NDA12
引き続き、森での戦闘です。
「ちっ、【二段切り】っ!!」
ユーリのサーベルが虫の甲を切り裂く。しかし、硬い装甲に阻まれてほとんどダメージを与えることはできなかった。
「やっぱり、硬いな……」
――――てか、無傷じゃん……
忌々しげなユーリの視線の先には成人男性とほぼ同じ大きさのカブトムシ、名前をアーマービートルというモンスターだった。鎧の名にふさわしく、その体は黒光りする甲で覆われていて、先程ユーリの攻撃を受けたにも関わらず、傷一つついていない。
「やっぱりか……」
その様子を見ていたカジカは残念そうにため息を零す。カジカもクロエも既にアーマービートルに攻撃を試みたが、ユーリと同じく硬い装甲に阻まれてダメージを与えることができなかった。幸いなことに、動きは速くないのでアーマービートルの攻撃を避け続けること自体は決して難しくないのだが、ダメージを与えることができなければ倒すことなどできるはずがない。
「で、どうする?【パリィ】っ!!このままだと、どうしようもないぞ」
アーマービートルの角の一突きを【パリィ】で受け流し、ユーリはアーマービートルの甲を踏み台にして上へと飛び上がる。素人にできる動きではないが【軽業】のおかげで難なくこなすことができる。そのまま、手を伸ばして、木の枝を掴むとその腕を待機していたカジカとクロエが引き上げる。もし、真下に人がいたならばユーリのスカートの中が覗かれているところだが、下にはアーマービートルしかいない。
「うーん、このまま戦略的撤退って行きたいところだが【軽業】なんて持ってない人間の俺に木から木へと飛び移るなんてできるわけないし……」
現状の三人の火力ではアーマービートルを倒すことができないと判断した三人は一旦、アーマービートルの攻撃の届かない場所、木の上に非難することにしたのだ。このまま逃げてしまうのも一つの手ではあるが、スキルも種族補正もないカジカに木々の間を移動することができず、結局、動けないままだった。
「ユーリの使える【技】は他に何がある?」
「【二段切り】と【パリィ】、【流し切り】、あとさっき覚えたばかりの【一文字切り】」
「【兜割】がありゃよかっただけど、しかたねぇか……」
――――それを言わないでくれ。俺だって、使えるなら使ってる。
【流し切り】は擦れ違いざまに敵を切りつける攻撃で一般的にはカウンター技として重宝されている。威力もそれなりに高く、今ユーリの使える技の中では一番の威力を持っている。【一文字切り】はその名前の通り、真横に一閃して敵にダメージを与える技で、攻撃の当り判定が大きい為、一振りで複数の敵を攻撃できる。しかし、威力については大きくなく、通常攻撃より若干上という程度である。単純なダメージだけなら二段切りや流し切りの方が大きい。つまり、アーマービートルに対してはそれほど有効な技ではない。カジカの言った【兜割】は物理防御の高い相手に対してその防御力に対して攻撃を与える技であり、この攻撃を受けた相手は一時的に防御力が下がる。もちろん、アーマービートルにも有効なのだが、生憎ユーリはまだ使えない。
「あ、ちょっと、見てください、あれっ!!」
――――うわ、マジか……
クロエの慌てた声に二人の視線が動く。クロエの指差した先には木々をゆっくりと登るアーマービートルの姿があった。鋭い鉤爪を木の幹に引っ掻けて登ってくる様子はまさしくカブトムシだったが、三人にとってそれは迷惑以外のないものでもなかった。
「まぁ、カブトムシだし、登れても仕方ねぇか……」
「とりあえず、一旦、下に降りよう。こんな場所じゃ戦えない」
ユーリの言葉に二人は頷く。太い枝は三人が乗ってもびくともしないが、この場で戦えるほど安定しているわけでもない。
「ついでに、攻撃しちゃいませんか?わたし、考えたんですけど、脚の関節とかならもしかしたら攻撃が通じるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、悪くない」
クロエの提案にユーリはすぐに頷く。【軽業】と【流し切り】を併用すれば、飛び降りながら擦れ違いざまに攻撃することは難しいことではない。一方、険しい顔をしたのはカジカだった。
「悪りぃけど、俺には無理だな。お前達と違って、そんなことしている余裕なんてねぇ」
「じゃあ、それでもいいや。とりあえず、やってみよう」
そう言うが早いかユーリとクロエは木の枝から飛び降りて、擦れ違いざまにアーマービートルの左右の脚の関節部分を攻撃する。案の定、黒甲に比べれば脆い脚の関節部分はユーリの剣撃で破壊されてしまう。反対側の脚もクロエの【クロースラッシュ】で三本の内二本が破壊された。いくら鋭い鍵爪があるとはいえ、脚一本でその体を支え切れるはずもなく、ユーリとクロエが着地してから一瞬遅れて、アーマービートルの巨体が地面に落ちる。唯一、黒甲で覆われていない腹部が剥き出しになり、それを確認したユーリはカジカに合図を送る。
「うぉりゃぁっ!!」
ナイフを片手にカジカが飛び降りる。全体重を込めた必殺の一撃がアーマービートルの腹部に突き刺さり、その体を光の粒に変える。
「ナイス、カジ」
「ふぅ……なんとか助かった……」
飛び降りたカジカは安堵の息を漏らした。
「素材もいいのが手に入りましたね」
ドロップアイテムを確認したクロエも笑顔を浮かべる。アーマービートルの落とすドロップアイテムは【鎧甲虫の外殻】と【鎧甲虫の角】である。角の方はレアドロップの為、手に入れることはできなかったが殻は5個手に入れることができた。殻は軽鎧の素材としては現時点で手に入るもののなかでも上位のものであり、欲しがっている職人も少なくない。
「どうする?目当ての【蜘蛛の糸】はまだ取ってないけど、【絹の糸】を手に入れたし、一旦戻るか?」
【蜘蛛の糸】を落とすビックスパイダーとも既に戦っていたがそう簡単にレアドロップが手に入るはずもなく、手に入ったのは通常ドロップの【蜘蛛の毒】のみだった。一人のプレイヤーが持つことのできるアイテムの総量はVITによって決まるため、これ以上の素材はたとえ手に入ってもVITの低いユーリとクロエは持つことができない。空を見上げればそろそろ日が暮れはじめる時間帯でもある。夜戦の準備をしていないユーリ達が戦えるはずもなく。一行は街に戻ることにした。
・*・
街に戻った一行はその足でフランの下へと向かう。日が沈み始めたせいか、店の中に客の姿はなく、フラン一人が退屈そうに椅子に座っていた。ユーリ達の姿を見つけると立ち上がって笑顔で駆け寄ってくる。
「あ、おかえり、ユー君」
「あ、えーと、その……ただいま」
出迎えてくれたフランにぎこちない笑みを返したユーリ。その後ろで、笑い声がした。言うまでもなく、カジカである。
――――あいつめ……
「クロエちゃんもお疲れ。えーと、そっちの人はもしかしてカジカさんかしら?」
カジカを見たフランはにこりと微笑む。
「あぁ、でも、俺とは初対面だよな?」
「えぇ、でも、話だけは聞いてたから。ユー君やノエルちゃんと一緒にチュートリアルをクリアしたんだよね?」
フランの言葉にカジカは、なるほど、と頷く。
「カジカだ。ユーリとはまぁ、そんな感じの縁だ。よろしくな」
「フランネルです。仕立て屋『織姫』の店主です。よろしけれなフランって呼んでください」
互いに握手をするとユーリが切り出す。
「とりあえず、素材の買い取りを頼んでいいかな。見てくれ」
そう言ってユーリは手に入れた素材をフランの前に並べていく。
【糸】×30
【小さな繭玉】×30
【絹の糸】×5
【蜘蛛の毒】×30
【毒針】×30
【鎧甲虫の外殻】×5
【毛皮】×10
【ふわふわ毛皮】×3
目の前に並んだ素材にフランは満面の笑みを浮かべていた。なかでも、絹の糸は特に嬉しかったらしく、至福の微笑みと名付けるのが相応しい顔をしていた。絹糸は
「うんうん、絹の糸がこんなに……ふわふわ毛皮も……あれ?森に行ったんだよね?」
「あ、それか?午前中に平原で狩りをしていたときに狐が落とした。ついでに買い取ってくれるか?特に、そいつはレアドロップなんだろ?」
カジカの言葉に一同は納得して頷く。
「鎧甲虫の殻も買い取ってくれるか?」
「もちろん。軽鎧を作るには【裁縫】が必要だからね。支払いはどうしようか?全額現金?それとも、現物支給?」
現物支給とは文字通り、全てのドロップアイテムをフランが買い取り、見合ったお金を支払う方法であり、現物支給は買い取った素材を加工して防具にした上で相手に渡し、差額を現金で支払う、あるいは払ってもらう方法である。
「この際だからカジカも一着作ってもらえばいいんじゃないか?見た目は普通の服だけど、性能は下手な鎧よりずっといいぞ?今俺の着ている服も全身鎧並の防御力があるらしい」
「……マジか?」
ユーリの着ているふんわりとした栗色のワンピースは、派手さはないが上品で落ち着きがある。現実世界で着ていてもおかしくないほどの仕上がりであり、それだけに防具としての役割はほとんど果たしていないようにカジカには見えたのだった。
「男物は専門外だけど、基本は同じだから作れるよ。じゃあ、三人とも現物支給ってことでいい?」
フランの言葉に三人は揃って頷く。クロエは元々そのつもりで素材を集めていたし、ユーリもフェミニンなメイド服より普通の男物の服のほうがいい。
「腕が鳴るわね。三人とも何か希望とかある?」
フランは嬉しそうに微笑むとメジャーを取り出した。
「別にねぇけど、動きやすいのがいい。あと、できれば料理人っぽくしてくれると嬉しい」
「料理人?どうして?」
「前に言わなかったか?生産寄りのソロプレイをしようと思ってたって」
首を傾げるユーリにカジカは苦笑交じりに言葉を返す。その言葉にユーリも記憶を辿ってみると、そんなことを言っていたような気がしないでもない。思い返せば、カジカと初めて出会ったときも食材を探してた、と言っていたような覚えがある。
「で、料理人か」
「まぁ、そういうことだな。自分で素材を集めて、料理っていうのは面白そうだし、需要もあるだろうと思ってな」
「料理人か……コックさんスタイルもいいけど、それだと面白くないし、いっそ、黒で統一してみようかな。エプロンは髪に合わせて赤で、頭もバンダナにすればアクセサリー扱いになるし……どうかな?」
カジカを見ながら仕立てる服のイメージが固まったフランがそう尋ねるとカジカは苦笑いしながら頷いた。
「悪いけど、そういうのにあんまり詳しくねぇから、上手く見立ててくれ」
「了解。クロエは?」
そんなことだろうと思った、とフランは笑顔を返すと続いてクロエを見た。
「あ、わたしはその……できればユーリお姉さまと同じデザインに……」
「「「ユーリお姉さま?」」」
クロエ以外の三人の声が見事に重なる。
「え、あの……すみません」
クロエは一人、戸惑った表情を浮かべる。
「そ、その、ユーリさんってなんていうか凛々しくて、それに背も高くて、綺麗だから、それで……お姉さまっていう感じがして……だから、いけませんか?」
胸の前で両手の指を絡ませて、ユーリを見つめるクロエの姿はまるで恋する乙女のようだった。その気持ちが無垢であることは一目でわかる。それだけに性質が悪い。
「いえ、そういうわけじゃないけど……二人とも言ってなかったの?」
フランが驚き半分、呆れ半分でユーリとカジカを見つめる。てっきり、二人のうちどちらかが言うものだと思っていたので、敢えてフランから言う必要はないと思っていたのだ。
「俺はてっきりもう知ってるもんだと思ってたからな……お前達こそ言ってなかったのか?」
カジカもフランと同じ顔でユーリとフランを見つめた。合流する前に伝えてあるものだと勝手に思い込んでいたカジカの頭にはそもそも、そんなことを考え鵜はずもなかった。そして、勝手に思い込んでいたことを責める言葉を二人は持っていない。
「いや、まさかこんなことになるなんて思ってなかったから……わざわざ言う必要もないかなって……」
二人に見つめられたユーリは気まずそうに視線を逸らす。
「えーと、あの、どういうことなんですか?」
三人の視線に困惑するクロエにユーリは申し訳なさそうに切り出す。
「いや、その、クロエ……隠してたわけじゃないけど……俺は、男だ」
「……は?」
クロエの表情が固まった。
「その、騙していたわけじゃないし、素材集めを手伝うだけだから言う必要もないかなって思って……」
「ごめんなさいね、私がユー君ならきっと似合うだろうなってこんな格好をさせちゃったから誤解したんだよね」
――――いや、まぁ、確かに……
「ちなみに、これが証拠」
そう言ってユーリはクロエにステータス画面を見せる。そこに書かれたMaleの文字がクロエに現実を突きつける。NDAでは性別を偽ることは不可能であり、それを知っているクロエはステータス画面を見て、項垂れた。小さな肩は小刻みに震え、怒りのほどを物語っている。
「……ひどいです……」
「……ごめん」
非難めいたクロエの言葉にユーリは謝るしかない。
「……ひどいです。男なのにそんなに美人だなんて、あんまりですっ!!」
「「「はっ?)」」」
どこか見当違いの方向に憤慨しているクロエの言葉に今度は三人の表情が固まった。
「え、あの、クロエ……隠してたことに怒ってるんじゃないのか?」
「もちろん、そっちも許せませんけど、でも、ユーリお姉、じゃなくてユーリさんが嘘をついたわけじゃないですし、わたしの勘違いって言われてしまえばその通りですから……まぁ、仕方ありません。でも、ユーリお姉さま、じゃなくてユーリさんがそんなに美人なのは許せないです。ずるいです。卑怯です。反則です。犯罪です」
犯罪とまで言い切られたユーリは返す言葉もなく、クロエを見つめることしかできない。
「あ、やっぱり?そうだよね。ユー君ってほんと美人で、なんていうか女としての自信が崩れちゃいそうなのよね……チートだと思わない?」
――――ちょっと、待て。なんでフランはそこでクロエに同意しているんだ……
「あ、わかります、わかります。なんていうか、凛としていて、それでいて華やかというか人目を惹きつけるというか……」
「そうそう。だから、私も色々と着飾らせたくなっちゃうのよね」
妙なところで意気投合したフランとクロエを横目で見ながらユーリは諦めの吐息を漏らす。どちらかというとユーリは押しに弱い性格をしている。姉の影響は特に年上の女性からの押しにはかなり弱い。クロエはともかく、雰囲気から察するにフランはおそらくユーリよりも年上である。だからこそ、フランにメイド服を強要されても最終的に断れなかったのだ。そして、その受難はまだ続くのだということを仄めかされればため息の一つや二つ、漏れても仕方がない。そんなユーリの心情を察したのか、カジカがそっと肩にてを乗せる。
「まぁ、頑張れ」
その言葉にユーリは項垂れるしかなかった。
と、いうわけでクロエに知られちゃいました。
激怒するクロエというのも考えたんですが、流石にユーリが不憫に思えたので方向修正しました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は10月17日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは