字になっているということはさっきの質問のボーナスなのだろう。
――――さっき『殺して奪う』なんて選択肢を選ばなくてよかった。
「それじゃ、とりあえず【始まりの街】に行くか」
・*・
街の中はユーリと同じくゲームを始めたばかりのプレイヤーがうじゃうじゃいた。思っていたより人間が多くいたような気がしたがホビットも外見はさほど変わらないので、それなりに均等に分かれているのだろう。そして、数は少ないが竜人やリンクスもいた。竜人は見た目はまさしく二足歩行する竜で全身が硬そうな鱗で覆われていた。服を着た竜というのは奇妙な感じもするが所詮、ゲームの中なので深く考える必要はない。リンクスは残念ながら後ろ姿しか見えなかったが猫耳と尻尾はしっかりついていた。
「えーと、待ち合わせは広場だったっけ?」
広場はどこだ、とユーリは街の中をさまよい歩く。途中、武器や防具、スキルを売っている店を見かけて、ユーリは心惹かれたが、店の込み具合を見て買い物は後回しにすることに決めた。人を待たせる、というのはたとえ相手が気心のよく知れた姉であっても気が進まない。駆け足気味にユーリは街中を進む。混んでいるせいか、擦れ違う人と体がぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
ぶつかった相手が大人だったら、軽く会釈するだけで済ましたが、ユーリよりも小さい少年だったので謝る。すると、少年も同じく、謝ってきた。
「あ、こちらこそ、ごめんなさい、お姉さん」
――――ん?お姉さん?聞き間違いか?
「あの……今、お姉さんって言わなかった?」
ユーリが尋ねると少年はきょとん、とした顔でユーリを見つめてきた。
「え?お姉さん、じゃいけなかったですか?」
少年と視線が交わる。でも、おばさんなんて言えないし、とごもごも呟く言葉が耳に入ってきた気がしたがユーリはそれを無視する。気のせいか、少年の頬が薄く染まっている。そして、少年の瞳に映った自身の姿を見てようやくユーリは気付いた。
「あ……そういうことか……くそっ、姉さんに嵌められた!!」
突然、悪態をつき始めたユーリを少年は不思議そうに見つめてている。
「あ、あの……嵌められたって何かあったんですか、お姉さん?」
「あ、いや、こっちの話だ。それと、俺はこれでも男だ。だから、お姉さんは勘弁してくれ」
「男?え、本当?すごい……リアル男の娘なんて初めて見た」
少年の悪意のない言葉がユーリの心に突き刺さる。すごい、すごい、と連呼するその表情は無邪気そのものだったけど、連呼されるたびに硝子の心にひびが入っていく。その視線が痛い。
――――やめてくれ。俺のHPはもうゼロだ。
「違う、俺は男の娘じゃねぇ……とりあえず、全身が見える鏡とかないか?」
「うーん、鏡はないけど、そこのお店のガラスなら全身が見えるんじゃない?」
少年に言われて、ユーリは近くの店の窓ガラスの前に立つ。そして、ガラスに移った自分自身の姿を見て、ため息を零した。そこに映っていたのは紛れもなく、自分で言うのもおかしな話だが、金髪碧眼の美女エルフだった。
すらりと長く伸びた脚。
腰まで伸びた艶やかな優しい金色の髪。
雪のように白く、無垢な肌。
透き通った碧の瞳。
顔のパーツ一つ一つは間違いなく、見慣れている自分の顔のパーツだ。鼻筋も、唇も、瞳の形も、あごのラインもいつもと変わらない。髪の色と長さ、肌の色、そして瞳の色が少し変わってしまっただけだ。それなのに、何をどう組み合わせたのかこんな美女になってしまっているのだ。これに胸さえあれば完璧だ。もちろん、そんなものはあるはずないが。
「あんまり、驚いてないけど、お姉さん、リアルでもそんな感じなの?」
「……あぁ、髪も目も黒いし、肌ももっと焼けてるけどな」
女顔の自覚はかなり前からあった。遡ること十年前、当時、小学性だったユーリは色も白く、髪もそれなりに長かったので女の子に間違われることはよくあった。そして、誰よりもはやくそのことに気付いた姉に着せ替え人形として日々、弄ばれていた。もちろん、初めは抵抗したが小学生のユーリが7歳年上の姉に勝てるはずもなかった。ユーリの中でも最大級の黒歴史である。中学生になってからは姉が大学に進学して家から出ていったせいもあり、女装させられることはなくなった。体も大きくなり、髪もばっさりと切って坊主にしたおかげで女の子に間違えることも減っていたので、ユーリはすっかり油断していた。
「……絶対にこうなることを知ってて言わなかったんだ……」
このゲームはどういう仕組みかわからないが、現実のプレイヤーの容姿をそっくりそのまま再現できる。そして、種族によって体格に補正が加わる。ユーリの選んだ種族、エルフの補正は身長が高くなり、体も幾分細くなるというものだ。エルフのデフォルト設定がどんなものかを知っている姉が現実世界ではもう、ユーリを女装させられないと踏んで、ゲームの世界でユーリを女装させようと企んだとしてもおかしくはない。このゲームは性別を偽ることは不可能で、ステータス画面を見れば、男か女かはすぐ分かるので女装することにあまり意味はない。はっきり言って、ただの趣味だ。しかし、その趣味の為に全力を注ぐ姉の姿を容易に思い浮かべられたユーリは拳をきつく握りしめてわなわなと震わせていた。
「でも、それなら、どうして髪を伸ばしてるの?お姉さん、エルフっぽいから体が細いのはしかたないけど、キャラメイクの設定で、髪は短くできるし、眉とかもいじれるよ」
「だから、それを知らなかったんだよ。顔とかいじれると思わなかったから、デフォルトのままにしちゃって……それと、お姉さん言うな」
今更ながら、愚かな自分が嫌になる。デフォルトのままでいい、というのはおかしな話である。現実の自分を忠実に再現できて、それを更に自分の好みに変更できることもこのゲームの面白さの一つなのだ。姉の言葉を鵜呑みにしてしまった自分が悪いと言ってしまえばそれまでだが、姉の性格を考えるとこうなることを見越してあんなことを言ったに違いない。
「それにしても、ほんと、女の人にしか見えないや。いくらエルフで、髪が長いからってこんな風になるのかな?」
――――うるさい。なってしまったんだから仕方ないだろ
「……あぁ、そうだな、俺もびっくりしている……」
――――俺の馬鹿さ加減と姉の企みに。
自然とため息が漏れる。まさか、女装させる為だけに姉がゲームに誘ったとは思いたくなかったが、ガラスに映る自分の姿を見るとその気持ちさえ揺らいでしまう。リアルで女装させられないからといって、ゲームの世界で弟を女装させようと企む姉がいるとは考えたくなかったが、何度考え直しても、嬉々とした笑みを浮かべる姉が思い浮かんでしまい、ユーリの口から、重いため息が毀れた。
「ふーん、なんだか大変そうだね、お姉さん。あ、そうだ、よかったら僕とフレンド登録しよ?僕、鍛冶職目指してるんだけど、お姉さんなら割引で作ってあげるよ」
――カイさんがフレンド申請しています。カイさんをフレンド登録しますか?(Y / N)――
フレンド登録するとプレイヤー同士で電話のように話すことができる。他にも色々機能があるらしいが、ユーリはよく知らない。断る理由もないので、Yesを選択する。
「ふーん、ユーリっていうんだ。名前も女の子みたいだね」
「うるさい。これでも、気にしてんだからな……」
小学生の頃、女の子に間違われやすかった理由の一つが有理という名前であることは否定できない事実だった。無論、名前は気に入っているし、この名前をつけてくれた両親を恨んでいるわけではないが、こうもストレートに言われると、やはり、心が痛い。ちなみに、お姉さんと呼ばれていることについてユーリは無視することに決めた。
――――だって、否定すればするだけ心が痛むから。
「カイはドワーフか。でも、俺はエルフだし、武器を作ってもらうことはないと思うけどな」
エルフが前衛で戦うことは基本的にない。もちろん、そういうプレイをする人間が皆無というわけでないのだろうが、ユーリにそのつもりはない。順当に魔法スキルを手に入れて、魔法職にする予定だ。
「あは、そうだね。でも、もしもの為にナイフとかあったほうがいいでしょ?それに、防具なら、エルフでも装備できるのもあるし。それじゃ、またね、お姉さん」
――――結局、最後までお姉さんで呼ばれ続けたな……
人ごみの中に紛れていくカイを見送ってから、ユーリは姉との待ち合わせ場所を目指して急いだ。
ユーリの美人具合を伝えるためだけのお話