第9話 充実してきたハーブ畑だが、育ちが悪いものもあるようだ
シルヴェローズの苗も畑に植えることが出来た。
ミスティア、アップルミスティア、シルキーセージ、シルヴェローズ──畑に植えたハーブの若葉を眺めていると、横でジャスミンが「ねえ」と呟いた。
「なんだ?」
「あそこ、育ちが悪いと思わない? あれって、ミスティアと一緒にまいた種よね?」
ジャスミンが指さす辺りを眺めてみると、確かに、少し育ちが悪いように思える。
「これって、スパインバジルだと思うの」
「スパインバジル?」
「そう。茎が特徴的なの。棘があるでしょ? 栽培が大変だけど、葉っぱは柔らかくて栄養価も高いし甘みもあって、料理人には人気よ」
小さな葉を捲ってみると、茎にはびっしりと棘がついている。薔薇の棘ほど固くはないが、これを摘むのは苦労しそうだ。
「こいつは、料理向きなのか。カフェをやるなら、しっかり育てたいな」
「トマトソースに合うのよ。あと、サラダとか……あ! お祖母ちゃんは、スパインバジルのソースをよく作ってくれたよ」
顔をぱっと輝かせたジャスミンは、懐かしい味を思い出したのか、「また食べたいな」と呟いた。
「お前の祖母さんは、料理上手な魔女だったみたいだな」
「うん! 若い頃は王様にも料理をふるまったことがあるっていってたよ」
「王様に? 魔女がか?」
「凄いでしょ! なんでも、健康に煩い王様だったとかで、自分で料理をしたんだって。で、魔法薬師だったお祖母ちゃんは、料理を教えたりしたみたいよ」
「魔法薬師……」
ざわりと背筋が震え、脳裏に一人の魔女を思い浮かべた。失地王だった俺にハーブのことや料理の手ほどきをしていた魔法薬師。最後まで、俺の無罪を信じてくれていた魔女だ。なにかと世話を焼いてくれたお節介な魔女だったが──まさかな。
「ねぇ、ルーファス」
「……あ?」
「これ、魔力が足りてないのかも」
スパインバジルをしげしげと観察し、土を手に取って捏ねたジャスミンは首をひねりながらミスティアを見た。
ミスティアは、今朝もジャスミンが魔法の水を撒いた。それもあって、陽射しを受けてキラキラと輝いている。青々と茂る様子は、順調そのものだ。
「スパインバジルにも、水は撒いただろう?」
「うーん、そうなんだけど……この子、大地の魔力を凄く必要とするのよ。それ、ほら、横のハーブも元気ないでしょ?」
ジャスミンが指さしたのは、少し細くギザギザとした葉だ。
「いわれてみれば、あまり育っていないな」
「でしょ。これはシスルジンガー。葉っぱの香りがショウガに似てるんだよ。花には解毒作用があるから、私もよく使うハーブなんだけどね。これも、大地の魔力をたくさん貯めるのが特徴なの」
うーんと首を傾げるジャスミンは、もう一度、土を手に取って捏ねた。
「枯れた畑だったんだ。魔力を蓄えるには時間がかかるとかじゃないのか?」
「……そうかもね」
唇を少し尖らせる顔は、全く納得していない。
俺は魔法に関してはからっきしだからな。ジャスミンに任せるしかないが……ふと空を見上げ、昔、魔法薬師に聞いたことを思い出した。
「空の魔力……」
「え?」
「昔、空にも魔力があるって聞いた。大地は、その魔力を受けて肥沃になるって」
その仕組みはよくわからなかったが、魔法薬師は木を植えたらいいといっていたな。木々は空の魔力を受ける。だから、森は豊かで魔力に満ち溢れているのだと。
裏の森を振り返ると、ジャスミンもそちらを見た。
「そうか……木を植えよう!」
「そう簡単にいうな」
「時間はかかるけど、苗木を植えて、育てよう!」
立ち上がったジャスミンは、畑から少し離れたところに立って「ここ!」と叫んだ。
「野菜も植えたいっていってたじゃない? だから、ここに木を植えて、その境目をわかるようにするの、どう?」
「なるほど……苗木はどうするんだ? また、森に行くのか?」
「そうね。できるなら、葉っぱが使えるのがいいわね……」
ジャスミンがうーんと首を傾げた時だった。
「すみません」
後ろから声がかけられた。聞き覚えがあると思い振り返ると、そこにエルムがいた。その後ろには、見覚えのない男が立っている。どこかエルムに似ている。もしや、村長か?
俺を訪ねてやってきたのは、先日森で助けたエルムとその父である村長のパーカーだった。
「ルーファスさん、息子が世話になりました」
ログハウスに招き入れてハーブティーを出すと、早々にパーカーが頭を下げた。
「俺はそんな大したことはしていない。運んだだけだ」
「いえいえ、見つけて頂かなければ、今頃どうなっていたことか」
人のよさそうな顔をしたパーカーは、大きな包みをテーブルに乗せた。
「少しばかりですが、こちら、お礼のイノシシ肉です」
「イノシシ?」
「息子が戻ったおかげで、村に降りてきたイノシシの対策が進みました」
どうやら、村の男たちでイノシシ狩りをしたようだな。エルムはその事前調査で森に入っていたようだ。
「ルーファス! お肉食べたい!!」
「……お前は」
ソファーの後ろからひょこっと顔を出したジャスミンは「ハンバーグがいい!」と無邪気にリクエストを始めた。それを見たパーカーが「ジャスミンさん、お久しぶりです」といった。
そういえば、エルムもジャスミンを見た時に顔を知っているようだったな。
ジャスミンは、ひらひらと手を振って「こんにちは」となんとも気楽な挨拶をしている。
「最近は森から出られることが多いのですね」
「まーね。ルーファスのハーブ作りを手伝ってるの」
「ハーブ……そういえば、御親戚から土地を引き継いだと、息子から聞きましたが。ジャスミンさんの御親戚かなにかで?」
「違うわよ」
俺の横にどさっと座ったジャスミンは、自分のカップ──すっかり居座って、専用食器をあれこれおいているうちの一つだ──に口をつけた。
「ま、まさか……ご夫婦……」
「ない。冗談はやめてくれ」
「私にオジサン趣味はないわ」
ジャスミンとそろって即答すると、パーカーとエルムがほっと胸を撫で下ろした。
「さっきもいったけど、あたしは畑のハーブが欲しいから、手伝ってるの! それと、ルーファスがカフェを始めるっていうから、協力することにしたのよ」
「──カフェ?」
「おい、まだやると決めたわけじゃないぞ」
ぺらぺらと話すジャスミンに眉を吊り上げていうと「ほら、それ!」といわれ、細い人差し指が俺に向いた。人を指差すなと、親に教わらなかったのか?
「そーんな怖い顔じゃ、お客さんが逃げちゃうでしょ。その点、あたしみたいな可愛い女の子がいたら、場が和むわ! 看板娘ってやつね」
「あのな……」
そもそも、やりたそうだったのはジャスミンの方だし、今すぐどうこうという訳ではない。
カフェをやるなら、メニューの開発や内装を整えなきゃならない。運営許可を領主にもらう手続きだって必要だろう。そう簡単にできるものでもないというのに。
ため息をつくと、エルムが「ジャスミンもカフェで働くのかい?」とそわそわしながら聞いた。
「あたしは看板娘だから……看板娘ってなにするの?」
「おい、意味も知らずにいってたのか?」
呆れてものもいえないとはこのことか。
ため息をついていると、パーカーが大きな口を開けて笑い出した。
「これは愉快ですな! ああ、失礼。この辺りは長年放置されていて、私たちもどうしたものかと思っていたんですよ。荒れた土地を手入れしてもらえるのはありがたい。その上、商売を始めてくれるなら、願ってもない!」
「あー、いや……」
だから、まだやると決めたわけじゃないのだが。
「店をやるなら、野菜や肉、必要な物資の仕入れを、村で手伝いましょう」
「本当!? トマトもあるよね!」
「もちろんですよ。村の農家にかけあいましょう」
「やったね、ルーファス!」
「何で、お前が喜ぶんだ……」
だから、まだカフェを始めるといってる訳では……
横でキラキラと目を輝かせるジャスミンを見て、ふとオムレツを食べた時のことを思い出した。ふわふわだと喜んで、トマトを畑に植えようといっていた。もしも、トマトが手に入ってソースを作ったら、もっと喜ぶんじゃないか。そう考えている自分に気付き、おかしさが込み上げる。
失地王と呼ばれた頃は、人の顔色を窺って疲れていたというのに。こうして、喜ぶ姿を思い描くというのは悪くないもんだな。
腹をくくるしかないか。
「……村長、できましたら店の運営許可を領主様に頂く手続きや、店内を整える手伝い頼みたいのですが」
「わかった。息子が世話になったことだし、協力しましょう」
「私も手伝います!」
気合の入ったエルムに「ありがとう」といいながら、ほんの少しだけ、のんびり茶を飲む日が遠くなるような気がした。
まあ、時間は腐るほどあるんだ。思い出のハーブティーを探しながら、人に茶をふるまうのも悪くはないのかもしれない。
「ねえ、ルーファス。このイノシシ肉、さっそく調理して、村長さんたちにふるまってみたら?」
「そうだな……商品開発も必要だし、今作れる料理を食べてもらうか」
「うんうん! あたし、ハンバーグがいい!」
「まずは、香草焼きだな」
「えぇーっ!? ハンバーグ!!」
不満そうに頬を膨らませたジャスミンだったが、この後、イノシシ肉をシルヴェローズと岩塩で焼いた香草焼きを出したら、大喜びでぺろりと完食した。
村長たちも満足そうに食べてくれ、今後、よろこんで商品開発に協力してくれるといってくれた。
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次回、また遅れるかもしれませんが、本日17時頃の更新となります
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