NDA14
作者はMMORPGに関しては詳しくないので、作中の設定でおかしな点があれば教えてください。皆さんのご意見やご感想をお待ちしています。
すっかり日が沈んだ街には店の軒先に大小様々なランプの灯りがともり、どことなく幻想的な雰囲気を漂わせている。現代の蛍光灯に慣れたユーリにとっては珍しい感じる光景だったが、通りを外れると薄暗くどこか危険な匂いを感じさせた。PKはもちろん、窃盗や強姦まで可能とアナウンスでは流れていたが、大きな混乱はまだ起きていない。というのも、デスゲーム宣言の翌日にNPCから窃盗行為を行ったプレイヤーが憲兵の集団に連行されていく様子が広まった為である。ちなみに、捕まったプレイヤーも初めは抵抗してみせたが、倒しても倒して湧いてくる憲兵の数の暴力に圧倒されてしまい、すぐにフルボッコにされてしまった。
「魔法か……まぁ、受け流しは【パリィ】があるからなくてもなんとかなるし、手に入れておいて損はないか」
カイに言われるまで魔法職に転職するという考えを思いつきさえしなかったユーリはスキルを確認しながら呟く。スキル構成を見るならユーリはスピード重視の剣士であり、ずば抜けて低いSTRを除けば、それほど悪くないステータスである。フランに仕立ててもらった服のおかげで物理防御も人並みはあり、魔法防御に関してはINTの高いエルフを選んだおかげで前線でも戦える水準である。攻略の最前線で戦うのならともかく、近場で狩りをしていくには不都合はない。むしろ、魔法職になってしまうとソロプレイが難しくなってしまう可能性もある。
「ずっとソロのままってわけにもいかないし、だからといって組むにしてもな……」
もし、誰かと組むのであればカジカとクロエしか当てはない。幸か不幸か二人とも前衛向きで、もしユーリが後衛に移っても問題はない。
「でもな……」
現状、急いで誰かと組まなければならない理由もない。今日、パーティーを組んだのはクロエと一緒に森に行くには二人では不安があったからであり、普段であれば森に行こうとさえ思わない。それが今までのユーリであり、そしてこれからもそのつもりだった。
――――別に組むのが嫌ってわけじゃないけど、でもな……
ユーリは元々人付き合いが苦手なわけではないが、今回に限ってみるとなんとなくそんな気になれなかった。命の懸かっているデスゲームであるからこそ、一人よりも誰かと組んだ方がいいことはユーリも頭では理解していた。しかし、心のどこかで誰とも組まずにこのままでいい、と呪文のように繰り返している自分がいることもまた、理解していた。誰かと組んだ方がいいと分かっていて、それでも組もうとしない理由は誰とも組みたくないからである。
――――きっと、心のどこかで怯えているんだ。誰かと組んで、また、裏切られることに……
我ながら情けなく思えてきて、ユーリは自嘲気味に笑う。あれから二日が経ち、もう、平気だと思っていたが、実姉に裏切られた、という事実はユーリの考えていた以上に奥深くまで傷跡を残していた。そのせいで、ユーリは誰かを信じることができなくなってしまっていた。レアドロップをカイの言い値で渡したのも、カイを信じているからというよりも、どんな値段になってもかまわない、と思っていたからである。
――――裏切られても傷つかないからって頭の片隅で考えてる自分が嫌になるよ
軽い自己嫌悪に陥りながら、ユーリは歩き続けた。そんなユーリを呼び止める声が聞こえた気がしてふと振り返り、そしてユーリは小さなため息を零した。
「何か用?」
昼間、森の入口でユーリを勧誘してきた剣士の男、クロムがそこには立っていた。街中だからなのか、腰にぶら下がっていたはずの剣がその姿を消していたが、それ以外は昼間別れたまま、強いてあげるなら若干皮鎧がボロボロになったが、だった。
「いや、用ってわけじゃないけど、見かけたから声をかけてみたんだ。服が違ってたから一瞬別人かなって思ったけど。それで、どうだい?何かいいものは取れたかい?」
「まぁ、それなりに」
ユーリは適当に流してクロムに背中を向けて歩き始めた。実際、収穫は悪くなかった。レアドロップである【絹の糸】をはじめ、成果は上々であったが、それをこの場でひけらかすほどユーリは愚かではない。そんなことをしてもユーリにはなんのメリットもない。そのままクロムを無視して去ろうとしたユーリだが、なにを思ったのかクロムはユーリの隣を並んで歩き始めた。
「まだ、何か?」
言外に離れろ、と告げるユーリの鋭い視線に気づいていないのかクロムは妙に馴れ馴れしい態度でユーリに話しかけてくる。
「昼間は悪かったよ。二人のせいで嫌な思いをさせてしまって……そのことを謝りたかったんだ」
「別に。気にしてないから。それにあの二人の判断は間違ってない」
エルフの前衛をパーティーに入れるなど狂気の沙汰ではない。それをやらせなかった二人の判断をユーリは間違っていたとは思わないし、もし、ユーリが逆の立場であったなら、二人と同じ判断をしていただろう。
「それにしたってもう少し言い方とかさ……」
「気にしてないって言った。それと、もし俺のことを口説こうと思ってるならやめた方がいい」
未だに食い下がってくるクロムに苛立ちを覚えたユーリは強めの言葉でクロムを突き放す。
「あ、いや、別にそういうつもりじゃ……というか、俺?え?」
蜂蜜色の三つ編みが可憐な美女の一人称が俺、というのは予想外だったらしく、クロムは驚きの表情を浮かべていた。シャツにズボンという出で立ちは活動的で、昼間のワンピースとはまた別の美しさがあった。ユーリの様子を見ているとおそらくこちらの格好がユーリの普段の服なのだろうが、これはこれで凛々しくて、魅力的だ。しかし、クロム的には一人称が『俺』というのは流石に凛々し過ぎる気がしないでもない。
「謝罪なら必要ないし、勧誘は昼に言った通りだ。これ以上付き纏わないでくれ」
凛と響くユーリの声。氷のように冷たいその碧眼の眼差しに背筋をぞくりと震わせ、クロムは降参だ、と言わんばかりに両手を上げた。
「君が美人だから声をかけたっていうのは否定しない。下心が皆無だったとも言い切れない。でも、それだけが君に声をかけた理由じゃないよ」
クロムの声の調子が幾分、真剣さを帯びる。
――――こいつ、悪い奴じゃないみたいだけど、いくらなんでも馬鹿正直過ぎるだろ……
美人を目の前にして男の下心の一つや二つくらいあっても、それは当然のことであり、今更咎めるつもりもなければ、気にもしていない。しかし、それはユーリの性別がクロムと同じ男だからであり、その気持ちを理解できるからである。もし、ユーリが女性だったらクロムの正直過ぎる発言は受け入れがたいものがあるに違いない。
「で、その理由とやらはそこまで重要なものなのかい?」
「それは……判断は任せる。君は【魔法剣】っていうスキルを知ってるか?」
「【魔法剣】?いや、初めて聞く」
首を振ったユーリを見て、クロムは笑みを浮かべた。この話をユーリに聞かせる価値があると判断したらしく、わずかにその言葉が早くなっていく。
「【魔法剣】っていうのは武器系のスキルと魔法系スキルをそれぞれ一定レベルまで上げることで使えるようになる複合スキルの一つだよ。剣って名前がついているけど剣以外の武器ももちろん対象になるし、あとはそうだな……詠唱が短くて、魔法攻撃扱いになるから幽霊系にも効くし、属性効果が付くから相性によってはかなりの威力になる。もちろん、魔法剣を使わなければ武器はいつも通り使えるよ」
「へぇ、そんなスキルがあるんだ」
クロムの説明を聞いていたユーリは素の声で頷いてしまった。それほどクロムの説明は魅力的なものだった。しかし、クロムは首を横に振る。
「けど、このスキルにはちょっとした問題がある。一つ目はダメージがSTRじゃなくてINT依存だということ。まぁ、魔法の一種なんだから当然と言えば当然なんだけど、大抵の前衛職はINTよりSTRの方が高いからそのまま攻撃した方がずっと威力は高い。二つ目は使うたびにMPを消費すること。これも魔法の一種と考えれば仕方ないことだけどね。三つめは武器による攻撃がスキル発動の起点になること。簡単に言ってしまうと前衛で戦わないと使えないってことだね。」
【魔法剣】というスキルはユーリが考えていた以上にややこしいスキルだった。魔法攻撃に分類されるのであればダメージがINT依存であることやMPが消費されていくことは仕方ないが、直接攻撃しなければ発動できない、という条件は少々厄介である。この条件がある限り、魔法剣のスキルを持つプレイヤーは前衛で戦わざるを得ない。ベータ版の四種族の中でINTが高いのはエルフのみで人間とホビットが平均、ドワーフがやや低いという設定になっている。STRはこの逆であり、物理防御はSTRに依存するため、前衛に向いている種族も基本的にSTRが高い順になる。エルフとドワーフはそれぞれINTとSTRの片寄りが大きい為、魔法剣を使うのに向いているとは言い難く、人間とホビットはどちらの値も平均的である為突出した火力にはならない。つまり、どの種族にとっても使いづらいスキルになるというわけだ。
「要するに魔法の使える前衛ってことでいいのか?」
魔法職は基本的に後衛である。防御力の問題もあるが、中級以上の魔法は詠唱が必要になり、前衛で戦うと隙が生じてしまうため戦うことができない。クロムの話を聞いたユーリが頭の中でそうまとめるとクロムは頷いた。
「そういう認識でいいと思う。まぁ、最後の点に関しては上位の魔法なら遠隔発生もあるらしいから必ずしもそうだとは言い切れないけど。でも、現状では誰も身に付けてないから遠隔発生はないものと考えた方がいいね。ところで、君はどんなタイプのプレイヤーがこのスキルの適正があると思う?」
クロムに尋ねられ、ユーリは考え込む。魔法剣のダメージはINTに依存している為、INTの低いドワーフが使っても高い火力は期待できない。逆に高い火力を見込んでエルフを選べば、STRが低すぎて前線では戦えず、同じく使い物にならない。そうなると必然的に人間かホビットになるが、スキルの効果を最大限に引き出せているかというと難しい。
――――ん?待てよ……
そこまで考えて、ユーリはあることに気付いた。もし、仮に高いINTを持ったドワーフか、あるいは高い防御力を持ったエルフがいたなら、魔法剣を最大限に活用することができる。そして、INTを上昇させる方法については知らないが、防御力を上げる方法ならばユーリは知っている。単純に防御力の高い防具を装備すればいいだけである。そのエルフが武器を使えればなお、都合がいい。そんなプレイヤーなどいるものか、と一旦は否定したが、ユーリはあることに気付いた。その条件に当てはまるプレイヤーをユーリは一人だけ知っていた。
「……俺みたいなの、か?」
今更ながらユーリはエルフである。しかも、全プレイヤーの中でも上から数えた方が早い高レベルのおかげでINTはかなり高い。エルフの装備できる防具は限られていて、防御力も低いが例外もある。フランの仕立てた服の防御力は下手な鎧よりも優れていて、ものによっては全身鎧に匹敵する。今ユーリが身に付けている服も鎧に準ずる防御力があり、タンク役を務めることはできなくとも前線で戦うことの可能な程度の防御をユーリに与えている。そして、ユーリの持っている武器は剣である。まさしく、ユーリの挙げた条件に一致している。自分自身を指差しながら、自信なさそうに首を傾げるユーリにクロムは自信満々で頷いた。
「そう、その通りだよ。一目見たときから気になってはいたんだ。エルフでいて、尚且つ剣士。俺の探してたプレイヤーにぴったりだったんだ」
「つまり、魔法剣を使える人間を探していて声をかけたってわけか……けど、どうしてそこまでして【魔法剣】にこだわるんだ?」
ユーリがクロムの探していた条件に一致することはわかったが、クロムがそこまで【魔法剣】にこだわる理由が思いつかなかった。
「簡単な話だよ。魔法剣が一番強い攻撃だからさ。ベータ版のプレイヤーから聞いた話だけど、物理攻撃のダメージ算出に関係するのはプレイヤー自身のSTRと武器の攻撃力で、【技】を使った場合はそれに技の固有攻撃力が加わって算出されるらしい。魔法攻撃は物理攻撃と同じくプレイヤーのINTと魔法の固有攻撃力、それに属性補正から算出される。そして、魔法剣のダメージはプレイヤーのINTと武器の攻撃力、それに魔法の固有攻撃力、属性補正から算出される。詳しい算出計算式は分からないけど、単純に考えたら魔法剣が一番強い攻撃になるだろう」
「なるほど……」
魔法剣は使いづらいスキルだが、上手く型が嵌れば、最強のスキルになる可能性を秘めている。そして、その型に上手く嵌っていたのがユーリだったのである。
「というわけで、俺が君に声をかけた理由については納得してもらえたかい」
「まぁ、一応は。けど、いいのか?そういう情報って価値があるっていうか、高い値段がつくんじゃないか?」
ユーリに言われて、クロムは苦笑いをしながら頷く。
「まぁ、ベータ版のプレイヤーの中じゃ結構出回ってるらしいけど、俺たちみたいな初心者じゃ知らない奴がほとんどだろうな。ベータ版のプレイヤーもデスゲームになってから習得を目指す人間も少なくなったみたいだし」
――――まぁ、確かにな……
魔法剣の火力は確かに魅力的だが、自分の命を懸けてまで手に入れる価値があるかというとそこまでずば抜けた火力があるわけでもない。また、同程度の火力を手に入れたければどちらか一方を極める方が時間的にも無駄が少なくて済む。あるいは強力なスキルや武器を手に入れる方法もある。魔法剣に関する情報が出回ったとしても目指すプレイヤーが少ないのも仕方がない。
「いや、そうじゃなくて、俺に言ってよかったのかってことだ」
「え、あ、うん、そうだね……普通ならそれなりの対価とかもらうんだけど、でも、そういうつもりで言ったわけじゃないし……」
クロムも話し過ぎた自覚はあったが、釈明と兼ねていたので誤魔化すことなく全てを話すつもりでいたのだ。
「けど、流石にこれは悪いというか、申し訳ないよ」
カイに言われたおかげでユーリもある程度はモノの価値というのも自覚するようになった。クロムにどんな意図があったにしろ、無料でもらっていい情報でないことは明らかであり、それを理解してしまった以上、このままで済ませることはできなかった。カイには生活能力がない、と酷評されながらも妙なところで義理堅く、律儀な性格をしているため、そのままにできないのだ。
「そう言われてもな……別に何か欲しくて話したわけじゃないし……」
クロムはしばらく考えてユーリに提案する。
「じゃあ、俺とフレンド登録してくれないか?」
「フレンド登録か?別にいいけど……」
ユーリはわずかに眉をしかめてクロムを見た。できることならクロムの申し出を断るような真似はしたくなかったが、ユーリを女と勘違いしている状態でフレンド登録をするのは騙しているようで気が進まなかった。そんなユーリの表情を見て、クロムは慌てて言葉を付け足す。
「も、もちろん、無理に勧誘とかはしないし、口説くとかそういうことはしないよ。あくまでも一人のプレイヤーとして仲良くできたらいいなって……」
「いや、そうじゃなくて……」
――――けど、断るわけにもいかないし……
ユーリとのフレンド登録に瞳を輝かせているクロムを見ると断れるものも断れない。結局、ユーリはクロムの誤解を正せないままフレンド登録をしてその場を分かれた。
ちなみに、憲兵は倒しても無限増殖して増えていくのでプレイヤーは絶対に勝てません。最終的にはマ○リックス3のネオとスミスみたいな感じになってしまいます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は10月23日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは