NDA24
予定日を一日遅れてしまいましたが投稿です。
今回からはまたユーリサイドに戻ります。
「とりあえず、目的は達成できたな」
「えぇ、そうですね」
グウェンドレンの家を後にした四人は通りの端によって成果を確認した。グウェンドレンから譲り受けた本は『英雄記』と調合のレシピ、それに動物、植物それぞれの図鑑、合わせて4冊だった。レシピが手に入ればいい、と思っていたことから考えると十分な成果と言っていい。
「特に図鑑系の本が手に入ったのは大きいですね。レシピを見る限りだと動物からも必要な素材が取れるみたいですし、これから役に立ちそうです」
「…私も、嬉しい」
シオンはグウェンドレンの書いたレシピを胸に抱きしめ、微笑んだ。その表情は本当に嬉しそうで、きらきらと輝いていた。初日からずっとお世話になっていた、と言っていたがシオンの様子を見る限り、ただ寝床と食事を提供もらっていただけではないことはユーリにも容易に想像できた。
――――本当によくしてもらったんだな……
このゲームに出てくるNPCは本物の人間の言動を忠実に再現しており、いい意味でどこか人間臭い。シオンを見送るときのグウェンドレンはまるで孫を見送るように心配そうな顔をしていたし、シオンもまた、寂しげな目でそれを見ていた。その様子はまるで本当の家族のようであり、それだけ深い繋がりが築けたという証でもある。
――――家族、か……
頭の中で響くその言葉にユーリは唇を噛みしめる。ノエルに見捨てられた痛みが鈍く痛む。普段は気にならないほどにまで収まったが、ユーリの心の奥深くに刻まれたこの傷はふとした拍子で疼き始め、ユーリを苦しめる。いっそのこと、全てを忘れてしまい、とさえ思ったが、それは不可能だった。
――――くそっ、なんで……
許したい。でも、許せない。
恨みたくない。でも、恨まずにはいられない。
もし、どちらか一方に天秤が傾いていたならばこんなに苦しむことはなかったかもしれない。しかし、ユーリの心の天秤は今も揺れ動いていた。全てを投げ出してしまえば楽になれるのかもしれないが、生憎そこまでユーリの心は強くない。良い意味でも、悪い意味でも有理の今まで人生は姉である有紀に依存している。両親が共働きのせいか、物心ついたときから有理の隣には有紀がいた。七歳という歳の差は大きく、有理がどんなに頑張っても有紀はいつもその一歩先を、否、二歩も三歩も先を行っていた。年齢差を考えるとそれは当然のことなのだが、長年の生活で染みついた有紀に対する負け犬根性は根深く、今までの記憶を失うほどのことがない限り切り離すことは不可能だった。
――――今は、やるべきことを考えていればそれでいい……
ノエルへの想いを振り払ってユーリは今、目の前にことに意識を集中する。出発を明日に控えたユーリに気を逸らしている余裕などどこにもないのだ。
「それにしても四冊か……それも、一人一冊ずつ……これはイベントの一種で間違いねぇな……」
カジカが静かに呟くとその言葉にクロエとシオンも頷く。その意味を量りかねたユーリも曖昧に頷いてみせる。今回の件はゲームのイベントの一つである、というのがユーリを除いた三人の考えだった。
「たぶん。条件は……NPCと仲良くなる……?」
「それだと曖昧過ぎねぇか?それに、シオン以外は初対面だったじゃねぇか……」
シオンの推測をカジカは否定する。好感度がイベント発生の条件になることは珍しいことではないが、初対面であるユーリやカジカまでイベントの恩恵を受けられるとなると条件として甘すぎる。それほど今回四人の手にしたものの価値は大きい。
「もし、それが条件だとしたら俺たち以外にも入手してるプレイヤーがいるはずだし、噂にならねぇわけねぇ」
的外れとも言えないカジカの言葉にクロエとシオンは頷くしかない。シオンやクロエの考えた条件であれば、かなりのプレイヤーが本を入手できることになるがそれだと間違いなく、噂になっているはずである。本を手に入れたプレイヤー全員が黙秘を貫き通しているのはいくらなんでも不自然過ぎる。過度な情報の独占は長い目で見れば不利益になる場合が多く、そうでなくとも、誰かの口から漏れ出すことが多い。
「それに加えて他に条件があるんだろうが……」
「……【調合】?」
特定のスキルを持っていること、というのは条件の一つに入る可能性はある。特に【調合】はクススキルの一つに数えられるほど役に立たないスキルと考えられている為、持っている人間は多くない。
