第7話 森で怪我をした時は、大魔女ジャスミンにお任せ!?
籠を下ろしたジャスミンは、ソファーの横に腰を下ろす。まだぼんやりとする青年の手首を確認すると、しばらくしてほっと息をついた。
「脈も安定してきたみたい。少し休めば動けるようになるわよ」
「君は……森の魔女、ジャスミン?」
「そうよ。で、ここは彼のログハウス」
「……ログハウス?」
青年の目が俺に向いた。少し訝しげに眉を寄せている。まあ、村に顔を出したこともないし、不信がられても仕方ないか。
今更ながらに、ここにきた当初、村へ顔を出しておけばよかったと思いつつ「ルーファスだ」と名乗った。
「村に挨拶に行かず、すまない。ここでハーブを育てている」
「ハーブ……」
「ああ。少し前に親族から継いでな。長年放置されていた村はずれの土地だ」
「……ああ、あそこか」
「その内、挨拶に行こうとは思っていたんだが」
「そうだったんですね……」
ぼんやりとしながらも、青年は受け答えが出来る状態になってきたようだ。そうして、自分の足に触れると、驚いたように「痛みが引いている」と呟いた。
「あなた、森では気をつけなさいよ! いくら、あたしの傷薬が最強っていっても、ブラッドウィードは発見が遅れたら、取り返しがつかなくなるんだから」
「……世話をかけて、申し訳ないです」
のそのそと体を起こした青年は、深く頭を項垂れた。
「君は村長の息子なのか?」
「はい。エルムといいます。助けてくださり、ありがとうございます」
「なにがあったんだ?」
「最近、村の畑を猪が荒らすと聞いて、様子を見に行ったらやられてしまい……なんとか追い払えたのですが足を負傷しまして」
その怪我にブラッドウィードが触れたのか。なるほどと頷いていると、青年エルムはジャスミンをちらり見た。
「あの……傷の手当は、ジャスミンさんの薬を使って下さったのですか?」
「そうよ! あたしの作った魔女の薬よ」
ふふんっと自慢げな顔をするジャスミンだが、それを見てエルムが少し体を強張らせた。
「あ、あの……魔女の薬は高価だとお聞きします」
「そうね。珍しいハーブを使うこともあるし、そもそも作れる魔女や魔術師が減っているからね」
「……あ、あの、対価はいかほどに」
ああ、なるほどな。
ここを訪れた旅人も、魔女の薬は高価だといっていた。いくら村長の息子とはいえ、そう自由になる金はないのだろう。手当をしてもらい、ありがたいで済むのは、王侯貴族くらいだ。受けた恩に見合ったものを返すのが、一般的な礼儀だろう。
「対価?」
ジャスミンが小首を傾げ、きょとんとした顔になる。まさかとは思うが、銭の一つも受け取らないとかいい出さないよな?
「んー、使ったのは、あたしの私物だから気にしなくていいわよ」
予想が的中した。こいつは、本当にバカがつくお人好しのようだな。まあ、得体の知れない俺の手助けをしている時点で、かなりのお人好しだとは思っていたが。
「し、しかし、魔女の薬は高価だとお聞きしますし」
「まあ、市場に流すなら高価なものだけど……あなたの命には代えられないでしょ?」
さらっと告げられた言葉を聞き、エルムは目を見開いた。
「村長の息子が、森で死んだりしたら大変だしね」
「そりゃそうだな。その場に遭遇した俺なんて、殺したんじゃないかと疑われかねん」
「そ、そのようなことは、決してありません!」
「どうだか。人は案外疑り深い生き物だからな」
苦笑しながら答えると、横でジャスミンが「ルーファスが疑り深すぎなのよ」と呟いた。
まあ、裏切られて断頭台送りになったから、そこは仕方ない。いつ何時、人の考えが変わるかなんてわからないもんだ。
「あたしは助けたいと思った。それだけよ!」
「お前は、お人好しが過ぎるな」
「ルーファスだって、なんだかんだいって、彼をここまで連れてきたでしょ」
「森に捨て置く訳にいかないだろう。お前じゃ運べないだろうし」
結果的に、二人で助けたわけだが、考え方はこうも違うものか。
俺たちが顔を見合って笑っていると、エルムは「ありがとうございます」と震えながらいった。
「まだ動くのは辛いだろう。休んでいってくれ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
こんな田舎でも、育ちの良さを感じるエルムはぺこりと頭を下げる。
「ねえ、ルーファス。せっかくだからハーブティーを淹れてよ!」
「そうだな。エルムも体を温めた方がいいだろう」
「そういうこと。じゃあ、はい、これ!」
そういって、背負い籠から取り出したのは小さな籠だった。そこには、アップルミスティアとシルキーセージの葉が入っている。
「葉も摘んできたのか」
「そうよ。苗だけだと、すぐには試せないでしょ?」
褒めたたえよといわんばかりの自慢顔に笑い、その頭を軽く叩いて「ありがとな」といえば、ジャスミンは嬉しそうに「早く早く!」と俺の背を押した。
◇
エルムを助けた翌日、ジャスミンが小さな籠と革のトランクをもってログハウスを訪れた。
「ルーファス! シルヴェローズの苗を採りに行こう!」
「そりゃ、かまわないが……なんだ、その荷物は?」
首を傾げると「ピクニックよ!」とうきうきした声が告げた。
ずいっと突き出された籠の中には、ベーコンとオレンジが入っている。これと、ハーブ採取になんの関係があるというのか。
「ピクニック?」
「シルヴェローズの群生地から少し離れたところに、凄くいいところがあるの! そこでランチしよう」
「……つまり、俺に飯を用意しろと?」
「そういうこと。サンドイッチ作って!」
キラキラと目を輝かせ、さらに籠をずずいっと押し出す。
ピクニックか。そんな、のんびりした時間を今まですごしたことはない。城壁の外にある森へ、気楽に行くようなことは出来なかったからな。
まあ、時間は腐るほどある。ピクニックも悪くないかもな。
「……仕方ないな」
籠を受け取ると、ジャスミンはスキップをしながらキッチンに向かった。
「ポットとカップも持っていくわよ!」
「は?」
「ハーブティーも淹れるの!」
「森の中で、どうやって湯を沸かすつもりだ?」
「この大魔女様に任せなさい!」
胸を張っていうジャスミンは、キッチンの戸棚へ一目散と向かった。そうして、持ってきたトランクへとティーセットや食器をつめ始める。どうやら、本気で持っていくつもりらしい。
まあ、好きにやらせるか。俺としては、シルヴェローズが手に入ればまずいいわけだしな。
「ジャスミン、お前も荷物もてよ」
「えー! こういうときは、大人が持つものでしょ?」
「……都合よく子どもになるな」
「むーっ、じゃあ、サンドイッチはもってあげる! 食器はお願いね」
重いトランクを持てということか。
切ったベーコンをフライパンで焼きながら苦笑した。それから作ったオムレツとミスティアの葉も一緒に、今朝焼いたばかりのパンで挟み、紙で包んだ。
艶々としたオレンジを手に取り、さてどうするかと思ったが、これは向こうに着いてから切ればいいか。
「用意できた?」
「ああ。これはお前が持てよ」
「はーい! う~ん、いい香り。お腹が空いちゃうね」
籠を受け取りご機嫌なジャスミンは、外に繋がる扉を開け放った。
爽やかな風がキッチンに吹き込む。
「絶好のピクニック日和!」
「おい、ジャスミン。フライパンくらい洗わせろ。というか、手伝え!」
「えー早く行こうよ。森が待ってるよ!!」
「道具を片付けてからだ!」
頬を膨らますジャスミンに背を向け、蛇口を捻った。フライパンをたわしで擦っていると、後ろから「几帳面なんだから~」と声がする。
いや、お前がいい加減すぎるんだろう。鉄のフライパンは手入れを怠ると錆びるんだぞ。
呆れながら、ジャスミンは家で料理をしているのかわずかに気になった。あんなん調子で出来るのか?
「ルーファス、まだなのー?」
「もう少し待て!」
飼い犬でももう少し大人しく待つぞといいたくなりながら、汚れを落としたフライパンを拭き、火にかける。そうして油をひと塗りした。
「なにしてるの? またなにか作るの?」
「んな訳あるか。こうしておかないと、鉄のフライパンは錆びるからな」
「へー、そうなんだ」
「お前、料理はしないのか?」
呆れて聞くと、ジャスミンはついっと目をそらす。
こいつは料理が出来ない。確定だな。日頃、なにを食っているんだか。
「そんなんじゃ、でかくなれないぞ?」
軽く頭を叩くと、ジャスミンは「標準身長だもん!」といって、頬を膨らませた。もしや、低い身長を気にしているのか?
「ルーファスが、おっきすぎるんだと思うわ」
「そうか? こんなもんだろう?」
流しを一通り拭き終え、扉の前に置いてある大きな籠を背負う。当然、中に朝袋があるのも確認済みだ。
準備は万端。トランクを持って「行くか」といえば、ジャスミンの顔がパッと華やいだ。
「早く、早く!」
スカートを昼返して走っていくジャスミンを追いかけ、再び森へと踏みいった。
今日も木漏れ日と鳥のさえずりが心地いい。
しばらく進むと、紫色のベリーがなる低木が見えた。
「ヴィオレットベリーか」
「これ、美味しいよね。ジャムにしても良いし、そのまま食べても美味しいし!」
小さなベリーを摘まんだジャスミンはそれを口に放り込む。俺も釣られて口に運んだ。
甘酸っぱい果肉をのみ込むと、口の中に優しい花の香りが残る。
「これ、少し摘んでいこう!」
「昼飯にか?」
「そっ! ハーブティーに入れてもいいと思うんだよね」
ジャスミンはいいながら、ヴィオレットベリーを摘んで籠に入れる。
ハーブティーにか。それよりもハーブ水に入れた方が、よさそうな気もするが。まあ、物は試しか。
予定より投稿が遅くなり申し訳ありません!
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