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NDA15

皆様のおかげでお気に入り登録が100件を超えました。

本当にありがとうございます。これからも頑張って書いていくので応援よろしくお願いします

 街の北には魔法系スキルを使うショップが集中している。そして、今、ユーリが覘いているのは属性魔法を扱う店だった。魔法には大きく分けて3種類あり、属性魔法、回復魔法、補助魔法に分類される。また、魔法の効果や威力によって下級、中級、上級に段階分けされている。ベータ版の頃から上級以上の魔法が存在すると噂され、開発側も正規サービス開始時には正式に実装したという旨のコメントを発表していた。また属性魔法にはその名前の通り、必ず属性というものがあり、火、水、風、土、雷、氷、光、闇の八種類が確認されている。モンスター毎にも属性が決められていて相性によって与えられるダメージが増減する。


「まぁ、魔法剣を目指すってのは悪くないか……」


 売られている魔法を見ながらユーリは呟く。魔法を扱う店と言っても売られているスキルは八つしかない。下級魔法(火)を筆頭にした下級魔法シリーズである。スキルレベルを上げていけば使える魔法が増えていく、というシステムは武器の熟練度に通じるものがある。


「問題はどれを選ぶかだよな……」


 クロムの話を聞いてユーリの心は決まっていた。スキルポケットは全て埋まっているが、【パリィ】が使えるのなら【受け流し】をわざわざつけている必要もないため、外してしまっても問題ない。今更ながら、スキルポケットは一つ余分にある状態でスタートできたことにユーリは感謝していた。大抵のプレイヤーはスキルポケットが三つの状態でスタートする。三つしかないスキルポケットのうち、二つを費やすリスクはかなり高い。証拠があるわけではないが、ベータ版、新規合わせても魔法剣の習得を目指しているプレイヤーはそう多くないだろうとユーリは感じていた。


「迷ってるのかにゃ?」


 不意に隣で甘ったるい声が響く。ふと顔を横に向けると猫耳少女がユーリをじっと見つめていた。


――――最近、猫耳との接点多くないか?


 雪のように白く、淡い銀髪は肩の先まで伸びたセミロング。その肌もまた純白で、おまけに耳の真っ白だった。クルミ型の瞳は愛らしく、それでいて、形容しがたい妖艶さを孕んでいる。既に日が沈んでいるせいか、全身が妙な輝きに包まれているようにも見える。ゴスロリ調の純白のドレスから覗く尻尾ももちろん、白色だった。


「あの、えーと、誰ですか?」


 しかし、ユーリには目の前の猫耳少女に見覚えがなかった。正確には、どこかで見たことのあるような気がするのだが、それがいつだったのか思い出せなかった。ゲームにログインした直後か、あるいは草原で狩りとしていた時か、それともデスゲームを宣言されたあの混乱の最中か。記憶の糸を辿るユーリに少女はわずかに不機嫌そうな顔を浮かべて、告げる。


「お客さまの顔を忘れるなんて失礼にゃ」


 ゴスロリ調の純白のドレス。そして、お客様。その二つの言葉が繋がって、ユーリの埋もれていた記憶を掘り起こす。


「あ、そういえば、今朝の……そのドレスよくお似合いですよ」


 今朝、織姫でゴスロリ調のドレスを買っていった猫人(リンクス)の少女を思い出して、ユーリは慌てて営業用のスマイルを浮かべた。ユーリの記憶が正しければ、昨日、フランのお店でわざわざゴスロリ調のドレスをオーダーしたプレイヤーのはずである。注文を受けた昨日の時点では店の奥に引き籠っていたユーリだが、今朝はメイド姿で接客している。少女がユーリのことを覚えていたとしても不思議はなかった。


「もう、いいにゃ。私はパールにゃ。所属ギルドは《猫の目(キャッツ・アイ)》にゃ」


 気にしてない、と笑顔を浮かべながら名を名乗った少女にユーリは内心、安堵のため息を漏らして名乗り返す。


「ユーリです」


「ユーリ?にゃ、じゃあ、もしかしてルビーの言っていた男の娘かにゃ?」


 ユーリ、という名前を聞いた瞬間、パールの目の色が変わる。まるで、大好きな玩具を与えられた幼子のようなきらきらした瞳にユーリは既視感を、もとい危機感を覚えて、わずかにパールから身を引く。ルビーといえば、デスゲーム宣言があった日に暴漢に襲われかけたユーリを助けてくれた猫人(リンクス)の少女である。どうして、パールがその名前を知っているのか、とユーリが考えているとそれが顔にでてしまったのかパールがにやりと笑う。


「ルビーは《猫の目(キャッツ・アイ)》のギルマスにゃ」


「なるほど」


 ギルマスとはギルドマスターの略称であり、そのギルドに関する一切の権利を有している。ギルドに加入する為にはギルマスによる承認が必要になるため、パールがルビーのことを聞いていたとしてもおかしくはない。疑問が解決したユーリはなるほど、と頷く。


