NDA17
前回の掲示板ネタは皆様から様々な意見をいただきました。ありがとうございます。
今回、いただいた意見を参考にして近いうちに修正を行う予定です。
「ウインドカッターっ!!」
放たれた風の刃が蜘蛛の手足を切り裂く。先日戦った時は硬い、と感じたはずの蜘蛛の脚があっさり切り裂かれたのを見て、ユーリの思考が一瞬停止する。
――――あれ?こいつ、こんなに弱かった?
ユーリの記憶が正しければ、普通にサーベルを振るっただけでは硬い外殻に弾かれてしまい、仕方なく【二段切り】を使って仕留めたはずの相手である。人間とほぼ同じ大きさの体と虫特有の硬い外殻を兼ね揃えたビックスパイダーは総合的な強さでいえばアーマービートルと同程度である。アーマービートルが防御に特化しているのに対し、ビックスパイダーは糸と毒を駆使したトリッキーは攻撃を使う。厄介なこと、この上ないモンスターである。しかし、その厄介なはずのモンスターがユーリの一撃で瀕死の大ダメージを受けたのだ。驚くな、というほうが無理な話だ。
「ユーリ、油断するな」
カジカの鋭い声が響き、一瞬遅れてカジカのナイフが蜘蛛にとどめを刺す。ピクピクと痙攣しているかのように体を震わせて、蜘蛛は光の粒となって消えた。
「悪い……思ったより威力があり過ぎて、ちょっとびっくりしてた……」
剣での攻撃よりは大きなダメージを与えられるだろう、と予想はしていたものの、ユーリの予想を上回る魔法の威力にユーリ自身が驚きを隠せない。
「昨日は結構苦労しましたよね?」
クロエも驚きながら、ユーリに尊敬の眼差しを送る。
「まぁ、確かにな……昨日は結局、三人がかりで倒したからな」
カジカもまたユーリの魔法の威力について予想外だったようで、周囲にモンスターがいないことを確認すると、小さく頷いた。ユーリの魔法を目の前にするとビックスパイダーのトリッキーな動きを警戒して、三人で囲むようにして確実に仕留めていた昨日のことが嘘のように思えてしまう。
「まぁ、レベルを考えれば適切なのかもしれなねぇな。俺もそろそろ武器の替え時かな……」
握っていたナイフを見て、カジカはぼそりと呟く。物理攻撃に限定すると三人の中でもっとも強いのはカジカである。エルフは言わずもがなだが、猫人のSTRは人間よりもやや低い。AGIの高さを生かしたヒット&アウェイがリンクスの基本スタイルであるため、一撃の強さは若干低めに設定されているのだ。その為、三人の中でもっともSTRが高いのは人間を選んだカジカであるのだが、装備しているナイフは初期装備であり、攻撃力は低い。
「ナイフか……知り合いに鍛冶職の子がいるけど、聞いてみようか?」
ユーリが尋ねるとカイは頷いた。
「そうだな。使い慣れてるってもこいつで街道に行くのは怖えし、いい機会かもな」
手に馴染んではいるが、初期装備のナイフではどんなに熟練度が上がっても、その性能はたかが知れている。攻略に出るというのなら、早めに変えて少し慣れてからの方が都合はいい。
「ドロップアイテムは【蜘蛛の毒】×10か……まぁ、しかたありませんね」
ドロップアイテムを確認したクロエは小さくため息を零す。【蜘蛛の毒】はビックスパイダーの落とすドロップアイテムで、モンスター相手に使えば低確率で毒状態にすることができ、素材として使えば毒耐性や毒攻撃など、毒に関わる付与効果を付けることができる。使い勝手は悪くないアイテムだが、ビックスパイダーの強さを考えるとプレイヤーとしては少々割に合わないと思うアイテムだった。
「まぁ、そうだな。とりあえず、午前中はもう少し奥まで進んでみるとか」
カジカがそう言うと二人は頷き、更に奥へと向かった。
・*・
その後も三人は森の奥へと進み、一息ついたところで休憩することにした。エリアの中には所々にセーフゾーンという場所が設けられている。セーフゾーンとはその名前の通り、安全地帯であり、モンスターが寄ってくることもなければ、PKに攻撃されることもない。三人が休憩地点に選んだセーフゾーンは樹齢が数百年はありそうな太い幹の下で、近くには小さな泉の湧き出ている場所だった。
「とりあえず、午前の戦果を確認するか」
そう言って三人は今日の午前中に手に入れたアイテムを確認し合う。
