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プロローグ  作者: 梅雨子
5/8

5.序章の始まり

.



 噂がある。

 薬を求めて来た町人が教えてくれた、噂。

 町人は、魔女狩りが始まっているという。

 ――それは、絶対神が仕掛けた伏線。

 今、国の至るところで魔女による不幸が起きているそうだ。

 教えてくれた町人は、その噂を信じていないと言った。だから、チェダーやパルメ、レラにその噂を教えた。

 だが、信じる者も少なからずいる。魔女を恐れる者がいる。

 大切な人を失った者は、その死を魔女のせいにした。

 病魔に侵された者は、その病を魔女のせいにした。

 続いた日照りも、その後の豪雨も。いまだ続く戦で敗戦続きなことも。

 すべてすべて魔女のせい。


 そう断言したのは、権力者だった。国民が抱く国への不信感や憎しみを、魔女へとすり替えた。

 そして、権力者は魔女狩りによって人々から魔女の情報を得、彼彼女らを捕らえる。

 その捕らえられた魔女たちは――戦に駆り出されるのだ。

 負け続きの国。もう、騎士や傭兵は疲れきっている。それでも、勝たねばならない。

 新たな戦力は、魔女。魔法によって、敵兵を蹴散らすための駒。

 それが、魔女狩りの正体だった。




***   ***   ***




 畑に撒くための水を汲むため、レラは川へ向かう。

 川へは、小道から外れて草むらを歩かねばならない。

 まだ昼前だが、辺りはいつもより暗く、空を見上げれば、太陽に雲がかかっていた。

 不思議と背筋を這うような寒気を感じ、早々に水汲みを終えようと思う。ゆえに、足早に草むらをかき分けて川を目指した。


 レラが川まで目前と迫った時、耳が音を拾う。

 鳥の慌しい羽音と――。

(馬の蹄?)

 音からすれば、速度は遅い。数も少ない。それでも一、二ではない。

 レラは息を呑む。察したのだ。

(……今日、なんだ)

 冷や汗が背筋を伝った。全身から血の気が引き、身体は小刻みに震える。

(今日が、運命の日なんだ……!)

 動揺に息が詰まる。焦燥に頭の中が真っ白に染まった。

 ――運命の日は、正確に決まってはいない。季節や時期はあるものの、日時が定まらないから、対策を練ることもできない。

 あれは、何度目の人生の時だっただろうか。

 レラはパルメやチェダーと共に、前もって違う森へと逃げたことがあった。

 けれど、そこでも毎度の運命と同じように、魔女狩りにあう。

 そうして、いつだって運命は変えられないと身をもって知った。

 だから、レラは運命を諦め、無駄なことはせずに、パルメと過ごす時を大切にするようになったのだ。

 ――決め事。絶対に大切な人に”嫌い”と言わない。

 いつか、必ず後悔するから。

 ――そして今、レラは運命の日を迎える。

 ――今日は、レラが死ぬ日。

 レラは水桶を抛り、身を翻す。

 いつもは小道を歩くが、それは遠回りになる。草むらを分け入って家まで向かえば、草による傷をたくさんこしらえることになるけれど、家まではすぐだ。

 多少の掠り傷など、どうでもいい。レラは必死に草むらを走った。

 ――レラは、家に戻らなければ死なない未来もあるのではないか、と思った日もあった。

 ――だが、もっと酷い目にあって終わった。

 ――兵らに見つかり、犯され、殺される。その姿を、パルメに見られた。

 どうせパルメの腕の中で死ぬ未来が決まっているのなら、きれいなままの自分でありたかった。

 レラのわがままだとしても、パルメにしか触れられたくない。

 その願いだけを胸に、走る。

 死ぬためだけに走る自分がどこか滑稽で。でも、迷いはなかった。

 変えられない運命なら、よりよい道を選びたい。絶対神の定めた運命は変えられなくても、自由にできる範囲で、最善を望みたい。


 しばらく走った後、家に辿り着いたレラは、扉から勢いよく中へと押し入る。

「おかえり、レラ」

 チェダーが肩を上下させて息をするレラを、目を丸くしながら出迎えた。

 腰が痛いのに、壁を伝って「いってらっしゃい」「おかえり」を言ってくれる家族。大切な大切な存在。

「ただいま、婆様」

 泣きそうに笑いながら、レラが答えた。

 レラの心に渦巻く泣きたいほどの、未来への切望。もう、皆一緒にいられるのは、残りわずかだと伝えなければならない。それがとても辛かった。

「レラ?」

 レラの異変を察したパルメが、彼女の両肩に手を置いて顔を覗き込む。

 レラは青年のまっすぐな瞳を直視できず、目を伏せた。次いでパルメの手に自分のものを重ね、言葉を紡ぐ。

「……魔女狩りが、来てる」

 声が、震えてしまった。少しだけ失敗した、と思いながら、レラは視線を上げてパルメを見る。

 瞠目しているパルメ。そんな彼の手を両手で握り、レラは続けた。

「隠れて」

「――嫌だ!!」

 刹那、パルメは怒るようにレラの手を振り払う。

「嫌だ! どうせ隠れたって無駄だ! だったら……もしかしたら、レラと婆様を守れるかもしれないだろ?」

 泣きそうに顔を歪めたパルメは、どこか怒気が滲んでいた。

「パルメ……」

 向き合い、レラは自分より背の高い彼を見上げる。

 レラの瞳がとらえたのは、睨みながらも揺れるパルメの青い瞳。自分だけを映す空の色。しかし――そこに、仄暗さと絶望と、憎悪が秘められている気がした。

 今まで見た事のないパルメの様子に、レラは見入るが、首を横に振って強く告げる。

「パルメ、隠れて」

 ――パルメが隠れても隠れなくても、運命は変わらないと、レラは知っている。

 ――それでも、レラは少しでも抗ってやろうと思う。

 ――腰の悪いチェダーを背負って逃げても追いつかれる。どうせ運命は決まっている。

 ――だけど。

(悔しいじゃない。少しでも絶対神に刃向かってやりたいじゃない。……パルメの心を守れないって知っていても……試してみるくらい、いいじゃない)

 チェダーがレラの想いを酌み、ゆっくりと孫へと向かう。

 パルメがチェダーに目をやると、老婆はにやっと口尻を上げた。

「パルメ、老いぼれたってわたしも魔女だよ。一人や二人、やっつけられる。大人しく守られてな」

 ――運命は変わらないとしても、パルメがこれから背負うはずの罪は、減らせるかもしれない。

 ――この生では、まだ人を殺した事のないパルメ。彼が奪ってしまう命を、少しでも背負うことができたらいい。

 ――それが、今のレラとチェダーの望み。

 言葉を失ったパルメは歯を食いしばりながら俯いた。そして、首を横に振る。何度も何度も彼がそうしている最中に、レラは床板を外した。その音を察したパルメが顔を上げると同時に、チェダーとレラは、床下収納にパルメを突き落とす。

 ドン、と重たい落下音が響く。

 床下からパルメがなにかを話そうとしたが、直後の玄関扉が叩かれる音で、それは遮られた。


 レラは急いで蓋となる床板をチェダーに渡し、扉へと歩む。出迎えて時間を稼ごうと思った。

 しかし、入室許可を出していないにもかかわらず、扉が勢いよく開け放たれる。

 現れたのは、身体に鎧を纏った四人の兵と、町人。魔女を恐れる町人が、兵に通報したのだ。

 立ちふさがるように立つレラは、そっと深呼吸しながら体裁を繕う。横目で、既に床板をはめ込んだ後である事を確認し、安堵の息を飲み込んだ。

 床板は床下から力をかけても外すことはできない。ゆえに、パルメは自分の意思で出ることはかなわないはずだ。

 そうして、無礼な訪問者を迎える。

「どうなさいましたか?」

「魔女がいるはずだ」

 レラはどうせ誤魔化しても意味はないと知りながら、小首を傾げた。

「魔女……ですか?」

「おや、お客様かい?」

 チェダーがレラの隣に並び、兵らの行く手を塞ぐ。

 チェダーの出現に、素早く兵は身構えた。おそらく、兵はチェダーの青い瞳の色を瞬時に判じたのだろう。

「この老婆か?」

「はい、あともう一人、男がいるはずです」

 兵と町人がやり取りをしている中、チェダーはレラに目配せする。チェダーに注目が集まっている今しか時機はなかった。

 レラは一つ頷き、静かに後ずさってすぐ隣室である厨房へと走る。そうして、調理用の刃物を手に取り、もといた場所へ戻った。


 レラが部屋に戻って目にしたのは、チェダーが兵二人に腕をとられている姿。

 そして残りの兵二人は、パルメを捜していた。

 厨房から戻ったレラに気づいた兵の一人が、声を荒げて振り返る。

「おい、もう一人をどこへ匿った!?」

 レラはゆっくりと顔を上げた。その顔は、無表情だ。動揺も恐怖も心の底に押し隠し、ただ目の前で詰る男を見据えた。

「おいっ! 答えろ!」と怒鳴る声に、レラの心拍数が上がる。奥歯を噛み締め、恐怖など微塵も悟らせないよう振舞った。

 ついで、チェダーとレラの狙いがバレないよう祈りながら、後ろ手に隠し持つ刃物の柄をギリ、と握り締める。

 ――レラとチェダーは、二人で兵を殺そうとしている。

 それは、パルメの罪を、少しでも軽くしたいから。

 運命は決まっていても、絶対神の定めた未来に影響しないことは、変えることができる。つまり、レラとチェダーが兵を数人殺しても、残りの兵がレラたちを殺す。そして――。

 結局なにをしても、レラとチェダーは兵に殺される。

 それでも立ち向かう理由は――これから多くのものを背負って生きるパルメの罪を、共に背負おうと思ったからだ。

 問いかけに答えないレラに対し、兵は舌打すると、別の場所を捜そうと踵を返した。

 レラは一度目を固く瞑り――再び目を開け、決意を宿した瞳で兵の後ろ姿をとらえた。

 怖くないといったら嘘になる。死ぬ事も、人を傷つけることも怖い。心が怯みそうになるくらい、足が震えて立ち竦みそうになるくらい、怖い。怖くて怖くてたまらない。それでも、守りたいものがある。

 レラは刃を兵へと向けて駆ける。鎧を纏っていない首を狙って、刃を振り上げた。

「な……っ!?」


 刃は兵の首をとらえたが、掠っただけだった。血は一筋流れる程度。これでは致命傷には至るはずもない。

 それでも、これがレラにとって精一杯の攻撃であった。

 体重をかけて襲い掛かったため、レラは体勢を崩して床に倒れる。起き上がろうと腕の力で上体を起こすが――。

「このクソ女っ!!」

 レラに斬りかかられた兵は、腰にさしていた剣を抜き、レラへと振り下ろそうとした。

 瞬間――兵を光が包み込む。

 青白い、光の柱は、傍に在っても熱を感じることはない。ただ、その中にいた人影が姿形を無くしていく。まるで、塵のように。

 目の当たりにしたレラは、目が眩むほどの閃光に顔を伏せた。

 そうして光がやむのをまって顔を再びそこへ向ければ。

 レラを殺そうとした兵の姿はそこになかった。その光の柱が貫いた屋根と床の部分も円型に抜けていた。

「……え?」

 レラだけではなく、他の兵や町人も、呆気にとられたかのようにチェダーを見つめる。

 魔女の力を目にしたのは、魔女を除く全員が初めてだったのだろう。

 圧倒的な力を前に、言葉を失った。

 ただ一人、過呼吸に陥ったチェダーがそこにいる。魔女の強大な力は、老体である彼女の体力を相当に奪ったらしい。

「婆様……」

 口を開けて呆けていたレラの喉はからからに渇き、声が嗄れてしまった。

 そんなレラをチェダーは見つめ返し、にやりと会心の笑みを浮かべる。

「これが、魔女の力、だ……」

 しかし、チェダーは力を使い果たしたかのように床へと膝をつく。彼女の腕を掴んでいた兵は、呆然とチェダーを見下ろしていたが、やがて我に返ると「ひぃっ」と喉の奥で悲鳴を上げた。

 そして。

 チェダーの力に恐れをなした兵は、即座に剣を抜き、彼女の身体を貫く。

 血しぶきに兵が鎧を赤く染め上げる。チェダーは音もなく床に倒れ、血の海をつくる。

「婆様っ!」

 レラが叫んだ。

 その直後――油断していたレラにも、刃は振り下ろされた。



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