移動国境
『今週の国境 マハ側』
カレンダーの下に、白墨で日付の書かれた板がかかっている。
「あー? 何だこれ」
ベッドのシーツを取り替えていた兵士がそれを見付け、手に取った。
「あ、裏返すなよ、分からなくなるからな」
まだ若い隊長が慌てて言ったが、それを聞いた兵士は「裏?」と怪訝そうに板をひっくり返した。
『今週の国境 リーディア側』
「……は?」
眉を寄せて難解な顔をした兵士に、薪を運んできた別の兵士が言う。
「おまえ知らなかったのか? ここの国境は一週間毎にマハ側……俺たちのいるこの兵営までと、リーディア側の兵営までと、交互に変わるんだぜ。そうですよね、隊長」
そうそう、とうなずいた隊長に、板とシーツを抱えたままの兵士は、ひどく嫌そうな顔を向けた。
「えぇ? なんかややこしいとこに飛ばされちまったなあ……じゃ、ここは一週間毎にマハ領になったり、リーディア領になったりするんですか?」
「そーゆー事だ。ま、じきに慣れるだろ」
「贅沢言うなよ、昔はマハとリーディアってったら、一週間どころか毎日どっかで国境が変わってるぐらい、戦争続きの険悪な仲だったんだから。平和な時代に赴任できて感謝しなきゃな」
薪を暖炉の横に下ろして、もう一人の兵士が言い添える。板をカレンダーの下の釘にひっかけ、最初の兵士はため息をついた。
「そりゃそうだけど……誰がどうしてこんなややこしい決まりを作ったんだか」
「その話なら知ってる」
隊長が笑って言うと、引っ越しの後片付けをしていた兵士たちが耳聡く聞き付けて、わらわらと集まってきた。
「なんだなんだおまえら、片付けはどうしたんだ。お話の時間じゃないぞ」
「いいじゃないですか。どうせここじゃ、暇だけはたっぷりと余るほどあるんですから。片付けが二、三日遅れたって、どうってことありませんよ」
口々にそうだそうだと言われ、隊長はやれやれと苦笑して、結局『お話』を始めた。
※ ※ ※
マハとリーディアは、昔から仲が悪いことで有名だった。
あんまり長いこと戦争したり和睦したりを繰り返しているので、そもそもの発端が何だったのか、もはや正確な記録はどこにもない。その歳月たるや、ざっと二百年。
そんな二国間の境と言えばさぞかし激戦地と思われるだろうが、一部、そうでない地方があった。あまりに辺鄙で地理的に孤立しているため、戦略的にも経済的にもまるで重要性がないからだ。
どこか遠くで砲弾が飛び、黒煙がたちこめていようと、そこでは相変わらずのどかに数十人の村人が畑を耕し羊を追って、いつもの暮らしを続けている。
戦と縁のないその平和な地方のマハ兵営に、新しい隊長が赴任してきた。ちょうど、何十回目かの和平が結ばれた時である。
国境の目印となる小さな教会を挟んで、リーディア側にも同じような兵営があり、警備隊が駐屯していたが、どちらの隊長が変わろうと交流のない互いが知る由もなかった。
――その日までは。
「隊長! ナハト殿! マハの兵が来ます!」
狼狽した見張りの声に、黒髪の隊長は青い目を険しくして立ち上がった。
「越境して来たのか!? 迎え撃つぞ!」
「いえ、それがその……白旗を持ってます」
「……何だと?」
赴任して三年目、ようやく軍人らしく戦闘が行えるのかと思いきや、降伏だ?
