『ようやく見つけた――奴隷少女を救った天才魔道具師は知っている、彼女が失われた王家の血を引くことを』
第一話 ようやく見つけた
冷たい石畳の上に膝をつく。
それが、アイスの日常だった。
七歳の少女には大きすぎる木箱を抱え、朝から晩まで働かされる。
「おい、ノロマ!」
怒鳴り声と同時に、頭を叩かれた。
小さな身体がよろめく。
「ご、ごめんなさい……」
反射的に謝る。
謝ることしかできない。
気が付いた時には、アイスは奴隷だった。
父も母も知らない。
自分がどこで生まれたのかも分からない。
ただ、首につけられた奴隷の首輪だけが、自分の価値を示していた。
商品番号三七八。
それがアイスだった。
紫色の髪。
紫色の瞳。
珍しい容姿だったが、それだけだ。
奴隷商人にとっては商品。
主人にとっては道具。
誰も彼女の名前など呼ばない。
そんな毎日だった。
その日も市場で荷運びをさせられていた。
重い箱を抱えたまま歩いていると、突然足がもつれた。
「あっ――」
箱が落ちる。
中身の果物が転がった。
周囲から悲鳴が上がる。
「このクズが!」
奴隷商人が顔を真っ赤にして近づいてきた。
太い腕が振り上げられる。
殴られる。
そう思った。
しかし、その拳は振り下ろされなかった。
「その子に触れるな」
低く落ち着いた声。
アイスは恐る恐る顔を上げた。
そこには一人の青年が立っていた。
金色の髪。
青い瞳。
整った顔立ち。
まるで絵本の王子様のような人だった。
年齢は二十五歳くらいだろうか。
奴隷商人が顔をしかめる。
「なんだ、あんた?」
「その子を買う」
「は?」
青年は迷いなく金貨袋を取り出した。
じゃらり、と重い音が響く。
奴隷商人の目の色が変わった。
「このガキを?」
「ああ」
「病弱だぞ?」
「構わない」
「働きも悪い」
「構わない」
「面倒だぞ?」
「それでも買う」
青年は静かに言った。
「ようやく見つけた」
その言葉に、奴隷商人だけでなくアイスも首を傾げた。
見つけた? 自分を? なぜ? 意味が分からない。
しかし青年は真剣な顔をしていた。
やがて契約が成立する。
首輪が外された。
生まれて初めて首が軽くなる。
アイスは呆然としていた。
「立てるか?」
青年が手を差し出した。
アイスはその手を見つめる。 綺麗な手だった。
自分のような汚れた手とは違う。
「……」
「大丈夫だ」
優しい声だった。
その瞬間、張り詰めていた何かが切れた。
涙が溢れる。
「う……うぅ……」
「もう泣かなくていい」
青年はそう言った。
アイスは初めて誰かの前で泣いた。
そして、初めて誰かの手を握った。
◇
それから八年。
スノー王国の王都フィンラン。
王国最大の都市であり、学問と魔法の中心地。
春の朝。
制服姿の少女が学院へ向かって歩いていた。
長い紫髪、紫色の瞳、整った顔立ち。
八年前の面影は残っているが、今では誰も奴隷だったとは思わない。
少女の名はアイス。
十五歳になっていた。
「遅れる遅れる!」
パンを咥えながら石畳を駆ける。
完全に寝坊だった。
学院の鐘が鳴り始める。
「まずいまずいまずい!」
全力疾走。
しかし、曲がり角で誰かとぶつかった。
「きゃっ!」
「おっと」
アイスの身体がふわりと浮く。
倒れる寸前で抱き留められた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます!」
相手は学院の男子生徒だった。
銀髪に青い瞳。
かなりの美少年である。
「急いでるみたいだな」
「はい!」
「じゃあ行ってこい」
「失礼します!」
アイスは再び走り出した。
男子生徒は苦笑する。
「面白い子だな」
彼は知らない。
今の少女が王都でも指折りの魔道具師の助手であることを。
◇
放課後、アイスは学院から帰宅した。
向かった先は王都の外れにある工房。
看板にはこう書かれている。
【シャーベル魔道具工房】
扉を開ける。
すると、爆発音が響いた。
ドォォォン!
