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プロローグ  作者: 梅雨子
2/8

2.序章まで、あと5年

.



 娘 レラが生まれた時、既に、彼女の生まれた国は戦を繰り広げていた。

 飽和状態に陥った貴族。彼らに与える領地を得るための侵略戦争だった。


 戦によって多くの町や村が敵兵に襲われていく事実を、片田舎である村の民も知っていた。

 それでも、面積限られた農村に逃げ延びる人はほとんどおらず、レラを含めた村人は町から伝え聞く話でしか戦の存在を感じることはできなかった。

 そうして、いつものごとく畑を耕し家族で笑う――そんな日々が続くと、最初の人生を送るレラは思い込んでいた。




***   ***   ***




 絶対神が定めた最初の要所は、レラが十三歳の時だった。

 その頃には、国はすっかり疲弊し、戦も負けることが多くなっていた。敵国は少しずつ領地を広げていく。

 そうしてついに、レラの住む村にまで被害は及んだ。



 先日、隣町は侵略され、現在では敵兵に蹂躙されている、と情報通の村人が集まりの場で伝えた。彼は隣町と農産物の取引をしているため、あちらに向かう道で血にまみれた知人を拾ったという。その知人とは、隣町の住人で、村人にとって気の知れた仲だったそうだ。

 今、傷を負った町人は村人の家で静養していると言うが、悠長にしていられないことは明白である。

 貴族や王都の民が乗る馬車とは異なり、物を運ぶことだけが目的の傷んだ馬車で一日ほどの距離に隣町は位置する。間違いなく、兵士たちの鍛えられた軍馬ならば半日程度で襲来するだろう。

 町人は敵兵の侵略を知らせようと村まで向かっていたが、村手前で力尽きた。およそ四半時村から離れた場所だったため、運よく村はまだ襲撃を受けてはいない。

 だが、レラの村が同じ運命を辿るのは目前だと、村人の誰もが悟っていた。



 逃げる、という選択肢はもはやなかった。

 村の馬は痩せ細り、村人全員の最低限必要なものを運べる手段はない。身一つで逃げれば可能だったかもしれないが、逃げた先にも兵は来るだろうし、なにも持たぬ民を易々受け入れる町村などありはしない。

 ゆえに、村人たちは力の限り抵抗し、守れるものは守ろうと決めた。

 どうせ町ではない寒村、襲撃が完了したらすぐに隣の町村に狙いは移る。一時を凌げば、少数でも生き残ることは可能だ。奪われるのは多くの命と財と食べ物。一時の地獄が過ぎ去るのを待てば――。

 それだけが、村人の救いだった。



「レラ、ここに隠れているのよ」

 そう言って、母はレラを床下収納に押し込んだ。

 いつも優しい母は、その時もなんら変わらぬ笑みを見せる。目尻の皺に歳が出ながらも、むしろそれが慈悲深さを演出する。

「母さん、父さん……っ」

 不安に揺れるレラの黒い瞳。父ゆずりのそれは、涙で潤む。

「大丈夫だ。そこで静かに待っていなさい。怖いなら、耳をふさいで目を閉じて」

 そうしたら、気がついたらすべて終わっているさ。

 そう続けた父は、いつだって心強い。頼りになる父。けれど。

 ――レラは知っている。もう二度と、笑みを浮かべた両親に会うことはかなわない。

 ――絶対神を何度憎んだだろうか。絶対神はレラに加護など、与えてはくれなかった。いつだって無情に、残酷な時間だけを与えた。

「父さん……」

 ――最初の人生で、レラは願ったものだ。死ぬのなら、両親と一緒がいい。生きるのなら、両親と一緒がいい、と。

 ――しかし、願いは一度たりて叶ったことなどない。

 父がレラのいる床下収納を隠そうと、床板を被せにかかる。両親も知っているはずだ。自身らが助かることはないと。

 それでも、どうしようもない。非道な絶対神がそう定めたのだから。

 真っ暗な床下。光はまだわずかに届いている。閉まりきっていない床板の隙間から、両親が微笑んでレラの無事を祈っていることがわかる。

(助かるよ。私は助かるの。そう絶対神が決めたから。だから――)

 逃げてほしかった。床下にいればレラは見つからない。わかっているから、どこか遠くへ逃げてほしい。

 そう叫びたいのに、絶対神はそれを許してはくれない。

(嫌い……絶対神なんて大嫌い……っ)

 涙が滂沱と流れる。もれそうになる嗚咽は、口元を両手でふさぐことで抑えた。


 完全に床板がはめ込まれ、レラは暗闇の世界で蹲る。

 少しばかり生ぬるく、息苦しい。そこで一人涙を流しながら、ただ時が過ぎるのを待った。

 怖くてたまらない。暗闇の世界では、考えたくないことばかり想像してしまう。知っている未来。その未来を脳裏に思い描き、怯えた。

 どうして自分に力がないのか。絶対神の定めた未来を変える力がないのか。

 ただ、流されて生きるしかない。不甲斐ない自分に吐き気すらした。

(……父さん、母さん)

 心の中で呟いて、泣きつかれたレラの意識は沈んでいった。




***   ***   ***




 光を感じ、重たい瞼を押し上げる。

 泣き続けたために、腫れぼったい目は熱く感じた。

(――眩しい)

 床板が外された床下に届く光は、神々しいほど眩い。

「大丈夫?」

 光の中に、人影が浮かぶ。

 レラは光に目が慣れるまで待ち、眇めていた目を徐々に開けていく。そうして捉えたのは、金の髪と青い瞳の少年だった。

 神の使いのような、近寄りがたいほど神秘的で美しい容姿。

 年の頃はレラより若干年上だろう彼は、心配そうに床上からレラを見下ろしている。

 レラが目を瞬くと、少年は安心させようとしたのか表情を和らげた。

「僕は君の敵じゃないよ。もう、大丈夫。敵は次の集落へ行ったから」

 ――ああ、すべてが終わってしまったのか。

 それが、レラがはじめに思ったことだった。

(また、なにもできなかった)

 ――知っている。両親は……。

 床下から出るように立ち上がったレラが少年の背後に視線をやれば、見慣れたはずの室内は血の海の跡地になっていた。

 そこに、両親はもういない。

 レラの視線に気づいたのか、少年は彼女に、申し訳なさそうに告げる。

「……この部屋にいた二人は……」

「私の、両親」

「……その、亡くなっていたから……あの、婆様が今、お墓をつくってる」

 知っていた。空っぽになった心で表情もなく血の跡を見つめる。

 目の前の少年が、眉根を寄せ、苦しそうに歯を食いしばった。

「……ごめんね」

 レラにはその言葉の意味がわからない。彼が謝る理由など、どこにもないのだ。

「泣くの、我慢しなくていいんだよ」

 そう言われて、レラは自分がどんな顔をしているのか気づく。

 何度経験してもなれることなどない、大切な人の死。心が痛くてたまらない。壊れるように、ひびが入る音が聞こえた気がした。

 そんなレラを、少年は抱きしめる。

 部屋に充満しているだろう血のにおいも、泣き暮らしたレラは鼻がつまってよくわからない。視界で捉える光景と、これまで繰り返してきた経験で、両親の死を感じ、ただひたすらに涙を流す。



 この日、レラの村は滅んだ。



 ――彼がいなければ、もしかしたらレラは襲撃によって両親を失うことはなかったのかもしれない。

 ――けれど、彼がいたから、レラの心は壊れることはなかった。



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