ところが、訪れた敵国人の用件は、降伏でさえなかったのである。
「いやあ、どーも、はじめまして! 私、この度マハの兵営の隊長に就任しました、ヘイワーズと申します。お隣さんがいらっしゃると聞いて、まずは挨拶に伺いました。あ、これ、赴任する時に持ってきたものですが」
どーぞ、とにこやかにワインの瓶を差し出したのは、まだ二十代の青年だった。警戒しつつ出迎えたリーディア兵はもちろん、従って来たマハ兵の間にまで白けた空気が漂う。
新しい隊長はそんな周囲の雰囲気など意に介さず、一人陽気に続けた。
「私のことはヘイと呼んで下さって結構ですから。そちらの隊長さんは?」
「……私だ。レヴァン=ナハト、という」
なるほど確かに干し草のような頭だ、と相手を観察しながら、レヴァンは無愛想に答える。ちなみにこの無愛想がたたって辺境に飛ばされたのだが、本人は改めるつもりがない。相手が敵国人とあらば、なおのこと。
何がめでたいのか(めでたいのは頭の中身か)にこにこと笑っているヘイワーズとやらは、わずかに黄緑がかった淡い金色の髪と、琥珀色の目をしていた。代表的なマハ人だ。
(干し草頭にタマネギの目だな)
内心でそう評し、彼は冷ややかに言った。
「おい牛のエサ。わざわざ越境してきたのはそんなくだらん用件のためか」
眉間にしわを寄せて『くだらん』をことさら強調したのだが、言われた方はまるでその感情を察せず、きょとんとした。一拍おいてヘイはぽんと手を打つ。
「ああ! なるほど、ヘイね。うまいことを言いますねー、そうそう、牛と言えばこんな話を知ってますか?」
何を言い出すのだ、とばかりレヴァンは顔をしかめる。だが、娯楽がなくてあるのは暇ばかりという辺境の生活に三年も浸かってきたリーディア兵の中には、興味を示した者も少なくなかった。
聴衆の気を引けたと敏感に察し、ヘイは朗らかに続ける。
「ある辺境の村に、そりゃもう大変皆から頼りにされている兵士がいたんですよ。『牛追いの勇者』なんて言われてね、あっちの牛が逃げ出した、こっちの牛が暴れだした、なんてったらすぐにその兵士を呼びに行ったもんです。牛だからって侮っちゃいけませんよ。暴れ牛ってのは人間なんかよりずっと危ないんですからね。
その兵士は力も強く動きも素早くて、どんな牛でも捕まえられるぐらいだったんです。そのうちあんまり有名になったんで、そんなら城の御前試合に出せばよかろうと、招きがかかった。村の皆も大喜びですよ、そりゃ滅多にない名誉なことですからね。
で、その兵士は皆の期待を集めて試合に臨んだわけですが、一番はじめの試合で対戦相手を眺めて、いきなり『待った』をかけてしまった。何事かと皆が訝る中、牛追いの勇者殿はおもむろに審判を振り返っていわく、
『どうも気が乗らない。二本角の兜とカウベルを用意して貰えないだろうか?』
『何にするんだ、そんなもの』
『もちろん、彼に着けてもらうのさ』」
失笑を堪え損なった妙な声が、あちこちでぐふっともれる。小咄そのものは古典的でくだらないのだが、語り口の妙に引き込まれてしまったのだ。
マハ人の名高い悪癖を目の当たりにしたレヴァンは、元から厳しい顔つきをいっそう険しくした。にもかかわらず、ヘイは怯んだ様子はまるで見せずに続ける。
「あれ、お気に召しませんでしたか? それならこういうのはどうです、」
「貴様は小咄をしに来たのかっ!」
怒号一喝。いきなり至近距離の落雷に見舞われたヘイは、目をしばたたかせて悲しそうな顔になった。
「せっかくご近所になれたんだから、仲良くして頂きたいなぁと思って来たんですが…… どうもタイミングが悪かったみたいですね。出直します」
とぼとぼと去って行く背中に、レヴァンは小さく舌打ちして、小声で「二度と来るな」という言葉を投げつけた。
(まったく、いくらここが浮世離れして平和だからと言って、よりにもよってあんな小僧を寄越すとは、マハ軍はいったい何を考えているんだ)
胃が痛い。苦労性の隊長は、他国軍の人事にまで苦しめられてしまうのだった。
しかして数日後、言葉の通りヘイワーズはまた越境して兵営を訪れた。悪夢の再来である。そのうえ今回は、村の者が焼いてくれたというケーキまで手土産に持って来た。
「……おい馬のエサ。貴様には常識というものがないのか」
静かな怒気をはらんだレヴァンの声がヘイを出迎えた。が、ヘイは前と同じお気楽な笑顔で応じる。
「常識というものは相対的なものですよ。まあ、私の常識は貴殿のそれとは大分違っているかも知れませんけどねー。そうそう、常識と言えば」
「やめんか! どこの国に敵国の兵営まで来て小咄を披露する奴がいるっ!」
「敵じゃないでしょ?」
あっさりいなされ、レヴァンの怒りは行き場を失って不発に終わってしまった。いざとなったら実力行使でつまみ出してやろうと構えていた手から、力が抜ける。
不本意ながらレヴァンはぽかんとなって、信じられないといった顔で問い返していた。
「な……に? 今、何と言った」
「敵じゃない、って言ったんですよ。だって今はマハとリーディアは和平結んでるじゃないですか。そりゃま、ここよりずっと南の国境地帯では、そんなの嘘っぱち同然なんでしょうけどね。でも、何も無理してこんなとこで条約を無視しなくてもいいでしょ?」
年配の軍人が聞いたら憤死すること請け合いの台詞をけろりとした顔で吐き、ヘイはバスケットから可愛らしい缶を取り出して、にっこり笑った。
「あっ、そうそう、今日はケーキだけじゃなくてとっておきの紅茶も持って来たんです。皆でお茶にしませんか?」
レヴァンの背後で世界が凍結し、音もなく砕け散って行く。
バスケット、手作りケーキ、紅茶。いったい、ここはどこなんだ? 誰か教えてくれ。第一、マハとリーディアは先祖代々続く宿敵なんであって、和平条約なぞいつ破られるか分からん代物なんであって、そうでなくともマハ人は敵なのであって……
などと思考の迷路にはまり込んでいる上官よりも、兵士たちの順応は早かった。
何しろ娯楽や変化に飢えているのである。少々古臭い小咄でさえ面白かったし、話し上手で人を飽きさせないヘイワーズは、ちょうどいい退屈しのぎだった。
俺の常識を道連れにするな、などと喚いているレヴァンを放って、さっさとリーディア兵はマハ兵と仲良くなってしまった。やはり、上司の文句を言う時は連帯感が生まれる、という奴なのだろう。
ヘイの方は、部下たちが意気投合して互いの隊長をジョークのネタにしていても、楽しそうに笑うばかりだった。レヴァンの胃痛を悪化させこそすれ、和らげる役目は到底果たしてくれそうにない。
「あんまり物事を真面目に考えすぎない方がいいですよー、そういう人は損しますよ。私の知ってる中にも……」
「貴様の知人と同列に扱うな。私は自分の価値観を尊重したいんだ」
レヴァンはしつこくヘイの攻勢に抵抗した。が、しかし、ヘイが赴任してひと月も経つ頃には、その最後の砦さえ、あってなきが如しという状態になっていた。
ヘイが公認し、レヴァンが黙認した結果、マハ兵とリーディア兵は週末の度に食事を共にし、歓談するようになっていた。もちろんその席には、ヘイの小咄がつきものだったのだが。
「それにしても、その干し草頭のどこにそれだけの小咄が詰まっているのだ? よくまあネタが尽きぬことだな」
レヴァンが呆れる。ヘイはくすくす笑うばかりで、どうやってそれほど小咄を仕入れたのかは教えない。いつも、何か彼自身の身の上にかかわりそうな話になると、そのおしゃべりな口を閉ざしてしまうのだ。
ともあれ、いつしかレヴァンもはじめほど怒鳴り続けることがなくなり、それなりに二人は上手くやっていくようになっていた。
ところが、半年ほど経った頃、もはや何度目になるか数える気にもならないが、再びマハとリーディアは交戦状態に戻ってしまったのである。
その知らせを村の郵便配達員が持って来た時、ちょうど彼らは一緒に魚釣りを楽しんでいるところだった。
「……遅かれ早かれこうなることは分かっていたんだ」
レヴァンは冷静に言い、釣竿を片付ける。ヘイも困ったような顔をして、通知文書を眺めていた。さすがにこの状況では小咄も出てこないらしい。
去り際にレヴァンは、彼にしては前代未聞の譲歩を示した。
「そちらから侵略して来ない限り、我々の方からせせこましく領土を増やそうとは思わん。運が良ければまたそのうち、和平が結ばれるだろう」
「……そうですね」
「ヤギのエサ、別れる前にひとつ気になっていた事を確かめておきたい。貴様の名は何というのだ?」
ふと振り返って問うたレヴァンに、ヘイワーズはいつもの笑顔を見せた。
「ヘイワーズが名前ですよ。名字みたいで格好いいでしょう?」
そう答え、フルネームは言わない。レヴァンもあえてそれ以上追及しようとはしなかった。どうせ、もう一度顔を合わせられる望みも薄いのだ。
こうなると今は、ヘイワーズがこの僻地に赴任したのは幸いだった、と思わざるを得なかった。
(あのバカが戦場で生き残れるとは思えんからな)
小咄以外に才能などなさそうな若造が、へらへら笑って討ち死にするのは、どうも面白くない。レヴァンはふとそう思い、自分もまた戦場にいなかったことを密かに感謝したのだった。
そうして、いつもとあまり変わらぬながらも、どこか緊張した日々が過ぎていった。条約が破棄されて最初の週末が来ると、兵たちもなんとなく落ち着かない雰囲気になる。
予定では、村人も交えて黒苺を摘みに行くことになっていたのに。
――と、考えて、レヴァンは顔を歪めた。
(苺摘み? 何を考えているのだ。大体、元はと言えば敵同士、それが仲良くすること自体がおかしいではないか。しかも、いい年をした男が揃って、苺摘み?)
馬鹿馬鹿しい。
フンと鼻を鳴らして、彼は部下たちをじろりとねめつけた。一縷の望みを抱いていたのだろう、その視線で諦めたように肩を落とす兵士がひとりふたり、三人四人。
「どいつもこいつも……」
思わず、ため息と唸り声をもらす。
妙に馴れ合いおって。
あるべき状態に戻っただけではないか。
大体、元々は敵で……
まるで言い訳のように同じことばかり考えていると気付き、レヴァンは不機嫌な顔で黙り込む。結局その日、彼は雷雲を背負ったまま、ベッドに潜り込んだ。
ところが。夜更けになって、予想外にもヘイが奇襲をかけてきたのである。
まさか向こうから仕掛けてくるとは考えてもみなかったので、リーディア兵は完全に不意を突かれた。しかも、戦闘指揮の才能など小咄のそれ以下だとしか思われなかったのに、ヘイの作戦と実行力は水際立っていて、レヴァンでさえ手も足も出ず、相手のいいようにされてしまったのだ。
……つまり、夜が明けると彼らは全員縛り上げられ、ヘイワーズの持参した朝食を食べさせられるはめになったわけである。
「どういうつもりだ、貴様」
どんな答えが返ってくるか分かるような、嫌な予感をおぼえつつ、レヴァンは干し草頭の青年を睨みつけた。
ヘイはにこにこしながら、卵のサンドイッチをレヴァンの口に押し込む。
「これでここはマハ領だから、私たちがここにいてもおかしくないでしょう?」
……そんなこったろうと思った……。
もぐもぐとサンドイッチをほおばりながら、レヴァンはうんざり顔になる。口に詰め込まれたものをなんとか飲み下し、彼は渋い顔で言った。
「だが、奪われた領土は取り返さねばならん。それが我々のつとめだ」
「じゃ、ご自由にどうぞ。退却の準備が出来次第、いつでもいいですよ」
けろりと笑い、ヘイはバスケットを片付ける。その屈託のない笑顔を見上げ、レヴァンはいまいましげに唸った。
「貴様がここまでやるとはな。ただの馬鹿だと思っていたが」
「いやぁ、馬鹿ですよ。賢い人間ならこんなこと、してませんって。それじゃ、そろそろ退却しようか、皆?」
彼は隊員達を振り返り、それぞれ馴染みの友人との話が一区切り着いたのを確認すると、あっさり『退却』して行ってしまった。
それを見送り、四苦八苦してなんとか縄から抜けたレヴァンはにやりとした。
「やられっ放しだと思うなよ」
「それじゃ隊長、仕返しするんですか?」
兵士の一人がなぜかわくわくした様子で問う。レヴァンも楽しそうな笑みを見せた。
「当たり前だ。敵に愚弄されたままとあっては、リーディア軍人の沽券にかかわる」
一週間後、今度はリーディア側がマハの兵営に攻め込んだ。
そうこうして、彼らがのどかにも一週間毎に攻めたり攻められたりしている間に、首都では大事件が起こっていた。
マハの王族が、ほぼ全員何者かによって殺されてしまったのである。当然マハ側は、リーディアの放った暗殺者に違いない、と主張した。
それと時を同じくして、リーディアでも似たような事件が起こっていた。
長年にわたる戦争で、お互い暗殺者も密偵も好きなだけ放ってきたから、今までその結果が出なかったのが不思議なぐらいである。
マハでは突然玉座が空席になってしまい、大騒ぎになった。リーディアではどうにか適当な人間を見付けられたが、それでもかなり揉めそうなことは明白だった。
結果、ここにきて再びマハとリーディアは緊急に一時停戦したのである。
「意外と早かったな」
レヴァンは呆れた風情で、『占領』したマハの兵営でコーヒーをすすった。『捕虜』のヘイは苦笑しながらケーキを切り分ける。
「まあ、都で何が起ころうと、ここじゃ、あんまり関係ありませんけどね。でもこれで、お互い国の上層部がごっそり入れ替わるし、少しはマシな状態になるんじゃないですか」
などとえげつないことをあっさり言った、ちょうどその時。
「ヘイワーズ=アル=マハ殿下、至急都までお戻り下さいっ!」
マハの伝令が飛び込んで来た。
目を丸くしたのはレヴァンたちばかりではない。敵国人と仲良くケーキなぞ食っている王子の姿に、気の毒な伝令は顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けてしまった。
誰もが言葉を失って、音も動きも世界から消滅すること、しばし。
「で……でんか? おい、羊のエサ、貴様、王族だったのか!?」
沈黙を破ってレヴァンが叫んだ。ヘイワーズはちょっと目をしばたたかせ、何事もなかったようにケーキの皿を差し出す。
「まあ、一応。妾腹で七番目なんですけど、殿下と言えば殿下ですねえ……都に戻れって事は、とりあえず空席の玉座に私を座らせようって魂胆なのかな? よっぽど人材が見付からなかったんだなぁ……」
「と、とにかく殿下、我が国の一大事なのです! リーディアのことです、そう長く休戦を守るはずがありません! 一刻も早くお戻りを」
焦って伝令が言うと、ヘイは口をちょっと尖らせた。
「リーディアの人の面前で、それは失礼だよ。そんなに危機だって言うんなら、戦争やめちゃいましょう。それが一番てっとり早くていいでしょ」
「な……おい、そんな事をあっさりと」
レヴァンは口をパクパクさせる。伝令も兵士たちも、揃って酸欠の金魚になったかのよう。平然としているのは、干し草頭の青年ただ一人だけであった。
「仲良くなったら、いつでもナハト殿と皆さんに遊びに来てもらえるでしょう?」
誰が行くか! と、思わず心でツッコむレヴァン。
たとえ本当に、恒久的に平和になったとしても、絶対に遊びに行きたくなどない――という彼の心情は、どうやら相手の考慮に入っていないらしい。
いや、そんな次元の話ではないだろう、とレヴァンは慌てて自分の思考を修正した。
「そういう問題ではなかろうが。終戦などと簡単に言うが、そんなくだらん理由で片がつけられると思っているのか? よもや本気ではあるまいな」
「どう致しまして、本気ですとも。しょせん妾腹の七番目に深慮遠謀を巡らせるなんて真似、できっこないでしょ。ああ、そうそう、深慮遠謀と言えば……」
けろりとした顔で得意の小咄を始めた明日のマハ国王に、レヴァンは他国人ながら頭を抱えてしまったのだった……。
※ ※ ※
「ってなわけで、ヘイワーズ王の代以来、マハとリーディアは友好国に変身したのさ。で、この辺りの国境はそれを記念して、一週間毎に移動するように決められたんだ。ここいら一帯にはどっちの国の人間がいてもおかしくないように、な」
そう隊長が締めくくると、呆れたのか感心したのか、笑いを含んだため息があちこちから聞こえた。
「さあ、片付けの続きに戻れよ」
兵たちを動かそうとして隊長が言ったが、あまり効果がない。一人の兵士が、皮肉っぽい苦笑を浮かべて感想を述べた。
「でもそれじゃ隊長、ヘイワーズ王は小咄しか取り柄のない馬鹿みたいじゃないですか」
遠慮の欠片もない感想に対し、隊長は苦笑いを返す。
「時代によっちゃ斬首だぞ、おまえ」
と、釘をさしておいてから、彼は真面目な表情を取り繕って答えた。
「頭に花が咲いてると思うのも無理はないが、案外そうでもなくてな。その良く回る舌でいろいろやってのけてるよ。実際、マハとリーディアが今も友好国としてやっていけてるのは、ほぼ全面的にヘイワーズ王の功績さ。部下に恵まれたってのもあるけどな。ともあれ、それ以来マハの王家はヘイワーズ王を記念して、ここの兵営の隊長には、系譜のはしっこの方の王族を派遣するならわしになってるんだぞ」
そう言って彼はにやりとしたが、残念ながら部下たちから返って来たのは、無遠慮な爆笑だった。
「またまたー、隊長はそうやって自分に都合よく話を持って行くんだから」
「隊長だったら妾腹の七番目じゃすまないですよ。もっと系譜のはじっこでなきゃ」
腹を抱えて大笑いする部下を眺め、干し草色の髪の隊長は眉を片方吊り上げた。
「いいのか、そんなに馬鹿笑いしてて」
その言葉に、一瞬その場が静まり返る。今度はややひきつった顔で、
「冗談でしょう?」
という質問が口々に発せられた。
隊長は意地の悪い笑みを浮かべる。琥珀色の目には、楽しそうな光が踊っていた。
「――さあて、ね」
まともな(?)話と言えるのはこの1編ぐらいですが、お遊び系のSSが何本かありますので、お気に召した方はシリーズでご覧下さい。
(クリスマスなど微妙にパラレルっぽい現代ネタがまじっていますので注意)