NDA23
予定日を大幅にオーバーしてしまい、申し訳ありません。半ば衝動的に書き出したら筆が止まらず……
とりあえず、お楽しみください。
ではでは。
ざらついた浅黒の肌を巨斧が叩き潰す。悲鳴を上げることなく絶命した蜥蜴人が光に変わっていくのを確認した少女はそのまま巨斧を横薙ぎして更にもう一体の蜥蜴人を切りつける。しかし、一撃で倒すことはできなかったらしく、血塗れの剣を振り上げて蜥蜴人が少女に襲い掛かる。
「リアっ!!」
その声に反応して、少女は頭を下げる。次の瞬間、少女に襲い掛かろうとしていた蜥蜴人の眉間を一本の矢が貫く。生物系のモンスターの弱点は基本的に頭であることが多く、蜥蜴人も例外ではない。正確無比に弱点を射抜かれた蜥蜴人はその身を光に変える。
「ありがと」
リアと呼ばれた少女は一言だけ礼を言うとその身の丈に似合わない巨斧を構え直し、目の前の蜥蜴人を見つめた。目の前にいる蜥蜴人は残り4体である。ニコスの東、エスト平原に出現する蜥蜴人は成人男性とほぼ同じ体格を持ったモンスターであり、現段階では最前線のモンスターの中の一体である。もちろん、相応の強さを持ったモンスターであるがリアの表情に不安も緊張もない。どうやって倒そうか、と考えるその目は明らかにこの戦闘を楽しんでいる者の目だった。
「こら、リア、一人で先に行きすぎだよ。危ないでしょ」
両手に細身の剣を握りしめた少女がリアを嗜める。もちろん、双剣の少女もリアの実力は承知している。いくら蜥蜴人が最前線のモンスターとはいえ、リアであれば一対一であれば後れを取ることはまずない。そして、複数いたとしても、こちらもパーティーで戦えばそこまで脅威となる敵ではない。
「アザミちゃん、大丈夫だよ。これくらいの敵なら」
「ダメだよ。油断は禁物」
そう言って、アザミの双剣が蜥蜴人を切り裂く。しかし、斧に比べるとそのダメージは低いらしく、HPバーはまだ半分ほど残っている。しかし、一瞬遅れて読んできた水の塊が勢いよくぶつかって、残っていたHPを削り取る。
「ナイスです、アイさん」
三体目の消滅を確認するとリアとアザミは蜥蜴人達にそれぞれ一閃を見舞う。そして、一瞬遅れて水弾と矢がそれぞれを命中し、二体の蜥蜴人が光に変わる。そして、残された最後の一体にアザミとリアの攻撃が同時に決まって、六体いたはずの蜥蜴人は全滅してしまった。
「全滅したみたいね」
艶やかに輝く黒髪を揺らしながらリーダーと思しき女性が辺りを見渡す。見通しのいい平原では【索敵】などの探知系スキルより【遠見】のような支援系のスキルの方が敵を見つけやすいのだ。鶯色の軍服調のロングコートをはためかせ、悠然と立つその姿は凛々しく、勇ましい。しかし、コートの隙間から覗く黒いプリーツスカートと膝上まで覆うロングブーツの作り出す絶対領域は艶めかしい。その左手には小さめの弓が握られ、いつでも矢を番えられるように右手は腰にぶら下がった矢筒の中にあった。しかし、周囲に敵の影がないことを確認するとその手から力を抜いた。
「怪我人はいませんね、よかった」
「まぁ、ここのモンスターならこれぐらいできて当然よね」
戦いに参加していなかった淡い栗色と赤銅色の髪の女性も揃って姿を現した。若い娘には不釣り合いな軍服調のコートが逆に二人の凛々しさを際立たせる。しかし、薄青色の髪の少女、アイリスが その愛らしい顔には似つかわしくないしかめっ面を浮かべてアウローラ、赤銅色の髪の方、に迫った。
「ソフィはともかく、ローラは援護してよね。私にばっかり任せないで」
「でも、あたしがいなくても二人で十分対応できたでしょ、アイリス?」
アウローラにそう言われてアイリスはむっとした表情を浮かべる。
「そういう問題じゃないでしょ。そもそもローラは……」
「はいはい、それまでよ。まったく……仲良くしなさい、姉妹なんでしょ?」
二人の間にソフィアが入って宥めるとアウローラとアイリスは揃ってソフィアの方を向いた。
「「姉妹だからだよ」」