「それで、何を迷っていたにゃ?」


「あ、えーと、属性魔法を買おうと思ったんですけど、どれにしようかなって……」


 パールが客であったせいか、ユーリの口調は接客モードのままである。加えて、パールがとびきりの美少女であるがゆえに直視することができず、伏せ目がちである。そんなユーリの姿を慎ましいと錯覚したのか、パールはにっこりと笑みを浮かべた。


「難しく考えなくてもいいにゃ。でも、属性ごとに特徴があるから知っておいたほうがいいにゃ」


 そう言ってパールは属性についてユーリに説明してくれた。曰く、属性魔法は八種類の属性があり、火と氷、水と土、風と雷、光と闇がそれぞれ対になっている。対になっている属性は互いに弱点の関係にあり、魔法で攻撃した場合、ダメージに弱点補正がかかる。また、同じ属性のモンスターに攻撃した場合はダメージが半分程度になってしまう、という。


「つまり、火の属性の魔法で氷の属性のモンスターを攻撃したらダメージが増えて、火の属性のモンスターを攻撃したらダメージが減少するってことか」


「そうなるにゃ。ちなみに、モンスターの属性と外見はあんまり関係ないから注意するにゃ」


 曰く、あるプレイヤーが燃えやすそうな樹のモンスターだからといって火の属性魔法で攻撃してみたが、相手も火属性であったため、ダメージが半減してしまったことがあった、ということだ。


「あとは火と雷は若干威力が大きくて、風と氷は待機時間(ディレイタイム)が少し短いにゃ。水と土はえーと……ダメージ判定の範囲がちょっとだけ広かったはずにゃ。光と闇がダメージ軽減率が他よりも低いにゃ。実際に使ってみるとそんなに気になる差じゃないから好きなのを選べばいいにゃ」


「説明してくれてありがとう」


「どういたしましてにゃ」


 ユーリがお礼を言うとパールは笑顔を返す。しかし、すぐに真面目な顔に戻るとこくんと首を傾げた。


「でも、お店で働いているのにどうして戦闘系スキルなんか買うにゃ?あのお店ならわざわざ素材集めにエリアに行かなくても持って来てくれるにゃ」


 愛らしい仕草とは裏腹に、その目は欠片も笑っていない。ユーリを生産系のプレイヤーだと思っているパールにとってみれば、ユーリの行動は奇妙というしかない。スキルポケットの数が限られているこの状況で、戦闘系スキルと生産系スキルを両立させるメリットはかなり低い。多くの生産系プレイヤーはNPCから素材を購入するか、あるいは戦闘系プレイヤーから素材を買い取ることで必要な素材を手に入れている。供給の面では戦闘系プレイヤーに依存せざるを得ない生産系プレイヤーだが、プレイヤーメイドのアイテムや装備品はNPCの店で売られている物より効果、性能が優れている為、概ね需要と供給の関係は現在、安定状態にあると言っていい。わざわざ生産系プレイヤー自身が素材を集めに行く必要はないのだ。


「あ、いや、それはそうなんですけど……」


 パールからの問いかけにすぐに返答できずにユーリはそのまま考え込んでしまう。デスゲームでなければこのままゲームの攻略を目指したかもしれないが、自分の命を懸けてまで攻略を目指すつもりはユーリには全くない。そして、攻略する気のないユーリが【魔法剣】を習得する必要はない。少なくとも、この街の周辺で狩りをする分には今のままでも十分なのだ。攻略する気がないのなら適当な生産系のスキルを買った方がいい。しかし、ユーリは何故かその気にはなれなかった。


「まぁ、プレイスタイルは人それぞれだし、マナーを守ったプレイをするなら私が口を挟むようなことでもないにゃ」


 プレイスタイル、というパールの言葉がユーリの胸に響く。あの日から今日までを振り返ってみるとあまりにも自堕落で、怠惰な生活を送ってきた。どうにかしなければいけない、という自覚はあったので今日はフランの店で店員として働いてみたが、これからもずっとあの生活が続くのかと思うと気が重くなる。これからどうするのか明確なビジョンがユーリにはない。何もないからこそ、進むべき道が見えてこない。


――――姉さんなら、こんな時どうするんだろう……


 姉ならばどうするだろうか、と考えてユーリは固まる。あれほど許せないと思っていた姉にユーリは無意識のうちに縋っていた。ユーリの顔が苦痛に歪む。無意識のうちにノエルに縋っていた自分自身が許せなかった。そして、ほんの一瞬でもそんなことを思ってしまったことが悔しくてたまらなかった。


