NDA11
これからは三日に一話のペースでこれからは投稿していきますのでよろしくお願いします。
*ユーリとカジカのレベル変更に伴い、文章の一部を変更しました。(12.10.25)
――――うわぁ……みんな、見てる……
街の西門の近くでカジカを待っていたユーリは周囲から浴びせられる好奇の視線に必死に耐えていた。淡い蜂蜜色の髪を輝かせたエルフと華奢で可憐な黒猫少女の組み合わせはどう贔屓目に見ても目立つ。人の目を避けろ、というのは無理な話だ。ある程度のことは覚悟していたつもりだったが、降りかかる視線とそこから生まれる不快感はユーリの想像以上のものだった。ちなみ、ひらひらして邪魔になるから、という理由でエプロンだけは免じてもらったおかげで、栗色のワンピースのみを着ているが、仕立がいいおかげか、修道女のような落ち着いた印象を与えてくれる。その腰にぶら下がるサーベルはどう見ても不釣り合いな代物だ。
「君達、二人きり?」
一人のプレイヤーがユーリ達に声をかけてくる。軽鎧を着こんで、腰に鞘をぶら下げているところを見るとスピード重視の剣士なのだろう。その後ろには同じパーティーらしき鎧を着た男とローブの女がいた。鎧の男がタンク役で、ローブの女はきっと魔法を使うのだろう。
「もし、よかったら、俺たちのパーティーに入らないか?俺はクロムで、向こうの二人はバレンタインとマチルダ。二人とも今から、森に行くつもりなんだろ?一緒に行かないか?」
クロムから勧誘を受けたユーリだが、既にカジカと約束している為、申し訳なさそうに首を横に振る。
「そうだけど……でも、もう他の人と約束してるから、ごめん」
「そうか、それは残念だ」
「おい、クロム、手当たり次第に勧誘するのはやめろって言ったばかりだろ」
肩をすくめて残念がるクロムに鎧の男、バレンタインが顔を顰めながら言った。その視線の先にはユーリの腰にぶら下がった剣がある。全身を鎧に包まれているせいか、その視線はひどく重い。そんなバレンタインの視線に気づいたユーリは警戒しながら一歩身を引く。ユーリがエルフであることは耳を見れば一目でわかる。そして、腰に剣をぶら下げていることも。エルフと剣。普通に考えればあり得ない組み合わせである。他のプレイヤーから不信がられるのは仕方ない、と半ば諦めているが、やはり嬉しいものでもない。
「いいじゃん、そんなこと。西の方に来るってことはそこそこ実力がないとできないし」
「だけど、いくらなんでもあれはないわよ」
指差した先にぶら下がっているのはユーリのサーベルである。
「どうせ、美人だからって声をかけたんでしょ」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
ローブの女、マチルダも厳しい目つきでクロムを睨みつけている。険しい視線にクロムは苦い表情を浮かべる。否定する言葉もどこか弱々しい。やはり、下心が多少は混じっていたらしい。マチルダの瞳に嫉妬の色が見られなかったのがユーリにとってせめてもの救いと言えば救いだ
「ふーん、そうだったんだ……」
ユーリは小さな声で呟いて、冷ややかな視線をクロムに送る。冷静に考えてみれば、一目見てエルフでありながら剣士であるユーリを戦力として数える人間はいない。それでもユーリを求める人間がいるとすれば、それは相当な変人か、あるいは戦力以外の別の目的を持っているかのどちらかだ。そして、クロムの様子限り、後者のようだった。
――――男ってこんなのばっかだよな……
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「あ、来た」
クロムのことはもう既にユーリの眼中にはなく、こちらに近づいてくる赤髪を見つけたユーリはクロム達への別れの言葉もなく、カジカに駆け寄る。
「よお、ユーリ。待たせたか?」
「うん、まぁ、それなりに……あと、この服に関してノーコメントで」
クロムを一瞥して、ユーリは苦笑を浮かべ、ため息を零す。
「まぁ、色々とあったようだが……で、その子か?さっき言ってたリンクスの子っていうのは」
ユーリの外見や服装については下手に踏み込むと手痛いしっぺ返しを受けることを理解しているカジカは色々と尋ねたい衝動をぐっと堪え、代わりにクロエに握手を求めた。
「カジカだ。ユーリとは初日に一緒にチュートリアルクエストをクリアした。よろしくな」
「え、チュートリアルをクリアされたんですか?」
クロエは驚いた顔を浮かべ、カジカとユーリを見た。ユーリは知らないことだったが、プレイヤーの中で誰がチュートリアルクエストを攻略したのはデスゲーム宣言直後から話題になっていた。普通ならクリアしたプレイヤーが意気揚々と名乗り出るのだが今回はそれもなく、デスゲームの混乱も合わさって、わからないままだった。結局、南に進んだパーティーのどこかだろう、という結論に落ち着き、クロエもてっきりそう思っていたのだ。しかし、それを成し遂げた本人が今、目の前にいるのだ。驚くな、という方が無理というものである。
「あぁ。なんだ、ユーリ、言ってなかったのか?」
「別に言いふらすことじゃないし、それに素材集めの付き合ってるだけだからな」
――――それに、見た目がこれだと誰も信じないだろうし……
ユーリはそっとサーベルの柄に手を添えた。
「で、君の名前は?」
「あ、はい。クロエといいます、見た目通り、種族は猫人で、スキルは固有スキルが2つと後は【鑑定】です」
クロエも名を名乗ってカジカと握手する。
「リンクスの固有スキルっていうと【爪術】と【猫の目】か。そうなるとクロエも近接型か……」
リンクスの固有スキル【爪術】はその名の通り、自分自身の爪を武器として使うスキルである。リンクス版素手という見方もできるが、威力は人間の素手よりも高く、攻撃速度も武器より速いので、決して悪いスキルではない。問題があるとすれば、ユーリとカジカの武器がそれぞれ剣とナイフであること、つまり、三人とも近接型であるということだ。
「ちょっとバランスが悪いが、まぁ、素材集めが目的だし、危なくなったらすぐに戻ればいいか……」
先程であったクロム達のようにバランスのとれたパーティー編成の方がいいには違いないが、本格的に攻略を目指すのでなければ、そこまでを気を遣う必要はない。
「それじゃ、行くか」
そして、三人は森へと進んでいった。
・*・
木々の生い茂った薄暗い森。そこで三人は無数の芋虫と対峙していた。森に入ってそうそうにモンスターハウスに引っかかったのである。湧き出るように現れた無数の芋虫が三人を取り囲む。
「けど、芋虫でよかった。蜂だったらマジでやばかったかもな」
「確かに。狼のときよりはマシだな」
しかし、カジカとユーリは臆することなくナイフと剣で芋虫たちを捌いていく。
「はぁぁああっ!!」
三つ編みの金髪が芋虫の間を駆け抜け、サーベルの一閃が煌く。子供ほどの大きさを持つ芋虫は見た目こそグロテスクだが、それを除けば決して強い敵ではない。ユーリ達と一緒にチュートリアルクエストで数十匹もの狼を屠ったカジカのレベルも眠りの森の適正レベルに達している。芋虫は防御力こそ狼より若干高いが、攻撃力は兎並でスピードはそれ以下である。低レベル、低火力プレイヤーであれば数の差で苦しい戦いになったかもしれないが、狼の群れに襲われながらも生き残ったカジカとユーリが苦戦するはずもなく、瞬く間に芋虫達は光になって消えてしまった。
「まぁ、芋虫相手ならこんなとこだろ」
「ドロップアイテムは【糸】か。あとでフランに買い取ってもらうか。お、レアドロップの【絹の糸】もある。ラッキー」
無傷で芋虫を片付けたユーリ達は周囲を警戒しながらドロップアイテムを確認する。キャタピラーのドロップアイテムは『糸』であり、仕立屋であるフランに必要不可欠なものであり、レアドロップである【絹の糸】はフランが口癖のように欲しがっていたものだった。売ればいい値段になるが、フランに買い取ってもらえば、よりいい防具となって返ってくる。それはユーリが身を持って知っていた。
「す、すごい……」
一方、二人の戦いを見ていることしかできなかったクロエは呆気に取られていた。正直なところ、モンスターハウスに引っかかってしまったと知って、死を覚悟していたのだ。しかし、戦いが始まってみると二人は苦も無く、戦い、見事に殲滅してしまったのだ。二人は何気なく倒していたが、あの芋虫はそこまで弱くない。総合的な強さで言えば、平原の森の狼に準ずる。一匹や二匹ならクロエでも倒すことができたが、束になって出てこられたらどうしようもない。
「今の戦闘でクロエもレベルが一気に上がってるはずだから、たぶん、これくらいできるぞ?」
モンスターハウスは一度に大量のモンスターを出現するので、無事に倒すことができれば大量の経験値を得ることができる。ユーリもチュートリアルのモンスターハウスをクリアしたおかげで一気にレベルが上がったのだ。
「あ、でも、たぶん、そんなことないと思います……」
「パーティー組んで戦ってるから、俺たちの倒した分の経験値も割り振られるぞ?」
パーティーを組んでいれば、一度も戦闘に参加していなくても経験値を得ることができる。回復役のように直接戦闘に参加しないプレイヤーもいるための処置である。これを利用すればレベルの低いプレイヤーも強いプレイヤーと組むことで容易にレベルを上げることだできるのだ。所謂、寄生である。本来、寄生は歓迎されないのだが、この状況でそれを指摘するユーリとカジカではない。
「いえ、そうじゃなくて……猫人は……竜人もですけど、レベルアップに必要な経験値は他の種族とは違うんです。だから……」
正式サービス開始とともに追加された二種族は初めてゲームをするユーリから見ても初期の四種族より能力が優れていた。その代わりに何らかのデメリットがあるのだろう、とは思っていたがそれがレベルアップに必要な経験値の増加だった。クロエが言うにはリンクスは他の四種族に比べて2~3倍の経験値が必要で、そのおかげで初日からずっと平原でレベリングしていたのだが、三日かけてようやくレベル3になったばかりだった。
「とりあえず、確認してみろよ」
「それにしても、猫とドラゴンは大変だな……」
「そうなんです。最初はパーティーを組んでくれる人もいたんですけど……」
そう言ってクロエは苦い顔を浮かべた。クロエも初めから一人で戦っていたわけではない。初日はゲームの中で知り合った人達とパーティーを組んで戦っていた。しかし、デスゲームを宣言されてから、一緒にパーティーを組んでくれた人達はレベルの低いままのクロエをパーティーから追い出した。正確に言うとクロエが自分から出ていってしまったのだが、あの無言の威圧感の中で戦い続けられるほどクロエの精神力は強くなかった。クロエからその話を聞いたユーリは苦い顔を浮かべながらも、それを振り払って笑みを浮かべた。痛々しい笑顔だった。
「まぁ、でも、そういう考えが出てきても仕方ないよな……」
――――自分の命が懸かってるんだからな
これが普通のゲームだったら、ユーリは間違いなくクロエとパーティーを組んでいた連中を非難していた。しかし、これはデスゲーム。プレイヤーの命が懸かっているのだ。少しでも生き延びるために有利な選択をしようとするのは仕方ない。それを非難できるほどユーリは正義感の強い人間ではなかった。しかし、そういった人間を許すほどお人好しでもなかった。
――――まぁ、そういう奴は信用できないけど
ユーリもまた信じていた実姉に捨てられた。捨てられた直後は怒りと悲しみで冷静に考えることができなかったが、一夜明けて考えてみるとノエルの選択も理解できないものではなかった。ユーリとしても、ノエルの脚を引っ張りたくはなかったし、逆の立場であったなら、同じことをしない、と言い切れる自信もなかった。だから、ノエルのことを責める気持ちはなかったし、さほど恨んではいなかった。しかし、ノエルを信用できるか、というと話は別だ。どんな理由があれ、ノエルはユーリを裏切った。その事実がある以上、もうノエルを信じることはできなかった。
――――途中で見捨てられるよりはマシだ
ノエルのことはそう割り切るしかなかった。そうしなければ、ノエルのことを恨んでしまいそうで、怖かった。たとえ、捨てられたとしても、ユーリはノエルを、実の姉を恨みたくはなかった。ユーリは姉のことが好きだった。もちろん、恋愛感情の好きではなく、家族として、一人の人間として。そんな人を恨む苦しさを我慢できなかった。
「けど、そういう薄情な連中と早く縁が切れてよかったんじゃないか?」
「なるほど、そういう考え方も悪くないな」
ユーリの言葉に同意するように、カジカも頷く。二人に言われてクロエは少し驚いた表情を浮かべたが、笑顔で頷き返した。不思議なくらい、自然に笑えた。二人に出会えたことはクロエにとって紛れもなく、幸運だった。確認してみるとクロエのレベルは5に上がっていた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は10月11日の予定です。
それでは次回もお楽しみに♪
ではでは