「それにしても、ユーリお姉さまの魔法は本当にすごいです。昨日はあんなに苦労したカブトムシをあんなにあっさり倒してしまうなんて」
「確かにな。もしかして、あいつって魔法攻撃の耐性が低いのかもな」
昨日は一度も刃の通らなかったあの硬い外殻がユーリの放った風の刃の一撃で切り裂かれた時は流石のカジカも驚き、言葉を失った。ユーリのレベルとINTを考えても、強力過ぎたその威力から察するに、アーマーホーンビートルが魔法攻撃全般に弱いのは、おそらく、間違いない。ユーリ達にとってこれはドロップアイテム以上に有益な情報だった。攻略組がストーリーに従って街道に向かってしまった為、森の攻略はほとんど進んでいないのが現状である。モンスターに関する情報も出回っておらず、今その情報を持ち込めば下手にドロップアイテムを集めるよりも効率よく稼ぐことができる。
「とりあえず、モンスターのドロップはこの前とあんまり変わってないね。レアドロップは手に入らなかったけど、でも【鎧甲虫の外殻】が多めに手に入ったし、悪くはないと思うけど」
「今の所、確認できた森の出現モンスターは芋虫と蜂、カブトムシ、大蜘蛛、の四種類ですね。カブトムシは見た目が物理防御特化ですからカジカさんの言うとおり、魔法全般が弱点かもしれませんね」
ちなみに、蜂は人間の頭よりやや大きい蜂で、現在判明している森に出現するモンスターの中では一番AGIが高い。しかし、攻撃力は低く、毒攻撃に気をつけていればそれほど危険なモンスターではない。もちろん、危険ではない、とは言ってもそれはユーリ達のレベルが森の適正レベルを超えているからであり、多くの一般プレイヤーにとっては蜂も十分に危険なモンスターであるが。
「でも、こういう情報ってどうするんだ?掲示板に書き込んだってお金にはならないだろう?」
「一番多いのは酒場だな。酒場のマスターにモンスターの情報やエリア内の地理とかを話すとその内容に応じてお金がもらえる。逆に何か聞きたいことがあれば、その情報に応じた額が請求される。マスターはNPCだから騙されることはまずねぇし、適切な価格で情報の売り買いができる。他には情報屋に売る方法もあるな。方法は酒場と同じだけど、こっちは相手次第で値段が変わってくるから相場を知ってないとカモにされかねぇ」
情報は鮮度が命であるため、値段の上下が激しい。その為、扱う人間は双方、リスクを背負っている、というのがカジカの言葉だった。
「待てよ……マスターのことを知らねぇってことは、ユーリは酒場にいったことねぇのか?」
「そういえば、そうだな……初日からずっとフランの世話になってたし、未成年だからお酒を飲みたいとも思わなかったからな」
酒場のことはノエルから聞いていたが、わざわざ行く必要が感じられなかった為、ゲームを始めてから一度も言ったことがなかった。
「あのですね、酒場という名前で勘違いする人もいるみたいですけど、このゲームの酒場はあくまでも情報交換をする為の場所です。もちろん、お酒や簡単な食事も提供してくれますけど、それが目的なら専用のお店もあります」
クロエの言葉にユーリはなるほど、と頷く。ちなみに、このゲームは未成年でも飲酒や喫煙は可能である。どんなにリアルに再現しているとはいえ、ゲームの世界での飲酒や喫煙が現実世界の肉体に影響は与えないから、というのがその理由で、どんなにお酒を飲んでもアルコール中毒なることはなく、タバコもニコチン中毒にならないように設定されている。
「まぁ、とりあえず、飯にするか」
カジカはそういうとアイテムボックスから昼食のサンドイッチを取り出すと二人に渡した。ちなみに、このサンドイッチはカジカのお手製である。【料理】のスキルのおかげでHPを回復する効果もあるのでちょっとした回復アイテムなのだが、渡された二人はそんなことを知る由もない。
「ありがとう、カジ」
「カジさん、いただきます」
美味しそうにサンドイッチを頬張る二人を見てカジカは嬉しそうに笑う。今までもスキルのレベルを上げる為に何度も料理を作っていたが、誰かにそれを振る舞うのは今日が初めてだった。料理そのものは好きだが、スキルレベルを上げる為の料理はどちらかというと作業に近い。もちろん、作った料理は捨てることなく、自分で食べているのだが、それでも何か切ないものがある。誰か食べてくれる人がいるというだけで、作り甲斐があった。
「あの、こういう料理の材料ってどうやって手に入れているのですか?」
「街の市場とエリアで採集……あとはモンスターのドロップアイテムだな。ちなみに、そのハムは【兎の肉】をスキルで加工したやつな」
「そういえば、初めて出会った時もそんなこと言ってたな。兎の肉が目当てだって……」
ユーリがカジカと出会ったのはほんの数日前のことであるが、今はそれが遠い昔のことのように思えた。懐かしい、という言葉を当て嵌めたくはなかったが、ユーリの気持ちはまさしく、それだった。もし、あの時に戻れるのなら、とユーリは独り、唇を噛みしめる。今更、後悔してもしかたない、と頭では理解しているが心がそれに追いついてこない。攻略しよう、と決意したおかげで少しは前向きになれたが、それでもまだ、胸の奥には靄がかかったままだった。
「森に来たのは実をいうと食材集めが目的でな、ここに来る途中、色々拾ってきた」
そう言って、アイテムボックスの中から手に入れた食材を出すカジカは満面の笑みを浮かべていた。森の中で手に入れた食材ということでキノコや薬草の類が多く、【鑑定】のスキルを持たないユーリには何がなんだかよくわからなかった。【鑑定】のスキルを持っているクロエは一応、判別できているようだが、それでも名前しかわからないらしく、ユーリと同じくなんとも言えない表情を浮かべていた。
「あの……それって、食べれるの?」
ユーリが指差したキノコは如何にも毒キノコと言わんばかりの毒々しい色合いをしていたが、カジカは迷うことなく頷いた。
「見た目はこんなだけど、食べられるキノコだ。【目利き】のスキルがあれば簡単に説明できるんだけどなぁ」
仕方ないか、とカジカは苦笑を浮かべる。プレイヤーの持つスキルのうち【鑑定】や【目利き】のようなスキルは数多くあるスキルの中でも情報系スキルに分類されている。クロエも持っている【鑑定】は主に装備品や通常アイテム用のスキルであり、情報系スキルの中でも最も基本になるスキルの一つだった。カジカの【目利き】はその亜種で、食糧系の素材に対しては【鑑定】よりも高度は識別が可能になる。他にも素材全般を識別する【鑑識】やモンスターの情報を知ることのできる【スカウター】など、種類は多い。戦闘系スキルに比べると地味なスキルだが、便利なスキルであることに違いはなく、持っているプレイヤーは決して少なくない。
「まぁ、食べても害がないならいいけど」
サンドイッチを食べ終わったユーリはごちそうさま、と手を合わせる。
「お昼からも森で素材集めとレベリングか?」
「それも悪くないけど、流石にここでのレベリングも効率が悪くなってきたからな……」
『眠れる森』の適正レベルは5~8で、ユーリとカジカのレベルは既にそれを越えて二桁に突入している。そのおかげなのか、午前中ずっとモンスターを狩っていたのだが、経験値がほとんど上昇しなくなっていた。クロエはちょうど適正レベルであるが、レベルアップに必要な経験値が他の種族の倍以上必要であることを考えると取得経験値はおそらく、ユーリやカジカと大差はない。ちなみに、ユーリ達は知らないことだが、エリア毎に定められたある一定のレベルに達すると、取得できる経験値が一気に減少してしまう設定がこのゲームにはあり、これ以上ユーリ達が森で戦っても効率は悪い。
「けど、ここのボスってまだ誰も倒してねぇし、ベータ版の奴らの情報じゃ、ある程度攻略してからじゃないと倒せないようになってるみてぇだからな……」
カジカの言うとおり、森のボスはある程度ゲームを進めてからでないと倒せないようになっている。しかも、ボスのレベルは森の適正レベルをはるかに超えているため、今のユーリ達では戦っても死ぬのが目に見えていた。
「昼からは街で出発の準備でもするか。素材を持つのも限界があるしな」
カジカの言葉に二人は頷いた。
余談ですが、基本的に森のモンスターは魔法全般に弱い設定ですので、ユーリが特別強いわけじゃありません。
ちなみに、カジカのサンドイッチはスキルを使わない手作りです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は11月4日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは




