NDA13
久しぶりにカイ君登場!!
カイ?誰だったっけ?なんて言わないであげてくださいね。
*ユーリのレベルを変更しました。16→10(12.10.25)
このゲームでは武器や防具には耐久値というもの設定されている。そして、この値がゼロになると武器が壊れてしまう。それはどんなに強力な武器や貴重な防具も同じで、デフォルトで装備されていた防具を除く全てと武器と防具に耐久値が設定されていた。そうはいっても【鍛冶】や【裁縫】のスキルがあれば耐久値を回復させることは難しいことではなく、ユーリも愛用のサーベルの耐久値を回復させる為にカイの下へ向かっていた。ちなみに、服はメイド服から前に着ていた男物に着替えている。着替えたユーリを見てクロエは明らかに残念そうな顔をしていたが、流石にこればかりはユーリも譲る気はなかった。
「カイ、久しぶりだな」
「あ、ユー姉さん、久しぶりだね。今日はどうしたの?」
カイと出逢ってまだ日も短いが、他のプレイヤーとの交流がほとんどないユーリにとってみれば、かなり親しい間であると言っても差し支えない。カイの作った剣のおかげでユーリが人並みに戦えるのもまた事実であるがゆえ、カイのお姉さん発言については大目に見ることに決めていたユーリは眉ひとつ動かさずにカイを尋ねた目的を告げる。
「こいつの修理を頼む」
そう言って、ユーリは腰のサーベルをベルトから鞘ごと外して、カイに差し出した。ユーリからサーベルを受け取ったカイは慣れた手付きで刀身を確認する。装甲の硬いアーマービートルを何度も切りつけたせいで刃は所々欠けていた、カイが耐久値を調べてみると案の定、20を割っていた。ここまで減少していると元に戻すのは余計に手間がかかる。手間がかかるということはその分、値段も上がる。
「うーん、割引して1000G ってとこかな」
修理費の相場はその度合いにもよるが、概ね元値の1割から2割である。しかし、ユーリのサーベルの損傷はひどく、元値の半分ほどかかってもおかしくはない。しかも、ユーリのサーベルはカイが何度も強化を繰り返している為、修理代金はさらに高くなる。カイとしてはこれでもサービスしたつもりだが、それでも通常の修理の倍以上はかかっている。
「了解」
しかし、ユーリはあっさりと代金を支払った。そんなユーリにカイは内心驚きながらも、どうも、と笑顔を返す。実態はユーリが相場を知らなかった、というだけであるがカイは知る由もない。代金をうけ取ると改めてボロボロになったユーリのサーベルを見つめた。
「ちなみに、何と戦ったの?ここまでボロボロになるなんて……」
平原に出てくるモンスターならば一日中狩っていてもここまで刃がボロボロになることはない。特にユーリのサーベルはカイが強化を重ねたせいで普通のサーベルよりもずっと性能がよくなっている。平原のモンスター程度で刃こぼれするはずがない、と絶対の自信がカイにはあった。だからこそ、どうしてこうなったのかカイが知りたいと思うのは当然のことだった。
「たぶん、アーマービートルだと思う。今日は森でずっと素材集めをしてたからな」
アーマービートル、という名前を聞いてカイの表情が変わる。ベータ版プレイヤーがネットに挙げていた情報によればアーマービートルは始まりの街の西にある『眠れる森』に出現する虫系モンスターでその防御の硬さはかなりのレベルである。ドロップアイテムである【鎧甲虫の殻】は武器、防具の為のいい素材になるのだが、アーマービートルの防御力が高すぎて誰も倒すことができず、未だ出回っていない素材の一つだった。
「アーマービートルってもしかしなくても、西の森に出てくるやつだよね?確か森の入口の適正レベルって5から8って聞いたけど、ユー姉さんのレベルって幾つくらい?」
デスゲームが宣言されて既にゲーム内時間で二日が経っていた。それだけ時間があれば、プレイヤーも目の前の事実を受け入れざるを得ず、デスゲームであるという現実を認識したプレイヤー達は大きく四つに分かれた。
一つ目は本格的にゲームの攻略を目指すグループであり、攻略組と呼ばれている。その定義は曖昧だが既に次のエリアに向けて街道に向かったプレイヤー達は概ね攻略組とされている。全体的には一番少数派である。
二つ目はフランやカイのように生産職としてゲームをプレイしていこうというグループである。ゲームを進めていくという意味では一つ目のグループと同じだが、死亡する可能性が低い為、デスゲーム宣言後に生産職に乗り換えた人間も少なくない。こちらは生産組と呼ばれている。
三つめは一般組と呼ばれるグループであり、最も数の多いグループである。攻略組でも生産組でもないプレイヤーはここに大別される為数が多くなるのも当然の結果である。このグループは特徴らしい特徴があるわけでもないが、平原でレベリングをしているプレイヤーは概ね一般組である。
最後のグループは所謂、引きこもりでフィールドに出て戦うわけでもなく、生産職として働くわけでもなく、宿に閉じこもったままのグループで、名前はそのまま引きこもり組である。
「一応、レベルで言うと10だな」
「え、嘘!?10って、それ本当?」
今日の昼にカイが聞いた話では、ようやく一般組の中のトップグループが森の適正レベルに達した、とのことである。てっきりユーリも一般組の一人だとばかり思っていたカイは驚きを隠せない。しかし、それならばアーマービートルを倒したというユーリの言葉にも頷けた。ソロでアーマービートルを倒すには最低でも10台後半のレベルが必要と言われ、パーティーを組んで倒すにしてもレベルが一桁台のプレイヤーでは火力不足で無理だと言われている。流石にユーリ単独では厳しいかもしれないが、他に同レベル帯のプレイヤーと組んでいる人間がいるなら倒せたとしてもおかしくはない。
「まぁ、色々あってな」
そう言ってユーリは初日と今日の二回もモンスターハウスに巻き込まれたことをカイに説明する。モンスターハウスはもちろん危険だが、それに見合う大量の経験値とドロップアイテムが手に入る場所でもある。それを生き抜いたユーリのレベルが人並み外れて高いのも頷ける。
「うーん、まぁ、それならそのレベルになっていてもおかしくないけど……ユー姉さんってエルフなのに剣士なんて無謀なプレイスタイルでよく生き残れたよね」
エルフなのに前衛職という不遇に、モンスターハウスという不運が重なって、それでも生き残っているというのは幸運という言葉では足りないくらい運がいい。ユーリの腰にぶら下がるサーベルを見て、カイはどこか呆れた表情を浮かべた。
「あのさ、こういうことを僕の口から言うのもおかしな話だけど、ユー姉さん、今からでも魔法職に転職しないの?まだゲームも始まったばかりだし、やり直しはきくと思うんだけど」
カイにとってユーリは大切な常連客であるが、だからといってその無謀なプレイスタイルを見過ごすほどカイは酷い人間ではない。デスゲームでなかったならば、変わったプレイスタイルの一つとして見ることもできたが、命の懸かっているこの状況でユーリのプレイスタイルを黙ってみていることはできなかった。しかし、ユーリはカイの言葉に表情を一瞬固め、そして、小さく呟いた。
「……考えてなかったな」
「はぁ?」
予想外のユーリの答えにカイの間抜けた声が漏れる。
「いや、だから……すっかり忘れてたんだ。そもそも、今日、森に行ったにも偶々というか、頼まれて急に行くことになったからな……別に攻略とか目指してるわけでもなかったし、変える必要も感じなかったからな……」
あれからずっと引きこもってたし、と笑うユーリにカイはため息を零す。
「……なんだか、ユー姉を心配するのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。まぁ、確かにこのままここにいるんなら変えなくても大丈夫なんだろうけど、でもな……」
「とりあえず、その剣の修理を頼むよ」
「あ、うん……そうだったね。アビリティ【武器修復】」
【鍛冶】のアビリティの一つ、【武器修復】は文字通り、武器を修復し、耐久値を元に戻す為のものである。アビリティを使うとカイの持っていたサーベルが淡い光に包まれていく。優しい白い光は美しく、どこか幻想的でさえある。初めて見る光景にある種の感動を覚えたユーリだったが、同時ある疑問が思い浮かんだ。
「あれ?フランは手縫いで服を作ってたけど……?」
フランが服を仕立てる様子は何度かユーリも見たことがあるが、その過程がカイとは全く様子が違っていた。フランがユーリの服を仕立ててくれた時は布の段階から裁断して、手縫いか、あるいはミシンを使っていた。そんなユーリの呟きにカイはコホン、と小さく咳払いをしてからその違いを説明し始めた。
「あのね、生産にはスキルメイドとハンドメイドの二種類があるんだよ。今は僕も含めてスキルメイドの生産職が多いね。スキルメイドだと作るのに時間もかからないし、性能も均一に作れるからね。逆にハンドメイドは時間がかかるけど、その分性能が良くなることが多いし、あと一品ものは間違いなくハンドメイドだね。他にはデザインなんかも自由に変更できるメリットがあるね。でも、ハンドメイドで作るには工房やお店が必要だから今、ハンドメイドができる人なんてそういないはずだけどなぁ……」
ちなみに、ハンドメイドとは言いつつも実際にはスキルの補助によって現実の何倍も早く作業ができる。そうでなければ、一日で服を仕立てたり、剣を作ったりすることはできない。
「ベータ版のプレイヤーだって言ってたよ」
「なるほどね。やっぱり、ベータ版の人は羨ましいよ。お金があるからすぐに工房やお店が借りられるんだもん……はい、できあがり」
修理の終わったサーベルは新品同様傷一つない。サーベルを受け取るとユーリは腰に差す。
「ありがとう」
「もし、何かいい素材を手に入れたら連絡してね。いい値段で買い取るから」
カイの言葉にユーリはそういえば、とアイテムポケットを探し、目当てのものを見つけてカイに差し出す。
「じゃあ、これを買い取ってくれるか?」
「え、これって【狼の牙】?本当に?うわ、すげぇ……」
差し出された素材を見てカイはきらきらと目を輝かせた。【狼の牙】はその名前の通り、平原に出現するモンスター、狼の落とすレアドロップアイテムである。主に武器の素材として使われることが多いのだが、レアドロップだけあって市場に出回る数は多くない。カイもずっと欲しいと思っていたが、手に入れることができなかった素材である。
「初日のモンスターハウスで手に入れたんだ。買い取りの値段は任せる、どうせこれの相場もわからないし」
レアドロップをしてカイの言い値でいい、と迷うことなく言ってのけたユーリにカイは苦笑を返す。ユーリの突拍子のなさは理解していたつもりだが、まさか買い取りの値段を相手に任せるとは思ってもいなかった。豪快の一言で片づけてしまうこともできたが覇気のないユーリの顔を見れば、むしろ、だらしない印象の方が強い。そもそも、アイテムの相場がわからない、というのはカイの目から見ても問題がある。
「……ユー姉ってもしかして、かなり生活能力なかったりする?」
「いや、その……初日からずっと引きこもってたから……」
ばつの悪そうな顔で視線を逸らすユーリにカイはため息交じりの言葉を続ける。
「それにしたってさ……僕が相場より安い値段で買うとか思わなかったの?」
もちろん、カイは相場の値段で買い取るつもりだったが、ユーリの不用心さを見ているとそう言いたくもなる。
「まぁ、カイには色々とよくしてもらってるし、それにそういうことを考えてる人間は直接そんなこと言わないだろうし」
そう言ってユーリは困ったように、しかし、にこりと笑みを浮かべた。困ったことがあったらにっこり微笑むこと、というフランの言葉を実践してみたのだがその効果はユーリの考えていた以上であった。カイは驚いた顔を浮かべたままユーリを見つめ、そして、ハッと視線を逸らすとそのまま俯いてしまった。そして、ユーリに聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。
「……それ、反則」
そして、そのまま牙の代金を差し出すとそれ以上何も言わずに黙り込んでしまった。
「ん?なにか言ったか?」
「……なんでもないよ。もし、魔法系のスキルを買いたいなら北地区にNPCのお店があるから行ってみるといいよ」
何故か早口で一気に言ってのけたカイを不信に思いながらも、ユーリはその場を後にした。
純真無垢な少年の心を鷲掴み……ユーリも罪な男の娘ですね(笑)
笑えばいいと思うよ、は本当に反則です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は10月20日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは