NDA09
一応、R15注意です。
作者基準だと普通なんですが念のため。
「あのさ……ノエル、これって……」
ユーリは目の前の現実から必至に目を逸らしていた。ゲームの世界に閉じ込められたなんて、嘘に決まっている。そう何度も何度も自分自身に言い聞かせ、縋るようにノエルを見つめた。しかし、そこにユーリの期待していた笑顔なかった。ノエルは拳を震わせながら、天を見つめていた。その顔は蒼白という言葉では足りないくらい白い。そして、そんなノエルの姿が、これが紛れもない現実であることをユーリに告げていた。
「おい、大丈夫か?」
カジカの声にノエルは頷いてみせるが、いつもの元気はない。
「そんな顔で大丈夫なわけねぇだろ。おい、どこか休める場所に行くぞ?」
三人は広場を抜け出して、近くのレストランに入る。プレイヤーが広場に集まっているせいか店内は三人以外に客の姿はない。水を一口飲んだノエルはふぅ、と小さくため息を零した。
「ありがとう、少し落ち着いたわ」
顔色は相変わらず、真っ青のままだったが、声は幾分元気を取り戻したようだった。
「まぁ、いきなりあんなこと言われたらそうなるのも仕方ねぇ……無理するなよ」
「えぇ、でも、そんな甘いこと言っていられる状況じゃないみたいだから……まさか、こんなことになるなんて……」
ノエルの言葉にカジカは苦笑いしながらも頷いた。
「あのさ……これって、やっぱり、デスゲーム……でいいんだよな?」
ユーリは声が震えてくるのを懸命に堪えながら、二人に尋ねた。心のどこかで否定して欲しい、と思いながらもそんなことはあり得ない、と諦めている声だ。そして、案の定、二人は揃って頷いた。
「でも、ゲームから脱出する方法はきっとあるはずよ。おそらく、クエストをクリアしていけばきっと……」
「それが妥当だろうな。そこで、だ。改めて二人とパーティーを組みたいんだが、どうだ?俺は元々生産寄りのソロプレイをするつもりだったんだが、こうなったらソロなんて自殺行為だ。さっきの戦闘でお互いの技量はわかってるし、悪くないと思うんだが?」
赤毛を掻き毟りながら切り出したカジカに対して、ノエルは一瞬迷った表情を浮かべて首を横に振った。
「その申し出は嬉しいけど、受けることはできないわ。私、先約があるの」
申し出を断られたカジカは残念そうな顔をしたものの、それ以上は何も言ってこなかった。
「まぁ……それは仕方ねぇな……」
「それでね……お誘いを断っておいてこんなことを頼むのもおかしな話だけど、いいかしら?」
カジカの眉がわずかに険しくなる。申し出を断っておきながら、頼みがある、と言われても素直には頷けない。しかし、顔色の悪いノエルを前にして嫌だ、と言うのも酷だと思ったカジカは、聞くだけなら、と言って頷いた。
「この子と……ユーリと組んでくれないかしら?」
「……はぁ?」
ノエルの意外な申し出にカジカの口から間抜けた声が漏れる。
「今、先約があるって言ってたがそいつは違うのか?」
カジカが出逢った時からノエルとユーリは一緒にいた。てっきり、そのまま組むのだと思っていたカジカは首を傾げる。そして、それはユーリも同じだった。これから、どうしようか、という時にまるで手のひらを返されたかのように急に別れると言われたのだ。納得できるはずがない。
「……そうだよ、それってどういうことだよ……一緒にやろうって言ってきたのはノエルだろ?それなのに……ノエル、わかるように説明してくれ」
「……ユーリには言ってたけど、私、ベータ版のテスターをしていたの。それで、その時一緒にプレイしていた子達とまた組むことになったのよ。もう、これは決定事項。で、ベータ版のときは私がリーダーだったから、それで……ね」
「なるほど。そういうことなら断られても仕方ない」
あっさりと頷いたカジカとは対照的に、ユーリは納得できないといった表情でノエルを睨みつける。
「……俺はそこに入れないのか?ノエルがリーダーなんだろ?」
「ダメよ。今日の夜のうちに準備を終えて、朝になったら私達は出発する……こうなった以上、一刻も早くゲームを攻略しないといけないの。初心者のユーリじゃ、私達の足を引っ張るのは目に見えてるし、そもそも、PTにユーリを入れてあげられる空きもないわ」
検討する素振りさえ見せずにはノエルははっきりと言い切った。邪魔だと言い切られたユーリは悔しそうに拳を震わせ、ノエルを睨みつける。
「なんだよ、それ……いらなくなったら捨てるのか?そもそも、元からそいつらと組むつもりだったってことは、そんなに俺を女装させて弄びたかったのか?そんなことの為だけに、俺をゲームに誘ったのか?そんなことの為に俺をこんなことに巻き込んだのか!!ふざけんな!!俺を馬鹿にするのもいいかげんにしろ!!俺は姉さんの玩具なんかじゃねぇ!!」
激高したユーリはそのまま立ち上がり、店の外へと出ていってしまった。店内が気まずい空気に包まれる。残されたカジカは居心地の悪そうな顔をしながらもノエルを見た。
「……今、姉さんって言ってたけど、姉弟なのか?」
ほとんど初対面に近い相手に対して現実の情報を詮索することはマナー違反である。その自覚はあるのか、カジカの声も若干遠慮気味だ。しかし、事態が事態だけにノエルは咎めることなく、頷く。
「えぇ、そうよ。私がゲームに誘ったんだけど、まさか、こんなことになるなんて……」
ノエルは悔しそうに唇を噛みしめる。ノエルが誘わなければ、ユーリがゲームに参加することもなかった。もちろん、デスゲームに巻き込まれることもなかったのだ。それを思うと悔やんでも悔やみきれない。あのとき、声をかけなければ、ゲームに誘わなければ、と後悔がノエルの胸を埋め尽くしていく。
「まぁ、いいけど、追わなくていいのか?」
「……私が行っても、逆効果よ。出発の準備もしなくちゃいけないから、もう時間もない……悪いけど、お願いしていいかしら?」
無責任でごめんなさい、と悲しげに微笑むノエルにカジカはため息を零す。今にも折れてしまいそうな細枝のように儚い微笑。ノエルにはノエルの事情があり、理由があることはカジカにもわかる。ユーリを切り捨てるような言葉を口にしながらも、ノエルにユーリを見捨てるつもりはないことはその表情を見れば一目瞭然だ。正直なところ、この類の揉め事に首を突っ込むのはカジカの主義ではない。しかし、女性にそんな顔で頼みごとをされて、断れるほどカジカは冷血漢ではない。
「……いつもならこういう厄介事はお断りしてるんだが、まぁ、乗りかかった船って奴だ。なんとかしてみるよ」
赤毛を掻き毟りながら切り出したカジカは頷いた。
「ありがとう。お礼になるかわからないけど、隠しショップの場所を教えるわね。座標はX0488、Y0933。街の北側よ……値段は高いけど、その分、いいスキルが揃ってるわ」
「十分だ」
カジカはそう言って、ユーリを追って店を出た。
・*・
店を出たユーリは行く当てもなく、屋台街を彷徨っていた。ちらほらと他のプレイヤー達の姿を見かけたが、皆顔は俯いていて、ゲームを楽しんでいるという様子は皆無だ。いきなりのデスゲーム宣言に、ノエルからの切り捨て。ユーリの心を現しているかのように。その足取りは覚束ない。
「結局、ノエルの暇つぶしに付き合わされただけかよ……」
思い出すだけで腹立たしい。ベータ版の仲間と一緒にプレイすることが悪いとは言わない。普通に考えると、それが当然の流れだ。もし、前々からそう言われていたならば、或いはこのタイミングでなければ、ユーリだってきっと笑顔で見送った。しかし、デスゲーム宣言をされると同時に、話を切り出されればそうもいかない。一緒にしよう、と誘っておきながら、事態が急変すると同時に切り捨てられたのだ。
「畜生……」
ユーリの頬を涙が伝う。実の姉に裏切られたことが悔しくて、腹立たしくて、そしてなにより、悲しかった。
「……泣いてるのかい?」
突然の声に振り返ると見知らぬ男が立っていた。人間かホビットか判断できないが、身長補正の入っているユーリが見上げなければならないということは身長は高い部類に入る。薄暗くて顔ははっきりと見えなかったがだらしなく緩んだ口元を見れば、男の目的は容易に想像できた。だからこそ、ユーリはすぐに背を向けて冷たく言い放つ。
「構うな」
外見だけに限ってみれば、とびきりの美女が一人で泣いているのだ。普段ならともかく、デスゲーム宣言の直後で、自暴自棄になっているのだとしたら、よからぬことを企む男が一人や二人いてもおかしくはなく、そして、その衝動を抑えるものはどこにもない。
――――そういえば、さっきのアナウンスでそんなこと言ってたよな……
幸か不幸か、このゲームでは性行為は可能である。それも、お互いの合意なしで。つまり、強姦しようと思えばやり放題なのである。ゲームの開発者が何を考えてそんな設定にしたのはユーリには見当もつかないが、今の状態がかなり不味い状況であることは嫌でも理解できた。
「そんなこと言うなよ」
男がユーリの腕を掴む。がっしりと掴まれた腕を振りほどこうとするが、男の力が強く、振りほどけない。強引に振り向かされると男と視線が重なった。性欲にぎらつく、獣の目だった。醜悪で、おぞましい視線に負けじとユーリは男を睨み返す。しかし、涙でほんのりと薄紅色に染まった瞳に威圧感も鋭さもない。むしろ、薄化粧したかのようにその美貌を際立たせるだけだった。
「すげぇ……」
ユーリに睨みつけられた男はその美しさに改めて感嘆の声をあげる。そして、にやりと下卑た笑いを浮かべた。
「あんたみてぇな美人、現実じゃぜってぇにヤれねえからな……」
――――おい、ちょっと待て。俺にそんな趣味はねぇぞ……
溢れ出る欲情を抑えきれなくなったのか、男の緩んだ唇から欲望は漏れ出す。
「ふざけるな、俺は……」
男だ、と言うよりも早く、男に抱き寄せられ,、腕の中にすっぽりと収まる。既に理性も限界に近いらしく、息遣いは荒々しい。耳元で感じる息遣いはあまりに生々しく、背筋が粟立つ。しかし、両腕ごとがっしりと抱きしめられては細身のユーリに抵抗する術はない。せめてものの抵抗と言わんばかりに手足を動かしてみるが効果はない。ユーリが本気で貞操の危機を覚悟したそのとき、鋭い声が響く。
「それぐらいにしにゃさい?あの話を聞いてからPKするのは私も不本意だけど、それ以上するっていうんなら容赦しにゃいよ?」
猫人族の少女は不敵に微笑みながら、男を睨みつける。おそらく、にゃ、と言っているのはロールプレイの一環なのだろう。亜麻色の髪の間から見え隠れする三角耳。ホットパンツには尻尾が通せるように細工がしてあり、伸びた尻尾はしなやかに揺れる。そして、胸の前で組んだ腕の先には鋭い爪が輝いていた。
「はぁ?何、ふざけたこと、言ってんだ?邪魔すんじゃねぇよ」
水を差された男は不愉快そうに少女を睨みつけた。しかし、それは男にとって一番の悪手だった。
「邪魔はおめぇだよ」
猫少女に気を逸らしてしまった男の隙を突いて、ユーリは男の腕の中から抜け出すとそのまま距離をとって腰のサーベルを抜き放つ。溢れんばかりの怒りを剣に込めてユーリは男を睨みつけた。
「覚悟、できてんだろうな?」
男を貫くユーリの視線。一度は貞操の危機を覚悟させられただけにその怒りは尋常ではない。膨張する殺気は常人に耐えられるものではなく、案の情、男は腰を抜かして、地面に座り込んでいる。先ほどまでとは真逆の情けない姿を見せられてもユーリの溜飲は下らない。むしろ、こんな男に辱められそうになったのか、と更なる怒りが込み上げてくる。
「ひ、ひぃ……」
「あ、ストップ、ストップ。いくらなんでも、本当に殺すのはマズイにゃ……」
本気で男を殺しかねないと感じた猫少女がユーリと男の間に立った。その瞬間、ユーリの殺気がわずかに緩み、その隙をつくように男は逃げ出す。それを追おうとしたユーリだが、目の前の猫少女がそれを許さない。二人の視線がぶつかり合う。優しい鳶色の瞳はその色合いに似合わずに、強く遺志が宿っていた。
「わかったよ、追わない」
男が追撃する意思はない、とユーリはサーベルを鞘に納めた。それを見た猫少女は笑顔で頷く。
「でも、あぶなかったにゃ。ルビーが助けに入らにゃかったら大変なことになっていたにゃ」
「あぁ、それについては感謝している、ありがとう。ただな……助けてもらって、こういうのもおかしな話なんだが、俺はこれでも男だ」
言いづらそうに切り出したユーリの言葉にルビーと名乗った猫少女は驚きの表情を浮かべ、首を傾げる。白磁の肌は薄く紅潮し、乱れた金の髪が張り付いているせいか、妙な色香を漂わせている。これに上目遣いで見つめられたら、理性が崩壊しても、正直、おかしくないくらい美しかった。
「にゃ?本当に男かにゃ?確かめてもいいかにゃ?」
両手をわきわきと動かすルビーにユーリは無言で首を振り、代わりにステータス画面を見せた。そこに映るMaleの文字を見てルビーはあからさまに残念そうな顔を浮かべた。肩を落とすその姿は心の底から残念がっているようだった。
――――そんなに触りたかったのか?
先程の男とはまた別の意味で悪寒を感じたユーリは無意識のうちにルビーから一歩退く。それに気づいたルビーはくすくすと笑い声をあげる。
「あ、大丈夫にゃ。ルビーや無理強いはしないにゃ。どんなに触りたくても、同意がなければ我慢するにゃ。ちなみに男でも女でもオッケーにゃ」
「あ、あぁ、そうか……」
必要以上にルビーを警戒してしまったユーリはそう言って肩の力を抜く。
「ところで……」
不意にルビーの声の調子が変わる。
「ユーリのレベルを見せてもらったんだけど、もしかしてチュートリアルをクリアしたのってユーリ?」
今までの猫少女のローププレイとはまた別の、鋭い声。目つきも鋭さを増し、嘘をついたら容赦しない、と無言で告げていた。ユーリは正直に話すかどうか一瞬迷ったが、隠すことでもないのではっきりと頷いた。
「……あぁ、そうだよ。俺ともう二人で狼の群れを倒した。けど、それがどうしたのか?」
「別に。なんでもないにゃ。どんな人なのか興味があっただけにゃ。よかったら、ルビーとお友達になって欲しいにゃ?」
元の口調に戻ったルビーはにやりと笑う。先ほどまでの鋭い気配は嘘のように消えたことに驚きながらもユーリはルビーとフレンド登録をした。そして、それとほぼ同時にユーリを探し回っていたカジカがようやくユーリを見つけて近づいてきた。
「はぁ、やっと見つけた……」
ユーリを探して走り回ってきたせいか息は荒い。先ほどの男のことがあったせいか、カジカを知らないルビーは近づいて来るカジカを警戒しながら睨みつける。耳の先から尻尾まで立たせたその姿は猫そのものだ。
「……誰にゃ?」
「俺の知り合い。カジカって言って、俺と一緒にクエストをクリアしたプレイヤーの一人」
ユーリの知り合いだとわかるとルビーの顔色ががらりと変わる。にやり、と笑うその顔はまさしく小動物のようであり、先程までとはまるで別人だった。
「にゃ、それはすごいにゃ、是非、お友達になるにゃ」
しかし、カジカはルビーのことなど目に入っていないかのようにユーリの前に立った。
「はぁ、はぁ……ユーリ、こんなところにいたのか、随分探したぞ」
額の汗を拭うカジカの視線は鋭い。咎めるような、と言えば言い過ぎになるがとても穏やかとは言えないその視線にユーリは顔を逸らす。息を切らしたカジカを見れば、必死にユーリのことを探し回っていたことがよくわかる。一緒に狼達と戦ったとはいえ、カジカにそこまでしてもらう義理はない。
余計なことを、と疎ましく思う心がある。その一方で、わざわざ探させて申し訳ないと思う心もある。そして、実の姉に見捨てられたユーリを探してくれたことに感謝する心もある。色々な気持ちが混じり合い、ユーリはカジカを直視することできなかった。
「俺に何の用だよ?」
乱暴な言葉遣いは乱れた気持ちの裏返しだった。冷静になれない自分自身を隠すために、言葉が自然と攻撃的になる。カジカはそんなユーリの言葉に眉をしかめることもなく、落ち着いた声で言った。
「お前達の間で何があったのかは知らないし、はっきり言って興味はない。お前を探した理由は二つ。一つ目はノエルに頼まれたから。別に突っぱねてもよかったが、その分の代金はもらったからな」
カジカの言葉にユーリの顔がわずかに歪む。その顔に映っていたのは苦い絶望だった。結局、ノエルにとってユーリはその程度の価値しかなかったらしい。本絵を言うなら、心のどこかでユーリはノエルが探しに来てくれることを期待していた。一緒にパーティーを組んで云々の話はともかく、ユーリのことを少しでも心配してくれるなら、探しに来てくれるはずだと思っていた。そして、仲直りできるはずだ、と。
しかし、ノエルは真実、ユーリを見捨てていた。探そうとしていないというその事実が、暗にそれを語っていた。そんなユーリの心の内を知ってか知らず、カジカは更に言葉を続ける。
「そして、二つ目の理由は、まだ答えを聞いてないからだ」
「……答え?何の?」
訳のわからないカジカの言葉にユーリは首を傾げて顔を上げる。それを見たカジカは大きく頷いて、言葉を続ける。
「ノエルには断られたが、俺と組むかどうか……お前の答えを聞いてない。どうする?」
予想外のカジカの言葉にユーリは一瞬、呆気にとられた顔でカジカを見つめ、すぐに俯く。暗に、ユーリが必要だ、というカジカの言葉は嬉しかった。しかし、その一方でカジカも何か企んでいるのではないか、いずれ見限られるのではないかという不安がユーリの中で渦巻く。実姉に裏切られた、というトラウマはそう簡単に拭い切れるものではない。
「……少し、考えさせてくれ」
受け入れるでもなく、拒絶するでもないユーリの言葉。それが今のユーリの限界だった。
はい、というわけでいよいよ本格的にユーリの冒険が始まります。
言ってみればデスゲーム突入までが序章な感じですね。
これからも執筆頑張っていきますので、よろしくお願いします。
皆様からのご意見、ご感想をお待ちしています。
ではでは。