NDA16
知り合いからレベルの上昇率がおかしい、との指摘を受けたので若干の修正を加えました。
お尻のラインにぴったりと張り付くような白いキュロット。膝上まで届く細身の黒茶色のブーツ。飾り気のない無地の白シャツの上に羽織ったジャケットは森の木々よりも深い濃緑色である。ジャケットの裾は長く、膝まで伸びていて、白い縁取りはアクセントを添えている。腰に巻かれたベルトは実用本位の剣帯で使い慣れたサーベルがぶら下がっている。両手を包み込む手袋はブーツと同じ色合いで、肘までしっかり覆っている。中世の騎士を思わせる装いはユーリの目から見ても見事と言わざるを得ない仕上がりだった。鏡に映ったその姿はまさしく、騎士であり、三つ編みに編みこまれた金髪が凛々しさを添えている。
「うん、よく似合ってる」
「ユーリお姉さま、よくお似合いです」
服を仕立てた張本人であるフランと黒猫少女のクロエはユーリを見て満足そうに頷いている。クロエはユーリが男だとわかってからも『お姉さま』と呼んでいた。曰く、実際の性別がどうであれ、お姉さまと呼ぶのが相応しい、ということらしい。そのときのクロエの視線といったら、真剣そのもので、ユーリに拒否することを許さないものがあった。実際、鏡に映るユーリの姿は女騎士と呼んでも差し支えないくらい凛としていて、美しかった。一応、ユーリの要望通り男物に仕立てられている為、今回はユーリもおとなしく受け入れるしかない。
「見た目はもちろん、性能も最高の一品よ」
自信満々に微笑むフランの言うとおり、単純な防御力だけを比較するならば全身鎧に若干劣るが、状態異常はもちろん魔法攻撃に対する耐性が備わっている為、総合的な性能を見れば全身鎧を圧倒していると言っていい。おそらく、今までフランが仕立てた服の中でも最高の性能と言っても間違いではない。
「ありがとう、フラン。クロエもよく似合っているよ」
クロエもまたフランに一着仕立ててもらっていた。その髪の色と同じ黒をベースにした服で、一見すると裾の短い着物であり、縁取りのレースは紅である。着物には花びらの舞う様子が刺繍によって描かれ、手足には着物と同じ色の布製の手甲と脚絆が巻かれている。一見すると忍者のように見えなくもない。黒をベースにしているが重くなり過ぎず、ゴスロリと呼ぶほど甘くもない絶妙な仕上がりだった。防御力はユーリの騎士服にわずかに劣るがAGI補正と各種状態異常に対する耐性が備わっているんで、総合的に見れば決して劣るものではない。
「ありがとうございます、ユーリお姉さま」
「なんつーか、コスプレ集団みてぇだな」
二人を見ながらそう呟いたのはカジカだった。カジカもまた二人と同じく、フランに一着仕立ててもらっていたのだが、他の二人に比べるとカジカの服は普通の部類だった。コックが身に付けるようなダブルのジャケットはデザインこそ定番の型だが、色は黒だった。上着とは対照的にズボンは白で腰に巻く型のエプロンは誰もが目を引くような鮮烈な赤だった。腰にはエプロンの他にも頑丈なベルトが巻かれ、足元も丈夫そうな安全靴ががっしりと護っている。頭に巻かれたバンダナ上着と同じ黒色で、いい感じに危ない雰囲気を醸し出している。
「カジも似合ってるよ」
「はい、なんだかとってもワイルドです」
単純な防御力だけならカジカの服が最も高く、その防御力は全身鎧さえ圧倒するレベルに達している。その代わり、状態異常の耐性以外に効果はついていない。
「けど、いいのか?相場はわかんねぇけど、これってかなりの値段がするんじゃねぇのか?」
現物支給、という形地でフランに素材を提供したカジカであったが、まさかこんな防具が手に入るとは思ってもいなかった。そもそも、効果付きの武器や防具自体が稀少であり、簡単に手に入る代物ではない。それに加えて鎧を越える防御力を持った防具など今の段階ではあり得ないくらい高性能だ。
「まぁ、オーダーメイドの、しかもフルオーダーだからレア度で言うとユニークアイテム扱いだから安くはないけど、でも、基本的にもらった素材で仕上げたし、おかげでスキルレベルもかなりあがったから」
さらりと言ってのけたフランの言葉にカジカの表情が固まる。ユニークアイテムとはその名前が示す通り、世界にたった一つしか存在しないアイテムを指す。どんなに稀少なアイテムや装備品であってもユニークアイテムでなければ、必ず何らかの手段で手に入れることができるが、ユニークアイテムはそうはいかない。ユニークアイテムを手に入れる手段は自分で見つけるか、あるいは元の所有者から譲ってもらうしかない。死亡したプレイヤーの装備品や所持品は消滅してしまう為、たとえPKであってもユニークアイテムを手に入れることはできない。
「そんなに驚くことじゃないよ。オーダーメイドってことはその人専用の服を仕立てるってことだよ。しかも、今回はフルオーダーなんだからカジカさんの服はカジカさんしか着れないし、ユニークアイテムになっちゃうのは仕方ないことだよ」
「そういうものなのか……?」
同じ生産系スキルを持っているが、フランの【裁縫】とカジカの【料理】とでは比べることもできず、言われたことに頷くしかない。
「だから、もし、他のプレイヤーがその服を狙ってきても装備はできないし、他の人にあげることもできないからね。あと、売ることはできるけど、でも私が一針一針丹精込めて仕立てた服を売るなんて馬鹿な真似をしたら容赦しないからね」
顔は笑っていたが、フランの目は本気だった。もちろん、折角手に入れたユニークアイテムを売りとばすつもりはなかったが、カジカは背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。そんなフランの視線に耐えきれなくなったのかカジカは強引に話題を変える。
「で、今日はどうするんだ?また森に行くか?」
「あの……そのことで一つお願いがあるんだけど、いいか?」
ユーリが切り出して、周りの視線がユーリに集中する。声の調子と雰囲気からユーリが何かの決意を持っていることが感じられ、カジカ達の視線にも力が入る。ユーリも緊張しているのか、小さく息を吐き出してから二人に告げた。
「今更かもしれないけど、俺はこのゲームの攻略を目指す。そのうえで、二人には俺とパーティーを組んでほしい。頼む」
そういって、ユーリは頭を下げた。攻略を目指す、と決めたはいいが。ユーリ一人の力で成し遂げることができないのはユーリ自身が一番理解している。エルフであるユーリがどんなに優れた防具を装備したとしてもタンク役にはなれず、どんなに優れた武器を手に入れたとしてもダメージディーラーにはなり得ない。INTの高さを生かせる魔法職でソロプレイというのは命が幾つあっても足りず、流石のユーリも踏み出す脚が竦んでしまう。誰かとパーティーを組まなければならないとなるとユーリが頼めるのは現状、カジカとクロエの二人しかいない。
「まぁ、前に誘ったときの返事もまだ聞いてねぇし、俺としちゃあそうしてくれると正直、助かる」
なんだかんだでカジカもユーリ以外にパーティーを組む相手はいない。デスゲームが宣言された日にユーリを含め、知り合った何人かに声をかけてみたが色よい返事はもらえなかった。元々ソロプレイをするつもりであったため、組む相手の当てはない。そうはいっても、カジカは生産系スキルしか持っていない為、組む相手がいなければおとなしく生産職に落ち着くだけなのだが。
「わ、わたしこそ、ユーリお姉さまと一緒にいられるなんって……よろしくお願いします」
クロエも嬉しそうに微笑んでいる。自分から抜けたとはいえ、パーティーを追い出されたに等しいクロエもまた他に組む人はいない。昨日のパーティーもいわば森に行くための即席パーティーであり、半ば諦めていたところなのだ。問題のレベルの森で狩りを続けたおかげで6にまで上がっている。ユーリとカジカに比べれば低いが、レベルアップに必要な経験値が初期の四種族に比べて倍以上であることを考えると決して低いレベルとは言えない。
「あ、うん……お願いします」
考えていたよりもあっさり二人が了承してくれたことに内心、拍子抜けしていたユーリだが、それを表に出さないように顔の筋肉をフル稼働させて笑顔を作る。もちろん、違和感たっぷりの笑顔で二人を誤魔化せるはずもなく、カジカが小さくため息を零す。
「まぁ、断られるかもって思ってたことについては特に言うつもりはねぇけど、短いながらのお互い、命を預けた仲だろ。少しは信じろ」
ユーリの心の中を見透かしたようなカジカの言葉にユーリは身を固くする。咎める、というほどではないが軽く聞き流すことはできない程度には重く響く声。カジカの言うとおり、ユーリは心のどこかで二人に断られるかもしれない、と考えていた。攻略を目指す、ということはそれだけ危険性が増す。二人が断っても仕方ない、と半分諦めていたのは紛れもない事実だった。
「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ……」
それがカジカを気付付けてしまったのだと気付いたユーリはすぐに頭を下げた。
「わかればいい」
言いたいことが伝わったカジカはそれ以上何も言わなかった。
「で、話を戻すが今日はどうするんだ?攻略するとは言ってもお前のことだから、掲示板の攻略情報とか何も見てねぇだろ?」
「あ、うん。そういうのは全く……」
カジカとクロエ、そしてフランの視線に若干の憐みが混じる。誰かの小さなため息が聞こえた後、カジカが口を開いた。
「まぁ、簡単に説明するとストーリー的に次に進むエリアは南の街道だ。出てくるモンスターが子鬼とその変化形がメインで、あとは狼や猪みたいな獣系と飛行系が一種類だ。適正レベルは4~7だから森より少し低いくらいだな」
ちなみに街から行けるエリアは東西南北に一箇所ずつあるが適正レベルは東、南、西、北の順番で高くなっている。
「レベル的にはこのパーティーなら問題はないし、攻略は難しくない。ただ、次の街までゲーム時間で丸一日は歩かないといけないらしい。何か所か村はあるけど、安全地帯ってだけで店があるわけでもないから本当に休むだけの場所って感じらしい。街道の先にはニコスって城下町があるんだけど、そこに近づくとNPCに出会ってイベントが発生。で、ボス戦に突入する。街道のボスは《はぐれ幼竜》で、名前の通りドラゴンなんだが、炎攻撃に気を付ければそこまで強くないらしい。で、ボスを倒すとそのままNPCに連れられて、街のギルド協会に連れて行かれる。そこでイベントは終了。このイベントをクリアしないとギルドが作れないらしい」
協会でギルド登録を行うと協会からの依頼を受けることができるようになるだけではなく、ニコスの街で本拠地を斡旋してもらえる。ホームとはギルドにとってまさしく家であり、アイテムを置いておく為の倉庫の役割も果たしている。個人で購入することも可能であるが、斡旋してもらうかどうかで値段も変わり、負担も一人に集中する為、現状ではベータ版からお金を引き継いだ一部のプレイヤーしか買えない。
「……レベルは足りてますけど、でも、このパーティーって致命的な問題がありますよね」
「あぁ、そうだ」
クロエが切り出し、カジカもそれに同意するように頷いた。
「「後衛がいないのは問題だな(ですね)」」
ユーリの武器は剣である為、必然的に前衛になる。猫人の固有スキル【爪術】はいわば猫人専用の素手とも言っていいスキルである為、クロエも必然的に前衛になる。そして、カジカに至っては戦闘系スキルや武器スキルは一切持っておらず、スキルを必要としないナイフを武器に戦っていたので前衛以外では戦えない。つまり、この三人が三人とも前衛のパーティーなのだ。
「街道だけなら今のままでもなんとかなるだろうけど、それから先は厳しいな……」
ニコスの先にも幾つかのエリアに分かれており、そこは現在攻略組が戦っている最前線である。レベルだけなら攻略組に比肩するカジカとユーリだが、プレイヤーとしての技量を考えると、攻略組にはまだまだ及ばない。攻略を目指す、ということは当然のことながらそういった最前線に挑むということでもある。壁役や高火力、回復役のいないパーティーで挑むのは無謀過ぎる。安心かつ安全に攻略を進めていくなら、最低でも回復役と魔法職の二人は欲しい。
「一応、【料理】でHPやMPを回復させる料理は作れるけど、それを戦闘中にするってのは無理だ」
ちなみにカジカのスキル構成は【料理】、【目利き】、【採集】の三つである。【料理】はその名前の通り、料理を作る技術でスキルによって作られた料理には様々な効果がつく。【目利き】は鑑定の亜種スキルであり、アイテムの効果や価値などを知ることができる。【採集】は素材のドロップ率を上げるパッシブスキルであり、ユーリ達があっさり【狼の牙】や【絹の糸】のようなレアドロップを手に入れられた理由の一つはスキルの効果である。当然のことながら、この全てのスキルは戦闘系スキルではない。
「私も固有スキル以外は【鑑定】しか持ってないですから回復は無理です」
猫人のデメリットはスキルの面でも現れていた。ユーリのようにボーナスにでも恵まれない限り、プレイヤーのスキルポケットは三つしかない状態でスタートする。そして、猫人と竜人はそのうちの二つを固有スキルで埋められた状態でスタートするのだ。しかも厄介なことに固有スキルは外すことができない為、新規にゲームを始めたばかりのプレイヤーは実質、一個しかスキルポケットがない状態でゲームを始めなければならないのである。
「あ、一応【下級魔法(風)】は昨日、手に入れた。【魔法剣】ってスキルがあるらしいからそれを手に入れようかなと思って」
「【魔法剣】か……なるほど、その手があったか。それにしても掲示板とは攻略情報は知らねぇのに、そんな爆弾スキルよく知ってたな」
魔法剣の知っていたカジカは納得したように頷く一方で初めて聞くクロエは首を傾げる。
「【魔法剣】ってなんですか?それに爆弾って?」
「簡単に言ってしまうと前衛で戦う魔法職よ。ベータ版の知り合いで使ってる人は何人かいたかな。悪いスキルじゃないんだけど、ダメージがINT依存で普通の前衛には使いにくいし、取得しにくいスキルね。まぁ、取得しにくいって言っても武器スキルと魔法スキルを上げれば誰でも手に入るんだけど」
フランの説明にクロエはなるほど、と頷く。多くの戦闘系プレイヤーは武器スキルか魔法スキル一つを攻撃の要として、それを補うようなスキルで残りを埋めている。武器スキルと魔法スキル両方の所持しているプレイヤーはほとんどいない。フランは悪いスキルではない、と言っていたが一般に爆弾スキルと言われている以上、デメリットの方が大きいのは紛れもない事実だった。
「まぁ、攻略を目指すにしても、もう何日かは準備に費やした方がいいだろうな。街道の適正レベルは森より低いとはいえ、一旦出てしまえばニコスに着くまで補給なんかもできないし、総合的な難度で言えば森よりも高いだろうから」
カジカがまとめるとユーリとクロエもそれに同意するように頷いた。
「じゃあ、日中は昨日と同じで森に行って、夜は準備。これでいいか?」
「あぁ」
「うん」
カジカの提案に二人は頷く。そして、ユーリはフランを見つめた。デスゲーム宣言された日から今日までユーリが無事に生きてこられたのは紛れもなくフランのおかげである。質の高い防具を作ってくれたことはもちろん、食も住もユーリはフランの世話になってばかりだった。メイドのコスプレをさせられたとはいえ、それを差し引いてもフランには返せない恩がある。
「というわけで、事後報告みたいになっちゃったけど、俺、このゲームの攻略を目指します」
「うん。そうだね……でも、ユー君、無茶はしちゃダメだよ。ユー君に何かあったら、悲しむ人がいることを忘れないで。ノエルちゃんも……」
ノエルの名前が出た瞬間、ユーリの様子が変わる。ユーリ自身が、そしてその場の空気は一気に引き締まり、フランも言葉は止めてしまった。空気を読んだカジカとクロエはフランに一礼してから先に店を出た。そして、二人きりになったことを確認するとユーリはゆっくりと口を開いた。
「姉さんは、俺は捨てました。もしかしたら、俺を思ってのことなのかもしれません。でも、俺を捨てたことに間違いはありません。だから、俺が直接会って、確かめます」
強い意志の宿った碧の瞳。今の服装が騎士をイメージしているせいか、余計にその意志の強さが際立って見えた。そして、その顔は紛れもなく、男の子の顔だった。凛々しくも勇ましい、覚悟を決めた者の顔。そこにはいつもの女々しさや頼りなさが微塵も感じられなかった。
「そっか……じゃあ、私からは何も言わないね。でも、これだけは忘れないであげて。もし、ユー君の身に何かあったら、私も悲しいけど、ノエルちゃんはもっと悲しいんだよ。それだけは忘れちゃダメだよ」
「……はい」
ユーリはそういうとフランに一礼をして店を出た。一人残されたフランは誰もいなくなったお店をぐるりと見渡し、小さくため息を零した。
「……ごめんね、ノエルちゃん。私じゃ、ユー君を引き留められなかったよ」
本当に今更ながら、カジカは生産スキルしか持っていなかったりします。
しかも、装備はほとんど初期装備……なにげにプレイヤースキルだけで生き残ってきた強者です。
まぁ、草原の敵は生産職でも倒せる程度ですし、戦闘系スキルがないと倒せないような強い敵も出てきていませんが。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は10月29日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは。