喧騒の街
前書きと言うより【言い訳】です…。 夏に第一話を掲載させていただきましたが、色々ありまして…二ヶ月ぶりの投稿です。 物語の季節は『夏』ですが、気にしないで読んでやって下さいm(__)m
街は既に活気に満ち、蝉が喧噪に拍車を掛ける。
やけに賑やかな朝である。
獣三郎はその街を歩いていた。
普段なら真っ直ぐに、昼前からやっている賭場へと出掛けるのだが、今は手頃な“獲物”を探している。
街の活気とは裏腹に、この街には、飢え死にを待つばかりの無気力な浪人が多過ぎる。
刀を売り、ただ死ぬ場所を求めているが、闘って死ぬ勇気がない。
そんな、武士の成れの果てを見ながら、獣三郎は嫌悪感を覚える。
しかし、斬り殺してやるほど、優しくはない。
ただ侮蔑の表情で一瞥するだけだ。
それにしても、目ぼしい剣客が居ない。
昨夜は『誰でも良い』とさえ思ったが、一晩経つと欲が出た。
いっそ、何処かの道場主とでも斬り合うか。
そう考えたが、獣三郎はすぐに打ち消した。
“木刀打ち”に真面な奴は居るまい。
抑々、『剣術』を木刀で行うことに無理がある。
何程高名な流派の師でも、木刀打ちの道場の出では、実際に真剣で立ち合っても話しにならない。
其れ程木刀と真剣は違うのだ。
空気を打つ木刀に対し、刀は空気を裂く。
刃の迅さが比較にならない。
そして迅さが乗れば、刀の切っ先は延びる。
普段木刀を打ち馴れていれば、その感覚さえ掴めまい。
木刀打ちは刀ではなく、木刀を振る方が闘えるだろう。
それが、13年間の人斬り稼業で学んだ事だった。
まぁ、其処等の破落戸を相手にするよりは楽しめるだろうが…。 獣三郎は
「クク…」
と声を殺して笑った。
これから人を斬ると言う昂揚感と、己が危険な存在だと自覚した可笑しさで、堪らなくなったのだ。
「ッ!!」
獣三郎は弾かれたように振り返った。
とっさに刀柄を握り、振り返った時には、腰に落とした愛刀“神哭”の鯉口を切っていた。
街中で半ば刀を抜き掛けていたのだ。
“神哭”は呪われた妖刀。
一度抜けば、血を吸わせるまで納めることが出来ない。
抜き掛けた刀を、そっと鞘に納めた。
騒ぎが起きては、面倒だ。
何人斬ろうが関係ないが、只々面倒なのである。
獣三郎は一点を見つめていた。
微かに殺気を感じたのだ。
微かなのだが、強く激しい、刺すような、強者特有の殺気を…。
振り返った瞬間、殺気は跡形も無く消滅していた。
今は何処からも、獣三郎への害意は感じられなくなっていた。
此程、己の気を操れるとは…
「面白い」
獣三郎が呟いた。
片方の口端を上げ、凄絶な笑みを貌−かお−に浮かべる。
眼光は爛々と輝き、一人の男を睨め付けていた。
切れ長の目、高い鼻梁、非常に整った顔立ち。
ともすれば女に見える程の美貌の持ち主であった。
月代を剃らず、髷は結っていない。
浪人だ。
長髪だが汚く伸びた感は無い。
寧ろ手入れされている。
長身痩躯、しかし脆弱ではないだろう。
「私の顔に何か?」
男が言う。
「とぼけるな」
獣三郎が返した。
二人は二間(約3.6メートル)を空けて対峙している。すでに間合い。
一触即発の空気が流れ出す。
…男の刀は平均より長く、やや曲がりが強い。
居合いだな。と獣三郎は判断した。
冷静に相手を観察し、技量を見抜く。
恐らく、相手も同じ事をしているのだろう。
「どうですか」
不意に男が瞳を動かし、獣三郎に何かを問う。
男の視線は、二人の丁度中間に建ったうどん屋を見ている。
「フン…。良かろう」
獣三郎は未だに掴んでいた刀柄から手を離した。
途端に緊迫した空気が薄れた。