「きゃあああ!?」
煙が吹き出す。
アイスは頭を抱えた。
「またですか!?」
「失敗した」
煤だらけの男が出てくる。
金髪、青い瞳。 年齢三十三歳。 独身。 シャーベルだった。
「失敗したじゃありません!」
「いや、今回は九割成功だった」
「残り一割で爆発してるじゃないですか!」
「細かいな」
「細かくありません!」
アイスは怒鳴った。
シャーベルは笑う。
昔から変わらない笑顔だった。
アイスにとって家族。
恩人。
そして世界で一番大切な人。
そんな存在だった。
「学院はどうだった?」
「普通です」
「友達は?」
「います」
「男は?」
「いません」
「そうか」
なぜか安心したように頷くシャーベル。
アイスはじと目になった。
「何ですか、その反応」
「別に」
怪しい。 非常に怪しい。
しかし追及する前にシャーベルが話題を変えた。
「そうだ。これを見ろ」
机の上には奇妙な魔道具が置かれていた。
銀色の腕輪。
見ただけで高級品だと分かる。
「新作ですか?」
「ああ」
「すごい……」
アイスが感心する。
王都でもシャーベルの技術は有名だった。
しかし本人は目立つことを嫌う。
依頼だけ受けて暮らしている。
まるで何かから身を隠すように。
その時だった。
シャーベルの表情が一瞬だけ曇った。
視線が窓の外へ向く。
遠く王城の方角。
アイスは気付かなかった。
だがシャーベルは知っていた。
王都に来てから最近、妙な動きが増えていることを。
王家。 貴族。 そして過去。
昔に捨てたはずの因縁が、再び近づいていることを。
「シャーベルさん?」
「いや、何でもない」
彼は笑った。
いつものように。
しかし青い瞳の奥だけは笑っていなかった。
その夜、工房の地下室。
誰も知らない秘密の部屋で。
シャーベルは古びた箱を開く。
中には一枚の紋章。
ある王家の証。
「アイスに伝えるのは、まだ早いか」
彼は静かに呟いた。
そして箱を閉じる。
その頃、何も知らないアイスは二階の自室で眠りについていた。
平和な毎日。
楽しい学院生活。
優しい家族との暮らし。
それがいつまでも続くと思っていた。
だが運命は静かに動き始めていたのである。
第二話 アイス、才能を見つけられる
翌朝、アイスはいつものように慌ただしく目を覚ました。
「わあああっ!?」
窓から差し込む朝日を見た瞬間、飛び起きる。
完全に寝坊だった。
慌てて制服に着替え、パンを咥えながら階段を駆け下りる。
「シャーベルさん! 行ってきます!」
工房の一階では、シャーベルが朝から魔道具を分解していた。
「落ち着いて食べろ」
「無理です!」
「また寝坊か」
「うぅ……」
呆れたように笑われる。
アイスは頬を膨らませた。
八年前、自分を助けてくれた時から、この人はずっとこんな感じだった。
優しい。
けれど少し意地悪。
そして誰よりも頼りになる。
「学院が終わったら真っ直ぐ帰ってこい」
「はーい!」
アイスは元気よく返事をすると、工房を飛び出した。
◇
スノー王立学院。
王国中から優秀な子供たちが集まる名門校である。
広大な敷地。
白亜の校舎。
整備された庭園。
貴族の子供も平民の子供も同じ教室で学ぶ。
それが学院の特徴だった。
「間に合った……」
教室へ滑り込んだアイスは机に突っ伏した。
「今日もギリギリね」
隣の席から声がする。
茶髪の少女だった。
アイスの友人、ミーナである。
「聞いてよ。目覚まし魔道具が壊れたの」
「また?」
「爆発した」
「シャーベルさん作?」
「うん」
ミーナは納得したように頷いた。
「それなら仕方ないわね」
「仕方なくないよ!」
そんな話をしていると鐘が鳴った。
教師が教室へ入ってくる。
「今日は魔力適性測定を行う」
教室がざわついた。
魔力適性測定。
毎年行われる重要な試験だ。
将来の進路にも関わる。
「順番に訓練場へ移動しろ」
◇
訓練場には巨大な水晶球が設置されていた。
透明な球体の内部には魔法陣が刻まれている。
生徒たちが次々と測定を受けていく。
「C」
「B」
「B+」
平凡な結果が続く。
そして。
「アイス=シャーベル」
名前を呼ばれた。
「はい」
アイスは前へ出る。
少し緊張していた。
シャーベルから魔道具作りは教わった。
だが自分の才能について考えたことはない。
水晶球へ手を置く。
その瞬間だった。
ゴォォォォォォッ!
紫色の光が爆発する。
「えっ!?」
アイスが驚く。
教師たちも驚いていた。
水晶球全体が眩しく輝いている。
「なんだ、この数値は……」
教師の一人が息を呑む。
やがて光が収まった。
水晶球の中央に文字が浮かぶ。
【S】
訓練場が静まり返った。
「S評価……」
「本物か?」
「初めて見たぞ」
生徒たちがざわめく。
アイス本人が一番驚いていた。
「わ、私ですか?」
「君以外に誰がいる」
教師は真面目な顔で答えた。
「極めて高い魔力適性だ」
「そうなんですか?」
「自覚はないのか」
「ありません」
教師は頭を抱えた。
◇
その様子を離れた場所から見ている人物がいた。
銀髪。 青い瞳。 整った顔立ち。
昨日ぶつかった男子生徒だった。
「へえ」
少年は興味深そうに目を細める。
彼の名はレオン=アークライト。
公爵家の嫡男。
学院最強と呼ばれる天才だった。
普通の生徒には興味がない。
だが、今の少女は違った。
「面白い」
彼は小さく呟いた。
◇
放課後、アイスは大急ぎで工房へ帰った。
扉を開ける。
「シャーベルさん!」
「どうした」
「Sでした!」
「そうか」
「もっと驚いてください!」
アイスは机を叩いた。
シャーベルは平然としている。
「予想通りだ」
「予想してたんですか!?」
「当然だ」
シャーベルは肩をすくめた。
「お前は昔から魔力が多かった」
「そうだったんですか?」
「気付いてなかったのか」
「知りません!」
アイスは頬を膨らませた。
シャーベルは楽しそうに笑う。
そんなやり取りをしていた時だった。
コンコン。
工房の扉が叩かれた。
「お客さんかな?」
アイスが扉を開く。
そこには甲冑姿の騎士が立っていた。
しかも普通の騎士ではない。
胸元には王家の紋章。
王直属の近衛騎士だった。
「シャーベル殿はおられるか」
低い声。
工房の空気が変わった。
シャーベルの笑顔が消える。
「何の用だ」
「陛下がお呼びです」
その言葉にアイスは首を傾げた。
「陛下?」
国王陛下、王国で最も偉い人だ。
なぜそんな人がシャーベルを?
だがシャーベルの表情は険しかった。
まるで来ると分かっていたかのように。
「断る」
即答だった。
騎士が困った顔をする。
「そう言われると思っていました」
「なら帰れ」
「しかし今回は事情が違います」
騎士は真剣な顔になった。
「王都で動きがありました」
その言葉を聞いた瞬間、シャーベルの瞳が鋭くなる。
「誰が動いた」
「まだ断定はできません」
騎士は声を潜めた。
「ですが、十六年前の件を知る者が現れた可能性があります」
アイスには意味が分からなかった。
十六年前? 何の話だろう。
しかしシャーベルだけは理解していた。
「……そうか」
静かな声だった。
けれど、その顔からは完全に笑みが消えていた。
そしてアイスはまだ知らない。
自分の出生。
シャーベルの正体。
そして王家に隠された大きな秘密を。
運命の歯車は、静かに回り始めていた。
第三話 アイス、王都一の天才と再会する
翌朝。
アイスは食卓で頬を膨らませていた。
「むぅ……」
「どうした」
向かい側でシャーベルが紅茶を飲む。
「昨日の話です」
「昨日?」
「絶対に何か隠してますよね?」
アイスはじっと見つめた。
だがシャーベルは平然としている。
「何のことだ」
「近衛騎士です!」
机を叩く。
「国王陛下が呼んでるんですよ!? 普通じゃありません!」
「そうだな」
「そうだなじゃありません!」
アイスは抗議した。
だがシャーベルは苦笑するだけだった。
「心配するな」
「でも……」
「俺が困ったら助けてくれるか?」
「もちろんです!」
「なら大丈夫だ」
意味が分からない。
だが不思議と安心してしまう。
昔からそうだった。
この人が大丈夫と言う時は、本当に大丈夫なのだ。
「分かりました」
アイスは渋々頷いた。
「よし。学院へ行ってこい」
「行ってきます!」
◇
スノー王立学院。
校門をくぐった瞬間だった。
「見ろよ」
「あの子だ」
「S評価の……」
周囲から視線が集まる。
昨日の測定結果はすでに広まっていた。
アイスは居心地が悪くなる。
「うぅ……」
隠れるように歩く。
しかし無理だった。
「おはよう、アイス」
突然声を掛けられる。
振り向く。
そこには昨日ぶつかった銀髪の少年が立っていた。
朝日を受けて銀髪が輝いている。
整った顔立ち。
まるで物語の王子様だ。
「お、おはようございます?」
「疑問形なんだな」
少年は笑った。
「だって知り合いじゃないですし」
「確かに」
あっさり認める。
「レオンだ」
「アイスです」
「知ってる」
「そうでした」
昨日の測定で有名になってしまった。
アイスは少し恥ずかしくなる。
すると周囲がざわつき始めた。
「レオン様だ」
「話してるぞ」
「なんで?」
女子生徒たちが驚いている。
アイスは首を傾げた。
「有名な人なんですか?」
レオンが吹き出した。
「知らないのか?」
「はい」
周囲が騒然となる。
レオン=アークライト。
公爵家嫡男。
学院最強。
王都でも知らぬ者はいない天才。
そんな人物を知らないと言ったのだ。
「面白いな」
レオンは心底楽しそうだった。
◇
その日の授業は魔法実技だった。
訓練場に生徒たちが集まる。
「今日は魔力操作を行う」
教師が説明する。
「魔力を糸のように細く操れ」
生徒たちが挑戦する。
だが苦戦していた。
魔力を細かく制御するのは難しい。
「次、アイス」
「はい」
前に出る。
アイスは目を閉じた。
魔力を流す。
すると。
紫色の魔力が細い糸になった。
一本。
二本。
三本。
十本。
二十本。
教師が固まる。
「え?」
アイスは首を傾げた。
何かまずかっただろうか。
周囲は静まり返っている。
「な、なんでそんなに精密なんだ……」
教師が震えた声を出す。
「精密?」
「普通は一本作るだけで精一杯だぞ!」
アイスは目をぱちくりさせた。
なぜだろう。
当たり前にできた。
昔からシャーベルの工房で魔道具作りを手伝っていたからだ。
細かい魔力操作は日常だった。
「そういうものなんですか?」
「そういうものだ!」
教師は頭を抱えた。
レオンだけが面白そうに見ている。
◇
昼休み。
アイスは中庭で昼食を食べていた。
「やっと静かになった……」
ほっと息を吐く。
だが。
「隣いいか?」
レオンが現れた。
「どうぞ?」
断る理由もない。
レオンは自然に腰を下ろした。
「お前、変わってるな」
「そうですか?」
「ああ」
即答だった。
「俺が誰か知らないし」
「興味ありませんでした」
「正直だな」
レオンは笑う。
不思議だった。
普通なら公爵家嫡男を前に緊張する。
だがアイスはしない。
理由は簡単だった。
シャーベルの方が凄いと思っているからだ。
「ところで」
レオンが尋ねる。
「誰に魔力操作を習った?」
「シャーベルさんです」
「シャーベル?」
一瞬。
レオンの表情が変わった。
「知ってるんですか?」
「いや……名前だけな」
だが明らかに様子がおかしい。
アイスは不思議に思った。
◇
放課後。
アイスは工房へ戻った。
「ただいまー!」
しかし返事がない。
「シャーベルさん?」
一階を見回す。
誰もいない。
珍しい。
工房を留守にすることはほとんどないのに。
その時だった。
ガタッ。
裏庭の方から音がした。
アイスは慌てて駆け出す。
「シャーベルさん!」
裏庭へ飛び出した。
そして息を呑む。
そこには剣を持つ男たちがいた。
黒い服。
顔を隠している。
明らかに普通ではない。
その中心にシャーベルが立っていた。
「邪魔をするな」
男の一人が低く言う。
「その娘を渡せ」
アイスの心臓が止まりそうになる。
「え?」
自分を?
なぜ?
男たちが剣を抜く。
殺気が走る。
だが。
次の瞬間だった。
シャーベルが一歩前へ出る。
「俺の娘に手を出すな」
静かな声だった。
しかし。
その瞬間。
工房全体を圧倒的な魔力が包み込んだ。
大地が震える。
空気が揺れる。
男たちの顔色が変わった。
「なっ……!?」
アイスも目を見開く。
こんな魔力。
見たことがない。
「お前たち」
シャーベルの青い瞳が冷たく光る。
「誰に喧嘩を売ったのか理解しているか?」
その姿は、いつもの少し頼りない魔道具師ではなかった。
まるで伝説の英雄そのものだった。
そしてアイスはまだ知らない。
八年前、自分を助けてくれた男が。
王国の歴史を変えた最強の魔導士だったことを――。
第四話 アイス、恩人の正体を知る
「俺の娘に手を出すな」
静かな声だった。
だが、その場にいた全員の背筋を凍らせるには十分だった。
工房の裏庭を圧倒的な魔力が満たしていく。
空気が重い。
呼吸すら苦しい。
黒装束の男たちは顔を引きつらせた。
「ば、馬鹿な……」
「情報と違うぞ……!」
男たちは後ずさる。
しかしシャーベルは動かなかった。
ただそこに立っているだけ。
それだけなのに、巨大な山を前にしているような威圧感があった。
「最後に聞く」
青い瞳が男たちを射抜く。
「誰の命令だ」
「言うわけが――」
男が言い終わる前だった。
シャーベルが指を軽く鳴らす。
パチン。
たったそれだけ。
次の瞬間、男たちの足元に魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!?」
光の鎖が地面から飛び出し、一瞬で全員を拘束する。
男たちは悲鳴を上げた。
「うわあああ!」
「動けない!」
「なんだこれは!?」
アイスは目を見開く。
魔法陣を描いていない。
詠唱もしていない。
それなのに上級拘束魔法が発動している。
教師ですら使えないような魔法だった。
「シャーベルさん……」
自分の知る恩人とは別人に見えた。
男たちは恐怖に震えている。
「しゃ、喋る!」
一人が叫んだ。
「喋るから許してくれ!」
「言え」
「お、俺たちは依頼を受けただけだ!」
「誰からだ」
「わからない!」
シャーベルの目が細くなる。
男は慌てて続けた。
「本当だ! 依頼主は顔を隠していた!」
「特徴は?」
「銀色の仮面をつけていた!」
その言葉を聞いた瞬間。
シャーベルの表情が変わった。
ほんの僅か。
だが確かに。
「そうか」
短く答える。
そして再び指を鳴らした。
男たちの身体が光に包まれる。
「え?」
次の瞬間、全員が消えていた。
アイスは呆然とする。
「ど、どこに?」
「騎士団の牢屋だ」
「そんなことできるんですか!?」
「できる」
当然のように答えた。
全然当然ではない。
◇
男たちが消えた後も、アイスは立ち尽くしていた。
頭の整理が追いつかない。
「シャーベルさん」
「何だ」
「今の何ですか?」
「魔法だ」
「それは分かります!」
思わず叫ぶ。
「普通じゃありません!」
シャーベルは困ったように頭を掻いた。
「そうか?」
「そうです!」
アイスはじっと見つめる。
逃がさない。
今日は絶対に聞き出す。
「教えてください」
「……」
「私、子供じゃありません」
十五歳。
まだ大人ではない。
だが何も知らされない年齢でもない。
シャーベルはしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「少し話すか」
◇
工房の一階。
二人は向かい合って座っていた。
珍しくシャーベルが真剣な顔をしている。
アイスも自然と背筋を伸ばした。
「まず一つ」
シャーベルが言う。
「俺は普通の魔道具師じゃない」
「知ってました」
「そうか」
「今ので分かりました」
シャーベルは苦笑した。
「昔、王宮で働いていた」
「王宮!?」
アイスが目を丸くする。
「宮廷魔導士だった」
「ええええっ!?」
椅子から落ちそうになった。
宮廷魔導士。
国の最高峰の魔法使いたちだ。
平民なら一生会うこともない存在。
「しかも少し偉かった」
「少し?」
「宮廷魔導士長だった」
アイスは固まった。
少しじゃない。
全然少しじゃない。
「なんで工房やってるんですか!?」
「色々あった」
絶対に色々で済まない。
◇
その頃、王城。
豪華な執務室で、一人の老人が書類を見ていた。
スノー王国国王。
アルバート三世である。
「また断られたか」
「はい」
近衛騎士が頭を下げる。
「相変わらずですな」
国王は苦笑した。
「まあ仕方あるまい」
誰よりも知っている。
シャーベルが頑固な男だということを。
「ですが陛下」
騎士が声を潜める。
「銀仮面が動きました」
国王の表情が変わる。
「確かか」
「間違いありません」
重い沈黙が落ちる。
「とうとうか」
老人は窓の外を見た。
夕暮れに染まる王都。
「十六年も隠れていたのにな」
小さな呟きだった。
◇
翌日、学院。
アイスは教室に入った瞬間、異変に気付いた。
みんながこちらを見ている。
「?」
首を傾げる。
するとミーナが飛んできた。
「アイス!」
「どうしたの?」
「大変よ!」
「何が?」
ミーナは興奮していた。
「学院ランキングが更新されたの!」
「へぇ」
「へぇじゃない!」
肩を掴まれる。
「あなた、一年生一位になってる!」
「はい?」
意味が分からない。
ミーナが掲示板を指差した。
そこには大きく名前が書かれていた。
【一年生総合順位】
一位 アイス=シャーベル
二位 レオン=アークライト
「え?」
アイスは固まった。
二位の名前を見る。
レオン。
あの銀髪の少年。
学院最強と呼ばれる天才。
その上に自分の名前がある。
「嘘でしょ?」
「本当よ!」
周囲がざわつく。
「S評価だからな」
「一年で一位とか聞いたことない」
「化け物か?」
アイスは冷や汗を流した。
全然嬉しくない。
むしろ怖い。
その時だった。
「なるほど」
聞き覚えのある声。
振り向く。
レオンが立っていた。
相変わらず整った顔である。
そして、楽しそうに笑っていた。
「やっぱり君だったか」
「え?」
「俺を抜いた奴は」
周囲が静まり返る。
学院最強。
公爵家嫡男。
そのレオンが真っ直ぐアイスを見ていた。
「アイス」
「は、はい」
「勝負しよう」
その言葉に教室中が騒然となる。
アイスは思った。
どうしてこうなったのだろう、と。
だが彼女はまだ知らない。
この勝負が、自分の運命を大きく変えることになるのを――。 :::




