第6話 失地王は、シルヴェローズのパンを思い出す
オムレツを食べ終えた後、ジャスミンが「約束のハーブ探しに行こう」といいだした。特に予定がある訳でもない。天気は良好、畑に問題もない。
「そうだな……パンの生地を捏ねるのは明日でもいいか」
皿を洗いながら、保存しているパンを思い浮かべると、横でジャスミンが「パン!」と声を上げる。突然なんなんだ。
横を見ると、期待の眼差しが向けられていた。
「ねえ、シルヴェローズを刻んで入れよう!」
「シルヴェローズ……そういえば昔、それを練り込んだパンを食べたことがあったな」
「美味しいよね! あたしのお祖母ちゃんが、よく焼いてくれたの。爽やかな花の香りがして、蜂蜜との相性も抜群だったわ!」
目をキラキラ輝かせるジャスミンに釣られ、俺も昔食べたパンの味を思い出す。
少し苦味があるシルヴェローズだが、香りは抜群だ。パンに練り込むと、料理との相性も格段によくなった。そういや、肉と焼いても美味かったな。
だが、女神の種に、それらしいものがあった記憶はない。
「……森にもあるのか?」
「あるわよ! ね、これから森に行こう!」
「そうだな……洗い物を片付けてからな」
「じゃぁ、あたしは森に行く準備をするわ。スコップも必要ね!」
ご機嫌な様子で、ジャスミンは裏口から外へ出ていった。
それからフライパンをたわしで洗い終え、皿を片付けていると「いらない麻袋ある?」と声が聞こえた。
「あるが、どうするんだ?」
「籠に敷くのよ。そうすれば、土と一緒に苗を持って帰れるでしょ」
「なるほどな。土があれば、根も守られるということか」
「そう。小さい方が、仕分けができていいかも。でも、そんな都合よく小さいのは、ないわよね」
皿を片付けながら、悩んでいるジャスミンを見てふと思い出した。
「貯蔵庫に小さいものがあったような……」
「え、ほんと!?」
「ちょっと待ってろ。サイズまでは覚えてない」
手を拭きながら貯蔵庫に入り、入り口すぐの棚を見る。やはり、そこに小さめの麻袋が積み重ねてあった。大きめのカップが入る程度か。小分けで保存するのに丁度よさそうだが、今のところ使用目的はない。
これも女神の置き土産かもしれないな。俺が苗を探しに行くのを予め想定して、置いていったとしたら、面倒見がよすぎる気もするが。
ここにいる訳もない女神の「アフターサービスには定評があるのよ」という声が聞こえた気がした。
麻袋をジャスミンに渡すと、彼女は丸い目をぱちぱちと瞬き、袋を見た。
「これでどうだ?」
「丁度いいわ! これなら、一株ずつ分けられるね。使っていいの?」
「特に使う予定もないからな」
「ありがとう! これでいっぱい採ってこれるね」
「欲張っても、お前じゃ、そう多くは持てないだろう」
土ごと袋に入れるとなると、なかなかの重量になるだろう。それを想像しながら、ジャスミンの折れてしまいそうな細い二の腕を見る。
「なにいってるのよ。運ぶのはルーファスに決まってるじゃない! 背負い籠、持っていってね」
まあ、そうなるか。
当然のようにいうジャスミンに苦笑しながら、畑へと繋がるドアの前に置かれた背負い籠を持つ。
ジャスミンはそこに朝袋を投げ入れると、小走りで外へ出た。
「早く行こう、ルーファス!」
ワンピースの裾を翻し、裏の森を指差すジャスミンは、今にもスキップを始めそうだ。
あんなんで、本当に案内が務まるのだろうか。木の根に足を引っかけて躓いたりしないといいのだが。
大きく手を振って「早く、早く!」と急かすジャスミンに、やれやれと思いながら大股で歩み寄った。
「そんな急いで、目的のハーブを見逃しても知らんぞ」
「ふふん、森の大魔女ジャスミン様をなめてもらっちゃ困るわ!」
茂みに覆われた小道に分け入り、ジャスミンはぴょこぴょこと木の根を飛び越えながら進んでいく。ウサギかリスか、小動物みたいだな。
ふんふん鼻唄を歌いながら進む後ろ姿を見て、思わず笑った。
小鳥のさえずりに木漏れ日。まっく平和だな。
一ヶ月かそこらの付き合いしかない小娘と、森の散策など、死ぬ前では想像も出来なかった。そもそも、森がこんなに平穏だと、知りもしなかった。
「見て、ルーファス! ここにあるのは、ミスティアの仲間、アップルミスティアよ」
「本当だ。これもハーブティーに合いそうだな」
葉を一枚摘んで軽く擦ると、リンゴのような香りがふわりと立ち上がった。
「ミスティアと効能は変わらないけど、甘い香りがより強いのよね。ハーブ水にもいいのよ!」
「ハーブ水か。これからの夏にはそれもいいな」
「じゃ、決まりね」
掘り返したアップルミスティアを麻袋に入れ、背負い籠に入れる。一つくらいでは対した重ささじゃないな。
「どんどん行くわよ!!」
ジャスミンが声高らかにいうと、枝に停まっていた小鳥が小さく鳴いて飛び立った。
まったく。こんなに騒いでいたら、獣にでも遭遇するんじゃないか?
さらに小道を進むと、シルキーセージを見つけた。
細長い葉に白い産毛が生えている。その産毛はまるで絹糸のように滑らかな肌触りなのが、名前の由来らしい。
一枚、歯を摘んで香りを確かめてみた。爽やかだが、しっかりとした力強い香りだ。
「これ、いっぱい育ててほしいの!」
「これをか?」
「うん。魔女の薬に欠かせないんだよね」
「魔女の薬……お前、やっぱり薬が作れるんだな」
「へっ!? あ、それは、魔女なら、なにかしら魔法薬を作れるわよ!!」
明らかな動揺を見せ、怪しい言い訳をしたジャスミンは、せっせとシルキーセージの根元を掘り返し始めた。
まあ、俺に迷惑をかけないというなら問題はないが。
「その魔女の薬は、他人に迷惑をかけるもんじゃないよな?」
「当たり前でしょ。あたしは、人を助ける薬しか作らないんだから。お祖母ちゃんと約束してるの!」
麻袋にシルキーセージを入れ、ぷうっと頬を膨らませたジャスミンは、さらに根を掘り返し始めた。よほど作りたいらしい。
それにしても、人を助ける薬か。だいぶお人好しな婆さんに育てられたんだな。
シルキーセージの苗もいくつか背負い籠に入れ、さらに奥を目指すことにした。
土で裾が汚れたスカートを払いながら、ジャスミンが森の奥を指差す。
「目的のシルヴェローズの群生地はもう少し先だよ」
俺を振り返ったジャスミンは、足を木の根に引っかけた。わずかに小さな体が傾ぐ。咄嗟に手を伸ばし、その腕を掴んで引っ張り上げると、幼い顔は真っ赤になった。
「森の大魔女が、森で転んだら世話ないぞ」
「もう! あれくらい平気なんだから。ルーファスってばお節介ね!」
どっちがだと内心思いながら苦笑し、歩き始めるジャスミンの背を追った。
しばらく進むと、ガサガサと茂みが揺れた。
小動物が揺らすにしては大きな揺れに警戒し、ジャスミンを背に庇い、腰に手を当てた。──そうだ、今は剣を持っていなかったな。あるのは、小枝を切るくらいしか出来ないナイフ一本だ。
しかし、小娘を前に出すわけにもいかない。大きな獣だと厄介だな。
警戒しながら数歩後ずさると茂みが大きく揺れ、それを割って現れたのは、血の匂いのする青年だった。
ドサッっと音を立てて、青年は地面に倒れた。
「怪我してる!」
「おいっ、ジャスミン──」
俺の後ろから飛び出したジャスミンは、警戒せずに青年へと駆け寄った。
「ルーファス、水を頂戴!」
「……手当をするのか? 素性も分からないヤツだろ?」
「村長の息子よ。じゃなくても、怪我した人を放っておけないわ」
いいながら、ジャスミンは血に汚れる青年のズボンを引き裂いた。すると、赤黒い切り傷が現れた。そこに、俺が差し出した革袋の水を惜しげもなくかけて洗う。
「毒か?」
「怪我したところに、ブラッドウィードの汁が入ったのよ」
「ブラッドウィード?」
「毒を持つ野草よ。魔法で精製すれば止血剤になるけど、そのままだと毒性が強くて皮膚が爛れてしまうの」
腰に下げるポーチから小さな薬壺をだしたジャスミンは、唸る青年に「しみるけど、我慢してね」と声をかけ、その軟膏を傷口に塗った。
ぎりぎりと歯を噛み締め、青年は喉の奥で唸る。よほどしみるのだろう。
ジャスミンは、ポーチから包帯を取り出し、手際よく巻いていく。
「いつも持ち歩いているのか?」
「少しだけどね。たまに、こうやって怪我人に遭遇するのよ」
「……本当に、お人好しだな」
苦笑しながら、さてどうしようかと辺りを見渡した。ここに青年を放置していくわけにもいかないだろう。とすれば、戻る方がいいか。
「戻るか」
「そうね……シルヴェローズの苗が手に入らないのは残念だけど、彼を休ませた方がいいわ」
「シルヴェローズは、日を改めればいい」
籠を下ろし、代わりに肩で息をする青年を背負った。
「悪いが、その籠を頼めるか?」
「任せて! このくらい平気よ」
籠を背負ったジャスミンは、さあ行こうといって俺の前を歩き出した。それから特にトラブルも起きず、ログハウスに戻ってきた。
ソファーに青年を下ろすと、小さく「ここは?」と声がした。
次回、明日8時頃の更新となります
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