――――くそ、なんで……


 姉に誘われなければ、と思ったことは何度もある。有紀に誘われなければ、有理がゲームに参加することはなかった。今頃もきっと机の上で受験勉強に励んでいたに違いない。その意味では、有紀によって有理の平穏は壊された、という見方もできる。しかし、その点に関しては有理自身も不思議なくらい有紀のことを恨んではいなかった。一度だけだが、ログアウトする機会はあった。そこでゲームではなく、机に向かって入れば今のようにゲームの世界に閉じ込められることもなかった。そして、あの時、勉強ではなく、ゲームを選んだのは紛れもなく有理自身だった。最後の選択をしたのは有紀ではない。


――――いっそ、ノエルのことを恨めたら楽なのに……


 悔しそうに奥歯を噛みしめ、拳に力が入る。ノエルを恨まない理由は一見すると論理的に見えるが、実際には矛盾だらけであり、継ぎ接ぎだらけであることにユーリは気付いていた。それもそのはずで、ユーリの考えている理由はあくまでもユーリ自身を納得させる為のものであって、そこに論理的な正しさは皆無なのだ。


――――結局、恨みたくないんだ、俺は……


 論理の矛盾に気付きながらも、自分自身にそれを必死になって言い聞かせているのかと思うとひどく滑稽に思えた。こんな間抜けな自問自答を繰り返している理由は簡単で、ユーリはノエルを恨みたくなかったのだ。生まれてから今まで色々なことがあり、有紀に何度も泣かされてきた有理だが、心の底から有紀を憎いと思ったことは一度もなかった。それはゲームの中で裏切られてからも同じだった。ユーリがノエルのことを恨もうとすれば頭のどこかでノエルの行動を正当化しようと考えているもう一人のユーリがいた。憎いと思うその裏に必ず、有紀への好意があり、愛情があり、尊敬があった。いっそのことそれを全て切り捨ててしまえばよかったのに、と何度も思ったがユーリにはそんな真似はできなかった。


「……会いたい」


 ポツリと零れたその一言は紛れもなく、ユーリの本心だった。そして、その瞬間にユーリの中で何かが弾けた。弾けた何かは言葉になってユーリから溢れていく。


「姉さんに……ノエルに会いたい。会って、見返したい。見捨てた理由がわかるし、それを責めるつもりもないけど、でも、やっぱり、許せない……許したくない」


 自分自身に言い聞かせる為、小さな、だけど、強い声音。ノエルにはノエルの事情があることはユーリにも理解できる。自分の命が懸かっているこの状況で、ユーリよりもベータ版の仲間とパーティーを組んだ方がノエル自身の安全性も増す。心のどこかでノエルのことを薄情者と罵っているが、また別の場所では、少なくともノエルが安全でいられることを喜んでもいた。ユーリ自身、ノエルのことをどう思っているのか把握できていなかった。全く恨んでいない、と言えば嘘になる。しかし、だからといってノエルを許したわけでもない。ノエルのことを姉として慕う一方で、憎んでもいる。清濁入り混じったノエルへの想いは言葉にすることはできない。


「だから、もう一度、ノエルに会いたい」


 既にユーリの心は決まっていた。顔を合わせれば解決するとは思わない。しかし、このままユーリが待っていてもノエルとの溝は決して埋めることはできない。少なくとも、ユーリはノエルとのわだかまりをこのままにはしておくことを望んではいなかった。ユーリはそっと自分の胸に拳を押し当てる。胸の奥の鈍い痛みはあの日からずっと疼いたままで、一瞬たりとも消えることはなかった。


――――きっと、ノエルに会うまでこの痛みは消えない……


 今まで靄のかかっていた心の中が一瞬で晴れ渡っていく。ユーリには今、自分が何をするべきなのかが明確に見えていた。もし、ノエルと正面から向き合いたいのであれば、ただノエルに追うだけは無理なのだ。ノエルと同じ立場に立たなければ、向き合うことはできないのだ。進むべき道は、ユーリの目の前に在る。


「俺、このゲームを攻略するよ」


 それがユーリの出した結論だった。


「にゃ、いきなり、どうしたにゃ?」


 いきなりのユーリの攻略宣言にパールは驚き半分、呆れ半分といった視線をユーリに投げかける。


「え、あ、ごめん……」


「まぁ、攻略を目指すんなら別にそれでもいいけど、命は大切にするにゃ?」


 命を大切に。


 普段なら特に気にもしないその言葉が今はひどく重く響いた。攻略を目指すということはその分、リスクを負うということである。もちろん、それは承知の上での決断だが、それでも、ユーリの考えは変わらなかった。


「ありがとう、パール」


 ユーリの声に迷いはなかった。


というわけで、ユーリの覚悟も決まりました。

唐突過ぎるかな、とも思いましたが、いまだに冒険に出発していない主人公というのもどうかと思ってこんな形にしてみました。いかがでしたでしょうか?






ここまで読んでくださりありがとうございました。

次回の投稿は10月26日の予定です。



それでは次回もお楽しみに♪

ではでは。


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