第8話 クリムナットの切り株で一休憩
木漏れ日が差し込む森の小道を、ジャスミンは鼻歌を奏でながら進む。小さな清流を渡ると、森が開けた。ぽっかりと空いた草地には、いくつかの切り株がある。その周りに、わっさりと小さな葉を繁らせた低木があった。シルヴェローズだ。
葉が揺れると、薔薇のような香りが辺りに漂う。さらに、艶やかな葉が揺れる度に陽射しを反射して、キラキラと輝いた。
「凄いでしょ!」
「森の中にこんなところがあったんだな」
「ここは、元々クリムナットの大木があったの。ほら、あの切り株」
ジャスミンが指差す先には、ずいぶん大きな切り株があった。そこに走りよると、俺を手まねいた。
テーブルにでもなりそうな丸太に歩み寄ると、ジャスミンが「ランチにしよう!」といって籠を下ろした。なるほど、ここがいっていた場所か。
トランクを下ろすと、ジャスミンは中からランチマットを取り出して広げた。
その上に、皿を置き、紙で包んだサンドイッチを並べる。さらにティーセットを広げた。
「ルーファス、シルヴェローズでお茶淹れられる?」
「ああ、出来るが……」
「乾燥させたミスティアの葉も持ってきたよ!」
「勝手に持ってくるなよ」
呆れながらトランクを覗くと、確かに小さな瓶が入っていた。
「ハーブティーを淹れるのに、お湯はどうするんだ?」
「それは、任せてっていったでしょ!」
得意気な顔でティーポットを持ったジャスミンは、腰のベルトに挿していた杖を抜くと、それでポットをこつんっと叩いた。
「静寂のポットよ。太陽の囁きをもって時を織りなせ」
静かな森にジャスミンの愛らしい声が響き、風と共に空へと舞い上がった。
「灯火を抱き、祈りの雫を温めよ! ルミナティーボイル!!」
号令と共に、白いポットがキラキラと黄金色に輝き、蓋がカタカタと揺れた。直後、光の渦が空に向かって螺旋を描き放たれる。そうして、煌めく金の粉が辺りに消えると、ジャスミンは「はい、出来たよ!」といってポットの蓋を開けた。
白い湯気が立ち上がり、なにも入っていなかったポットには並々とお湯が満たされていた。
「……魔法っていうのは、便利だな」
「このくらいの量なら、そんなに魔力も使わないからね。それより早く、お茶淹れてみてよ!」
「そうだな。それじゃ──」
切り株の側にあるシルヴェローズの葉を摘み取り、革袋の水で少しすすぎポットに入れる。持ってきたミスティアも、途中で摘んだヴィオレットベリーもだ。
もうしばらくすれば、飲めるようになるだろう。
「ねぇ、まだ?」
「まだだ。ほら、オレンジ貸してみろ」
手持ちぶさたにオレンジを持っていたジャスミンに手を差し出せば、嬉しそうにそれが掌にのせられた。
腰のナイフを抜き、皮を剥いて切ったオレンジを皿に置くと、残っていたヴィオレットベリーが上から降ってきた。
「キラキラのオレンジに、いいアクセントになると思わない? ゼリーで固めたらカフェのデザートっぽくない?」
「ゼリーか……簡単に作れるものか?」
「ルーファスならできるわよ。今度、作って!」
やっぱり、そういうことか。
無邪気に笑うジャスミンに呆れつつ、どうせ時間もあるしゼリーくらい作ってみるのも悪くはないかと思う。しかし、前の人生ではゼラチンも身近な食材だったが、こんな辺境の地で手に入るものなのか?
「作るのはかまわないが、ゼラチンの粉が必要だぞ。そんな高価なもの、手に入らないだろう?」
ポットの蓋を開け、香りを確認しながらジャスミンに訊けば、小さな頭がこてんと横に傾いだ。
「そんなの、森にいっぱいあるわよ」
「森に?」
辺りを見回すが、静かな森にはゼラチンになるようなものは見当たらない。
肉か? 猪でも煮て、その煮汁を冷やせということか。それで果物のゼリーを作っても、美味くはないだろう。
意味がわからずに顔をしかめていると、ジャスミンは「ハーブティーそろそろじゃない?」と訊いてきた。
「ああ、そうだな……で、森のどこにゼラチンがあるんだ?」
「ほんと、ルーファスはなにも知らないのね」
「……生憎、ゼラチンがなくて困る人生じゃなかったからな」
「ふーん、つまらない人生ね」
ゼラチンごときで、どうして人生をつまらないといわれなければならないのか。まあ、実際、断罪された俺の人生は面白味に欠けていただろうが。
ポットを切り株に下ろすと、ジャスミンは「森のカフェみたい!」と無邪気な声をあげた。
「……そうか?」
「サンドイッチにハーブティー、食後の果物! この果物がゼリーならなおさら可愛くて、最高よね!」
「ゼリーを森に持ってくるのは無理だろうけどな」
「それもそうね」
「で、ゼラチンはどこで手に入るんだ?」
皿の上に並べられたサンドイッチの包みを手に取りながら訊くと、ジャスミンはカップに口をつけ、ハーブティーを一口飲んだ。
ほうっと小さなため息がこぼれる。そうして、さらりと「スライムよ」と答えた。
は? スライム??
思わずサンドイッチを落としそうになった。
「スライムってのはあれか? 沼地や川辺にいるやつ」
なんなら、町中にも現れる。水があればどこでも生きていける弱い魔物だ。核を潰せばすぐやっつけられるから、騎士や冒険者じゃなくても、掃除が簡単でもある。そんなのが、食品になるだと?
にわかには信じられない。
「んー、そうだけど、その中でも花の蜜を好んで食べる花蜜スライムよ。その体を乾燥させた粉で作るゼリーは絶品なんだから!」
力説したジャスミンは、大きな口でサンドイッチにかじりついた。そうして、目を丸くして俺を見る。
白い喉がごくりと口の中のものを飲み込んだ。
「美味しい!! カリカリベーコンにふわふわの卵。 そこにミスティアの爽やかな香り!」
「そりゃ、よかったな」
「ルーファスって、料理上手よね。本当にカフェで食べてるみたい!」
ご機嫌な様子でジャスミンはカップに口をつけた。
そんなことより、花蜜スライムってのが気になるんだが。
ハーブティーを飲みながら、例えばこれをゼリーにしたらどうかと想像してみた。
ヴィオレットベリーの甘酸っぱさにシルヴェローズの香りは最高の相性だ。思い出のハーブティーとはまったく違う味わいだが、ここに果物をつめたゼリーを作ったら、ジャスミンが喜びそうだな。
「このハーブティー、好き! ゼリーにも出来そうじゃない?」
「果物を詰めてか?」
「そうそう! いろんな果物を詰めて、キラキラのゼリーにするの! カフェっぽいでしょ?」
俺の考えを読んだように、ジャスミンが目を輝かせた。
「……そういや、さっきもいっていたな。スライムから作れると」
「うん! 森にいる花蜜スライムの体を乾燥させた粉を使うの。昔、風邪を引いたときに、お祖母ちゃんがよく作ってくれたんだ」
「風邪を引いたとき?」
「うん。喉が痛くても、冷たいゼリーなら食べられるだろうって」
「なるほど。ゼリーは嗜好品以外の使用方法もあるのか」
思い出してみれば、俺も暑い夏にゼリーを食べたな。魔法薬師が、食欲のないときにハーブゼリーを作ってくれた。あれも、絶品だったな。
「ね、作ってみたくなった?」
「……まあ、興味はあるな。スライム狩りは面倒そうだが」
「別に狂暴な魔物って訳じゃないし、すぐ捕まえられるじゃない」
「まあ、そうだが……」
まさか、田舎暮らしを始めてまで、魔物狩りをすることになろうとは思っていなかったが。
「うふふ~、楽しみだなぁ、ゼリー!」
「お前は食う専門だな」
「いいじゃない。適材適所よ!」
なんの適材適所だ?
それにしても、さっきから「カフェ」という単語がやたら出てくるな。そんなに、街のカフェが恋しいのだろうか?
サンドイッチを食べ終え、一息ついて空を見上げた。
「……カフェか」
「ん? ルーファス、なにかいった?」
「いやな……カフェといえば、お前がいない間、ログハウスを訪れた旅人がいたんだが」
「ふーん、その旅人がどうしたの?」
「腹を空かせていたから、余っているパンとハーブティーを出したら、ずいぶん喜んでな」
「食べさせたの!?」
「ああ。食ったら、魔力が回復したと喜んで、店を始めるのか聞かれたんだ」
あの時、旅人は飢餓状態だった。なにを食っても美味かっただろうが。
「カフェか……」
「やってみる気になった?」
「は?」
「前もいったでしょ。忘れたの? ルーファスのハーブティー美味しいし、いいと思うの!」
「……そう簡単じゃないだろう?」
気楽なジャスミンに苦笑して、すっかり冷めたハーブティーを口に含む。
優しい甘みが体に広がり、ほっと息をつくと、ジャスミンが「いいじゃない」と呟いた。
「どうせ暇してるんでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「育てた良質のハーブで、お茶と軽食をふるまう。それで大儲けしようっていうんじゃないのよ。ルーファスのハーブティーを、一人でも多くの人に届けるの!!」
「俺のハーブティーを?」
「そうよ。この辺りは近くの街まで五日かかるけど、美味しいカフェってないの。近くの村には宿屋はあるけど、美味しいご飯屋さんもないし」
「そうなのか?」
「そうよ。村の人口が少ないから、宿屋の運営で手一杯なんだって」
意外と情報を持っているジャスミンに驚きながら、そうなのかと呟くと、くりくりとした目が俺の顔を覗き込んだ。
「ね、カフェ作ってみようよ。きっと、楽しいよ!」
「……それなら、ハーブの数が足らないな。メニューだって考えないといけない」
作っているパンだって、片手間で食えればいいものだ。売るなら、もう少し柔らかくした方がいいだろう。天然酵母が欲しいところだな。それから、料理もだ。オムレツとパン、ベーコンだけはさすがに寂しいだろう。となると、食材の調達だって必要だ。
考え出すと、問題が山積みな気がしてきた。
「ほら! 考えるだけで楽しいでしょ」
「……そうか? 問題の方が多いと思うぞ」
「でもルーファス、楽しそうな顔してるよ?」
にっと笑ったジャスミンにいわれ、口元が緩んでいたことに気付いた。
まあ、暇はしている。そのうち食い扶持を稼ぐ方法も考えないとと思っていた。
「カフェか……考えてみるか」
「やったー!!」
「なんで、お前が喜ぶんだよ」
「え? だって、看板娘は必要でしょ」
ふふっと笑ったジャスミンは立ち上がると「王国一のカフェにするわよ!」と、空目指して人差し指を突き上げた。
いや、そういう大げさなカフェにする気はないんだけどな。
次回、本日12時頃の更新となります
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