「確かにその可能性はあるかも……おばあさんもそういうことを昔やってみたいだし……」
「そのNPCに対応したスキルを持つ、か……まぁ、それならありえなくもないか……」
条件としてはそれでも甘いような気がしたが、他にいい考えも浮かばず、カジカも納得することにした。
「とりあえず、一旦別れて明日の出発に向けて準備ってことにでいいか?」
カジカの提案に三人はそれぞれ頷く。森で手に入れた情報は出発する前には掲示板に上げておきたかったし、昨日より少ないとはいえ森で手に入れた素材もそれなりにある。他にも消耗品の準備も必要だろうから、それを買い揃えるためにもある程度時間は必要になる。
「それじゃ、分担しよう。シオンは【調合】を使ってポーションとかの消耗品を用意してくれ。クロエは情報を掲示板に上げておいてくれ。俺は他の消耗品を買い揃えておくから、ユーリは素材を市場で売ってきてくれ」
「……うん」
「わかった」
カジカの指示にシオンとクロエはすぐに頷いたかユーリだけは渋い顔を浮かべた。【調合】を使えるのはシオンしかいない以上、ポーションなどの回復系アイテムの作成をシオンが担当するのはしかたがない。掲示板への書き込みに関してもまだ使い方がよくわかっていないユーリよりクロエの方が適役であることも理解できる。つまり、消去法的に素材の売却はユーリの仕事になってしまう。しかし、そこにかなりの抵抗があるのもまた事実だった。
「俺じゃないとダメ……だよな?」
ため息交じりのユーリにカジカは迷うことなく頷く。
「そんなに緊張することねぇよ。昨日みたいにやればいい。簡単だろ?」
カジカの言葉にユーリは再度ため息を零した。ユーリの憂鬱の原因はまさしく、そこにあった。昨日、珍しい森の素材を売りに行ったせいでユーリ達の顔は一部の人間には既に覚えられている。特にメイド服を着て売り子を務めていたユーリの覚えはすさまじく、カジカ達がすぐ後ろにいるにも関わらず、パーティーに勧誘する男性プレイヤーも少なからずいた。もちろん、下心丸出しの勧誘はとびきりの笑顔でお断りしたのだが、今日も同じことをしなければならないのかと思うと心が重かった。
「別に無理してメイド服を着なくてもいいぞ?」
ユーリのため息を見てその心情を察したのか、カジカが言葉をかけるが正直、服装を変えたところであまり効果は期待できない。市場に来る人間にある程度顔を知られてしまっている上、森の素材を持ってきたとなると服装が違っていたとしてもすぐに同一人物だとわかってしまう。そうなってしまえば、ユーリを舞っているのは昨日と同じ展開である。
「いいよ。我慢する……それに、他のことを任されても俺にはできそうにないし……」
ユーリはそう言うと足取り重く、市場へと向かった。
・*・
市場を取り仕切るNPCに代金を支払って代わりに敷物をもらうとユーリは割り振られた場所に敷物を敷いて、素材を並べていく。ちなみに、今のユーリの服装はメイド服でもなければ、騎士服でもない、初日にフランに仕立ててもらったシャツとズボンにベストという組み合わせである。服装だけに限定すればどちらかというと男性向けの装いなのだが、冒険者の中には似たような服装の女性も少なくない。しかも、着ているのは並の女性よりも美人と言って過言ではないくらいの美貌の持ち主である。はっきり言って男装の麗人にしか見えない。
「これくらいでいいかな?」
素材を並べ終えたユーリが腰を下ろすとすぐに森の素材目当てのプレイヤーが集まってくる。
「今日も森の素材か……流石だね」
「えーと、まぁ……」
愛想笑いを返して、ユーリは営業モードに切り替える。男性プレイヤーの下心の混じった視線は相変わらずだったが、それを除けば決して悪い心地はしない。一部のプレイヤーが森に行くようになったとはいえ、未だに市場に流れる森の素材は少なく、プレイヤーの需要を満たすほどではない。特にドロップアイテムでしか手に入らない素材の類はごくわずかしかない。ちなみに、街から行ける最後のエリアであるリゴン鉱山のモンスターのドロップアイテムも同様であるが、【鉄】の材料になる【鉄鉱石】はエリアでそれらしい石を拾えば手に入る為、森の素材ほど品薄ではない。
「この【鎧甲虫の外殻】ってのは森のでけぇカブトムシのドロップアイテムだよな?あんなに硬いやつをどうやって……あれか?やっぱり魔法か?」
「えぇ、そうです。アーマービートルもそうですけど、森に出てくるモンスターって魔法に弱いみたいで、わりとあっさりと倒せましたね。詳しいことは仲間が掲示板に上げてると思うんでそちら確認してください」
あっさりと倒せた、と言ってのけたユーリにそのプレイヤーは苦笑を浮かべる。実を言うとこの男も六人パーティーでアーマービートルに挑み、結局、とどめを刺せずに帰ってきたのだ。パーティーの中にはヒーラーはいたがメイジがいなかったので、武器による攻撃のみ、というバランスの悪さもあったが、それを差し引いてもアーマービートルの装甲は硬く、全く歯がたたなかった。なお、この男を含めてパーティーのレベルは皆、森の適正レベルであったので、決して実力がないわけではない。
「そうか……それじゃ、メイジを探してリベンジするか……」
「あとはお腹の甲に覆われてないところが弱点だから、武器で倒すならそこを狙うといいですよ。あと、脚の関節部分も」
ユーリがアーマービートルの弱点を教えると男は一瞬驚いた顔を浮かべて、それからすぐに笑顔に変わる。
「そうか……なるほど、そういうところもリアルに作りこんであるわけか。ありがとう、助かったよ。これは少ないけど、情報料だ。もらってくれ」
そう言って男はユーリにお金を差し出した。ユーリは黙ってそれを受け取るとにこりと微笑んだ。ユーリの本心を言うならば、情報料の類などなくても、幾らでも話すのだが、それは絶対にするな、とカジカから念を押されていた。曰く、最前線のモンスターの情報は文字通り、命懸けで手に入れた情報であり、それに見合った対価を受け取るのは当然のこと、らしい。逆に受け取らないとその情報の真偽を危ぶまれることもある、とのことだった。掲示板でも似たようなことをしているのに、と矛盾にユーリは頭を悩ませたが、あれは書き込んだ人間に相応の責任が生じる為、また別の扱いになるらしい。
――――でも、なんていうか罪悪感みたいものを感じるような……
カジカの言わんとすることも理解できるが、それでも少し話しただけでお金をもらうというのはユーリの中では申し訳ない、という気持ちの方が強い。森で手に入る素材は需要に供給が追い付いていないためその値段は本来の適正価格より割高ではあるため、それを売っているユーリの手元にはそれなりの金額が集まっていることもそう感じさせる要因の一つだった。
――――まぁ、でも、そういうものだって割り切るしかないか……
自分自身にそう言い聞かせながらユーリは接客を続けていった。素材の珍しさと売り子の見栄えも相まって、売れ行きは今日も盛況で、用意してあった素材は瞬く間に売れていった。そして、そろそろ店じまいの準備をしようか、とユーリが考え始めたころに彼らがやってきた。
「森の素材を売ってる奴がいるって聞いてきてみたはいいが……」
「貴女……やっぱり、あの時のエルフ……よね?」
そう言ってユーリを見つめる茶髪の鎧の男と赤毛のローブの女にはユーリも見覚えがあった。初めてユーリが森に入ろうとした日に森の入口で出逢った三人組の中の二人である。
「あ、えーと、あの時の……」
必死に名前を思い出そうとするがなかなか名前が出てこない。お互い、正式に名乗りあったわけでもないので名前が出てこなくてもおかしくはないのだが、男の方はすぐに名前が出てこなかったことが不満だったらしく、やや強い口調でユーリに言った。
「バレンタインとマチルダだ。少しいいか?」
高圧的、とまでは言わないが有無を言わせない雰囲気が全身から漂っている。もし、これがバレンタイン一人であったら容赦なく話を蹴っているのだが横に立つマチルダの姿を見て、少し考え込む。雰囲気から察するに立ち話で済みそうな気配ではない。二人と出逢った場所からおそらくは森の攻略に関する話だろうと予想を立てたユーリは小さく頷いた。
「店の片付けが終わってからでいいなら」
バレンタインは露骨に不服そうな顔をしたがマチルダがジロリと睨んでそれをやめさせる。
「わかったわ。先に市場を抜けた先の酒場で待ってるわ」
そう言うと二人は市場から姿を消してしまった。残されたユーリは小さくため息を零した。
「厄介なことにならなきゃいいんだけど……」
というわけで、厄介ごとに巻き込まれてしまいそうな予感……
というか、ユーリ達はいつになったら彼らは出発できるんでしょうね。
出発予定がどんどん遠のいていきます……
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回は12月8日に投稿予定です。
それでは、次回もお楽しみに♪
ではでは。




