NDA21
早く冒険に出発……できるかな?
一夜明けて、シオンを仲間に加えたユーリ一行は森を訪れていた。
「今回の目的は武器の馴らしとシオンの素材集めだ。明日には街道に出発する予定だから、無理はするなよ」
慣れた様子でユーリ達を指揮するカジカの姿はなかなか様になっているが、何も知らないプレイヤーが見れば、ただのハーレム野郎にしか見えなかったりする。赤い髪とそれを引き立てるモノトーンの装い。遠目に見てもよく映えるその姿は間近で見ればなおさらだった。そして、それを取り巻いているの、ユーリも含めて、それぞれ個性的な美人ばかりだった。
「あぁ、わかってる」
カジカの言葉に新調したばかりの【黒甲のサーベル】を構えながら、ユーリは頷いた。防御力の強化を重視したこの武器やユーリが以前使っていたサーベルよりもわずかでは重さが増し、扱いにくく感じる。しかし、その分、切れ味も増しており、護拳部分は冠名でもある黒甲がしっかりと覆っている。森に入る前に軽く素振りをしてみたが、手ごたえは悪くなかった。
「武器替えしたおかげで【技】も使えなくなったし、無茶したくてもできないし」
武器替えのデメリットはそれまで上げてきた武器の熟練度がゼロに戻ってしまうことである。熟練度がゼロに戻れば、それまで使えていた【技】も使えなくなるため、安易な武器替えは戦力の低下につながる。STRが低く、武器の性能に依存するしかないユーリは特に気を付けなければならず、今まで踏み込めずにいた。
「でも、やっぱり、新しい武器っていいな」
目の前に現れた芋虫に一閃して、ユーリが呟く。STRが低い為か、あるいは熟練度が低い為は一撃で倒すことはできなかったが、間髪入れずにシオンの放った火の玉が芋虫を焼き殺す。ホビットはどちらかというと魔法の適正は低いのだが、ユーリの一撃を受けて弱っていた芋虫にはそれでも十分だった。
「あ、倒せた……」
まさか、自分の放った魔法で倒せると思っていなかったシオンが間の抜けた声を漏らす。
「気、抜くなよ」
カジカも新たに手に入れたナイフ【ウルフファング】を片手に肉薄する。以前よりも刃渡りは小さくなってしまったが、その分、使い勝手と切れ味は格段に向上していて、さほど力を込めたわけでもないのに一撃で芋虫を屠る。レアドロップである【狼の牙】を使っているおかげか、その攻撃力は高く、このパーティーの中では最も高い。追撃の一振りで三匹目の芋虫を倒したときには、残った最後の芋虫をクロエが引き裂いていた。もちろん、一撃で倒す為にわざわざ【クロースラッシュ】を使って。危なげもなく芋虫の群れを全滅させた一行は一息つく。
「まぁ、なんていうかあっさり倒せたな……」
熟練度が低下しているから、と考えていたユーリの不安は杞憂に終わった。そもそも、適正レベルに達していて、なおかつ、それなりの武器を使っているのだから苦戦するはずがなかった。
「強い……」
平原の狼とほぼ同程度の強さを持つ芋虫をあっさりと倒してしまったことにシオンは一人、驚いていた。森の素材を大量に市場に持ち込んできていたことはシオンも知っていたため、ある程度の実力はあると予想していたが、三人の強さはそれ以上だった。狼と芋虫は同程度の強さ、とプレイヤーの中では見積もられているが、それはあくまでも総合的な強さを比較して、の話であり、狼よりも防御力の優れた芋虫は倒すとなると厄介な相手だ。それを一撃で倒す、ということはそれなりの実力がないとできない。
「で、シオン、何の素材を探してるんだ?」
「……ポーション。ヒイロアカバナとムラサキトキダケ、あとはユキシロソウ」
初めて聞く名前に三人は首を傾げた。その名前から察するに赤い花、紫のキノコ、白い草、というのは予想がついたがそれだけだった。思い返してみれば森の中で見かけたような気もするがほとんど背景に紛れてしまい、どこに咲いていたかは誰も覚えていなかった。
「ムラサキなんとかダケってのは確か、昨日売ってた野草やキノコの中にあったはずだが……」
「そう。だから、ムラサキトキダケは見つからなくてもいい……」
シノンはそう言いながら、足元に咲いていた野草を摘み取った。ユーリ達はその野草がなんなのか見当もつかなかったが、嬉しそうに微笑むシオンの顔を見れば調合に使う材料であることは容易に想像がついた。
「まぁ、いいか……」
シオンの摘んだ野草は気になったが、聞いたところで理解できないことは目に見えていた。どこで知ったのかは知らないが、シオンの野草に関する知識は異常だった。野草とはいえ素材系アイテムであるため。手に入れれば名前はわかる。しかし、所詮は草であるため、他の野草と見分けることは難しく、実際、ユーリ達もかろうじてキノコや花系が判別できるだけでほとんどわからなかった。だが、シオンは調合に必要な野草のみを的確に集めていた。それをすごい、の一言で片づけてしまうのは簡単だが、ユーリにはそれがどことなく、恐ろしかった。
――――なんていうか、魔女だな……
美人であるのにどこか暗く、妖しげな容姿と野草の知識。そこから連想できるものはそれしかなかった。しかし、ユーリがそんなことを思い浮かべた瞬間、灰紫の瞳がユーリを射抜いた。口こそ閉じられていたが、シオンのその目は明らかにユーリを咎めていた。無言だからこそ、その瞳に込められた非難がよけいに強く感じられてしまう。
――――まさか、俺の考えを読んだとか……?
鋭くなったシオンの視線にユーリは背筋を震わせる。おそらくは女の勘の類のものなのだろうが、だからこそ、ユーリは恐ろしく仕方なかった。
「とりあえず、もっと奥に行くか」
そんなユーリとシオンのやり取りを知ってか知らずか、カジカにそう言われて一行は更に奥へと進んでいった。
・*・
「で、これがシオンの言っていたポーションの材料か?」
シオンを探していた素材を集め終えた一行は以前も使ったセーフゾーンで一休みすることにした。
「そう……これがヒイロアカハナ、これがムラサキトキダケ、これがユキシロソウ」
嬉しそうに素材を並べるシオンの姿は一見すると幼い少女のようであり、いつもの怪しげな雰囲気が嘘のように消えていた。ずっと欲しかった玩具を買い与えられた子供のように無邪気に喜ぶその様子は今までのシオンとはまるで別人だった。
「ユキシロソウっていうから白色の草なのかって思ってたんだけど、案外普通だな」
シオンが並べた素材の内、ヒイロアカハナとムラサキトキダケはその名前が示す通り、赤い花と紫がかったキノコであったが、ユキシロソウだけはただの野草にしか見えなかった。白い要素はどこにも見えず、シオンが見つけたときもこれが本当にユキシロソウなのか、と三人とも首を傾げていたほどだ。
「もう少し育つと、花が咲くんだって……小さな、雪みたいに真っ白な花……だから、ユキシロソウ……」
「なるほど……」
シオンの説明にユーリは頷く。
「……シオンさん、どこでそんな情報を入手したんですか?」
一方、クロエはシオンの情報の入手先が気になったらしく、シオンに尋ねた。シオンは一瞬躊躇う素振りを見せたが、小さく頷いた。
「植物図鑑……」
――――うわ、なんかそのまま過ぎ……
「植物図鑑?そんなアイテムがあるんですか……」
このゲームの中には本の類はない。それはがプレイヤーの共通認識だった。どこのNPCの店にもその類のアイテムはなく、また、その類のアイテムを見つけたという報告もない為、そういうものだとプレイヤー達は思い込んでいた。
「俺も初めて聞いたな。どこで手に入れた?」
シオンの言葉にクロエとカジカは揃って首を傾げた。そもそも、本の必要性を感じなかった、というのも決めつけられてしまった理由の一つだった。手に入れたアイテムはメニューリストで確認でき、生産職もスキルメイドで作る場合にはそのスキルレベルに応じて作ることのできるアイテムと必要な材料がわかるようになっていた。そうでなくても、掲示板を少し探せばその類の情報はすぐに手に入る。つまり、本などから情報を得ずとも誰も不都合などなかったのだ。
「おばあちゃんの家の本棚……」
「「「おばあちゃん?」」」
思いもよらないシオンの言葉に三人の声が重なる。詳しく話を聞くと次の通りだった。デスゲームを宣言された初日に泊まるところを見つからなかったシオンはNPCの老婆に声をかけられ、その老婆の家に泊めてもらえることになった。何気なくその家にあった本を手に取ってみたところ、そこに書いてあったのは【調合】に必要なレシピであった。本は他にもあり、その一冊が植物図鑑であった、ということらしい。
「……なるほど。そりゃ、探しても見つからねぇわけだ……」
「確かに盲点でしたね……」
カジカとクロエはそれぞれため息を零す。普通のRPGであればNPCの家に勝手に入り込んで、家の中を物色することは誰でもすることだが、VRMMOの世界でそれをする人間はいない。理由は幾つかあるが、最も大きな理由はその罪悪感である。NPCとはいえ、他人の家に勝手に入り込んで物を取っていく行為は言うまでもなく、窃盗であり、現実世界では間違いなく違法行為である。今までのゲームであれば躊躇うことなくできたその行為だがVRMMOの世界では何かがそれをプレイヤーに踏みとどまらせる。この世界はゲームの世界であり、何でもできる。できるからこそ、その一線を越えることを多くのプレイヤーが拒んでいた。
「下手したら憲兵に捕まるかもしれねぇしな……」
憲兵の存在もプレイヤーの違法行為に対する大きな抑止力になっていた。街の中で違法行為を行えば、必ず憲兵がどこからともなく現れ、その犯人を捕まえていく。その強さは圧倒的で、プレイヤーでは絶対に勝てない、ともっぱらの噂だった。
「けど、そうなると他のNPCの家にもレシピとかありそうだな」
「ですね」
街に住んでいるNPCは他にも数多くいる。シオンを助けた老婆以外にもその類のアイテムやレシピを持っている可能性はかなり高い。そして、この情報が掲示板に出回っていないことを考えるとこの情報を把握しているプレイヤーは本当に一握りの人間だけとみて間違いない。【調合】のレシピに限定すれば、ユーリ達が独占している可能性もある。これを見逃す手はなかった。
「これは……予定変更だな」
カジカはにやりと笑った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回の投稿は11月20日の予定です。
それでは、次回をお楽しみに♪
ではでは。




