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プロローグ  作者: 梅雨子
1/8

1.序章

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 この世界には、絶対神がいる。

 絶対神は天地を創造し、生命をも生み出し、彼らの運命を定めた。

 その運命に、人は逆らうことなどできないのだろう。いまだかつて、そうできた人はいないのだから。




***   ***   ***




 住みなれた家の、古びた床に広がる真っ赤な鮮血。少しずつ少しずつ、それは面積を広げる。

 その血溜まりの中に、娘を抱きかかえる青年がいた。

 娘は口尻から血を流しながらも、口元を綻ばせる。

「生きて」

 血を流す臓器は、娘の声を弱く儚いものにした。

 けれど青年は確かに聞き取り、それが娘の、心のそこからの願いだと理解する。

 娘は、顔を歪め、死へと歩む自分よりも辛く苦しそうな青年に、目を細めた。

 ――彼女は、自分が死ぬことを知っていた。

 その世界の住人は、何度も同じ時を繰り返しているのだ。そして、生まれ変わる度に同じ運命が待っている。

 彼女らの一挙一動に制限はない。しかし、要所は定められ、抗えず。結局どう行動したところで、運命が覆ることはなかった。

 ――彼女が運命に逆らおうとしたこともある。今世ではない、もう憶えていないくらい前の人生で。

 けれど、平凡な、ただの小娘にそんなことは不可能だった。だからこうして、何度も同じ運命を辿る。青年の腕の中で、息絶える運命を。

 ――でも、娘は知っている。自分の死には、意味があるのだと。

 ――自分の死をきっかけに、青年の運命が動き出すのだと。

 ――そのための犠牲が、自分なのだと。

 娘には、夢があった。最初の人生を歩んだ時に、願った未来。それは今でも夢のまま。

 それでも。

(何度死んで生まれ変わっても、私はまた、貴方に逢いたい)

 例え、青年と出逢うがゆえに、若くして死ぬ未来が決まっていたとしても。

 ――そう願ってしまうのだから、仕方ない。運命を受け入れよう。

 諦めにも似た執着。願い。

 ――なんでもよかった。彼に、また逢えるのならば。

 ――たとえ、死が待っていようとも。

 ――青年と過ごせる時がわずかだとしても。

 ――後悔するなど、ありはしない。

 青年が頬にかかる娘の黒髪を梳きやり、次いで頬を手のひらで包む。抱き寄せるようにして、唇を寄せた。

 最初で最期の口付け。

 だが、繰り返す運命の中で、もう数え切れないほど”最初で最期”の口付けをしている。

 だから娘は目を閉じた。

 青年は啄ばむように口付ける。柔らかく温かい感触だった。

 余韻に浸るようにゆっくりと離れた青年の唇。

 娘が目を開け、青年の顔を見つめれば、唇には血の赤が移っていた。それが艶やかで、誰もが見惚れるほどの色気を放っている。

(私は、笑むの)

 それが絶対神に定められた運命。

(そして、貴方は涙を流すの。顔をくしゃくしゃにさせて)

 それが絶対神が定めた運命。

 娘は運命の通りに微笑む。絶対神どうこうではなく、青年に自分が幸せなのだと伝えたかった。

 おそらく、これまでの運命でも、その気持ちは伝わっていただろう。それでも、過去の青年は、いつだって別れに身を引き裂かれる想いを表情に浮かべていた。

 だからきっと今度も――。

(……え?)

 娘は瞠目する。

 苦痛に顔を歪めるはずの、そう定められたはずの青年は、鮮やかな赤が映える唇に弧を描いていたから。



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