髪がそれぞれ赤銅色と薄青色であることを除けばアウローラとアイリスの顔形は瓜二つだった。現実での二人が双子であることを考えると当然と言ってしまえばそれまでだが、事前に一切相談することなく、二人とも種族選択でエルフを選んでいることを考えるとやはり、双子は双子だった。
「二人とも、それくらいにしなさい?またすぐに蜥蜴人が出てくるわよ」
双子のやり取りを見かねたのか、小さくため息を零してこのパーティーのリーダーでもあるノエルが口を挟む。【遠見】を使用しているその視線の先には先ほどより多い蜥蜴人の群れを捕えていた。お互い、攻撃の射程から外れている為、まだ危険は少ないがそう言っていられるのはあとわずかである。ほぼ無傷で蜥蜴人を全滅させたおかげで、迎え撃つ余力は十分にある。
「各人、戦闘用意」
パーティーを指揮するノエルの声は凛々しく、力強い。歴戦の将軍のように堂々とした声には微塵の迷いも感じられない。ノエルの号令に先ほどまでふざけ合っていたアイリス達も気を張りなおす。油断することと余裕を持つことは似ているようで全く違う。いくら実力があるとはいえ、一瞬の油断が死に繋がることはパーティーの誰もが理解していた。
「敵は蜥蜴人。数は……さきほどの倍ってところね。まずは後衛三人の魔法で攪乱して、敵が崩れたところに前衛二人が突入。確実に殲滅するわ。ソフィアは回復と防御に徹して……」
ノエルの指示にメンバーはそれぞれ頷いて、蜥蜴人を迎え撃つ準備を整える。その表情は皆、凛々しく、戦乙女と呼ぶに相応しい。現実世界では非力な少女達だが、この世界では違う。プレイヤーズギルド《妖精女王》。ベータ版からパーティーを組んできたノエル達は攻略組の中でもトップギルドの一つに数えられるギルドのメンバーであり、その実力は他のプレイヤーとは一線を画している。そして、蜥蜴人の群れが妖精女王の射程に入ったことを確認するとノエルがパーティーに号令を出す。
「第一波、用意……」
アイリスとアウローラ、ノエルの三人がそれぞれ魔法の準備をする。魔法は全ての攻撃手段の中で最も射程が長い。そして、ノエルの確認した限りでは敵の中に魔法を使う蜥蜴人はいない。つまり、現状ではノエル達だけが一方的に攻撃を仕掛けることができるのだ。この機会を逃すつもりはなく、魔法の準備が完了したことを確認するとノエルは凛とした声で命じる。
「放てっ!!」
その声に従うように三人の魔法が蜥蜴人の群れの中央で炸裂し、何体かは光となって消えてゆく。しかし、それで足を止める蜥蜴人ではない。殺された仲間の恨みだ、と言わんばかりに唸り声を上げながら駈け出す。そのスピードと彼我の位置関係から考えると二発目の魔法を放つまでの時間はあると判断したノエルは続けざまに指示を出す。
「第二波、用意……前衛は第二波発射と同時に突撃……放てっ!!」
魔法の直撃を受けた蜥蜴人は更に数を減らし、それでも、突撃をやめない。そして、ノエル達と肉薄すると思ったその瞬間、リアの巨斧が蜥蜴人を吹き飛ばす。ドワーフであるリアのSTRはパーティーの中でも最も高い。種族補正のせいで小学生ほどの背丈しかないリアが、自身の身長よりも大きな斧を振り回すその様子は圧巻の一言だった。そして、運よくリアの一撃を逃れた蜥蜴人達をアザミの双剣が確実に仕留めていく。ホビットは本来、戦闘に向かない種族だがAGIの高さを生かせばスピード型の戦闘職として活躍できるだけの素養はある。特に敵味方が入り混じった乱戦の時に最もその力を発揮する。しかも、【二刀流】によるダメージ補正がある為、その攻撃はリアの一振りに匹敵しかねない威力がある。結局、二人は一匹たりとも撃ち漏らすことなく、突入してきた蜥蜴人を一掃してしまった。
・*・
その後もノエル達が襲い掛かってくる蜥蜴人達を薙ぎ払い、エスト平原の中心にある蜥蜴人の砦までたどり着いた。エスト平原のボスはこの砦で蜥蜴人達を指揮する蜥蜴騎士である。出現条件は砦の中の蜥蜴人を半数以下に減らすことであり、砦内に出現する蜥蜴人の数はパーティーの人数で決まる。《妖精女王》のようにパーティーメンバーが6名の最大編成の場合、出現する蜥蜴人は30体を越える。もちろん、全ての蜥蜴人が一斉に襲い掛かってくるわけではないが、ボスも含めて30体以上のモンスターを相手にしなければならないので、トッププレイヤーといえでも決して楽ではない。しかし、六人の表情に迷いはなかった。
「みんな、準備はいいわね?」
門を前にしてノエルはパーティーを見渡す。各々、ノエルの視線に頷いて返す。今回のボスはベータ版で倒したことがあるので皆の表情にも幾分余裕はあるものの、それでも緊張しているのは隠しきれていない。今回は今までのボス戦と違い、自分達の命が懸かっているのだ。一瞬の油断やミスが死に直結することを理解しているからこそ、余計に力が入る。
「大丈夫よ……これくらいの敵に負けるほど弱くないわ」
気負うことなく、にこりと微笑んだノエルの笑顔に残りのメンバーは一瞬呆気にとられた顔を浮かべ、そして、すぐに笑顔を浮かべた。
「確かにそうだよね。蜥蜴騎士くらい、もう何回も倒してるし」
「うん、所詮相手は蜥蜴人だもんね」
アザミとリアはそう言って、それぞれの得物を持つ手に力を込める。ストーリーの関係上、一度しか戦えないはくれ幼竜と異なり、蜥蜴騎士は何度でも戦うことのできるタイプのボスであり、ドロップアイテムである【緋蜥蜴の鱗】が強力な武器や防具の素材となるため、腕の立つプレイヤーは何度も挑むことも珍しくなかった。もちろん、《妖精女王》も例外ではなく、ベータ版に限れば十回以上戦っている相手である。
「まぁ、なんとかなるわよ」
「負けるわけ、ないよね」
双子とそう言って、互いに頷き合う。蜥蜴騎士の攻撃手段は剣と火属性魔法の二つがあるが、魔法への耐性は低く、火属性の魔法以外はそれなりのダメージが期待できる。水属性と光属性の魔法をそれぞれ使うアイリスとアウローラはパーティーの重要な火力になる。
「まぁ、何かあれば私が回復すればいいだけですし」
パーティーで唯一の回復役であるソフィアもさらりと言ってのけ、それを聞いたメンバーが再び笑う。
「それじゃあ、行くわよ!!」
ノエルは凛々しい声で響かせ、蜥蜴人達が待ち構える砦の門を開けた。四方を丸太の城壁に囲まれた砦の広さは200mトラックとほぼ同程度、城壁の周りには見張りの為の足場が組まれている。砦の中には敵らしき影は一つも見えないが、これはボス戦専用のイベントであり、イベントが終了するまで敵は出てこない設定になっているからである。イベント中に動けないのはプレイヤーも同じで、砦の中央で敵の出現を待つことしかできない。ぎしぎしと軋む音を立てて門が閉じられ、閂が下ろされる。それと同時にノエル達を十体ほどの蜥蜴人が囲む。そして、砦の奥から蜥蜴人より一回り大きな巨体が姿を現した。このエリアのボスにして、砦の主でもあり蜥蜴騎士である。
「ヨクモ、我ガドウホウ達ヲ、殺シタナ。キサマラノ命デ償ッテモラオウ。ユケッ!!」
蜥蜴騎士の低い声が響くと同時、ノエル達を囲んでいた蜥蜴人達が次々の襲い掛かってくる。それと同時にノエル達も動き出す。質では優っていても数で劣るノエル達が蜥蜴人の攻撃を正面から受け止めるのは厳しいものがある。しかし、個々の技能を頼りにして各個戦闘に持ち込むことは更に下策である。前衛であるリアとアザミ、そして鞭を手に持ったアイリスが前に出て、各々の武器を振るう。
「ふふふ、私の前に跪きなさい……なんて言ってみたり」
まるで女王様のように鞭を振るうアイリスに隣で戦っていたアザミが注意する。
「もう、アイさん、真面目に戦ってくださいっ!!」
「いいじゃない、これくらい…えいっ!!」
アイリスの振るった鞭が蜥蜴人の命中に一瞬、その動きと鈍らせる。そして、その隙を逃さずにノエルの放った矢が蜥蜴人を貫く。本来、STRに依存する武器攻撃だが、例外もある。鞭と弓の攻撃に関しては、ダメージはSTRではなく、DEX依存であるため、他の種族に比べてINTとDEXの高いエルフにとって都合のいい武器なのである。
「もう、いいわけありません」
そう言いながらアザミは【二刀流】をスキルポケットにセットしていなければ使えない【乱れ流し】という技を発動させる。この技は名前の通り、擦れ違いざまに敵を切りつける【流し切り】を連続で行う技であり、アザミの使える技の中でも手数の多いものの一つだった。蜥蜴人達の隙間を縫うように駆け抜けると切られた蜥蜴人は皆、光となって消えてしまった。
「私も負けてられないね」
リアも巨斧を振りかざし、蜥蜴人の中に突入すると【大回転斬り】で周りを取り囲んでいた蜥蜴人達を一掃する。
「ローラ、右上よ」
「任せて……『ライトアロー』」
光の矢が右の足場に立っていた蜥蜴人の弓兵を射抜く。それに一瞬遅れてノエルの矢がその眉間に突き刺さり、その身を光に変える。
「蜥蜴弓兵は私とローラで対応するから三人は他をお願い。ソフィアは回復に専念して」
一言に蜥蜴人と言っても、持っている武器によっていくつかの種類に分けられる。まず、剣を持っているのが通常の蜥蜴人であり、弓を持っている蜥蜴人は蜥蜴弓兵、槍を持った蜥蜴人は蜥蜴槍兵とそれぞれ呼ばれている。ステータスは三種類ともほぼ同じで、武器の射程以外に大きな差はなく、ボスである蜥蜴騎士を除くとこの砦に出現する蜥蜴人はこの三種類しかいない。ベータ版で何度も戦っていた《妖精女王》のメンバーはそう思い込んでいた。
「きゃっ……」
突如として飛んできた火の玉がリアを直撃し、そのHPを大きく削る。ドワーフであるリアは他のメンバーに比べてINTが低く、ダメージがINT依存である魔法攻撃に弱いのだ。
「え、火の玉って……でも、ボスの参戦はまだのはずじゃ……」
砦の中で魔法を使うのはボスである蜥蜴騎士のみである。しかし、蜥蜴人の半数を倒さなければボスは参戦せず、事実、蜥蜴騎士は出現した場所から一歩も動いていなかった。
「あれよ……左の足場の上っ!!」
ノエルの鋭い視線の先には杖を構えた蜥蜴人が立っていた。
「魔法型の蜥蜴人……迂闊だったわ」
新規サービスの開始と同時に変更が加えられる可能性は十二分にあった。ボスに以外に魔法を使う敵が存在しないこのエリアに魔法を使える敵モンスターが追加されたとしてもおかしいことではない。その可能性をすっかり忘れていたノエルは新手の蜥蜴人を睨みつけ、唇を噛みしめた。
「名前は蜥蜴魔導師……ステータスは他の蜥蜴人と同じです」
情報系スキルの一つである【スカウター】を持っているアザミがいち早く、情報を得て、メンバーに伝える。
「アザミはリアの援護に回って。ソフィアはリアの回復を。右の敵はローラに任せるわ」
この混戦の中でノエルは冷静にメンバーに指示を出しながら、矢を番える。その先にいるのはもちろん、蜥蜴魔導師である。
「もう、やってるわよ」
ソフィアが発動した回復魔法の淡い光がリアを包み込み、失われたHPを回復していく。
「そろそろボスが参戦するから、リアが回復したらそれに備えて」
そう指示を出すと同時にノエルは矢を引き絞り、蜥蜴魔導師を射抜く。ノエルの持っている弓は【竜弓】と呼ばれる武器で、見た目はショートボウとほとんど変わらないが威力も射程もショートボウの比ではないくらいに高い。それもそのはずで、【竜弓】は素材にノービルド街道のボスであるはぐれ幼竜の素材をふんだんも使用している隠し武器なのだ。ノエルの射抜いた蜥蜴魔導師がちょうど半分だったのか、それまで動かずにした蜥蜴騎士は雄叫びを上げる。
「キサマラ……モウ、許サン。楽ニ死ネルとオモウナァ!!」
身の丈ほどもある大剣を振り回し、蜥蜴騎士が前衛で戦っているアザミ達に襲い掛かる。
「私とアザミとアウローラは残りの蜥蜴人の殲滅。リアとアイリス、ソフィアはボスの足止めをお願い」
すぐに指示を出してノエルは残っていた蜥蜴魔導師を射抜いていく。実はこのエリアのボス戦の最大の敵はボス自身ではなく、ボスが参戦した後の蜥蜴人達だった。蜥蜴騎士が参戦したおかげで士気が上がっているのか、参戦前に比べて蜥蜴人達のステータスは若干、上昇している。時間経過に比例してHPやMPが減っているプレイヤーにとって、この蜥蜴人達はかなり厄介だった。今まで一撃で倒せていたはずの敵が一撃で倒せなくなる。頭では分かっていても、その事実がプレイヤーの心を着実に蝕み、集中力を消耗させていく。一体一体に限定すれば増加する負担は小さなものなのだが、小さな負担も積み重なれば命取りになる。一人、また一人とメンバーが減っていき、ボス参戦後に全滅してしまうパーティーがベータ版では大量にいた。しかも、今回は死んでしまえばそれで全てが終わってしまうのである。故にノエルはパーティーメンバーの半数を割いてまで残った蜥蜴人の殲滅という作戦を選んだのだ。
「残りは……12体」
ノエルは辺りを見渡し、生き残っている蜥蜴人の数を数え、その中でも弓兵と魔導師だけに狙いを定めて弓を射る。【竜弓】の射程は凄まじく、この砦程度の広さなら遮蔽物がない限り、どこでも狙うことができる。弱点である頭を射抜き、遠距離攻撃型の蜥蜴人を全滅させたノエルは続いて魔法の詠唱を始める。
「ノエル、こっちは終わったよ」
「私もです」
アザミとアウローラも残った蜥蜴人を片付け、ノエルに報告する。これでこの砦に残っているモンスターはボスである蜥蜴騎士一体のみとなった。もう、こうなってしまえば数でも質でも優る《妖精女王》に怖いものなど何もない。蜥蜴騎士の四方を囲んで、それぞれ攻撃を加えて、反撃の隙間を与えない。リアの【大切断】で蜥蜴騎士の左腕を切り落とし、怯んだ相手にアザミの【十文字切り】が襲い掛かる。アウローラとアイリスもそれぞれ魔法でダメージを与えていく。満身創痍の蜥蜴騎士は雄叫びを上げて大剣を振るう。
「マダ……マダ負ケテハオラン」
蜥蜴騎士のHPが二割を切って、なおかつ砦の蜥蜴人が全滅しているときに限り、発動する大剣による回転切り。攻撃範囲は広く、その威力は高いので後衛であれば一撃で死んでしまうこともあり得るのだが、それはあくまでも攻撃が来ることを知らなかった場合である。ベータ版で既に何度も蜥蜴騎士を屠っている《妖精女王》のメンバーがその攻撃の存在を知らないはずがなく、一旦後方に下がって攻撃を回避する。
「一気に決めるわよ!!」
ノエルの号令を合図にメンバーは一気に蜥蜴騎士を攻撃する。斧が、双剣が、魔法が、鞭が、確実にボスのHPを削っていく。メンバーたちが攻撃を続ける中、ノエルとソフィアは少し離れたところで魔法の準備をしていた。蜥蜴騎士はHPが一割を切ると【狂化】を行い、攻撃力が大幅に上昇するのだ。【狂化】の影響で攻撃パターンは単調になるが、攻撃力が増している為、厄介になることに変わりはない。STRの低い後衛では下手をすれば一撃で死んでしまいかねないため、ノエルは必殺の一撃で一気に勝負を決めることにしたのだ。通常の火力では同レベル帯のボスのHPを一撃で一割以上も削ることはできないのだが、ノエルにはそれを可能にする手段があった。魔法攻撃をダメージの増加させるソフィアの補助魔法【マジックバースト】と全魔力を消費して1ランク上の魔法の発動を可能にするノエルのレアスキル【乾坤一擲】。この二つを組み合わせれば蜥蜴騎士のHPを一気に削ることができるはずだった。
「……彼の者に力を……【マジックバースト】」
ソフィアの補助魔法の発動し、ノエルを淡い紫の光が包み込む。一回だけの使い切りだが、魔法攻撃のダメージを1.5倍にする【マジックバースト】は使い方を間違えばければ強力は補助魔法である。普段の乱戦では使いにくいがこういうときにこそ、最高の力を発揮する。そして、中級魔法の詠唱を始めたノエルの足元に紫色の魔法陣が展開される。
「詠唱完了、みんな、離れて……彼の者を繋ぐ楔となれ、【トライヴォルト】」
ノエルが魔法を発動させると三つの雷球が蜥蜴騎士を囲い込んで、雷撃を放つ。対象モンスターのみならず、周囲のモンスターにもダメージを与える【サンダーブレード】と異なり、敵一体に攻撃を集中する【トライヴォルト】はその分、威力も高い。本来であれば、まだ中級魔法を使えるプレイヤーがいるはずのないこのエスト平原において、その威力は凶悪と呼ぶ以外の何物でもない。それに加えて、ソフィアの補助魔法で威力は更に増している。いかにボスといえど、HPが一割ほどしかない状態ではその攻撃に耐えきることは難しくみるみるうちにHPバーが減少していき、ついにその力尽きてその場に崩れ落ちる。
「バ、バカナ……我ガマケルハズハ……」
そう言い残して、蜥蜴騎士の体が消滅する。一瞬の沈黙の後、パーティーの中から歓声があがる。
「やったぁ!!」
「まぁ、ベータ版では何度もお世話になりましたし」
「でも、メイジが出てきたときはちょっとびっくりしたわね」
「後で掲示板に挙げといたほうがいいよね。次はリアの番だからよろしくね」
「えー……あれ、面倒だからしたくないよ」
それぞれ喜びに浸る中、ノエルも安堵の笑みを浮かべた。パーティーのリーダーを務めているノエルの精神的な負担は他のメンバーの比ではない。所詮ゲームと割り切ることもできたが、自分と仲間の命が懸かっている以上、軽率な態度で務めることはできない。勝って兜の緒を締めろ、という言葉ももっともだが、戦勝の余韻に浸るぐらいは許されてもいいだろうと、ノエルは自分自身に言い聞かせる。
「街道をクリアしてすぐなのに、みんな、ありがとう。お疲れ様」
街道を同時期にクリアした他の攻略ギルドはまだ装備品を買い揃えて、戦力強化の真っ最中である。その中で唯一、《妖精女王》だけが次のエリアであるエスト平原に向かったのだ。他のギルドからは急ぎ過ぎだ、と言われ、ギルドメンバーからも一部反対の声があったがそれでもノエルはエスト平原の攻略を強行した。ノエルが攻略を急いだのにはもちろん、理由がある。このゲームを脱出する為の情報を集める為である。現状、ゲームの脱出に関する情報は一切見つかっていない。ゲームを進めていけば、いずれその情報が判明するだろう、という考えが今の主流であり、ノエルもその考えに概ね同意していた。
――――クリアはしたけど……でも、ゲームを脱出する手がかりはまだ見つかってない……
エリアを攻略すれば、何らかの手がかりが手に入るかもしれない、という淡い期待を抱きながらノエルはノービルド街道を真っ先に攻略した。結果からいうと手がかりは何も得られず、エスト平原を攻略してもそれは同じだった。
――――早く見つけないといけないのに……ユーリ……
パーティーメンバーに無理を強いただけに、何の手がかりも得られなかった落胆も大きい。しかし、メンバーの前でそんな顔を見せるわけにはいかなかった。
「早くホームに戻って休みたいところだけど、ドロップアイテムの確認をしましょう」
ノエルの言葉にそれぞれ頷いてドロップアイテムを確認する。ボスドロップである【緋蜥蜴の鱗】と【緋蜥蜴の爪】、【緋蜥蜴の骨】がそれぞれ二つずつ手に入った他に蜥蜴人のドロップアイテムである【蜥蜴の鱗】などが大量に手に入っていた。レアドロップである【蜥蜴の牙】も幾つか手に入っており、成果としては上々だった。
「今日は本当にお疲れ様。今日と明日はゆっくり休んでね」
ノエルの労いの言葉にメンバーはそれぞれ笑顔を浮かべる。
「明後日はどうするの?」
「そうね……まだ、決めてないけど装備品を揃えたり、情報収集をしたりするつもりよ。それじゃ、ホームに帰りましょうか」
それから間もなくして掲示板に《妖精女王》がエスト平原を攻略したという情報が流れることになる。ユーリが仲間達と始まりの街を出発する一日前のことだった。
というわけで、急遽ノエル編をお届けしました。時間軸で言うとユーリ達がおばあちゃんとお話している日と同じ日です。
ノエルはノエルで頑張っているんです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回の投稿は12月4日を予定しています。
今度ユーリ編に戻ります。
それでは次回もお楽しみに。
ではでは。




